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収蔵標本解説


 第44号(2016年 3月発行)

『解剖学講義ノートを拝見して』

標本館運営委員 古 畑 智 久
札幌医科大学 保健医療学部 看護学科看護学第一講座教授

 標本館だよりの原稿依頼をいただき、まずは執筆前に標本館を訪れることとしました。入学当初に衝撃をうけた人体の標本の他に、学生時代には気がつかなかったのですが、歴史的な医学書や札幌医科大学に関わる資料、医療機器なども展示されておりました。なかでも印象に残ったのは、元札幌医科大学解剖学教授山崎春雄先生の講義ノート(図1)でした。そこには見事なスケッチとその説明が詳細に記録されており、学びの時間を本当に大切にされていたのだと敬意を表するものでありました。写真に示す講義ノートは、山崎春雄先生が東京大学医学部の学生時代に、解剖学教授小金井良精先生の講義を受講され筆記したものであります。普段はガラスケースの中に展示されているものですが、標本館スタッフの方々の特別のご配慮によって、実際にノートを手にして、1ページ1ページ中身を閲覧させていただくことができました。写真に示すスケッチ(図2)や説明文の他にも、講義中のメモ書きなどもあり、時代を超えて学問に対する熱意を感じ取ることができました。当時は、教科書も数少なく、ましてやインターネットなど当然ないわけですから、欲しい情報は講義からしか入手できないという状況を考慮すると、学生は集中して聴講していたでしょうし、教員もそれに応えるべく講義をされ、熱気に満ち溢れた時間であったのではと推察されました。山崎春雄先生は、ご存知の方も多いと存じますが、元札幌医科大学生物学教授山崎英雄先生のご尊父であり、この講義ノートは、山崎英雄先生が寄贈されたものであります。
 私こと、2年ほど前から看護学科の教員として勤務しておりますが、それまでは外科医として手術に携わっておりました。手術を円滑に進めるにあたって求められる要素はいくつかありますが、局所解剖の理解が最も重要であることは今も昔も変わらないと思います。ただ、手術手技の変化に伴い、解剖学的知識の活用法は少しずつ変化してきているかもしれません。最近の手術、特に腹腔鏡下手術は、触覚に乏しい手技ですので、手で触れて確かめながら手術を進めることはできません。触覚という重要な情報源を失った状態での手術となりますので、術前に撮影したCTやMRIなどによって血管や腸管の走行、腫瘍の進展範囲などを確認し、それらをしっかりと頭の中に叩き込み、何度もシュミレーションを行った上で、手術に臨むことが重要となります。手術前にどこまで画像を読み、手順を練り上げるかが、手術の精度を決定するといっても過言ではないと思います。一方、30年ほど前は、おそらく今ではどんな病院でも標準装備になっているCTがないか、あったとしても画像の質の問題で精度の高い術前シュミレーションは困難であったと思います。当時の外科医は解剖学的な個人差や破格などに関する幅広い知識、病態の進行度に対応する臨機応変さが要求されていたと思います。以前は(腹を)開けてからが勝負、現在は開ける前が勝負といえるかもしれません。
 外科医は、手術を終えた後に手術記録というものを必ず書くのですが、手書きのイラストとその説明文で構成されています。イラストのクオリティは絵の得手、不得手にもよりますが、手術の内容や局所解剖の理解度、患者さんに対する心構えによっても異なってきます。手術記録を見れば、外科医の資質が判るとまで言われており、山崎春雄先生のスケッチを拝見して、その思いをさらに強くした次第です。大切なことは、時に歴史が教えてくれることもあると思いますので、何かの機会に標本館を訪れてみてはいかがでしょうか。


                       (図1)


                       (図.2)

 

 


 

 

 

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