第3回人工内耳勉強会 発表記録より

 
札幌医科大学耳鼻咽喉科 言語療法士 岡 崎 聡 子
 みなさん、こんにちは。札幌医大耳鼻咽喉科で、人工内耳のリハビリテーションを担当しています。言語療法士の岡崎あきこです。

 先日「人工内耳はこんなふうに聞こえているんじゃないかなぁ」という音を、聞かせてもらいました。まるで、ドナルドダックが親兄弟、親戚みんな連れてきていっぺんに話しているようでした。あの音がみなさんの努力で、だんだん聞きやすい音に変わっていくんですね。

 「人工内耳のリハビリテーション」さて、一体どんなことをするのでしょう。大きく二つに分けることができます。まず、「オフリハ」と言って、音入れ前に、言葉の聞き取りを助けるために読話の練習をしたり、お子さんの場合であれば、スムーズにマッピングの作業を進めるために、太鼓がどぉんと鳴ったら積み木を積むとか、刺激を感じた回数だけおもちゃを並べるといった練習と、もうひとつは「オンリハ」と言って、音入れ後のマッピングや聞き取りの練習などに分けられます。  マッピングは皆さん良く御存知かと思いますが、各電極に、言葉を聞き取る上で適した電流量と、音の大きさを割り当てていく作業です。大変微弱ながらも、耳の中に電流を流すのですから、あまり耳の負担にならないように、CG(コモングランド)やBP+1(バイポーラ+1)あるいはBP+2とモードを変えることもあります。BPの場合、プラスになる数字が大きい程、流れる電流量は少なくなります。

 ところで、みなさんは、大声コンテストに参加したことがありますか?それぞれ、思い思いの言葉で叫んでいますね。「お小遣い値上げしろー」とか、「休みをもっとよこせー」とか様々です。ここぞとばかりに、日頃のうっぷんを晴らしていますね。では、どんな人が優勝すると思いますか?…声の大きな人。そうですねぇ。あたりまえです。でも、いくら地声が大きくても、優勝を逃すことがあります。それは、こんなことを叫んだ時です。「イチローのサイン欲しいー」。さて、どうしてでしょう?
 音声には、強弱があります。パンチのある音と、無い音に分けることができます。母音では、一番パンチのあるものは「あ」です。パンチの無いものは「い」と「う」。子音では、一番パンチのあるものは/b/、パンチの無いものは/h//f/です。日本語は母音と子音の組合せですから、考えて見ますと、音として強いのは「ば」弱いのは「ふ」ということになります。50音にあてはめてみると、「さ行」、「は行」それから、「い段」、「う段」で始まる言葉は大変弱い音ということになります。ですから「イチローのサイン欲しいー」では、弱い音の連続になってしまうわけですね。
 これは、人工内耳や補聴器を使用している人にとっては、聞きずらい音ということになります。どうしても聞き取れない音があるからといって、マッピングの時に少しうるさい音を我慢して入れたとしても、解決できることではありません。私たちは、適切なマッピングを目指していろいろと調整していますが、ここに、機械の限界を感じずにはいられません。みなさんの聞こえのせいだけではない問題がここにあるわけです。
 ところが、ここに目で見て判りやすい言葉を考えて見ましょう。それは、「ぱ」「ば」「ま」「ら」「わ」「は」です。これらを先程の聞きずらい音に重ね合せて見ると、これだけの音が、視覚で判別できるんですね。よく、人工内耳の手術を受けたら、聞こえるようになるんだから、読話の練習なんて必要ないという方がいらっしゃいますが、ここに読話を練習する意味があるわけです。

 人工内耳は万能な機械ではありません。聞こえは個人差がありますし、音のパンチ力の違いによる聞きずらさ、というウィークポイントもあります。テレビやラジオ、音楽が聞き取りずらかったり、電話の声が聞き取れなかったり、沢山人が居るところで、一人の人の声を聞き取るのが難しいということもあります。それを補うのが、読話であったり身振り手振りとなると思います。
 そこで、ご家族や身近な人に協力していただきたいと思うことがいくつかあります。まず、人工内耳を埋め込んだからといって、聴力が全く元どおりに回復するのではないということを、頭の片隅に置いてください。先程も言いましたが、人工内耳にも欠点があることを覚えていてください。でも、静かな場所で、ゆっくり、はっきりと口元を見せるように話していただくと、比較的良く聞き取れると思います。「ゆっくり」と言っても間延びした話し方をする必要はありません。逆に言葉のリズムが崩れて判らなくなります。外国人が話す日本語を真似すると、「え?」と思うことがありますよね。それから、うまく聞き取れない時に、大声で言い直す方がいらっしゃいます。これは人工内耳の特性上、逆効果なので大きな声を張り上げる必要はありません。また、一度言って判らないからといって紙に書いたりせず、「歯医者」を「虫歯を治す先生」と表現を変えたり、「風船」を「赤い風船」のように、最初に判りやすい言葉をくっつけてみるとか、工夫をしてください。始めはうまくいかなくて、がっかりすることが多いかもしれません。でも、普段の生活の中でいろいろな音を聞いたり、いろいろな場面を経験していく中で、聞こえは少しずつではありますが変わっていきます。気長に人工内耳とつきあう気持ちが大切です。
 また、私たち健聴者は音が聞こえるようになって良かったと、単純に考えてしまいますが、ある調査では、不安を感じると答えた方が思ったより多くいらっしゃいました。これは、久し振りに聞こえるようになった音が、始めからきれいな音ではなかったり、失聴してからできたものの音もあるからだと思います。あると思わないところに音があるものですから、変な音が聞こえるとか、頭がおかしくなったんじゃないかと思うこともあるようですね。今日いらしている方のなかにも、エレベーターの中で幽霊の声を聞いた方がいらっしゃいますね。幽霊の正体は、「ドアが閉まります」という、あれです。健聴者にはあたりまえの音でも人工内耳を使っている方には、恐ろしい体験となることがあるようです。そういったことも、聞こえの状態とあわせてご家族や、身近な人に理解していただきたいと思います。
 そして実際に人工内耳を使っている皆さんは、どうしたら自分が聞きやすいのか、それを遠慮なく相手に伝えるようにしてくださいね。大切な約束ごとは、念のために紙に書いて確認することも大切です。おしゃべりや音を楽しむために、味方をどんどん増やしていって欲しいと思います。

 長々とおしゃべりをしましたが、このへんで終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。