(1)免疫におけるシグナル伝達
T細胞やB細胞をはじめとする免疫担当細胞は、細胞表面の抗原受容体を介して抗原を認識して活性化し、サイトカインの産生、抗体産生、細胞障害活性、細胞増殖などの多彩な応答を示す。リンホカインや細胞増殖因子の刺激も特異的な受容体を介して細胞内部に伝えられ、核内で遺伝子の発現を制御している。
抗原分子の提示と認識、サイトカインネットワ−ク、細胞接着といった免疫担当細胞間の情報伝達機構はかなり詳細に解明されてきたが、これら細胞外シグナルが細胞内でどのように伝達され、多彩な細胞応答を制御しているかというしくみについては長い間不明のままであった。1980年代後半に癌遺伝子産物SRCから蛋白質チロシン燐酸化酵素活性が発見されて以来、細胞内シグナル伝達の研究は急ピッチに進み、免疫学の領域でもT細胞やB細胞の活性化という現象が分子生物学的に解明されようとしている。
細胞表面にある様々なリガンドに対する受容体は、いわば分子のスイッチである。あるスイッチがONになると、そこから発生するシグナルはいくつかに分岐し、多様な分子を介して、あるものは核に到達して遺伝子の発現を調節し、あるものは細胞骨格に到達して細胞の形態や運動を調節し、またあるものは細胞膜に到達して物質の出入りを制御する。異なる複数のシグナルは伝達の過程で相互に影響し合い、この現象はシグナルのクロスト−クと呼ばれている。このようなシグナルネットワ−クは電子集積回路に例えられる。電子集積回路はトランジスタ、コンデンサ−、抵抗などの素子から構成され、それらが電子の流れを増幅したり変調したりすることによってシグナルを伝達しているが、細胞の内部ではいったいどのような種類の素子がどのような回路を構成しているのだろうか。シグナル伝達機構の解明は,これら素子の構造と機能を明らかにし,細胞の増殖,分化の制御機構や,細胞に特異的な機能の制御機構を明らかにすることである.また、分子病理学的には素子の故障が引き起こす免疫不全症や悪性腫瘍の発生メカニズムの解明につながる。
(2)IL-2受容体の構造とチロシンキナ−ゼの活性化
IL-2受容体は、a(55kDa), b(75kDa), g(65kDa)の3つのサブユニットから構成される。このうち細胞内にシグナルを伝達しているのはb鎖とg鎖のヘテロ二量体である。これら受容体サブユニットそのものはチロシンキナ−ゼドメインを持たない代わりに、細胞内ドメインで非受容体型チロシンキナ−ゼと会合している。その1つはJAKファミリ−チロシンキナ−ゼで、他の1つはSRCファミリ−チロシンキナ−ゼである。
IL-2受容体b鎖の細胞内ドメインには、異なるシグナルを伝達する2つのサブドメインが同定されている。細胞膜近位部にあるサブドメインは c-myc遺伝子の発現と細胞増殖に必須のドメインである。細胞膜遠位部にあるサブドメインは RAS依存性シグナルに必須で、MAPKを活性化し c-fos, c-jun 遺伝子の発現を誘導している。さらに各々のサブドメインに会合するチロシンキナ−ゼが同定され、膜近位部には JAKファミリ−チロシンキナ−ゼ JAK1 が、膜遠位部にはSRCファミリ−チロシンキナ−ゼLCKが構成的に会合していることが判明した。他方でg鎖の機能的ドメインについても解析され、b鎖と同様なサブドメイン構造をもつ事がわかった。すなわち、膜近位部のSH2-likeドメインはc-mycの発現と細胞増殖に重要であり、膜遠位部のドメインはRAS依存性シグナルに重要であるという。g鎖の膜近位部にはJAKファミリ−チロシンキナ−ゼJAK3が会合していることも明らかにされた。これらとは別に、免疫抑制剤Rapamycinによって抑制を受ける第3のシグナルも見い出されている。このシグナルは細胞周期の制御と細胞死の抑制にかかわっており,私たちは細胞死を抑制する蛋白質BAG1の発現が,BCL2とともにこのシグナルによって制御されていることを見出している。
このような機能的に異なる膜近位部と膜遠位部の2つのサブドメインはIL-2受容体のみならずIL-3受容体common b鎖のなかにも同定されている.私たちは,IL-3受容体の刺激によってSRCファミリ−の1つであるLYNが活性化することを初めて明らかにした.すなわち,IL-3受容体シグナルも,JAKファミリ−チロシンキナ−ゼとSRCファミリ−チロシンキナ−ゼとがかかわっている点でIL-2受容体と同様である。
(3)SRCファミリーチロシンキナーゼの役割
成熟T細胞のIL-2受容体においてJAKファミリ−チロシンキナ−ゼは細胞増殖を促すシグナルを伝達しているらしいが、SRCファミリ−チロシンキナ−ゼはどのような役割を担っているのであろうか。私たちはLCKを中心に解析を行ってきた.LCKの欠失した細胞障害性T細胞(CTL)は標的細胞障害活性を失っていたが、lck遺伝子導入によって復活した。逆に、LCKが恒常的に活性化した状態では、IL-2非存在下においても高い標的細胞障害活性を示した。いずれの場合でもIL-2依存性細胞増殖能に変化はなく、LCKはCTLの細胞障害機能を制御するシグナルを選択的に伝達していると考えられる。
では,どのようなメカニズムでLCKは細胞障害機構を制御しているのであろうか.恒常的に活性化した変異LCKをCTL細胞株に導入して解析した結果,LCKの活性化によって細胞表面のLFA-1の発現が増していること、細胞障害顆粒コンポ−ネントの1つであるTIA-1の転写が増していること、PMA刺激による細胞障害顆粒の脱顆粒現象が亢進していることが判明した。しかし、細胞表面のTNF、Fas-L分子の発現レベルに変化はなく、TNF、LT、Interferon-gの転写にも差は認めなかった。このことから、LCKの伝達するシグナルには、細胞接着分子LFA-1発現の制御と顆粒依存性障害活性の制御の少なくとも2つが関係し、それによってLAK様細胞障害活性を増強させていると推測された。さらに,LCKだけでなく,LYNもLFA-1の発現レベルを高めることを見出した.
