研究活動とコンピュータ・ネットワーク: 解剖学会が 研究ネットワーク連合委員会 (JCRN)に参加

辰巳治之 (tatsumi@sapmed.ac.jp) 札幌医科大学解剖学第一講座

Acta Anat Nippon (解剖学雑誌) 68:231-234(1993)

研究活動とコンピュータ

最近、コンピュータの発達は著しく、世の中ではいろいろな情報が電子化されつ つある。解剖学会における解剖学文献集の電子化計画もそのうちの一つである。こ の電子化とともに他の資料や情報もデータベース化して利用できるようにしようと、 学術情報センターの後押しもあって、解剖学会ではデータベース委員会(委員長: 東京大学 養老教授)が組織された。このバックグランドには、わが国独自のデー タベースの数は少なく、大多数は外国の物で、日本ではそれを購入し単に利用する だけで、データベース作成に関して、日本の世界に対する貢献度が極めて低いこと がある。さらに日本語で検索できるデータベースは非常に限られており、いろいろ な情報が電子化されても、まだまだ日本の研究者にとってハンディキャップは大き い。そこで、学術情報の提供と流通の促進を通じて大学などの研究活動を支援する 目的をもって、昭和61年に学術情報センターが設立された(1)。より良いデータ ベースをつくるべく学術情報センターから各学会へデータベース作成の協力要請が されている。実際、学術データベース作成の為には各研究者、学会の協力が必要で、 また、その為にもますます学術情報センターの役割も重要になってきており、学術 情報センター自身も、もっと便利にならなければならない。  これからは各大学や研究施設には学術情報センターなどを容易に利用できる環境 (the Internet)が必要である。使用料が安価で操作が簡単なら大勢の人が使い、ま た利用者が多いとさらに料金を下げることもでき、ますます発展していく。気軽に 利用できるネットワーク環境にあれば、逆に情報の提供やデータの訂正も楽にでき る。このような快適なシステムになると、加速度的に便利なものに進化していく。 とにかく信頼できる役に立つ情報が多くないと使いものにならない。手軽に使える ネットワーク環境になく、不便なもので、費用がかかると誰も使わない。誰も使わ ないと、コストは高く便利にならず悪循環に陥る。  遺伝学関係の雑誌では、権威あるセンターにデータを登録し、そのアクセス番号 を記載しないと、論文がアクセプトされ難くなっている。コンピュータ・ネットワー クが完備されている施設では、簡単に外国の遺伝子データベースに登録できるが、 一方、不備な施設では厳しい現状である。現時点ではこのように各研究施設におけ るネットワーク設備の格差は否めないが、このようにしてコンピュータ・ネットワー クを介し、各研究者の協力をえてデータベースを構築していけば、莫大な費用をか けずに信頼性の高いデータベースを構築することができるので、徐々にネットワー ク環境を整備する必要がある。国立遺伝学研究所遺伝情報分析研究室(世界有数の 遺伝子関係のデータベースのセンター)でも、数年前までは毎日雑誌とにらめっこ をし、新しいDNAの情報が掲載されていれば、それを手入力していた。このよう な人海戦術だけだと、費用はかさみ、タイプミスの可能性もあり、データの信頼性 もあまり高くならない。現在ではコンピュータ通信の発達により、ネットワークを 介してデータが収集されるようになり(2)、かなりの作業が軽減され、迅速かつ正 確にデータベースが構築されるようになっている。  コンピュータ・ネットワークによる遺伝子データベース作成は当然の帰結といえ る。ところが、データ受け入れ及び提供がコンピュータ・ネットワークを介してで きるようになっても、コンピュータ・ネットワークの普及と、各研究者の理解・協 力がなければ安価に質の良いデータベースを構築することは不可能である。ネット ワーク環境は単にデータベース構築にだけ便利なのではなく、研究者にとって快適 な知的生産の活動の場となりうるのである。この遺伝子登録は情報関連機器が研究 活動に利用されているほんの一例であるが、これからますます研究活動や我々の生 活にこのような機器が導入されるようになることは必至である。そこでこれからの コンピュータとそれを取り囲む環境、そして日本の学術ネットワークの現状につい て述べ、解剖学会データベース委員会から研究ネットワーク連合委員会(JCRN) に参加するようになったいきさつを述べる。

コンピュータについて(3,4,5)

