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収蔵標本解説


 第31号(2002年 12月1日発行)

基礎肝臓雑学

標本館運営委員  澤田 典均
札幌医科大学医学部 病理学第二講座教授

 肝臓は、横隔膜直下、右上腹部に存在する人体最大の腺臓器で、重量はヒト成人で1200-1400g、体重の約1/50です。その機能上の特徴は、胆汁を排泄する外分泌機能と、グルコースやアルブミンなどの血清蛋白質を産生し血中に放出する広義の内分泌機能を併せ持つことです。しかも驚くべきことに1個の肝実質細胞 hepatocyte が、内分泌と外分泌の両方を同時に行っています。ほかにも肝臓は、消化管で吸収された栄養の代謝貯蔵、解毒、異物や微生物の貪食、血液循環量の調節など多彩な機能を営んでいます。「肝心要」の肝であり、「肝に銘ずる」の肝です。英語の liver は、生きるヒトという意味もあり、ドイツ語のLeverは、Leben「生命」から派生しているらしい。このように、肝臓は、洋の東西を問わず古くから重要な臓器と考えられていました。ちなみに「肝胆相照らす」とたとえられるほど、肝臓と深い仲のはずである胆嚢は、不思議なことに、ラット(マウスにはある)、シカ、ウマ、クジラなどにはありません。ということは、「肝胆も楚越なり」ということかもしれません。


図1.プロメテウス神話

 肝臓の大きな特徴のひとつは、その旺盛な再生能力です。肝臓が活発に再生する事は、どういうわけか古くから知られていたようです。ギリシア神話(図1)には、泥土から人間を作ったプロメテウスが、天上から火を盗み人類に与えたためにゼウスの怒りを買い、罰としてコーカサスの山頂につながれ、大鷲に肝臓を啄まれる話があります。そこでは啄ばまれた肝臓が次の日には元通りになるので、次の日もまた次の日も大鷲におそわれた、となっています(話はあくまでギリシア神話の中のことですが、このときゼウスは人類への仕返しに、災いの素として人類最初の女性パンドラを作り、またこの大鷲は後にヘラクレスによって退治された)。実際、肝の再生現象が研究対象として、あるいは細胞増殖のモデルとして用いられるようになったのは、1931年 Higgins とAnderson による肝臓の部分切除からの再生実験の報告以降です。ラットの肝臓を2/3切除すると、24時間後から肝細胞の増殖がはじまり、1週間後にはもとどおりの大きさに戻ります。しかし1931年当時は、飼育条件が悪かったので、Higgins のラットは、肝臓が再生するのに3週間もかかったのでした。この実験系はいまでも細胞増殖の研究に頻繁に使われています。この現象を基に、1984-86 年にかけて、Duke 大学 Michalopoulos ら、徳島大学市原ら、鹿児島大学大工原らが、それぞれ独立して肝細胞増殖因子の精製に成功し、肝再生の分子機構の一端がようやく明らかになりました。前二者は部分肝切除後肝再生中のラット血清から、後者は劇症肝炎患者血清から精製に成功し、肝細胞増殖因子(HGF:hepatocyte growth factor) と命名されました。のちに市原明と研究を行っていた中村敏一(現、大阪大学)は、ラットの血小板から HGF を精製しそのアミノ酸配列を決定するために、5,000匹以上のラットを必要としたと述懐しています。さらにクローニングをめざして cDNA ライブラリー作成のため骨髄中の巨核球を集めました。その時、尊き犠牲となったラットの数は、ほぼ同数と仄聞しています。このようなラットの悲劇は、その扱いやすい大きさもさることながら、その肝臓の形によるところが大きい。ラットの肝臓は、見たままに言えば大小6つの肝葉に分かれ、うち大きな肝葉2つを血管ごと根元で縛って切除すると、70%部分肝切除です。麻酔、縫合を含めて10分もあれば完了してしまうのです。

 肝臓は、肝機能を担っている肝実質細胞だけで構成されているわけではありません。肝臓の全細胞数の40%が非実質細胞で、うち48%が類洞内皮細胞、39%がクッパー細胞、13%がこれから紹介する肝星細胞です。肝星細胞は、群馬大学伊東俊夫により最初に報告されたことから、Ito 細胞とも呼ばれています。肝星細胞は、細胞内に脂肪滴をもちそこにビタミンAを高濃度に貯蔵しています。肝星細胞は、肝細胞と類洞内皮細胞の間にあって、分枝した長い突起をもち、いわゆる血管周皮細胞 (pericyte) のように類洞血管内皮細胞を取り巻き、endothelin に反応して収縮したり、NOによって弛緩することで、類洞内の血液流量を調節しています。その一方で肝臓の体積の 1% を占めるに過ぎない肝星細胞は、肝障害や炎症の際に TGF-β などのサイトカインによって刺激を受け、あるいはアルコール多飲によるエンドトキシン血症などによって細胞外基質を過剰に産生するようになる、肝繊維化の主役です。したがって肝星細胞は、肝繊維化の治療における標的細胞といえます。

 最後に、肝臓の隠された機能、造血の話題を少し。さまざまな理由で骨髄における造血が抑制されると、髄外造血が起こります。その場は、肝臓と脾臓です。その理由は、発生過程で肝臓が造血器官として働くからである、と私も含め単純に考えている方が多いかもしれません。しかしよく考えてみれば、胎生中期に造血は圧倒的に肝臓で行われていますが、胎生期後半には骨髄が造血の中心となり、生後まったく認められなくなるのはなぜでしょう。一方、胎児肝に移住する造血幹細胞は、従来卵黄嚢由来と考えられてきました。しかし最近、大動脈性腺中腎領域の間葉組織に由来することが明らかになってきました。つまり造血幹細胞は、発生に伴って卵黄嚢、大動脈性腺中腎領域、肝臓、骨髄と移住します。その造血幹細胞は、どうして仮住まいに肝臓を選び、どうしてすぐに骨髄に引っ越してしまうのでしょうか?そして今、造血幹細胞(正しくは、造血幹細胞のマーカー陽性細胞)は、肝細胞にも分化できるということが明らかになってきました。肝臓と造血の関わりは、今なお残るミステリーです。(文中、敬称を略させていただいています)

 

 


 

 

 

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