2004年8月31日

制限増殖アデノウイルスによる遺伝子治療

 

Gene therapy using conditionally replication-competent adenoviruses (CRCA)

 

札幌医科大学 分子医学研究部門 濱田洋文

Hirofumi Hamada, Department of Molecular Medicine, Sapporo Medical University

060-8556札幌市中央区南1条西17丁目

メール  hhamada@sapmed.ac.jp

 

キーワード

adenoviral vector, gene therapy, cancer, ras, p53

 

 

はじめに

細胞の癌化の機構と、細胞内でのウイルス増殖の分子メカニズム間に、共通の分子経路がある。これを利用して、ウイルスタンパクの機能の一部を欠損した変異型ウイルスを工夫すると、標的とする特定の細胞中でのみ選択的に増殖するウイルス(conditionally replication-competent virus, CRCV)、すなわち、がんの治療に使える殺腫瘍ウイルス(oncolytic virus)になる(文献1)。CRCVとしては、アデノウイルス、単純ヘルペスウイルス、レオウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルスPV1(RIPO)、コクサッキーウイルスA21(CAV21)などがある。本稿では、制限増殖型のアデノウイルス(conditionally replication-competent Adenovirus, CRCA)に焦点を絞って、最近の展開を紹介したい。

           

1.PKRの抑制された腫瘍細胞に選択的なCRCA

インターフェロンで誘導されるPKR(double-stranded RNA-activation protein kinase)の活性に着目して、活性化ras特異的な増殖型治療ベクターを作ることができる(文献2)。アデノウイルスでは、PKRに結合するもののPKR活性化は起こさない小RNA、VA (virus-associated) RNAsを産生して、PKR活性をブロックしている(図1)。VAI RNAをコードする部位に欠損を持つ変異型アデノウイルスは、PKR活性を抑制できない。一方、Rasの活性化されたヒト膵癌細胞などでは、ras経路によって、PKR活性が抑制されている(図1)。したがって、VAI欠損アデノウイルスはras依存的に腫瘍特異的増殖を示し、Ras活性異常を持たない正常細胞では増殖のないベクターとなる(図1)。E1A変異とE1B55k欠失ないしVAI(virus-associated RNA I)変異を併用すると、腫瘍特異性がさらに高まった殺腫瘍アデノウイルスとなるであろう(文献3)。従来、PKR活性亢進は腫瘍に対し抑制的に働くということがいわれてきたが、メラノーマや大腸癌などで悪性化が進むとともにPKR活性が高まるという報告(文献4)もあり、それらの細胞でVAI欠損アデノウイルスがどのような増殖を示すか、また、VAI欠損に関しても具体的にどのような欠失にすれば抗腫瘍効果が得られるかなど、検討が必要である。

 

2.p53、p16-Rbなどの変異に特異的なCRCA

多くのウイルスは、被感染細胞のレティノブラストーマ蛋白(Rb)とE2F1をはじめとするE2Fファミリー転写因子との相互作用をブロックするような蛋白(アデノウイルスE1Aなど)をコードしている。図2に示すように、E2F-1などがRbから離れて、細胞増殖に必要な標的遺伝子を活性化する。しかし、これが同時にp14ARF蛋白の産生を引き起こし、MDM2活性(p53の分解を高める)を阻害する。その結果としてp53の安定化をもたらし、細胞とウイルス両方の増殖が遅くなる。そこでウイルスは、p53の機能を阻害するような蛋白(アデノウイルスE1B55Kなど)を作って、細胞の防御機構に対抗する。E1B55Kを欠損したウイルス、Rbと結合できない変異型E1Aを持つウイルスなどが作製され、p53やp16-Rb経路に異常を持つ腫瘍細胞に対するCRCAとしての使用が検討されている。今のところ、きれいにp53の変異を見分けることのできるCRCAは樹立されていない。

一方、アデノウイルスの増殖に必須であるE1Aを腫瘍特異的に発現するタンパクのプロモーターでドライブすることにより、CRCAとする試みもある。癌胎児抗原(CEA)、α‐フェトプロテイン、前立腺特異抗原(PSA)、テロメラーゼ(TERT)、その他、さまざまのプロモーターが試みられている。

 

3.CRCA治療の効果増強のためのさまざまな試み

 アデノウイルスのE1Bではp53と結合する55Kのほかに、抗アポトーシスタンパクのBcl-2のホモログの19Kタンパクがコードされている。Sauthoff H ら(文献5)やKim Jら(文献6)は、E1B19Kを欠損したベクターの方が、CRCAの感染時に細胞死が起こりやすく、抗腫瘍活性が高くなることを報告している。細胞死が高まることによって、細胞外へ放出されるウイルス粒子の数も高くなり、周囲の細胞への感染も広がる。また、19K欠損CRCAの方がシスプラチンやタキソールなどの抗がん剤との併用効果も高い。