 ひと昔まえまでは、コンピュータといえば科学技術計算をするためのもの、いわ ゆる数値計算機(カリキュレイタ)としての使い方が主流であったが、今日ではワー プロを代表とする文字情報を扱うための必須の情報機器となっている。この変化の 第一段階はパソコンの出現と、ビジネスマンの三種の神器とまでいわれるワープロ、 表計算、データベースソフトの普及である。単機能のワープロ専用機と異なり、ソ フトを入れ換えるだけで、他の用途にもつかえるというので爆発的に広まった。テ レビゲームのソフトもパソコンの普及に拍車をかけた。仕事の要素だけでなく遊び の要素もなければここまで普及しなかったであろう。しかし、パソコン、テレビゲー ムというと、孤独な人間が使っているというイメージがつきまとう。そこで第二段 階は、コンピュータ・ネットワークの普及である。孤立していた各パソコン(パソ コンユーザー)が、電話線を介し他のユーザーとコミュニケーションをすることが できる。これも、無線のハムのような趣味的感覚がその普及に拍車をかけている。 そして第三段階は、高速ネットワークとそれにつながるワークステーションの出現 である。さらに全世界的なインターネット(the Internet)によって、さまざまな障 壁がなくなってしまった。ここまでくるとコンピュータは、知的活動をする為の道 具として十分に活用できる。  社会といっても広いようで狭い。自分の周り、あるいは知人の範囲でしか実際の 社会はないのではないだろうか? ところが、このコンピュータ・ネットワークに 参加すると本当に色々な人々がいることが良く分かり、さらにその人々と interpersonal communicationを持つことができる。コンピュータ・ネットワーク を介さなければ決して知り合いになれなかった人々と会話することができる。これ もまた遊びの要素が含まれるのであるが、研究活動でも同じようなことができれば、 研究のさらなる発展が期待できるのではないだろうか。このコンピュータ・ネット ワークでコミュニケーションする方法として主なものに電子メールと電子掲示板 (ニュースシステム)とがある。電子メールは個人と個人の間でおこなわれるもの で、電子掲示版は個人と多数の間のコミュニケーションになる。これらは主に音声 ではなく文字を用いて行い、これらの文字はすでにコンピュータに入力されている ので再利用なども簡単に行なえる。最近では音声や画像を含むマルチメディアのコ ンピュータ・コミュニケーションも可能になりつつある。  コンピュータ・コミュニケーションを快適に行なうためにはワークステーション が便利である(5)。人間の頭のなかでは、マルチパラレルに様々なことをやってい る。文章を書いたり、論文をまとめたりする時には、一つの画面だけでは効率が悪 い。机の上に色々な資料を並べ、それらを参照し文章をまとめていくのと同じよう に、複数のウィンドウを開いて色々な情報を見ながら、文章を作成していく。また、 文章作成中に、自分のデータを検索しながら、他のウィンドウを使って遠い所にあ るデータベースを利用したり、電子メールにより共同研究者に連絡をとったり等が、 他のプログラム(仕事)を終了せずにできる。このような方法は、非常に効率がよ く、人間の思考過程に即している。さらにワークステーションを高速のネットワー クに接続することにより、遠く離れたところにあるデータやプログラムさらにはC PU(コンピュータの中央演算処理装置)を、今使っているワークステーションの 中にあるかのようにして使える。これによりデータの一元化やデータ処理の分散が 容易にできる。医学の分野ではとくに情報量が多いので、ワークステーションによ るLAN(Local Area Network)を巧みに利用することが必要であると考える。この ような計画はあちこちの大学で全学レベルで動き出している(6,7,8)。

日本の学術ネットワーク

 大学内LANを接続する全国レベルのネットワークが構築されつつある(9)。そのい くつかを紹介する。

JUNET(Japanese UNIX NETwork)

1984年に慶応大学と東京工業大学の接続を最初に成長を遂げてきたJUNETは WIDEの前身ともなったネットワークで、主に電話線でUNIXシステムをつなぐネット ワークである。使用するプロトコルは主にUUCP(UNIX to UNIX Copy)で、約750組織 が加入している。このうち140ケ所はTCP/IP接続である。1992年からは会費制度の 協会となった。

WIDE(Widely Integrated and Distributed Environment)

WIDEは32の大学および46の企業研究所等、合わせて78のドメインをつなぐ日本最大 の研究用インターネットである。今までボランティアの手で行われてきた運用がユー ザの増加とともに困難になってきたこともあって、研究開発部分はそのままWIDEプ ロジェクトとして残すが、実用になったサービスの方は、IPサービスを専門とする 民間企業を設立して、そちらに委託することが検討されている。

TISN(Todai International Science Network)

東大理学部と国内の主な研究所及び、ハワイ大学をつなぐネットワークで、ゲノム 研究ネットワークとも接続され、加入機関は28機関(うちヒトゲノム関係6)に増 えている。

