札幌医科大学医学部

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2004年8月23日

文献紹介

 

札幌医科大学 分子医学研究部門 濱田洋文

 

かぜエンテロウイルスのコクサッキーウイルスA21の全身投与によるヒト悪性黒色腫の治療

 

Shafren DR, Au GG, Nguyen T et al.

 

Systemic therapy of malignant human melanoma tumors by a common cold-producing enterovirus, Coxsackievirus A21.

 

Clin Cancer Res. 2004 Jan 1;10(1 Pt 1):53-60.

 

 

濱田洋文 札幌医科大学医学部分子医学研究部門               

 

背景・概要

悪性黒色腫(メラノーマ)は、早期から遠隔転移を伴い、化学療法に反応せず予後不良である。そのため、増殖制御の可能なウイルス(conditionally replication-competent virus, CRCV)を用いてメラノーマを治療する試みが盛んに行われている(文献1,2の総説参照)。Shafrenらは、メラノーマの悪性進行度のマーカーとして知られている細胞間接着分子ICAM-1と補体制御タンパクのDAF(decay-accelerating factor)に着目した。ICAM-1を多く発現するメラノーマ細胞は、LFA1(lymphocyte function associated antigen-1)分子を介して、循環しているリンパ球と相互作用し、メラノーマが転移して広がりやすくなると考えられている。もう一つのDAFは、補体システムによる破壊から細胞を守り、メラノーマをはじめ多くの癌細胞の表面で発現が亢進していることが知られている。細胞表面のICAM-1とDAFのコンビネーションで、ヒトのかぜエンテロウイルスのコクサッキーウイルスA21(CAV21)のレセプター複合体が形成される。DAFはウイルスが膜に付着する受容体として働き、ICAM-1はウイルスの取り込み以降のプロセスをつかさどる。一般にエンテロウイルスのキャプシドとDAFとの相互作用だけでは、感染が進まないとされている。一方で、中和抗体などでCAV21の感染を完全にブロックするには、ICAM-1とDAFの両方をブロックする必要がある。CAV21は、上気道症状(かぜ)を起こすウイルスとして以前から知られており、ヒトボランティアによる研究で、重篤な症状は起こらないことが知られていた(文献3,4)。そこで、Shafrenらは、CAV21がヒトメラノーマの治療に使えるかどうか、動物モデルを用いて検討した。

 

方法・結果

ヒトメラノーマ細胞株6種は、ICAM-1とDAFを大量に発現していた。メラノーマ細胞株にCAV21をMOI10で感染させると、すべての細胞株で強い細胞死が得られた。また、ウイルス感染と増殖の結果、大量のウイルス(108/ml)が得られた。メラノーマ細胞と、正常肺線維芽細胞(MRC-5、DAFは低く、ICAM-1はほとんど発現していない)や横紋筋肉腫細胞(RD、DAFは低く、ICAM-1は陰性)などと共培養し、CAV21やコクサッキーウイルスB3(CVB3)をMOI10で感染させた。CVB3は、DAFとCAR(Coxsackievirus adenovirus receptor)の複合体を受容体に使っていることが知られている。この実験の結果、CAV21はメラノーマ細胞を急速に殺すが、DAFを発現しているMRC-5正常細胞やRD腫瘍細胞には障害を与えなかった。一方、CVB3ウイルスは、RD腫瘍細胞を殺したが、CARをほとんど発現していないメラノーマやMRC-5細胞には障害を与えなかった。

 メラノーマ患者の末梢血リンパ球と初代培養メラノーマ細胞は、DAFとICAM-1を良く発現していた。ただし、ICAM-1の発現量はメラノーマ細胞の方が多い。CAV21をこれらの細胞に感染させ、クロムリリース測定で細胞障害を調べると、メラノーマは完全に細胞が壊れているのに対して、リンパ球では細胞死はほとんど見られなかった。メラノーマ患者のリンパ節転移組織のバイオプシーサンプルを用いた実験でも、対応する結果が得られた。

 NOD-SCIDマウスにヒトメラノーマのゼノグラフトを作り、CAV21を、腫瘍内、腹腔内、ないし静脈内投与して治療効果を検討したところ、どのような投与法を用いても局所のゼノグラフトでウイルスが増殖し、治療効果が得られた。また、複数の皮下腫瘍を持つマウスの1カ所の腫瘍に局所投与しただけで、他の腫瘍にも感染が広がり、治療効果が得られた。CAV21の投与量に応じて治療効果が現れたが、ごく少量のウイルス投与でも、1,2週間の遅れはあるものの、強い治療効果が得られた。

