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収蔵標本解説


 第37号(2009年 3月1日発行)

道 具  ―神の手は道具の手―

標本館運営委員  宝金 清博
札幌医科大学医学部脳神経外科学講座教授

 標本館には、実に様々なものがあります。その多くは、患者さんから得られた貴重な標本です。それとは趣を異にしますが、医療用具も、標本館の大切な展示物です。
 「人は、道具を使う動物である」と、言われます。道具と人間の関係は、「ヒト」という動物を考える際に、大切な洞察を与えるものの一つかもしれません。道具は、私たち人間の周囲にまさにユビキタスに存在しており、形而下にあるものの、その姿の中に、人間のあり方まで表出するような形而上的なものまで思いを馳せることができます。科学も、様々な切り口がありますが、理論や実学から優れた道具を生み出し、これを発展させることは最も主要なテーマであり続けています。
 そうした科学の中でも、医学、特に、外科学は、道具の開発と進歩に大きく支えられてきました。外科は、人(外科医)と道具のコラボを究極まで磨き上げるという側面も持っている。外科においては、道具そのものが、学問の根幹と分かちがたく結びついています。道具の多くがそうなのですが、外科では、特に人間の手と道具の関係を究極まで見つめ続けてきました。手術では、もちろん、人間の手がそのまま道具となって、つまり、直接、患者の内部に触れることもあります。しかし、多くの場合、術者の手は、道具というインターフェイスを介して、患者の身体に触れ、治療行為を行います。言い換えると、手術といっても、実際に「手」が直接に操作をするのではなく、道具というインターフェイスを介して、目的を達成する場合がほとんどなのです。
 実際、人間の手の基本動作は、極めてシンプルで単純なものです。
①、握る、②、つまむ、③、開く、④、ひねる
などで、これに手首、腕、あるいは体幹の動きが加わると、少し複雑な動作となります。従来の手術道具は、基本的にこの動作を正確に操作部位に伝え、あるいは、modulationするものである。例えば、非常に繊細な力加減が必要な場合には、手元の大きな動作を細かな動作に変換するために、はさみなどでも工夫が凝らされています(図1)。


図1. マイクロハサミ


 図1は、顕微鏡手術で使われるはさみです。でも、通常のはさみとは基本的な構造で類似しているものの、大きく異なる概観であることに気がつくと思います。普通のはさみと違い、非常に先端部が小さいのに対して柄の部分が異常に大きなことにまず驚くと思います。これは、人間の比較的大きなラフな動きを数ミリあるいはミリ以下の微小な動作に変換するための仕掛けです。また、一番上のはさみを見ていただくと、途中で、階段状に折れ曲がっていることに気付くことと思います。これは、人間の視線(当たり前ですが、光の方向そのものでまっすぐですね)と操作の先端をずらして、視野を確実なものにする工夫で、外科、特に顕微鏡手術用の道具にはしばしば見られる工夫です。また、通常のはさみとの違いは、○で囲んだように、はさみの手元の部分が大きな金属のばねのようなもので一体化していることです。これは、バサミを開く動作を自動的にすることにより、安定した動作を可能にしました。こうして見ると、外科の道具は、どの部分にも “意味”があり、無駄がなく、ある意味、“美しさ”さえ感じませんか・・。
 しかし、例えば、全身を使った複雑なスポーツの動きに比べますと、その要素は桁違いに少ないものです。もし、より精巧なインターフェイスが生まれ、身体全体を使った手術操作が可能になれば、驚くような複雑な手技が実現するかもしれません。最近の内視鏡の手術では、すでに、術者の視線と操作の方向が分離し、道具と外科医のインターフェイスのあり方に微妙な変化が生じています。そのうち、手の動作以外の人間の動作(例えば、首、足、舌など)を組み合わせた道具が開発されるかもしれません。ロボット手術の方向は、人間の動作を分離して解析することから始まっていますが、今後、手以外の運動を組み合わせることも考えられています。実際、私が愛用している手術顕微鏡は、足で運転する感覚で、微妙な操作は、口に銜えたマウスピースで行うことも可能です(図2)。


図2. 手術顕微鏡

 少し前、「神の手」という言葉をよく耳にしました。外科医の技術を賞賛する言葉ではありますが、ある意味では、外科の本質に反する違和感があります。神の手はありません。道具があり、その優れた道具には限界的なポテンシャルがあり、これを最大限に使いこなすのは、他でもない人間の手です。良い道具と適切な訓練により、志のある人間が、誰でも辿り着くことができるのが、本当の神の手だと思います。

 世界中に博物館があります。ワシントンのスミソニアン博物館は、その代表であるが、行ってみると、医療系の道具が多いことに気付きます。中でも、世界最初のCT スキャンなどは、是非、ご覧になる機会があれば、その機能美を堪能していただきたいと思います。標本館にも同じ楽しみが散りばめられております。是非、足をお運び下さい。


 


 

 

 

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