IL-2と同様にT細胞の細胞障害活性を増強する作用をもつサイトカインとして、IL-7、IL-12、IL-15が知られている。IL-7受容体はIL-2受容体g鎖を共有し、IL-2受容体b鎖と相同性の高いa鎖の膜遠位部サブドメインにはSRCファミリーPTKが結合していることが示されている。IL-15受容体は,IL-2受容体b鎖を共有している.また,IL-12はIL-2とは異なる受容体複合体を介して細胞に刺激を伝達しているが、そのシグナルにはLCKの活性化が関与しており,IL-12刺激によって細胞障害物質TIA-1の発現が増加したり、脱顆粒現象が亢進したりすることが報告されている。細胞は細胞表面に様々な受容体を発現し、多様なサイトカインの刺激を受けるが、受容体のサブユニットを共用したり、受容体に結合する細胞内チロシンキナーゼを共用することによって共通のシグナル伝達経路を持ち、共通の作用を引き起こすという無駄のないメカニズムを持っているのであろう。
(4)サイトカインシグナルの共通性と多様性
細胞内シグナルを決定しているのは受容体と結合しているチロシンキナ−ゼなのであろうか。JAKファミリ−はSTATと呼ばれる遺伝子転写調節因子を燐酸化する。STATファミリ−は現在までに6種類が知られているが、どの STAT が JAKに燐酸化を受けるかはJAKの基質特異性が決定しているのではなく、受容体そのものの1次構造が決定しているらしい。受容体と結合しているチロシンキナ−ゼは活性化するとまず受容体のチロシン残基を燐酸化する。STATファミリ−のようなSH2ドメインをもつ蛋白質は、この燐酸化チロシン残基を認識して受容体と結合するが、その親和性は燐酸化チロシン残基近傍のアミノ酸配列によって大きく異なるため、受容体の1次構造によって結合し得るシグナル伝達分子は決定されることになる。 エリスロポイエチン受容体とIL-6受容体とはどちらもJAK2キナ−ゼと結合しているが、その下流ではそれぞれが異なるSTATを燐酸化しているのである。このような選択性はSTATだけでなくProtein Tyrosine Phosphatase 1D(PTP1D)のような他のSH2ドメインをもつシグナル伝達分子についても同様である。受容体は共通の受容体サブユニットを持ち、共通のチロシンキナ−ゼを活性化することによって、RAS依存性シグナルのような共通のシグナルを伝達している。一方、特異的な受容体サブユニットの燐酸化を介して、特異的なシグナル伝達分子と会合し、特異的なシグナルを伝達するメカニズムも持ち合わせていると理解される。
(5)シグナル伝達分子を標的とした遺伝子治療の可能性
これまで癌やエイズに対してLAK療法のような免疫治療が行なわれてきた。それをさらに強化するために、T細胞に対してIL-2やTNFの遺伝子を導入しようとする遺伝子治療が試みられている。細胞内シグナル伝達の解明が進んだ暁には、サイトカインの作用のうち必要な作用だけを効率的に発現させ、生体に有害な作用は除くといった選択的な活性制御が可能になると思われる。LCK遺伝子導入による細胞障害活性の増強(Super Killer T Cell),あるいはまた,BCL2やBAG1遺伝子導入による細胞寿命の延長(Long Life T Cell)といった試みは、このような第二世代の遺伝子治療の魁となるかもしれないと考えている.
(6)むすび
かつてT細胞抗原受容体(TCR)から発せられるシグナルは、T細胞を活性化するシグナルのみであると考えられ、1つの受容体は1個のボタン式スイッチにたとえられた。しかし実際に細胞を活性化する抗原刺激が、別の条件では同じ細胞を不活化することも知られている。そればかりでなく、TCRシグナルによる細胞死Activation-induced
cell deathという現象も知られるようになった。とすれば,1つの受容体は、細胞増殖から細胞死にいたるまで全く反対の作用を含むシグナルを発していることになる。CD28、サイトカイン、接着分子などのTCR以外の受容体が発するcostimulatoryシグナルとのクロストークによって,シグナルは多様に変化すると考えられるが、そればかりでなく,最近では抗原と受容体との親和性の違いによってTCRシグナルそのものが質的に変化することも示されている。強い親和性をもつ抗原と、弱い親和性の抗原とでは、CD3分子の燐酸化、ZAP-70の活性化に差があるという。TCRはON/OFFだけのボタン式スイッチではなく,アナログ的なダイアル式スイッチなのかもしれない。免疫の人為的操作のためには、このメカニズムを知らなければ、目的とは全く逆の結果を招く事になるかもしれない。細胞内シグナル伝達機構についての情報量は急速に増大しつつあり、知れば知るほど細胞内に仕組まれたそのメカニズムの精細さ、巧妙さ、深淵さに驚かされ興味は尽きない。