札幌医科大学医学部

分子医学研究部門
  実験手技プロトコール


ライン

***このページは2001年2月13日に更新しました***

実験手技プロトコール 目次

1. レトロウイルスベクターの作り方

遺伝子治療開発研究ハンドブック 第3章 導入技術

2。1。02 

レトロウイルスベクター

(1) レトロウイルスベクターの特徴、利点と欠点

 レトロウイルスベクターは、分裂する細胞の染色体に安定に組み込まれることにより長期に遺伝子の発現が可能なことが最大の利点であり、現在、遺伝子導入実験及び遺伝子治療に広く用いられている。レトロウイルスの in vivo での遺伝子導入効率は、今のところ十分な効率が得られていない。従って、少なくとも現時点では、レトロウイルスによるヒト細胞への遺伝子導入は ex vivo によるものが一番現実的であろう。実際、私たちは、手術材料からのプライマリー培養のヒト細胞のうち、グリオーマなどの付着細胞に関して ex vivo での感染によってほぼ100%の遺伝子導入効率がえられることを報告している1)

 

(2) レトロウイルスベクターの作製法ならびに利用法 

 まず、パッケ−ジング細胞(gag、pol、envのタンパクを発現するヘルパー細胞)に目的の遺伝子を持つウイルスベクター(パッケージングシグナルを持ち、 gag、pol、envなどのウイルス遺伝子が目的の遺伝子で置き換わっているためパッケージング細胞の中でしか増殖できない)を導入することによって、目的とするレトロウィルスを培養上清中に産生するプロデユーサー細胞を作製する。さらに、その培養上清(ウイルス液)を用いて目的の細胞に遺伝子を導入することができる。

 

(a)プラスミドの構築:

(i)MFG レトロウイルスベクター

 レトロウイルスベクターの作成に用いるプラスミドとして、pMFG2)がよく使われている。図1にその構造を示す。これはMoloney Murine Leukemia Virus 3)(MoMLV)のgagの塩基配列をNarIサイト(nt1035)まで含む。ここに5’側のLTR、スプライシングのドナー(SD) 、パッケージングシグナル(ψ+)が存在する。これに続いてスプライシングのアクセプター配列(SA)がNdeIサイト(nt5401)から、envのATGコドン(nt5777)まではいっている。このATGコドンの周辺部位をKozakのコンセンサス4)配列とし、クローニングに便利なようにNcoIサイトとしてある。このATGを、目的とするcDNAの翻訳開始コドンとして利用する。3’側にはBamHIサイト、Kpn2Iサイトがあり、このあとMoMLVの3’側の配列がClaIサイト(nt7677)からポリAシグナルp(A)n(nt8332)まではいっている。私たちはこのMFGベクターを使って、マウスの各種サイトカインcDNAの発現組み換えレトロウイルスを作成した5)、6)。現在までに試みた約40種のサイトカイン等のcDNAではすべて良い遺伝子導入と発現が得られている。

 

(ii)GK レトロウイルスベクター1)

