2004年10月27日

文献紹介

札幌医科大学 医学部 分子医学研究部門 教授 濱田洋文

1型糖尿病の発症を遺伝子治療で予防する

Chaorui Tian, Jessamyn Bagley, Nathalie Cretin, et al.  Prevention of type 1 diabetes by gene therapy  J. Clin. Invest. 114: 969-978, 2004.

 

背景と目的

1型糖尿病は、T細胞がインシュリン産生ベータ細胞を破壊することによって起こる自己免疫疾患である。1型糖尿病の発症には多数の遺伝子の関与が知られているが、クラスII組織適合性抗原のベータ鎖(MHC class IIb)の57番目のアミノ酸がチャージを欠くもの(リスク・アレル)であることが、主要な遺伝的要因となっている。逆にMHC class IIb 57番目のアミノ酸がチャージを持つものであれば、1型糖尿病を発症しない。NODマウスは、自然発症の1型糖尿病の動物モデルであり、1型糖尿病と関連したヒトの遺伝的多型ときわめてよく似たI-Ag7(以下I-Ag7と略す)と名付けられたクラスII組織適合性抗原遺伝子(ヒトHLA-DQB1のホモログ)アレルを持っている。MHC class IIbリスク・アレルでは、ヒトもNODマウスもベータ鎖の57番目のアミノ酸にチャージがないため、MHC class IIアルファ鎖の76番目のアルギニンとイオン結合を形成できない。この遺伝的多型によって、異常なペプチドがclass II 分子と結合して提示され、自己反応性のT細胞の除去(ネガティブ選択)が、発生の過程で有効に行われない。一方で、このリスク・アレルのために、1型糖尿病の発症を抑制する調節T細胞をポジティブ選択することができないことが関与しているかもしれない。

 I-Ag7以外のMHC class II 分子を発現させたトランスジェニックNODマウスは糖尿病を発症しない。また、糖尿病を自然発症しない系統のマウスの骨髄細胞を移植すると、NODマウスの糖尿病発症を予防できる。これらの結果は、MHCが1型糖尿病の発症に重要であることを示すものである。しかし、トランスジェニックマウスでは、糖尿病耐性MHC分子が胸腺上皮と骨髄由来細胞の両方に発現するため、糖尿病発症の予防には、調節T細胞のポジティブ選択、自己反応T細胞のネガティブ選択、の両方が関与し得る。骨髄移植モデルでは、耐性MHC分子は造血系の細胞のみで発現するが、アロの骨髄細胞では、NODマウスの糖尿病発症に影響するMHC以外のアロ遺伝子も多く発現している。従って、これらの結果からは、糖尿病耐性のMHCアレルがどのようにして糖尿病の発症を防ぐことができるのかという機序は明確でない。また、糖尿病耐性のMHCアレルの発現だけで、糖尿病の発症が防げるかどうか、不明である。

 そこで、Tianらは、糖尿病耐性のMHC class II I-Ab 鎖の分子(以下、耐性I-Ab)を遺伝子導入で発現させ、NODマウスの自己骨髄細胞をオート移植する実験モデルで、糖尿病発症が予防できるかどうか調べた。

 

方法と結果

1.I-Ab鎖の遺伝子導入と発現: 造血細胞系での糖尿病耐性MHC class II 分子の追跡を容易にするため、H-2dH-2k由来のI-Ab鎖のC末端(細胞質内)にEGFPタンパクを融合させた、I-AbGFP融合遺伝子を作製し、VSVGエンベロープを持つレトロウイルスを用いて、骨髄細胞に遺伝子導入を行った。7日前に5FU投与したNODマウスの骨髄細胞への遺伝子導入効率は、遺伝子導入直後では15%前後の効率であった。10.25Gy(致死量)の放射線を照射したメスのNODマウスに4 x 106個の遺伝子導入NODマウス骨髄細胞を移植し、効果を調べた。移植から8週後の末梢血単核球(PBMC)の5から10%の細胞がGFP陽性であり、この比率は、移植後36週までフォローアップを続けた期間内でほぼ不変であった。20週の時点で、脾臓・PBMC・骨髄・胸腺などに存在するCD3+T細胞、B220+B細胞、CD11b+マクロファージ、CD11c+樹状細胞にGFPの発現が見られた。外来性のI-AbGFP融合タンパクは、MHC class II を発現するB細胞や抗原提示細胞などでは、内因性のI-Ab鎖と共に細胞表面に発現していた。しかし、本来MHC class II を発現することのないT細胞などでは、細胞質内にとどまり、細胞表面への発現は見られなかった。

2.1型糖尿病の発症予防: コントロールのGFP遺伝子導入骨髄細胞を移植したNODマウスでは、6例中4例で、移植後22週までに糖尿病を発症した。糖尿病耐性I-Ab鎖の遺伝子導入NODマウス12例では、移植後40週まで観察しても糖尿病は1例も発症しなかった。また、20週と40週の時点で組織を調べたところ、糖尿病耐性I-Ab鎖の遺伝子導入NODマウスでは、ラ氏島へのT細胞の浸潤などの炎症所見(ラ氏島炎)が見られなかった。

サイクロフォスファマイド(エンドキサン)投与によって、NODマウスに糖尿病を誘発できる。糖尿病誘発T細胞を抗CD4抗体と抗CD8抗体を投与してあらかじめ除いてから、遺伝子導入細胞の骨髄移植を行い、21週後にサイクロフォスファマイド投与を行った。コントロールのGFP遺伝子導入骨髄細胞移植を受けたマウスの14例中11例(79%)で、28週までに糖尿病を発症した。一方、糖尿病耐性I-Ab鎖の遺伝子を導入したNODマウス24例では、移植後46週まで観察しても糖尿病は1例も発症しなかった。