HEPNET

高エネルギー研を中心とするネットワークで、ローレンス・リバモア研経由でアメ リカのHEPNETにつながっている。

BITNETJP

従来のRSCS方式のBITNETとは別にJOIN(Japan Organized InterNetwork)と名付ける インターネット・サービスを開始した。このTCP/IPネットワークには、理科大のほ か、金沢工大、東北大、などが参加する予定。SINETとも平成4年7月22日より接続 している。

学術情報センターによるネットワーク

日本全国の大学研究機関を結ぶ学術研究用の情報通信ネットワークである。

SINET

TCP/IPによるLAN間通信のためのネットワーク網「インターネット・バックボーン」 で、予定も含めて、北大、東北大、名大、京大など9大学および6ネットワーク [TRAIN (東大),筑波(筑波大,図情大), HEPnet (高エ研), JOIN (理科大), SSnet (宇宙研), WIDE (慶応大)]が加入している。

JAIN(Japanese Academic Inter-University Network)(7)

科研費総合研究A(代表:野口・東北大教授)で開発されている研究目的の大学イ ンターネットで、JNICの平原氏(東大)によれば、多様な回線で、82の大学(キャ ンパス)・高専が加入している。

研究ネットワーク連合委員会:JCRN(Japan Committee for Research Networks)(8,9)

ネットワークの発達にとって重要なことは、それぞれのネットワークが分断されて いたのでは、コミュニケーションを促進するはずのものが、逆に障害になってしま う。そこで、日本のアカデミック・ネットワークの発展を推進する目的で色々な学 会の代表及びネットワーク関係者により1990年10月16日に設立された組織 がJCRNである。その目的は「コンピュータ・コミュニケーションが学術分野に おいて研究活動の一つの重要な基盤であるとの認識に立ち、これを学術研究の発展 に有効利用するために、関連した諸ネットワーク相互間の連携をはかり、かつ今後 日本国内における研究ネットワークのあるべき姿を学術団体の立場から提示する」 こととなっている。このような情勢を鑑み、解剖学会で行なっている色々な情報の 電子化も、他のデータベースやネットワークと整合性をとりながら行なえるように、 JCRNの第二回委員会(90年12月)から参加している。 参加学会・組織: 情報処理, 電子情報通信, 人工知能, 日本物理, 応用物理, 日 本数学, 日本統計, 地震, ソフトウェア科学, 認知科学, 原子力, 計測自動制御, テレビジョン, 精密工学, 日本音響, 日本OR, 地球電磁気, 応用数理, 日本解剖, 日本微生物株保存連盟, 日本天文学会, InetClub, INTAPnet, NACSIS, HEPNET, JAIN, BITNETJP, TISN, BITNET, JUNET, WIDE  これらの分野の中でもとくに医学関連の情報量は莫大で、解剖学の情報はその基 礎となるものである。そこで学問及び、解剖学会発展のため、有益な利用価値の高 いデータベースが作成され、さらにこれを契機として知的活動のためのコミュニケー ションの場が提供され、多くの研究者が利用できる環境が整備されることを望む。 さらに、これら研究活動の基盤となるアカデミックネットワークの発展のためには、 各研究者の理解、参加が是非とも必要である。 参考文献 1) 平成2年度学術情報センター要覧

2) DDBJ Newsletter 8:16-17 (1989)

3) 石田晴久:コンピュータ・ネットワ ーク, 岩波新書 pp 1-245 (1991)

4) Tatsumi H : "Comfortable Research Environment":Academy Equipment from Personal Computing to Interpersonal Communication via Computer Network. Proceedings of the 6th Sapporo International Computer Graphics Symposium pp 12-14 (1992)

5) 辰巳治之: 医学の分野におけるコンピュー タ利用の方向と期待:快適な研究環境をめざ して. 医学のあゆみ 152:107(1990)

6) 川添良幸、静谷啓樹(訳編)キャンパス・ ネットワーキング. 共立出版, 東京, bit別冊 12月号 pp 1-266 (1990)

7) 野口正一 編(科研費総合研究A):シンポ ジウム論文集「大学内ネットワーク相互接続 の諸問題」pp1-100(1990年12月14日), 「日本におけるアカデミック・ネットワーク の相互接続の諸問題」pp1-121(1992年3月11日)

8) JCRNセミナー抄録:学術研究とネットワー ク(1992年3月10日) pp 1-86

9) JCRN Newsletter 1(1991)、2(1992)

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tatsumi@anat.sapmed.ac.jp

Department of Anatomy, Sapporo Medical University Schoool of Medicine