 一方、pMFGプラスミドの塩基配列を調べてみるとgagタンパクをコードするATGコドンが生きており、不完全ながらもgagタンパクの一部が発現する。そこでヒト遺伝子治療の臨床治験に実際に使われているものは、gagの発現をつぶしたSFGベクターというMFG改訂版であるとのこと。このSFGベクターが入手困難であったために私たちは独自にGKベクター(gag-killed vector)を作成することとした(図2A)。gagの領域は、レトロウイルスのパッケージングシグナルを含むため、大きく改変するとパッケージング機能が障害されることが予想される。そこで私たちのGKベクターでは、できるだけコンサーバティブな改変によってgagのタンパクをつぶすこととした。具体的には、MoMLVのnt450の部位に2つのストップコドンを導入した。すなわちU450UAGAGをU450AAUAGに改変。これによって、細胞表面に出てくるgagタンパクgPr85gag (glycoGag)の翻訳ができなくなる。改変部位に選んだnt450の部位は、できるだけパッケージ機能を温存できるよう、 Alford et al.7)の報告をもとに、私たちが理論的に選んだものである。(詳細はWakimoto et al. 1)を参照。)GKベクターではさらにPr65gagの翻訳開始コドンのA621UGを終止コドンUAGにおきかえてある。すなわち、MoMLV のGAG AAT A621TG GGC CAG ACTがGAA AAT T621AG GGC CAG ACTに改変されている。さらにもうひとつ、MFGに残存していたenvをコードする塩基配列の87bp(nt7679-nt7765)を、GKベクターでは除いてある。すなわちMFGのggatccgGA U7679UA GUC CAA UUU GUU AAA GAC AGG AUA UCA GUG GUC CAG GCU CUA GUU UUG ACU CAA CAA UAU CA CAG CUG AAG CCU AUA GAG UAC GAG CCA U7772AGをggatccgGAG CCA U7772AGに改変している。理論的には、envの配列はcDNAの発現には必要でないと思われる。かえってenvの配列が残存していると、パッケージング細胞のenvの配列と相同組み換えをおこしてRCR (replication-competent retrovirus)が産生される確率が高まる。この種の余分な配列に関しては、できるだけ取り除いておくのがよいであろう。実際にこのGKベクターを用いて、MFGベクターと遺伝子導入効率を比較したところ、両者で全く同じウイルス力価が得られることがわかった。GKベクターは、ヒト遺伝子治療の臨床治験にも応用可能なベクターといえよう。

 

(iii)pRx プラスミドベクター1)、8)

 レトロウイルスのタイターをあげる方法のひとつとして、パッケージング細胞に導入するレトロウイルスベクターのプロモーターを改良することが考えられる。pMFG、pGKともに、MoMLVの5’側のLTRプロモーターをそのまま利用しているが、これを他のプロモーターに変換することも可能なはずである。このような発想から、私たちはpRxベクターを作成した(図2B)。これはpGKの5’側のLTRのエンハンサーをヒトCMVIE (cytomegalovirus immediate early enhancer)におきかえたものである。具体的には、Gossen and Bujard9)のpUHD15-1からのCMVIE (pUHD15-1のNcoIサイト[nt464]まで)のうしろにpGKの5’側LTRのXbaIサイトより下流がくるようにつないである。その結果、pRxでは、CMVIEエンハンサーとレトロLTRのプロモーターが使われる。多くの研究室で使われているNIH3T3線維芽細胞由来(ψCRIP10), ψCRE10)など)や293細胞由来(BOSC2311)など)のパッケージング細胞では、MoMLVのLTR単独よりも、CMVIEエンハンサープラスLTRプロモーターの方が転写の効率が高いことが期待される。ただし一旦パッケージング細胞に導入されたあとは、産生されるウイルスのゲノムRNAはpRxもpGKも同じである。従って安全性、使い方などに関しては、RxもGKも全く同じである。

 

(b)プラスミドへ目的の遺伝子を組み込む際の注意点:

(i)cDNA発現を目的とする場合は?

 レトロウイルスベクターを作成する手順の中では、目的とするcDNAをpGKやpRxのクローニングサイトに組み込む操作は比較的に簡単である。私たちは翻訳開始領域の塩基配列はできるだけKozakのコンセンサス配列4)となるようにCC(G/A)CCATGなどのようにしているが、例外的なものを作ってみた経験からは必ずしも必須のものではなさそうである。cDNAの内部の塩基配列の中にスプライシングのアクセプター(SA)などがはいっていると、cDNAの一部がスプライス・アウトされてしまう可能性も考えられるが、私たちは未だそのような理由で失敗したという経験はない。一方、インサートされたcDNAのコーディング領域の3’側にポリAシグナルを持つような断片をいれると、3’LTRがレトロウイルスのゲノムRNAの中に含まれず、ウイルスタイターが低下することが考えられる。また、3’側の非翻訳領域には、TNFaやGMCSFなどのサイトカインの塩基配列に含まれるようなメッセンジャーRNA不安定化配列12) が含まれていることもある。普通の目的の場合はこのような配列を不注意に入れないように留意している。従ってcDNAをベクターにサブクローニングする際にはストップコドンより3’側の塩基配列のうち余分なものをできるだけいれないように工夫するとよい。

 

(ii)2つのcDNAを発現させるには?

