人工内耳について

原理
人工内耳の基本となる原理は内耳の聴神経を電気的に刺激し、これによって中枢で音あるいは言葉の感覚を得させようとするものである。
われわれが取り扱う高度の感音性難聴あるいは聾では、その障害部位が蝸牛の中でも音の感受にもっとも重要な部分、すなわち音の振動エネルギー(機械的エネルギー)を電気的エネルギーに変換するコルチ器、中でも有毛細胞の障害が多い。このような場合、聴覚刺激を中枢に伝える蝸牛神経に障害がなければ、コルチ器が受け持っている音の機械的エネルギーを電気的エネルギーに変換する機能をなんらかの方法で代行させてやれば聞こえの感覚を取り戻すことができる。これを行なうのが人工内耳の電極であり、コルチ器を介さずに直接聴神経の末梢に電気的信号を伝達する方式がとられている。
また、今一つの人工内耳の重要な役割として蝸牛が行なっている周波数分析を代行する必要があり、これは体外部(スピーチプロセッサ)でのフィルタで行なわれ、この情報は体内部の電極に刻々と伝えられる。
人工内耳の電極は蝸牛の聴神経になるべく近い部位に位置させる必要があり、通常は正円窓を介して蝸牛の鼓室階に電極を入れる方式がとられている。

適応
以下に現在の人工内耳の適応基準を示す。
  1. 補聴器を用いてもコトバを聞き取れない両側高度感音難聴者
  2. プロモントリーテストで聴神経の存在が確認されること
  3. 画像診断で蝸牛内に人工内耳電極挿入可能なスペースがあること
  4. 全身検査で内科的な問題のないこと
  5. 18歳以上の成人であること
  6. 言語習得後失聴者であること
  7. 精神・神経学的に問題のないこと
このうち、eからgは現在では適応基準から除外されつつある。しかし、さまざまな問題点が内在していることも事実である。

リハビリテーション
人工内耳は術後に初めて電極を作動させる「音入れ」を行なっても、すぐにコトバを聞き取れるケースは少ない。マッピングと呼ばれる人工内耳体外部(スピーチプロセッサ)の調整と、患者自身の努力によって少しずつコトバが聞き取れるようになる。この過程を人工内耳のリハビリテーションと呼ぶ。
補聴器と人工内耳とが大きく異なるのは、補聴器は音を増幅して耳に伝えるもので、音質の問題などはあるにしても患者の努力はそれほど重要ではない。それに比べると人工内耳は約3万本の聴神経線維を介して聞いていた音が、わずか22本の電極からの電気的刺激だけとなるので、今まで聞いていた音とはかなり異質なものになる。したがってこのような音によるコトバの情報を意味のあるコトバとして理解するにはかなりの時間と努力とが必要ななってくる。さらに先天聾など、それまで音を全く聞いたことのない例では、コトバの聞き取りのためのリハビリテーションが重要な意味を持つ。
音入れ後は、定期的にマッピングを行ない、患者とのやりとりを介してもっとも聞こえが良くなるように人工内耳を調節してゆく。そのほか定期的に行なうコトバの聞き取りの検査、さらに生活指導、心理面への援助、環境音の聞き取りの指導などが重要な意味を持つ。
しかし現在、これらのリハビリテーションを担う職員が不足しており、人工内耳の症例を増やす上で制限因子となっている。

参考文献
本庄 巖・編著、人工内耳、中山書店