札幌医科大学医学部

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2004年2月18日

 

シンドビスウイルスによる転移性腫瘍の標的化治療

 

Jen-Chieh Tseng, Brandi Levin, Alicia Hurtado, et al.

Systemic tumor targeting and killing by Sindbis viral vectors

Nature Biotechnology  22: 70 ? 77, 2004. (Published online: 30 November 2003, doi:10.1038/nbt917)

 

濱田洋文 札幌医科大学医学部 分子医学研究部門

 

背景・目的

癌の遺伝子治療を成功させるためには、全身に散らばって転移している腫瘍を特異的に標的化できるベクターが必要である。従来、治療ベクターの腫瘍内投与が行われてきたが、そのような局所投与法では転移腫瘍を持つ患者の治療には実用的でない。全身投与できるベクター作りを目指して、腫瘍組織特異的なプロモーターで細胞傷害性遺伝子を発現させたり、腫瘍選択的に増殖するベクターが開発されてきたが、ほとんどは限られた少数の腫瘍細胞に取り込まれて発現するのみで、汎用性に乏しいものであった。ニューヨーク大学遺伝子治療センターのTsengらは、血液で運ばれるシンドビスウィルスを全身投与し、転移した腫瘍細胞に特異的に感染させ、アポトーシスを誘導できることを示した。

 

方法

1.  シンドビスウィルスのベクターSindbis/luc、Sindbis/lacZ、Sindbis/IL-12は、Invitrogen社のシステムを用いて作製している(参考文献1)。すなわち、シンドビスレプリコン(SinRep/Luc、SinRep/LacZ、SinRep/IL-12)ないしDHBBヘルパーRNAをコードするプラスミドDNAを制限酵素でリニアとし、キットを用いて試験管内トランスクリプションさせる。得られたRNAをBHKハムスター細胞にエレクトロポレーションで入れて、36時間後の細胞培養液を回収し、マイナス80度Cで保存し、ウイルスベクター液として用いる。

2.  マウスの実験では、Xenogen社のIVISイメージングシステム(参考文献2)を用いている。投与した基質(luciferin)が導入遺伝子産物のluc酵素(ルシフェラーゼ)によって発光して得られる生物発光シグナルを検出して画像解析する。この方法では、マウスを生かしたまま、luc遺伝子発現の局在と強さをモニターすることができる。

結果

1.  SCIDマウスの皮下にBHKハムスター細胞の皮下腫瘍(500mm3)を作らせ、治療用のSindbis/lucベクター(107-108CFU)を腹腔内に投与した。腹腔内投与にもかかわらず、luc遺伝子発現は皮下腫瘍局所に限局し、投与後5日から10日にわたって高い発現が得られた。また、腫瘍の増殖もコントロールされた。

2.  BHK細胞の亜株で膵臓内腫瘍を作製し、治療用のSindbis/lacZベクターを腹腔内投与したところ、膵臓内の腫瘍局所に特異的な集積を認めた。

3.  BHK細胞を静脈注射し、肺転移腫瘍モデルを作った。Sindbis/lucベクターを静脈内投与したところ、肺転移局所に遺伝子導入が得られた。

4.  ラミニン受容体前駆体をコードするLAMR1遺伝子を高発現するES-2ヒト卵巣癌細胞のSCIDマウス腹腔内播種モデルを作り、Sindbis/lucベクターを腹腔内投与した。ベクターは腸間膜、大網や横隔膜などに転移播種した腫瘍細胞に集積した。シンドビスウィルスによって標的化される細胞は、マウスやハムスター由来の細胞に限らず、ヒト由来の腫瘍細胞でもよいことがわかる。腫瘍増殖に対する治療効果はSindbis/lacZでも見られたが、Sindbis/IL-12でより顕著な治療効果が得られた。リコンビナントのIL-12タンパクを腹腔内投与したものは、Sindbis/IL-12による治療とは対照的に、ほとんど治療効果が得られなかった。

5.  以上の実験はすべてSCIDマウスなど、免疫不全の宿主を使った実験である。免疫が正常のマウスでもシンドビスウィルスによる治療が可能かどうか調べるため、Pan02マウス膵臓癌細胞でC57BL/6マウスに皮下腫瘍をつくるシンジェネイックモデルで、Sindbis/lucベクターの治療効果を調べた。Pan02細胞では、正常細胞に比べてLAMRの発現が高い。Pan02腫瘍は大概の化学療法に耐性であるが、Sindbis/lucベクターは皮下腫瘍に集積し、増殖を制御することができた。

6.  シンドビスウイルスのターゲティングが、培養細胞に特徴的なものである可能性を除外するために、さらに、Rgr とp15(ink4b)オンコジーンに関してヘテロ(+/-)になっているMSV-RGR/p15+/-トランスジェニックマウスに自然発症してきた線維肉腫の治療を試みた。線維肉腫は、四肢やしっぽにできやすい。できるだけ腫瘍から遠い部位(たとえば腹腔内など)にウィルスを投与して治療したが、ウィルスは腫瘍に選択的に集積し、治療効果が得られた。