 1つのベクターで2つの遺伝子を発現させるためには、IRES(internal ribosomal entry site)をいれたり(図2D、G、H)、LTRとは別の内部プロモーターでドライブしたりする(図2C、G、H)。2つの遺伝子の発現をそれぞれ望み通りの発現量にコントロールすることは、現在のレトロウイルスベクターでは非常にむずかしい。(Wakimoto et al.1)参照)今のところ、それぞれ別々のレトロウイルスに組んで別々にそれぞれ適切なMOIで遺伝子導入するのが、最も発現量を調節しやすいように思う(図2E、F)1)。一方、技術的にはむずかしいことであるが、2つの遺伝子産物を同時に発現させるために、2つのタンパクを融合タンパクとして、1つの遺伝子にしてしまうのもよい。IL-12などのヘテロダイマーで働くタンパクで融合タンパクの作成がすでに成功している13)

 

(iii)ゲノムDNAを用いる場合は?

 一方ゲノムDNAでスプライシングのドナーやアクセプターをもつものをレトロウイルスベクターに組み込むためには、レトロの転写の方向と逆の方向にゲノムDNAを組み込むことになる。従って当然、その前後に内部固有プロモーターとポリAシグナルとをいれなくてはならない。この目的の場合には、内部プロモーターとレトロのもつLTRプロモーターとの干渉をできるだけ避ける目的で、3’側のLTR内部のエンハンサー領域(MoMLVではnt7902からnt8115まで)を除いたベクターを使うことが多い。具体的にはMoMLVの3’側LTRのPvuII(nt7935)からXbaI(nt8113)までの178bpを除いたもの(αSGC14))などが使われている。固有プロモーターやゲノムDNAを用いて、組織に特有の、しかも発現の調節が可能なベクターを作成することは、非常にむずかしい課題であるが、大切なテーマの一つである。たとえばサラセミア(地中海貧血)の根治をめざした治療のためにはグロビン遺伝子を赤芽球系の細胞だけで、貧血にならないように充分に、かつ多血症にならないような適当量を産生するようなベクターの作成が目的となる。現在も幾人かの研究者がこのような困難な課題に取り組んでいる15)。(Sadelain, M.  et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92(15), 6728-6732 (1995))

 

