札幌医科大学医学部

   分子医学研究部門
  近況と話題

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2004年4月26日

 

 

文献紹介

札幌医科大学 分子医学研究部門 濱田洋文

 

 

マウスの骨髄幹細胞(MSC)の増殖速度・分化能・表面形質・などは、マウスの系統によって異なる

Alexandra Peister, Jason A. Mellad, Benjamin L. Larson, et al.

 

Adult stem cells from bone marrow (MSCs) isolated from different strains of inbred mice vary in surface epitopes, rates of proliferation, and differentiation potential

Blood, Mar 2004; 103: 1662 - 1668.

 

背景・概要

 成人の骨髄幹細胞(mesenchymal stem cell, bone marrow stem cell, bone marrow stromal cell; 以下、MSCと略す)は、ES細胞と並んで、再生医療で最も重要な研究対象であり、遺伝子修飾したMSCは、遺伝子治療の手段としても有力視されている。ところが、マウスの骨髄幹細胞(mMSC)の分離と増殖培養は、ヒトやラットのMSCに比べて従来、困難であるとされていた。Peisterらは、5系統のマウスを用いて、MSCの分離・増殖培養の方法を樹立した。

 

 

 

方法

 Bl/6、BALB/c、FVB/N、DBA1の4つの純系と、Bl/6のEGFPトランスジェニックのGFPtgの、計5つの系統のマウスからmMSCを調製した。大腿骨と脛骨の骨髄から1分間の遠心400xgにより骨髄細胞を取り出し、9%ウシ胎児血清(FBS)と9%ウマ血清(HS)を含むRPMI1640培地(complete isolation media, CIM)で24時間培養したのち、浮遊細胞をPBSで洗って除き、残った付着細胞(passage 0、継代0)を、3-4日ごとにCIM培地を加えながら、4週間にわたって培養を続けた。4週間の培養の後、37度CのトリプシンEDTAで2分間処理して浮遊した細胞(継代1)を別のフラスコに移し(2分間のトリプシン処理ではがれてこない細胞は捨てた)、CIMを3-4日ごとに交換しながら、1-2週間の培養の後、トリプシンEDTAで細胞をはがし(継代2)、1平方センチ当たり50個の細胞密度で、complete expansion media (CEM; 9% FBSと9% HSを含むIscove modified Dulbecco medium、IMDM)に蒔き込んだ。CEM培地を3-4日ごとに交換して、1-2週間後に細胞をはがし(継代3)、凍結保存、ないしは1平方センチ当たり50個の細胞密度でCEMにさらに播き広げ、以下同様に植え継いだ(継代4-7)。

 

結果

1)        骨髄を遠心分離する方法は、一度に多くの骨を処理でき、コンタミも少ない。 2)造血細胞の増殖を抑制して、mMSCの分離に有利となるように、分離培地(CIM)はRPMI1640培地ベースとした。最初の4週間のCIMでの培養で、はがれてくる多くの細胞を除くことができる。 3)継代1、継代2で紡錘型の細胞が大半を占めるようになる。CEM培地に、継代2の細胞を平方センチ当たり50個とまばらに播くことにより(継代3)、単一の細胞由来のコロニーとして、急速に増殖してくる。継代7では、5系統のすべてで同様の形態を示した。継代3の細胞を播き込むとき、播き込み密度が低いほど、高い増殖が見られた。これは、継代4の細胞のコロニー形成能に影響しなかった。 4)継代7の細胞を用いて、mMSCの増殖に好適な培地と血清濃度、骨や軟骨、脂肪細胞へ分化効率などを検討した結果、系統によって特有な、さまざまに異なる結果が得られた。たとえば、DBA1由来のmMSCは、IMDMを含む培地では骨・軟骨や脂肪細胞には分化せず、DMEMベースの培地で分化誘導をかけたときにだけ、骨や軟骨に分化した。 5)表面形質は以下のようであった。内皮細胞マーカー(FLK1、CD31PECAM、Thy1、c-kit)は、4つの純系由来のMSCですべて陰性。CD45はじめ、多くの造血系細胞マーカー(CD11b、Ter-119、CD45R/B220、Ly-6C、CD3e)はすべて陰性。しかし、CD34やSca-1の発現はさまざま(Bl/6ではCD34強陽性Sca-1強陽性、FVB/NではCD34陽性Sca-1強陽性、DBA1では、CD34弱陽性Sca-1弱陽性、BALB/cではCD34弱陽性Sca-1陰性)であった。CD106(VCAM-1)の発現は、Bl/6と FVB/Nでは陽性、DBA1とBALB/cでは非常に低かった。

 

考察

 今回のマウスのMSC分離のプロトコールは、従来のヒトやラットで行われている方法とは、以下の点が異なっている。1)遠心法で長管骨から骨髄を分離、2)FCSだけでなく、HSを同量用いる、3)最初の4週間は高密度で培養、まき直してからさらに(造血細胞の増殖を抑制する培地で)1-2週間高密度で培養し、容易にはがすことのできる細胞だけをハーベストし、今度は、低密度で増殖培地で培養。以上のような、一見些細に見えるプロトコール改変によって、造血細胞や内皮細胞の混入のない、収率の高い培養法となった。マウスのMSCは、ヒトやラットのMSCとほぼ同様の増殖や分化能を有する。しかし、5系統のマウス由来のMSCを比較すると、増殖に好適な培地、増殖のペース、分化能の指向性、表面マーカーの発現など、個々の系統でさまざまに異なっていた。GFPtgマウス由来のMSCの増殖は非常に遅く、GFPでラベルされた骨髄細胞の移植実験の結果が悪いという報告の原因になっているのかもしれない。

 

視点

MSCへの遺伝子導入は、近未来の遺伝子治療で、かなり大きな位置を占めるであろう。ヒトとラットのMSCの培養はきわめて容易で、私たちの研究室でも日常的に行っている。しかし、 同様の方法でマウスのMSCを調製しようと試みたところ、様子が全く異なった。MSCの増殖も遅く、しかも、培養を続けるだけではCD45+の造血系の付着細胞の混入を取り除くことができず、CD45に対する抗体を用いて磁気ビーズで取り除く操作が必要であった。C57Bl/6とICRの2系統のマウスから調製したところ、両者のMSCの増殖速度と細胞の形態がはっきりと異なるため、不思議に思っていた。私たちのマウスMSCに関する仕事は、不思議だなあ、と感じる段階で長く停滞し、踏み込むことなく時を過ごしていたのである。対照的に、今回紹介したPeisterたちは、同じ困難に対して、系統的に取り組み、培養プロトコールの違いは一見些細な違いではあるものの、BLOODの論文1報にまとめて、多くの研究者の参考に供してくれた。プラクティカルには、非常に役立つ文献であろう。

近年、分子生物学の手法はますますスピーディーになり、研究者の意識の中にも「些細な培養法の工夫」などには拘泥していられない、早く答え(答えだけ?)を知りたい、といった感じの焦りが生じがちである。が、たとえば、今回紹介した一見地味な論文のように、もっとも基盤となるようなメソドに関して、試行錯誤で失敗しながらも、いろいろ工夫して乗り越えるというやりかたが、昔ながらの生物科学実験の醍醐味でもあり、個人的にはとても好きな論文である。

 

    


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