CRCAに加えて、抗がん剤、放射線、サイトカインなどの併用が数多く試みられている。臨床研究でも、シスプラチンなどの抗がん剤と併用されることが多い。CRCAの効果増強のためにp53遺伝子を高発現させると良いという報告がある(文献7)。がん細胞の多くはp53の変異を持っており、p53を介したアポトーシスに耐性になっている場合が多い。そのような癌細胞に対し、外来性のp53を高発現させることによって、CRCAの増殖サイクルの後期に細胞死が効率的に誘導される。さらにその結果、周囲の細胞に効率よくウイルス感染が広がり、抗腫瘍効果が相乗的に高まる。

また、Doronin K ら(文献8)は、E3領域を欠失させ、ADP(adenovirus death protein, E3-11.6 K protein)をコードする領域だけを入れ直して作ったCRCAを用いて、ADP高発現により高い腫瘍治療効果が得られることを報告している。ADPは、感染後期に細胞融解とウイルスの細胞からの放出とを効率的に行うために必要とされるアデノウイルス核膜糖タンパクである。ADPの発現によって、ウイルスが核内に留まらず、周囲の細胞へ感染が広がることが重要と思われる。5-FUなどの抗がん剤をCRCAと併用して効果増強を図る場合にも、ウイルスの細胞からの放出が関係していると考えられる。ADP発現CRCAに放射線照射を組み合わせると治療効果が高まることも報告されている。

Ahmed Aら(文献9)は、細胞融合を引き起こす膜糖タンパクfusogenic membrane glycoprotein (FMG)を発現するプラスミドDNAとCRCAを併用することによって、高い抗腫瘍効果が得られることを報告している。細胞融合が起こることによって、シンシチウム内のE1Aの発現量が上がり、CRCAの増殖も高まり、また細胞死にともなう細胞内からのウイルスの放出と周囲の細胞への感染の広がりが亢進するのである。FMGとしては、パラミクソウイルスのSV5(文献10)、GALV.fus (gibbon ape leukemia virus envelope fusogenic membrane glycoprotein)(文献11)などが良く使われている。また、HIV-1ウイルスのエンベロープ糖タンパクがCD4細胞でFMGとして働くことを利用する方法も効果的である(文献12)。Fu X らがHSVベクターで示しているように(文献11)、FMGの発現をウイルス増殖の後期に限定するよう制御できれば、FMGの正常細胞への毒性を低く抑えられる。細胞融合を引き起こすウイルスは、センダイウイルスをはじめとして数多く知られており、アデノウイルスにも人工的に細胞融合能を付与することにより、強力なCRCAとして働かせる手法は有望である。

 

4.CRCAによる抗腫瘍免疫の強化

CRCAによって腫瘍組織が壊されることが、強い抗腫瘍免疫の強化につながる。その場で(in situ)免疫ワクチン療法を行っていることになる。CRCA自体が強い外来性の抗原であり、アデノウイルスに対する免疫反応と同時に、強いアジュバント作用で抗腫瘍免疫を誘導する。また、CRCAの増殖によってアポトーシスをおこした細胞は、バラバラの細かなアポトティックボディとなって抗原提示樹状細胞に効率よく取り込まれ、良い免疫原となる。これらの要因に加えて、CRCAによる抗腫瘍免疫をさらに強化するために、樹状細胞の増殖を刺激するサイトカイン(GM-CSF、IL-4、TNFなど)や樹状細胞の走化性を高めるケモカイン分子などをCRCAに発現させることも試みられている。

 

