肺の臓器内解剖:気管支分岐を基準にした肺区域

すでに上葉・中葉(右肺のみ)下葉の位置関係は頭に入っているものと思う。葉を分ける葉裂が過剰に出現し、その結果、異常分葉が生じることがある。数%に達する頻度の多い異常分葉が2つある:1)右肺下葉の上部が分かれて、あたかもS6が独立したような「後葉」の形成、2)左肺上葉があたかも上大区(S1+2, S3)と舌区(S4,S5)に分かれたような異常分葉。しかしいずれの場合も、正しく肺区域の境界に過剰裂が存在する例は半数に過ぎない。そればかりでなく、後葉ではA6-A2, A6-A3というような異常な動脈吻合が生じ易く、また舌区分離様の異常分葉では、通常は上肺静脈に注ぐV5が下肺静脈に注ぐという変異を伴う。つまり、過剰裂を安易に葉切除術の指標にするのは危険である。他にきわめてまれだが、奇静脈弓が右上葉を分ける奇静脈葉の形成や、先祖帰りではないかと興味を集める心臓葉の形成(右S7の独立:哺乳類で広く見られる)がよく知られている。

肺葉の下位の単位として肺区域がある。肺区域は気管支分岐を基準に決められ、区域の中心に気管支と肺動脈、そして肺静脈の一部が存在する。また、区域の境界近くにも比較的太い肺静脈が走行する。特に右上葉では、縦隔面から見えて動脈に伴走する肺尖静脈系と、動脈・気管支より外側に深くもぐりこむ中心静脈系の間の、相補的関係が明瞭に観察される。

まず摘出肺において、肺根の断面で気管支肺動脈・肺静脈を区別する。左右の肺門部 (肺根) からピンセットで肺実質を徐々にくずして、区域気管支 (B1,B2…)、さらに亜区域気管支レベルまで剖出する。アンテラ (炭化したリンパ節) はきれいに除去する。亜区域気管支レベルまでと言うと躊躇するかも知れないが、特に上葉の区域気管支の変異を検出するには、そこまで解剖する必要がある。最初に上葉・中葉・下葉の葉気管支を区別する。参考書等を見て、肺の外面から肺区域の配置の概要を把握しておく:前から見えている区域は?、後方に隠れている区域は?、下葉の区域はどう並ぶか?、というように整理する。

肺の解剖は、肺の縦隔面から肺実質をくずし、肋骨面横隔面を最後まで温存するのがオリエンテーションを失わないコツだ。それでも剖出とともに肺がつぶれていくので、ヘリカル CT で見るほどの立体感は得られない。その代り解剖学実習では、多くの肺を観察して区域気管支レベルの変異を直視下に体験して欲しい。変異の詳細は実習室前に出すプリントを参照すること。血管は必要に応じて切断し、血管を両開きに反転して気管支を剖出するための視野を作る。しかし、血管を除去してはいけない。

各区域への肺動脈は、通常は区域気管支に伴走する。しかし右S2,S3の肺動脈にはしばしば例外が出現する。回帰動脈と呼ばれ、事もあろうに中・下葉に向かう動脈幹から分かれ、上葉と中・下葉との葉間面を文字どおり上方へ回帰していく。気管支に伴走する通常の動脈と共存することも多く、その場合、亜区域レベルで住みわけていることもあるが、亜区域レベルにおいても2系統が共存していることがある。

摘出肺における気管支の剖出過程で、細い気管支動静脈が見つかる。気管支動脈は、縦隔側 (気管側) の切断端を確認し、後で剖出するために糸でラベルしておく。気管支静脈の多くは肺静脈に注ぐが、主気管支に近い一部の静脈は奇静脈系に注ぐ。

亜区域気管支はB1,B2…a,b,(c)を付けて区別するが、このa,b,(c)の付け方には、外側・内側、上・下あるいは後前というようにある程度の原則がある(下表参照)。

右肺 左肺

B1a上、b B1+2a上、b後、c水平

B2a後、b水平 B3a 外側、b内側、c

B3a外側、b内側 B4a外側、b

B4a外側、b内側 B5a上、b

B5a外側、b内側 B6a上、b外側、c内側

B6a上、b外側、c内側 B8a 外側 b

B*(ビ−コメと読む) B9a 外側 b

B7a後、b B10a後、b外側、c内側

B8a 外側 b

B9a外側 b

B10a後、b外側、c内側

冠状動脈 

心外膜を完全に剥がし、心外膜と心筋層の間の脂肪を丁寧に除去して、動脈を細かく剖出する。静脈はごく太いところだけを残せばいい。左の上大静脈の遺残として、左房外面に比較的太い静脈(左心房斜静脈)があるかも知れない。