(iv)LTRプロモーターの不活性化について

 レトロウイルスベクターで用いるプロモーターとしては、LTRプロモーターを用いるのが最も単純でまぎれが少ない。MFG、GK(Rxも含めて)などはこのタイプである。LTRプロモーターを用いる場合の問題点として、遺伝子導入された細胞が増殖を続けている間は良い発現が得られるが、増殖が止まると不活性化されてしまうことがあげられる。プロモーターの非増殖性細胞内での不活性化という現象はレトロウイルスのLTRに限らず、CMVプロモーターをはじめとして分子生物学的実験に頻用されるウイルス由来の強いプロモーターでは共通して見られる現象である。ただし、この不活性化はクロモゾームにインテグレートしたプロモーターで見られる現象で、エピゾーマルに存在するDNA上のウイルスプロモーターでは問題にならないように思われる。たとえば、非増殖性細胞にマイクロインジェクション法を用いた発現プラスミドユニットを注入する場合、あるいは、アデノウイルスベクターの感染で遺伝子がエピゾーマルに存在する場合に不活性化はプラクティカルには問題なさそうである。このプロモーター不活化の問題は遺伝子治療を考える上で重大な意味を持ってくる。血管内皮細胞、筋細胞、脳神経細胞、肝細胞などの遺伝子治療の標的となりうる重要な正常細胞は基本的にはすべて非増殖性細胞と考えるべきである。このような正常細胞にレトロウイルスで遺伝子導入しても、LTRプロモーターを用いる限りヒト体内での永続的な遺伝子の発現は期待できない。方針としては、メチル化などの不活化のメカニズムを解析し、不活化を受けにくいレトロプロモーターを開発することが考えられる。これは非常にむずかしく、しかも地味ではあるが、有望なプロジェクトである。もう一つの方針は、目的とする細胞内ではたとえ細胞が非増殖期(G0ないしG1)にあっても不活化を受けることのない固有のプロモーターをベクターの内部に用いることであろう。この目的に有用なプロモーターとして現在広く用いられているのはPGK (phosphoglycerate kinase)などのようないわゆるハウス・キーピング遺伝子のプロモーターである。マウスPGKプロモーターを内部プロモーターとして用いたレトロウイルスベクターの作成例を図2C、G、Hに示す。詳しくはWakimoto et al.1)を参照。一方で、正常細胞にどうやってレトロウイルスを感染させるか、という課題もむずかしい。これについてはまた別の機会にあらためて論ずることにしたい。

 

(c)パッケージング細胞へのトランスフェクションによる組み換えレトロウイルス作成の実際: 

 私たちは、gag/polとenvを別々の発現ユニットに組み込んだψCRIP細胞10)を頻用している。 ψCRIP細胞は、アンフォトロピックであり、ヒト、サル由来の細胞を含め幅広い細胞に感染可能である。一方、 ψCRE細胞10)

BOSC2311)細胞などのパッケージング細胞は、エコトロピックつまり齧歯類由来細胞にのみ感染可能である。ここでは、主に、基礎研究の分野で、短期間で目的とする遺伝子を導入したヒト細胞株を樹立するための簡便な方法を紹介する。ここで紹介する方法では、一旦、エコトロピック細胞のBOSC23にレトロウイルスを作らせてから、それをψCRIPに感染させることにより、高効率に遺伝子導入されたアンフォトロピック・プロデユーサー細胞を作製する事により、非常に短期間で、目的の遺伝子が高発現したヒト細胞株を樹立することが可能である。この方法は、プロデユーサー細胞の相互感染というステップを含むため、ヘルパーウイルスの出現する確率が高まる。従って、ヒトに実際に投与するベクターを作る目的には、この方法は望ましくない。あくまで、簡便な基礎実験用の方法と考えている。以下そのプロトコールについて述べる。

 

準備するもの

(パッケージング細胞は実験のときのみ計画的に使い、長期間の培養はできるだけ避ける。私たちは、凍結細胞のストックを多数保存し、それぞれについて継代培養については、長くてもせいぜい6ー8週間の培養にとどめている。)

1)器具・機械

・バイオハザードキャビネット

CO2インキュベーター

・孔径0.45または0.2 μmのシリンジフィルター

10mlディスポーザブルシリンジ

・滅菌チューブ(5-12ml)

10cm 細胞培養皿

・細胞数計算板 

2)試薬・試料

BOSC23パッケージング細胞11)

・ ψCRIP-P131株パッケージング細胞1)

Dulbecco’s Modified Eagle メディウム、DMEM (Gibco/BRL)

・プラスミドDNA

・ポリブレーン(Hexadimethrine Bromide, SIGMA H-9268)

OPTI-MEM (Gibco/BRL)

LIPOFECTAMINE (Gibco/BRL)

0.05%トリプシン-EDTA溶液

PBS

3)試薬の調整

・プラスミドDNA(CsCl超遠心にて得たものが効率がいいが、Qiagen等のキットにて得たものでも可能である)

・ポリブレン 100xストック溶液(PBSに溶かして800 μg/mlとし、濾過滅菌する。4oC保存)