 

考察

CAV21は、上記のような前臨床実験で顕著な治療効果を有するため、従来の化学療法や放射線療法、免疫療法などが効かないメラノーマ患者に対して、有望な治療法になり得る。この著明な治療感受性は、メラノーマがICAM-1/DAFレセプターを高発現することと、感染後は大量のウイルスが産生され、血流に乗ってウイルスが運ばれ、遠隔転移した腫瘍にも感染が広がることが、大きな要因であろう。メラノーマ患者の末梢血リンパ球にはCAV21の感染と増殖が見られないが、これは、ICAM-1/DAFが発現されていてウイルスの接着は十分に起こるにもかかわらず、ウイルスの取り込みないしそれ以後の増殖に重要なプロセスのどこかが進まないためである。これに関する詳細な分子メカニズムは十分に解明されていない。

 CRCVとしては、アデノウイルス、単純ヘルペスウイルス、レオウイルス、ポックスウイルス、など、さまざまなウイルスが報告されている。最近注目されているものでは、ヒトの鼻風邪ウイルスのrhinovirusの内部リボソームエントリーサイト(IRES)をもつポリオウイルス、PV1(RIPO)がある(文献5)。一方、CAV21は、遺伝子操作を伴わない、もともとヒト風邪ウイルスであり、健常人へ感染したときの症状は軽微であることがすでに知られている(文献3,4)。

 

視点

40年前私が子供の頃のことを思い出してしまう。人々が医学の発展を語るとき、当時はよく、「将来は、癌が風邪と同じようにたやすく治ってしまう、(当時の)虫垂炎と同じで、(近い将来には)癌も病気とも言われなくなるだろう」と言われていた。日本が敗戦を経て20年、高度経済成長時代に突入した頃で、科学(特に医学)の発展に関してナイーブなオプティミズムが支配していた時代であったように思う。確かに、将来、ひどい風邪をひいたのと同じぐらいの苦しみ程度でメラノーマが全快してしまえば、メラノーマに対する医学の勝利宣言として良いだろう。今回紹介した論文は、そのような戦略のスタート地点の一つである。現実には、メラノーマ征服というゴールまでの道のりは遠く険しい。まずは、以下のような課題に取り組まなければならない。1)脳炎、肝炎、肺炎、など、重要臓器に重篤な感染がヒトで起こらないだろうか? マウスではCAV21が増殖できないので、顕在化しないのでは? 2)普通の風邪と同じように中和抗体が産生されて、早期にウイルス増殖がコントロールされてしまい、腫瘍には十分な効き目がないのでは? 3)CAV21は、メラノーマ以外の癌では、どのような治療効果を示すだろうか。感染と増殖の分子メカニズムは? 4)腫瘍細胞はヘテロな集団。CAV21に耐性の腫瘍細胞がたやすく選択されてこないだろうか? 耐性のメカニズムは? 5)CAV21のような野生型のウイルスのヒトや環境への安全性は? さらに安全にする工夫は?

 

参考文献

  1. Kirn D., Martuza R. L., Zwiebel J. Replication-selective virotherapy for cancer: biological principles, risk management and future directions. Nat. Med., 7: 781-787, 2001.

  2. Mullen J. T., Tanabe K. K. Viral oncolysis. Oncologist, 7: 106-119, 2002.

  3. Schiff G. M., Sherwood J. R. Clinical activity of pleconaril in an experimentally induced coxsackievirus A21 respiratory infection. J. Infect. Dis., 181: 20-26, 2000.

  4. Couch R. B., Douglas R. G. J., Lindgren K. M., Gerone P. J., Knight V. Airborne transmission of respiratory infection with coxsackievirus A type 21. Am. J. Epidemiol., 91: 78-86, 1970.

  5. Gromeier M, Lachmann S, Rosenfeld MR, Gutin PH, Wimmer E. Intergeneric poliovirus recombinants for the treatment of malignant glioma.  Proc Natl Acad Sci U S A. 2000 Jun 6;97(12):6803-8.


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