冠状動脈名は、臨床で日常的に用いられている AHA 規約 (アメリカ心臓病学会規約) に従う。動脈は心筋に埋没していることがあり (Muscular bridge という)、心筋梗塞 AMI (Acute myocardial infarction) の成立と関係があるらしい。その部位ではピンセットを用いて心筋を少々削る必要がある。中隔枝・房室結節枝などは外面からまっすぐ奥(心筋側)に向かうので、その親動脈を少し持上げて浮して剖出する。冠状動脈の造影像は必ず右斜位と左斜位で撮影するため、解剖の図譜にある前後面の絵はあまり役に立たない。

心臓の外面で、心房と心室の境の溝を冠状溝、心室の間の溝を前後の室間溝という 。冠状溝と後室間溝が交差する部位をクラックス (Crux、十字) と呼ぶ。クラックスに、左冠状動脈が分布する場合を左優位右冠状動脈が分布すれば右優位、左右から枝が来ればバランス型という。クラックスには静脈が集まって冠状静脈洞をつくる。左前からの大心静脈、後ろからの中心静脈、右前からの小心静脈を区別する。

解剖学で用いる心臓の壁の名称 (胸肋面、横隔面、肺面) は死語同然である。一方、心電図 EKGECG による心筋梗塞 の部位診断では、前壁梗塞、下壁梗塞、後壁梗塞、側壁梗塞、中隔梗塞と言うように左室に 5 壁を区分する。境界は不明確だが、この 5 壁を区別してみる。各壁へ分布する冠状動脈は、教科書的に言うと、前壁と中隔前 2/3 には LAD、側壁には CxRCA、後壁と下壁と中隔後 1/3 には RCA とされる。室中隔には刺激伝導系が走るから、中隔の血行障害は様々な形のブロック (左脚ブロック、右脚ブロック etc.) として心電図上に出現する。なお、斜位像ではRCAが常にL字型に見え、ハ−トに掛かるカチュウシャのように広がるLADCxの左右関係は、右斜位・左斜位で逆転する。

Right coronary artery(RCA) 右冠状動脈

Left main trunk(LMT) (冠状動脈) 主幹部

(left) Circumflex branch(Cx) 回旋枝

Diagonal branch(D1,D2,-) 対角枝

Obtuse marginal branch(OM) 鈍縁枝

Postero-lateral branch(PL) 後側壁枝

Left atrial circumflex branch(AC) 左房回旋枝

Conus branch(CB/CN) 円錐枝

SA node artery(SA) 洞房結節枝

Anterior right ventricular branch(RV) 前右室枝

Acute marginal branch(AM) 鋭縁枝

(left) Anterior descending branch(LAD) 前下行枝 (前室間枝)

Posterior descending branch(PD) 後下行枝 (後室間枝)

AV node artery(AV) 房室結節枝

Posterior left ventricular branch(PLV) 後左室枝

Septal branch(es)(S) 中隔枝

心臓内景の観察:特に4腔4弁4中隔の位置関係

まず、左右の心房をそれぞれ適当に開放し、内面を観察する。心房中隔卵円窩に触れる。高齢者でも弁状の隙間を見ることがある(探針的開存)。卵円窩は心房中隔欠損 ASD(atrial septal defect) の好発部位だ。心耳 は発生過程で最初にできる心房部分の遺残であり、ポンプ機能を失った内分泌腺である。新しくできた心房洞部内面は平滑だが、心耳内面には櫛状筋がある。洞房結節 SA node は、上大静脈と右心耳にはさまれた部位にある。そこは、左右冠状動脈の根部から上大静脈基部に向かう 2 本の動脈枝がぶつかる場所に当たるが、結節自体の肉眼的同定は困難とされている。

次いで心室にはいる。肺動脈から右室に向けてまっすぐに前壁をハサミで切り下ろす。できれば、肺動脈弁の弁尖と弁尖の間をねらいたい。大動脈から左室に向けて一気にハサミで切り下ろすにはコツがある。左心耳を寄せて、左心耳と肺動脈の間にハサミが通ること。この際、左冠状動脈本幹 (LMT) を肺動脈側に付けたい。いずれにしても直線的にハサミを入れて壁を一割する。乳頭筋や腱索は切れてもかまわない。弁尖と弁尖の間にハサミを入れたい。割線が小刻みにジグザグするためらい傷が一番よくない。

