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収蔵標本解説


 第36号(2008年 3月1日発行)

国産初の本格的な顕微鏡「エム・カテラ」

札幌医科大学標本館  森 惠悧子

 日本に顕微鏡が渡来した年代は明らかではないが、1765(明和2)年に後藤光生があらわした「紅毛談」に人の毛にある横紋をみたという記録があり、18世紀中頃、宝暦年間と推測されている。 顕微鏡が最初に商品として市場に登場するのは、1840(天保11)年カールツァイス社の設立によって製造されるようになってからで、日本に商品として輸入され始めたのは1877(明治10)年の西南戦争の平定後である。日本で早くから顕微鏡の輸入販売をしていた松本福松は、国産で優秀な顕微鏡を製作したいと苦悩していた時、寺田新太郎の尽力で、使用材料やレンズの磨き方などに深い研究を続けてきたレンズ製作の優秀な技術者加藤嘉吉の研究と、金属部分を担当して研究を続けてきた機械工の神藤新吉の技術を組み合わせて顕微鏡を完成させ、1914(大正3)年の「大正博覧会」の際、寺田を名義人として出品することができた。この顕微鏡の名称は、松本のM、加藤のKA、寺田のTERAの頭文字をとって「エム・カテラ」と名付け、「M・KATERA」の商標を登録し、国産初の本格的顕微鏡の誕生となった。標本館に展示している「エム・カテラ」は国産初の694号機で、1組の価格は31円50銭であった。渡邊左武郎名誉教授(元解剖学教授・大学長)が札幌医科大学の前身、道立女子医学専門学校より受け継いだもので、1972(昭和47)年の標本館開設にあたり展示したものである。


[収蔵番号MEDI-MIS-01]

参考文献
:図説 日本の“医の歴史”資料編 小池猪一著、財団法人科学博物館後援会「わが国の顕微鏡の歩み」


 


 

 

 

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