考察

1.  シンドビスウィルスは、受容体として、67キロダルトンの高親和性ラミニン受容体(High-affinity laminin receptor、LAMR)を経由する(参考文献3,4)。本論文で示された腫瘍特異的な感染性は、このレセプター分子が、標的の腫瘍で高く発現していることによるものである。Tsengらは、LAMRの高い細胞として、BHKハムスター細胞、マウス膵癌細胞Pan02、ヒトES-2卵巣癌細胞、などを用いている。LAMRは多くのヒト癌細胞で正常細胞に比べて発現が高いことが報告されているが(参考文献5)、ヒトの癌治療にどれだけ有用かに関しては、今後、十分な検討が必要である。

2.  シンドビスウィルスによる細胞傷害は、ウィルスが感染した哺乳類の細胞でアポトーシスが引き起こされるためである(参考文献1)。外来性の自殺遺伝子などを入れる必要はない。シンドビスウィルスの細胞傷害性には、ナチュラルキラー細胞などの関与も知られている。

 視点

1.  シンドビスウィルスは、トガウィルス(Togaviridae)ファミリーのアルファウィルス(alphavirus)に属するRNAウィルスである。シンドビスウィルスベクターは、以前から、vitroでの遺伝子導入に関してよく調べられていたが、vivoに関しては、中枢神経系や抗原提示細胞などに関して若干の報告があるものの、ほとんど調べられてこなかった。シンドビスウィルスは、他のウイルスベクターと比較して以下のような特徴がある(参考文献1)。a)哺乳類や昆虫の細胞に対して極めて高い遺伝子導入効率が得られる。 b)感染した細胞のサイトプラズムのなかでRNAが増幅し、105ものRNA分子が転写され、感染後数時間以内にきわめて高い遺伝子産物の発現が得られる。 c)RNAゲノムのウィルスで、ライフサイクルの中にDNAフェースを持たないため、ウィルスゲノムが染色体に組み込まれることによって起こる副作用や危険が回避できる。 d)RNAゲノムは約12kbで、比較的小さく、遺伝子操作が容易である。増殖できないタイプの安全なベクターを作ることができる。 e)血液脳関門をも通過するような、血液によって運ばれる(blood-borne)ウィルスであるため、体内のほとんどの細胞に到達することができる。癌の遺伝子治療ベクターを開発する上で特に注目したいのは、この最後のポイントである。癌を正常細胞と見分けて追いかける選択性と追従性を備え、効率的に癌細胞を殺すことができる安全性の高いベクターの開発を目指してゆくうえで、blood-borneのベクターを用いて、高親和性ラミニン受容体などの好適な腫瘍標的候補をねらってゆくのは、現実的で期待のできるストラテジーと考えられる。

2.  TsengらのC57BL/6マウスを用いたPan02腫瘍の治療実験では、繰り返しベクターを投与しても、宿主の免疫によってベクターの治療効果が消失するような現象は認められなかった。また、アレルギー反応などの副作用も認められなかった。宿主の免疫系は、シンドビスウィルスを用いた腫瘍治療の妨げにならない可能性があり、このベクターの大きな利点となるかもしれない。ただし、ウィルスの再投与による中和抗体の出現、それに伴う副作用の可能性などに関しては、今後さらに詳しい検討が必要である。

3.  遺伝子治療の前臨床研究では、ヒトの疾患をよく反映した動物実験モデルが最も重要なポイントとなる。Adamsらの仕事(参考文献2)では、CCDカメラによる生物発光のモニター技法を上手に使って、マウスが生きている状態で、細胞の局在と導入遺伝子の発現量を評価することに成功している。Tsengらもこの方法をモニターとして用いることによって、実験の効率を飛躍的に上げ、得られる情報の質・量ともに向上させている。本論文のような方法で、遺伝子導入の分布や発現量をモニターしながら治療経過を追ってゆく手法は、非常に有効であり、今後大いに普及してゆくにちがいない。

参考文献

1.   Tseng, J.C. et al. In vivo antitumor activity of Sindbis viral vectors. J. Natl. Cancer Inst. 94, 1790?1802 (2002).

2.   Adams, J.Y. et al. Visualization of advanced human prostate cancer lesions in living mice by a targeted gene transfer vector and optical imaging. Nat. Med. 8, 891?897 (2002). 

3.   Wang, K.S et al. High-affinity laminin receptor is a receptor for Sindbis virus in mammalian cells. J. Virol. 66, 4992?5001 (1992). 

4.   Strauss, J.H., et al. Host-cell receptors for Sindbis virus. Arch. Virol. Suppl. 9, 473?484 (1994). 

5.   Martignone, S. et al. Prognostic significance of the 67-kilodalton laminin receptor expression in human breast carcinomas. J. Natl. Cancer Inst. 85, 398?402 (1993). 

    


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