開いたら心腔内のクロット (凝血) をピンセットできれいに除去して、組織片の容器へ入れる。さらに心腔内を汚物流しで洗う (通常の流しでは詰まる)。血管内にある細長く白っぽいゴムのような塊は、死後分離した血中の蛋白成分がホルマリンで凝固したものである。

さて、ここで心室が2つの部分から構成されることを認識する準備として、左右の握りこぶしを組み合わせて心臓を作ってみよう。自分の目の前に心臓が置いてあるとする。左手の母指球を右室流出路と呼び、左母指が肺動脈である。左握りこぶしの残りの大きな部分が、狭義の右室である。右手も同様に、左室流出路・大動脈・左室 (流出路を除く)の3部分を示す。左室を右室の左後方に重ねると、指の基節部分に房室弁がある。流出路と狭義の心室を合わせた心室は、古代の出土品「まが玉」のような形をしている。内腔ではまず右室を開いて、握りこぶしのモデルを当てはめて「右室流出路」を認識しよう。

つぎに、右室から三尖弁中隔尖を同定して欲しい。そこに付く腱索をハサミで切断しながら、中隔尖を慎重に右房側へ反転する。この中隔尖に半ば隠れて、室中隔膜性部(膜性中隔)という壁の極端に薄い部分が存在する。左室からも指を当てて、ほぼ矢状面をなすこの膜性部をまず同定する。状態がよければ、左室から光を入れて膜性部を右室側から透見できる。膜性部は、心室中隔欠損 VSD(ventricular septal defect) の好発部位だ。膜性部の後下縁に沿って、心内膜直下ないし数mm深部にヒス束が存在し、そこから分かれた右脚は、調節帯という明瞭な肉柱の中へと伸びていく:肉柱は乳頭筋とは異なり、腱索をもたない。ヒス束の剖出を試み、さらに心臓骨格という強靭な結合組織に埋没した房室結節 AV node へと掘り進めてみよう。解剖体の心臓が白っぽい心臓で、ヒス束が心内膜直下にあれば容易に剖出できる。クラックス(上述)の奥 (前方) から僧帽弁三尖弁の間にかけての領域は、心房側 から心室側への複数の刺激伝導系が通る。その中の副伝導路と呼ばれる経路が発達して重篤な不整脈を起こすことがあり、その際はクラックスの奥を冷凍凝固して治療する。

左室でも上述の流出路「左室流出路」を認識して、左右の流出路の間にある中隔、すなわち流出路の中隔 を区別する:ここは発生過程では円錐中隔と呼ばれていた部分である。室中隔筋性部(筋性中隔)の中でも、流出路の中隔(母指球が接する部分:水平面に近い斜面)とそれ以外の部分(指の中節どうしが接する部分:ほぼ矢状面)は、同一平面に存在しえないことが分かるだろうか:両者は 90 120 ゜の角をなして交わる2平面に属するため、心エコ−の際に同一画面上に描出することは不可能である。

上から大動脈を覗き込み、ヴァルサルバ洞 Valsalva's冠状動脈口を確認する。ヴァルサルバ洞とは、料理で使うおたまのような大動脈弁のポケット状の部分で、左・右・無冠() 3ヴァルサルバ洞がある。心雑音が特徴的なヴァルサルバ洞動脈瘤破裂が、右房 (ないし右室) に連続して左-右シャント (シャント=短絡路) を作るという隣接関係は納得できるか。2弁性の大動脈弁はまれではないが、もう1つの半月弁である肺動脈弁には数の異常は少ない。一方で房室弁(三尖弁と僧帽弁)にはしばしば副尖が出現する。

肝臓の臓器内解剖:肝内門脈と肝静脈の構築を中心に

摘出肝において、腹膜に覆われている部分と肝無漿膜野を区別する。無漿膜野は、肝冠状間膜より後方の広い領域を占める。肝の外景を観察して、解剖学的な左葉と右葉、横隔面と臓側面、肝門を中心とするHを構成する部分名 (静脈管索裂、下大静脈窩、肝円索裂、胆嚢窩) を確認する。常に原位置にもどして前後上下の位置関係を再確認する。肝門部を浅く剖出し、門脈・胆管・動脈を区別する。これら3者(Triad)は共通の結合組織鞘に包まれている:その束全体を外科ではグリソンと呼ぶ。下大静脈の左で臓側面に突出した尾状葉(正しくはスピーゲル葉)が、下大静脈を完全に包みこんでいるようであれば報告する。胆嚢管等は切断せずに、胆嚢を胆嚢床 (胆嚢窩) から剥がす。胆嚢床の剥離によって、胆嚢のドレナ−ジ静脈の多くが切れる。胆汁はホルマリンで変化して緑色に着色している。十二指腸側に向けて、剖出してある範囲で胆管を確認する。肝動脈の変異(例えばSMA由来の右肝動脈)は、あればすでに検討されていることと思う。