 

プロトコール

1)エコトロピック・プロデユーサー細胞の作製

BOSC23細胞を10cmディッシュにトランスフェクションの18-24時間前に5.5x106個播く。実際には、5.5x105個/mlを30mlつくり、8、10、12mlの3種類プレートに播き、翌日80%コンフルエントのディッシュを選ぶ。高いウイルス・タイターを得るためにはBOSC細胞を均一にばらばらになっているように播くことが大切である。

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15μgのDNAにOPTI-MEMを800 μl静かに加え撹拌する(A液)。

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滅菌されたチューブにOPTI-MEMを750 ml加える。

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それにLIPOFECTAMINE(2mg/ml)を50 μl加えてゆっくり撹拌する(B液)。

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A液を静かにB液に混ぜ(C液)、室温で30-45分放置する。

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BOSC23細胞を抗生剤、FBSを除いた温かいメディウムで1度洗う。

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C液(1.6ml)を静かにBOSC23細胞に加える。BOSC23細胞は非常にはがれやすいので、メディウムをぽたぽた落とすようなかんじでゆっくりと加える。

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更に2.4mlのOPTI-MEMを加える。

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5時間、5%CO2下にインキュベートする。

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4mlの20%FBSを含むDMEMを加え、翌日まで(約16時間)インキュベートする。もしトランスフェクションの細胞毒性によるダメージが強い場合には、早めにメディウムを10%FBSを含むメディウムに換える。 

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10%FBSを含む温かいメディウムに換える。同時にパッケージング細胞ψCRIP-P131株を1-2x106個10cmディッシュに播く。

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24時間後BOSC23細胞のメディウムを0.45μm または0.2 μmのシリンジフィルターで濾過する。これでエコトロピック・ウイルスができたことになる。このウイルス液を、 ψCRIP細胞などへの感染に使用する。

 

2)アンフォトロピック・プロデユーサー細胞の作製

ψCRIP細胞のメディウムをエコトロピック・ウイルスを含む5mlのメディウム(ウイルス液)に交換する。これにポリブレーンを8 μg/mlになるように加える。

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4-24時間培養後5mlのメディウムを加え、さらに翌日まで培養する。できたψCRIP-P131プロデユーサー細胞について、目的の遺伝子を発現するウイルスを産生しているかどうかを確認したのち、遺伝子の導入実験に使う。たとえば、アポトーシス関連の遺伝子を扱う時は、長期間の培養で細胞が死滅する可能性が高いのでこのステップをはぶいて、できるだけ早期に目的の細胞に感染させた方がよい場合もある。ここで樹立したψCRIP-P131プロデユーサー細胞は、注意深く培養して増やしたのちに、多数の凍結細胞ストックを作製して、実験に用いるようにすると、毎回再現性のよい遺伝子導入を行うことが可能である。

 

3)ヒト細胞株への遺伝子導入

感染をうける細胞株を翌日の感染時に8割位の細胞密度(80%サブコンフルエント)になるように、前日に播く。感染される細胞が対数増殖期のほうが導入効率が良いため、コンフルエントになる前に感染を行うことが重要である。

                  |

プロデユーサー細胞のメディウムも24時間前に新しいものにかえて培養を続ける。感染のために、ウイルス液を0.2 μmのフィルターで濾過し、ポリブレーン7)を8 μg/mlになるように加え、5mlを目的とするヒト細胞株に加える。ポリブレーンは細胞によっては、毒性が強くでるものもある。感染した細胞の形態をよく観察し、もし、毒性が高いようであれば、適宜培養時間及び濃度を調節するようにするとよい結果が得られる。 

                  |

4-24時間培養後5mlのメディウムを加え、さらに翌日まで培養する。もし感染効率の低いときは、同様な感染を複数回行ってもよい。

 

(d)パッケージング細胞の樹立と維持:

 BOSC23、ψCRIP、ψCREなどすでに確率されたパッケージング細胞を用いる場合は、細胞培養の基本的な注意点を守れば、特にむずかしい問題は生じない。すなわち、良くロットチェックされたFBS(ウシ胎児血清)ないしCS(子牛血清)を含む培地を用い、過度な高密度培養や極端に希薄な培養を避けて、常に対数増殖をしている細胞を用いればよい。これはだれでも守るべき基本的事項ではあるが、実はなかなかむずかしいことでもある。レトロウイルスのタイターが急激に下がって使えなくなったという相談をよく受けるが、多くの場合、培養のトラブルによるようである。たとえば、私たちは、ψCRIPの培養には、CS(子牛血清)を使っている。FBS(ウシ胎児血清)を使う場合には、きちんとロットチェックして、ウイルス産生能が保たれていることを確認するなどの注意が必要である。それがむずかしい研究室では、CSを何種かロットチェックして使用するのが無難であろう。レトロウイルスの扱いのむずかしさというのがだれもが行うべき基本的な細胞培養法をコンスタントに行うことのむずかしさに基因している、というのは実はとても面白いことのようにも思う。

 私は1992年に米国MITのマリガン教授の研究室からψCRIP細胞株をいただいて、レトロウイルス産生細胞を樹立すべくセットアップを開始した。ところが高い力価のウイルス産生株が得られず、20から40という非常に多数の

ψCRIPトランスフェクタント・クローンをスクリーニングしてやっと1株の高力価ウイルス産生クローンを得られるという程度で、プロジェクトの進行はきわめて困難であった。ψCRIPよりも明らかにすぐれたパッケージング細胞というのは入手が困難と思われたため、そのままψCRIPを用いて実験を続けた。しかし、実験開始後15か月を経過した頃に、各種の検討を行った結果、良いレトロウイルスを産生する細胞株を得られない理由として、ψCRIPの調子が悪くなっている可能性が高いと疑うようになった。そこで意を決して、ψCRIPを限界希釈法でサブクローニングし、得られた80の細胞株について、レトロウイルスMFGlacZの産生能をそれぞれチェックしてみた。驚いたことに、大半のクローンはレトロウイルスを充分産生できないもの(力価にして106cfu/mlよりはるかに低い)となっていた。これでは、非常に多くのクローンをスクリーニングしない限り良いものが得られないはずである。80のクローンのうち106cfu/ml程以上の力価の得られるものが5株程度あり、その中でも最も力価の高かったP131株を用いて以後の実験に用いることにした。このパッケージング細胞のウイルス産生効率はすばらしく高く、トランスフェクタント・クローンをスクリーニングすると、ほとんどのクローンで106cfu/ml以上の力価が得られたため、各種サイトカインを発現する組み換えレトロウイルスを次々と作成して実験に用いることが可能になった5)、6)

 以上の逸話からも想像が容易なように、どこかで不適切な培養条件下を経過したパッケージング細胞は、レトロウイルス産生能が非常に落ちている可能性が高い。私は、共同研究者に対して、最初に多くの凍結細胞チューブをストックしてから実験を始めることを強く勧めている。

 

(e)  遺伝子導入細胞の樹立と維持:

(i) 高発現細胞株の樹立

 ヒトに実際に投与する治療目的でレトロウイルスベクターを作製する場合には、薬剤選択などの余分な操作を行わずに、できるだけ単純な操作でプロセスして行くことが望ましい。高発現細胞株を樹立するためには、力価の高いウイルス液を作製して用いる事が第一に要求される。力価の高いプロデユーサー細胞の作製に関して一番確実な方法は、ターゲット細胞中のゲノムに組み込まれたコピー数をサザンブロット法にて測定し、一番高いコピー数を遺伝子導入することのできるプロデユーサー細胞のクローンを選ぶ事である。これについては、すでに詳述したのでここでは省略する16)