3.自己抗原反応性のT細胞: 遺伝子導入自己骨髄を移植後20から28週でサイトカインのELISPOTアッセイにより、自己抗原反応性のT細胞の存在を調べた。インシュリン(タンパク全体)や、GAD65(グルタミン酸脱カルボキシラーゼ65)の206-220ペプチドなどで、マウス脾細胞を刺激した。GAD65ペプチドは、NODマウスの強い自己抗原ペプチドであり、I-Ag7と高い親和性で結合する。コントロールには、ミエリン塩基タンパク(MBP)の85-99ペプチドを用いた。コントロールのGFP遺伝子導入骨髄細胞移植マウスの脾では、GAD65やインシュリンに対し高い頻度でサイトカイン産生細胞が認められたのに対し、糖尿病耐性I-Ab鎖の遺伝子導入NODマウスの脾では、わずかな細胞でサイトカイン産生反応が認められただけであった。

4. ラ氏島抗原特異的T細胞: ペプチドライブラリーのスクリーニングから見つかったAAAAVRPLWVRMEAABDC-15)は、ラ氏島炎と糖尿病を引き起こすラ氏島反応性のT細胞を刺激するペプチドである。 Tianらは、このペプチドを載せたI-Ag74量体を用いて、NODマウスの胸腺と膵臓の所属リンパ節内のラ氏島抗原特異的T細胞の検出を行った。その結果、I-Ag7/BDC-15の4量体と結合するT細胞受容体を持つCD4+T細胞は、糖尿病耐性I-Ab鎖の遺伝子導入NODマウスの胸腺では、ネガティブ選択を受けることがわかった。

 

考察

T細胞によって引き起こされる自己免疫反応の予防に遺伝子導入細胞の移入が非常に効果的であることが示された。糖尿病耐性のMHC class II b鎖分子の遺伝子導入を骨髄細胞に施して移入するだけで、胸腺内の自己反応T細胞の発生を防ぐことができる。IL-10IL-4などのサイトカイン遺伝子を発現させたり、共刺激分子経路をブロックしたりして自己免疫反応を防ぐ非特異的な免疫抑制の方法に比べて、MHC class II b鎖分子の遺伝子導入は、非常に特異的な免疫抑制であり、きわめて高い治療効果をもたらす。アロの骨髄細胞移植でも1型糖尿病の発症を抑えることができるが、GVHDの危険もあり、実施は困難である。MHC class II b鎖分子の遺伝子導入自己骨髄移植治療は、そのような危険もなく、臨床に使える可能性が十分にある。

 

視点

この仕事の鍵となっているのは、1型糖尿病の動物実験モデル、すなわち、日本のシオノギ研究所で生まれたNODマウスである(文献1)。NODマウスでは、自然発症の1型糖尿病と関連したヒトのアレルときわめてよく似た遺伝的多型を有する。つまり、ヒトの1型糖尿病を良く反映した動物モデルになっている。従って、この動物モデルでわかった病態や治療法は、ヒトの臨床の病態をも反映し、有効な治療法になる可能性が高い。当論文でTianらは、今までのトランスジェニックマウスのデータやアロ骨髄移植の結果などから示唆されていた病態を、単一の遺伝子を導入した自己骨髄移植(遺伝子治療)でも確認できたことを報告している。病態の理解という観点からは、Tianらの仕事で特別な進展があったというわけではない。しかし、単一の遺伝子による遺伝子治療が成功する可能性を実際に示したことが、治療法開発という視点からは、大きな一歩になっている。高く評価されるべき、優れた論文だと思う。

Tian らの論文を受けて、CreusotらのコメントがJ. Clin. Invest. に載っている(文献2)。「恐らく、自己免疫を治癒させるために最も有効な方法」を示したパイオニア的な仕事だと褒めてあるものの、「ヒトに適用するには最も難しい方法の一つ」と弱気な(ひかえめな?)コメントである。Creusotらは、遺伝子治療がなぜ難しいかに関しては、十分な記載を施していない(文献2)。「遺伝子治療」だから「難しい」、という短絡的発想か? この辺りの漠然とした「難しさ感」が、「遺伝子治療」というものに対する、専門的な研究者の場合をも含め、ごく一般的な感触かもしれない。

 

執筆後記

3年間、18回にわたって連載してきた文献紹介「遺伝子治療」も、今回をもって連載終了となります。田河水泡さんの連載漫画「のらくろ」が退役する時のような寂しさもちょっぴり。でも、締め切りに追われて勉強開始する悪夢のようなプレッシャーから解放され、安堵しています。皆さんの「遺伝子治療に対する難しさ感」が、少しずつ「親しみ感」に変わってくのに、この連載シリーズが少しでもお役に立ちましたなら幸いです。長い間、ありがとうございました。

 

参考文献

 

  1. Elias D  The NOD mouse: A model for autoimmune insulin-dependent diabetes. pp.147-161.  In Cohen IR and Miller A eds.  Autoimmune Disease Models: A Guidebook. Academic Press, 1994, San Diego.
  2. Creusot, RJ and Fathman CG  Gene therapy for type 1 diabetes: a novel approach for targeted treatment of autoimmunity.  J. Clin. Invest. 114: 892-894, 2004.

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