下大静脈の切り口から覗き込んで肝静脈の流入口を確認したら、ピンセットで肝実質を崩して、太い肝静脈を下方に 3-5cm 程度追及する。短肝静脈が右葉臓側面で目に付くが、その多くは次第に浮いてはがれてしまう。特にS6領域に始まる径5mm以上の太い短肝静脈をIRHV(あえて右下肝静脈と訳す)と呼び、外科的に応用価値がある。基本的な3 本の太い肝静脈を確認するため、下大静脈周囲を横隔面から 1cm 程度掘り下げていく。しかし、外形がくずれるので過度に横隔面を壊してはいけない。右肝静脈モドキの太い静脈根が S7,S8領域から2-3 本出てくるが、ここでは一括して右肝静脈と呼ぶことにする。肝区域(S1,S2..S9)については後述する。

スピ−ゲル葉をピンセットで崩して、そこに分布する門脈枝・肝静脈根を裸にし、さらにある程度は切詰めて剖出の視野を広げる。尾状葉の解剖は肝臓外科では大いに重要であるが、実習では尾状葉がくずれて初めて、その深部で中肝静脈を下方に肝門部 (グリソンの左右分岐) まで追及することができる。左右の肝静脈を剖出する視野も尾状葉 (があった部分) から得られる。赤黒くもろい肝静脈と、白い丈夫なグリソンの区別は付くだろうか。スピ−ゲル葉深部(前方)の邪魔な結合組織索は静脈管索を疑う。

同時に、ピンセットで肝門部から肝実質を崩し、グリソンをクイノー肝区域レベルまで剖出することを忘れない。まずグリソンが左右 2 枝に分れる(右門脈・左門脈)。通常さらに右は前後 2枝に分れる。この前区域枝から S5, S8 が、後区域枝から S6, S7 の区域枝・亜区域枝が分れる。右門脈から後区域枝が分岐する部位(分岐角) P-pointと呼ぶ。左では肝円索に続く太い門脈臍部U-point)をまず確認し、さらに S2, S3 (外側区域)の 2 枝あるいはS4 (内側区域, Paramedian sector)を含めた数枝に分れる。このように肝門に近い太い部位から順次剖出していく。

左右の門脈いずれから枝が来るかを基準に、尾状葉も左右(S1,S9)に分けるべきであるが、なぜか外科医は「S1=スピーゲル葉、S9=下大静脈部(下大静脈の前と右に接する部分)&尾状葉突起」のごとく、部位によって定義している。このため、S1=左領域、S9=右領域という対応は成立しない(多くの外科医は気付いていない)。さらに尾状葉は、門脈の左右分岐部のちょうど又の部分からもしばしば太い枝を受けている(caudate portal branches of the hilar bifurcation origin)

外径2 mm未満の末梢の細かいグリソンにこだわると先に進めないし、応用的には重要性が低い。グリソンの中で動脈がどこに位置するかは変異が多く、臨床的には重要だが、実習では省略する。学生は前区域枝 (S5, S8) の剖出が常に甘い。特に S8 の範囲は広く、右葉の上方に突出した部分の多くを占める。尾状葉 (があった部分) から視野を得て剖出する。S5 2-3 本あり、本幹を作らないのでわかりにくい。後区域枝の分岐形式には大きな個体差があり、S6区域枝の同定は案外むずかしい。

グリソンに注意を奪われると、もろい肝静脈を破壊してしまう。最初に横隔面で見つけた静脈は、その後もきちんとフォローしていく。中肝静脈は、尾状葉 (があった部分) で掘り下げたら、今度は胆嚢床を軽くひっかくと続きが出てくる。胆嚢床 (S4, S5) では静脈もグリソンも大変浅く細く、横隔面の要領で剖出すると破壊してしまう。中肝静脈は S8にも食いこむ。右肝静脈は、前区域枝と後区域枝の間にピンセットを進めて、さらに S6まで追求する。左肝静脈 S2, S3 の肝内グリソンと噛み合っており、内側・外側区域の境界とは言えない。S2,は常にS3後方に位置する。左肝・右肝の境界面(カントリ−面)は、一般には中肝静脈と下大静脈の2線によって定義されると言われる。しかし、そんな単純な平面ではなく曲面である。前方でS4()が中肝静脈より右方に突出、中央でS8()が左方に突出、後方ではしばしばS9(ここでは右)が左上方に突出している。