5.感染の標的分子の探索
   私たちは、標的細胞に対して高い特異性を持ち、しかも高効率で遺伝子を導入・発現させることが可能な、標的化アデノウイルスベクターの開発を目指している。このようなベクターに、細胞増殖・アポトーシス関連遺伝子・免疫制御遺伝子などの治療遺伝子を組み込んで、がんに対して高い治療効果を得ることを目的としている。遺伝子工学的には、本来の受容体と結合しないアデノウイルスキャプシド変異型は容易に作成できるようになっている。どのようなリガンドないしモチーフを工夫して標的に対して選択性の高い強い結合を獲得するかが今後の研究の焦点となる。ポリオウイルスのCD155特異性、コクサッキーウイルスA21のICAM/DAF、シンドビスウイルスの高親和性ラミニン受容体、麻疹ウイルスのSLAM/CD46など、自然に存在する各種のウイルスの細胞選択性は、比較的簡単にアデノウイルスベクターに移植できる有力候補であろう。膵癌細胞やメラノーマなどでは、ヒト5型アデノウイルス受容体CARの発現が低いために感染しにくい場合も多い。私たちは、膵癌細胞などに選択的かつ効果的に遺伝子導入できるような標的化の候補分子を探索するために、抗体のFcドメインに結合するProtein AのZ33モチーフをAd5ファイバーに持つAdv-FZ33、ならびにZ33モチーフ含むAd40の短いファイバーを持つAdv-F40Z33アデノウイルス(図2)を作成した。ErbB2を高発現するヒト癌細胞(SK-OV3など)への遺伝子導入は、ErbB2抗体の併用により、選択的に著明に(EGFP遺伝子導入細胞%で、5%から90%へ)増強できた。

 

おわりに

現在、私たちは、腫瘍細胞とZ33アデノウイルスとを架橋することによって遺伝子導入効率が高まるモノクローナル抗体をスクリーニングすることにより、腫瘍細胞に対して標的化の可能な表面分子と抗体の組み合わせを探索している。これらの知見をもとにして、今後さらに、ウイルス外被に修飾を施すことによって、目的とする細胞に選択的に遺伝子導入できる安全性の高い治療ベクターを作製してゆきたい。

文献

 

  1. 濱田洋文(分担執筆)制限増殖アデノウイルスベクター、癌の遺伝子治療への応用、pp61-74、谷憲三朗、浅野茂隆編、遺伝子治療の最前線 羊土社、2001年.

  1. Cascallo M et al. Ras-dependent Oncolysis with an Adenovirus VAI Mutant. Cancer Res. 63: 5544-5550, 2003.
  2. 濱田洋文 腫瘍の特異的標的化を目指した遺伝子治療: ras依存的な殺腫瘍ウイルスベクター 「ウイルス」誌第53巻第2号(2003年12月号)53(2):195-199, 2003.
  3. Kim SH, et al.  Neoplastic progression in melanoma and colon cancer is associated with increased expression and activity of the interferon-inducible protein kinase, PKR.  Oncogene. 2002 Dec 12;21(57):8741-8.
  4. Sauthoff H, et al.  Deletion of the adenoviral E1b-19kD gene enhances tumor cell killing of a replicating adenoviral vector. Hum Gene Ther. 2000 Feb 10;11(3):379-88.
  5. Kim J et al.  Evaluation of E1B gene-attenuated replicating adenoviruses for cancer gene therapy. Cancer Gene Ther. 2002 Sep;9(9):725-36.
  6. van Beusechem VW et al.  Conditionally replicative adenovirus expressing p53 exhibits enhanced oncolytic potency.  Cancer Res. 2002 Nov 1;62(21):6165-71.
  7. Doronin K, et al. Tumor-specific, replication-competent adenovirus vectors overexpressing the adenovirus death protein. J Virol. 2000 Jul;74(13):6147-55.
  8. Ahmed A. et al. Intratumoral expression of a fusogenic membrane glycoprotein enhances the efficacy of replicating adenovirus therapy. Gene Ther. 2003 Sep;10(19):1663-71.
  9. Gomez-Trevino A., et al.  Effects of adenovirus-mediated SV5 fusogenic glycoprotein expression on tumor cells.  J Gene Med. 2003 Jun;5(6):483-92.
  10. Fu X, et al.  Expression of a fusogenic membrane glycoprotein by an oncolytic herpes simplex virus potentiates the viral antitumor effect.  Mol Ther. 2003 Jun;7(6):748-54.
  11. Li H, et al.  Human immunodeficiency virus type 1-mediated syncytium formation is compatible with adenovirus replication and facilitates efficient dispersion of viral gene products and de novo-synthesized virus particles.  Hum Gene Ther. 2001 Dec 10;12(18):2155-65.

 

 

図1 ras依存性のVAI変異型アデノウイルスの増殖

Strong et al., EMBOJ, 1998

 より改変。「ウイルス」誌第53巻第2号(2003年12月号)53(2):195-199, 2003. より引用。

 

図2 ウイルス遺伝子とがん抑制遺伝子p53ネットワーク。Vogelstein B., et al. Nature 408: 307-310, 2001. より改変。濱田洋文 細胞工学 20: 1216-1221, 2001. より引用。

 

図3  F40Z33ファイバー変異型アデノウイルスの模式図。