札幌医科大学医学部

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2004年7月23日


腫瘍の特異的標的化を目指した遺伝子治療法の開発

 

濱田 洋文 札幌医科大学・分子医学研究部門


 

私たちは、標的細胞に対して高い特異性を持ち、しかも高効率で遺伝子を導入・発現させることが可能な、新規アデノウイルスベクターの開発を目指している。このようなベクターに、細胞増殖・アポトーシス関連遺伝子・免疫制御遺伝子、などの治療遺伝子を組み込んで、がんに対して高い治療効果を得ることを目的としている。

1) Ad5本来の受容体であるCARと結合しないAd40の短いファイバー (F40S) を有するキメラアデノウイルスをベースとして用いることにより、in vivoでの腫瘍組織への選択性の向上が得られた。Adv-F40Sは肝臓への取り込みは従来型の50分の1以下、肝臓以外の組織に対しても親和性は見られなかった。F40Sは、ノブがCAR受容体に結合しないことに加え、さらにF40Sのシャフトが肝臓に取り込まれやすいペプチドモチーフを欠如するために、肝臓への遺伝子導入(バックグラウンド)が少ないベクターになった。

2)インテグリンを標的としたF/RGD 変異型アデノウイルスを用いて、悪性黒色腫、口腔・咽喉頭領域の扁平上皮癌、膀胱癌などで高い治療効果が得られた。

3)F/RGD 変異型アデノウイルスによって、骨髄由来の間葉系幹細胞MSCにも高い遺伝子導入効率が得られた。サイトカイン遺伝子導入MSCを用いて、浸潤性の高いグリオーマに対する脳内腫瘍治療実験を行ったところ、MSC細胞は、グリオーマ細胞塊の辺縁に添って拡がり、強い抗腫瘍効果が得られた。悪性神経膠腫に選択的なDDSとして有望である。

4)現在、F/RGD アデノウイルスの臨床への応用を目指して各種ベクターを作成し、安全性の評価を進めている。ウイルスの作成に当たっては、アデノウイルスの左端から357bpないし455bpと右端全長を含むプラスミド(それぞれpAx3、pAx455)を作成し、1個のプラスミドDNAのトランスフェクションのみでウイルスを作成することにより、E1などの混入のない、安全性の高いベクター作成システムとしている。

5)E1A変異とE1B55k欠失ないしVAI(virus-associated RNA I)変異を併用すると、腫瘍特異性がさらに高まった殺腫瘍アデノウイルスとなる。これに外被ファイバーの修飾を施して、感染効率を高めたベクターとした。また、E1Aを腫瘍組織特異的プロモーター(CEAprなど)でドライブすることにより、選択性の高い治療効果が得られた。これらの基礎実験結果をもとに、進行膵癌に対する臨床研究を準備している。

6)腫瘍に対する選択的標的化の候補分子を探索するために、抗体のFcドメインに結合するProtein AのZ33モチーフをAd5ファイバーのHIループに持つAdv-FZ33アデノウイルスを作成した。CARをほとんど発現しないヒト膵癌細胞AsPc1やヒトメラノーマ細胞A375に対する遺伝子導入効率をEGFPないしb-gal遺伝子発現で測定した。AsPc1やA375に発現する表面分子(CD29、CD54など)に対する抗体を付着させたAdv-FZ33による遺伝子導入・遺伝子発現は、コントロール(抗体の非存在下またはコントロールIgG併用でのAdv-FZ33、ならびに野生型Ad5ファイバーAdv-Fwtのウイルス)による遺伝子導入・発現の数十倍に増強できた。また、ErbB2を高発現するヒト卵巣癌細胞(SK-OV3など)への遺伝子導入は、ErbB2抗体の併用により、選択的に著明に(EGFP遺伝子導入細胞%で、5%から90%へ)増強できた。同じ抗原分子を認識する異なった抗体間で比較すると、驚くほどの効果の差が見られた。このような標的化テクノロジーにおいては、標的分子種だけでなく、抗原と対応する個々の抗体の特性が重要である。腫瘍細胞とZ33アデノウイルスとを架橋することによって遺伝子導入効率が高まるモノクローナル抗体をスクリーニングすることにより、腫瘍細胞に対して標的化の可能な表面分子と抗体の組み合わせの探索を開始している。






「近況と話題」目次


2004年7月23日c  Bone marrow stem cells (MSC) for clinical applications

2004年5月30日   アポートシス誘導タンパクのBaxを発現するプラスミドを併用すれば、DNAワクチンによる細胞性免疫反応の両方を高めることができる

2004年4月26日   マウスの骨髄幹細胞(MSC)の増殖速度・分化能・表面形質・などは、マウスの系統によって異なる

2004年2月18日    シンドビスウイルスによる転移性腫瘍の標的化治療

2003年12月18日b  SCID-X1遺伝子治療を受けた2人の患者でLMO2ローカス変異に伴うT細胞白血病が発症した

2003年12月18日     「短くまとめること」の勧め  

2003年11月18日  研究の概要 H.HAMADA 1981-2003

2003年6月11日  年金の話「年金を知れば国の仕組みが見えてくる」

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2003年5月20日 
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2003年5月20日a Bmi-1は成体のHSCの増殖に不可欠

2003年5月19日a 
PDGF-BBとFGF-2の併用で血管新生: angiogenic synergy and vascular stability


2003年5月19日b 札幌医科大学でのアンジオポエチン(Ang1)遺伝子治療進捗状況

2003年5月13日a 脊髄損傷の再生医療

2003年5月12日a Wntタンパクの精製と造血幹細胞の増殖

2003年5月12日b Ligand-receptor binding by TALL-1

2003年5月8日a 癌学会抄録2003

2003年5月8日b ホームページに関するお願い

2003年5月7日a GCP,GMPとGLP:臨床研究に関連した略語の解説

2003年5月2日a Insulin/IGFと再生・遺伝子治療    

2003年5月2日b アデノウイルスベクターの末端の配列

2003年5月2日c 当部のアデノウイルスベクターpAx3シリーズ

2003年5月2日d 骨髄由来の幹細胞の主な起源は細胞融合


2003年5月2日e  VEGFとAng1の併用が有効

2003年5月2日f 
E3プロモーターで外来遺伝子をドライブするオンコリティックウイルス
Oncolytic viruses pack a timely punch.  その1


2003年4月25日 消化器癌の遺伝子治療   
(Virotherapy: Replication-selective viral therapy for cancer)

2003年4月22日 幹細胞注入で多発性硬化症マウスモデルの麻痺が改善

2003年4月21日a ホームページ更新再開

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