 私たちの最近用いている前述のプロトコールはその方法と劣らぬ位導入効率が高い上に、比較的短期間でプロデユーサー細胞を作製することが可能である。高い力価のレトロウイルス液が上手に作製できれば、付着性のヒト培養細胞など遺伝子導入効率の良い細胞では、多くの場合、単に一回のレトロウイルスの感染のみで十分高い遺伝子導入が達成される。このような場合には、薬剤選択などを必要としない。

 しかし、たとえばヒトリンパ球系細胞株などのような浮遊細胞で極端に遺伝子導入効率の悪いものを用いて基礎的な実験を行うような場合、何らかの手段で、目的の細胞のなかで遺伝子導入されたものの割合を高めることが必要となる場合もある。また、たとえ遺伝子導入効率が良い付着細胞のようなものでも、用いる目的遺伝子の発現が細胞の増殖にネガティブに働くような場合には、短期間の培養を行っただけでも、遺伝子非導入細胞の方が速く増殖して、目的とする遺伝子の導入された細胞を凌駕してしまう、などということが予想される。このような場合も遺伝子導入細胞をセレクションする手段を持つことが必要となる。

 

(ii)表面マーカーによる細胞分取 

 遺伝子を導入されて目的遺伝子を高発現する細胞をセレクションする方法としては、発現蛋白に対してセル・ソーター (FACS) による細胞分取 (cell sorting) が可能な場合は簡単である。たとえ目的遺伝子が細胞表面に存在するタンパクをコードしていなくても、基礎研究を目的とする場合には、目的に差し支える可能性の少ないと思われる表面抗原タンパクなどをマーカーとするようなベクターを用いるのが有力な方法となる。最近私たちは、RxベクターにIRES 17)(internal ribosomal entry site;内部のATGから翻訳が開始できるため、一種のmRNAから2種類の蛋白の同時発現が可能である) とともにCD80ないしCD25をコードする遺伝子を組み込み、これらの表面抗原をマーカーとしてFACSで細胞を分取することによりアポトーシスを誘導する蛋白であるFasやFas ligand を高発現する細胞株を樹立した18)。アポトーシスを誘導する蛋白たとえばFasに対する抗体を用いて細胞を分取すると、抗体がFas抗原を架橋することによりアポトーシスのシグナルがオンになり、遺伝子導入されてFas抗原を高発現する細胞はアポトーシスをきたす可能性が高い。つまり、遺伝子導入された細胞を選んで来ようとする操作そのものが逆に目的細胞を殺してしまう、ということが予想される。このような危険の考えられる場合には、アポトーシスと無関係のCD80あるいはCD25などの表面マーカーの共発現を目印に細胞をとってくる方法は非常に有力である。図3に、私たちのところで作成した選択マーカーを備えたpRxベクターの構造を示した。

 

(iii)セレクションを行った場合の留意点

 表面マーカーによるソーティング、薬剤耐性遺伝子を用いた選択など、非常に簡便で、分子生物学実験手法としては一般的に用いられている。これにレトロウイルスベクターの手法を組み合わせれば、きわめて短期間で目的とする遺伝子導入細胞株を樹立することができる。ことに、図3に示したbsr(ブラスティシジン)による細胞の選別の切れ味はすばらしい。当研究室でも、簡単に細胞を樹立するためのファースト・チョイスとして汎用している。

 しかしここで、マーカー遺伝子を用いてセレクションを行った場合の大切な留意点を述べておきたい。すでに私は(2)-(b)-(ii)項で、2の遺伝子の発現をそれぞれ望み通りの発現量になるようにコントロールすることが、現在のレトロウイルスベクターでは非常にむずかしいと述べた。表面マーカーによるセル・ソーティングにせよ、薬剤による選別にせよ、セレクションをかけたマーカーの発現が目的とする遺伝子の発現とイコールの関係にならない場合が意外に多いのである。このことを忘れて実験を進めると、大きな失敗をすることもある。目的とする遺伝子が細胞の増殖に対してネガティブな影響を与えることが予想される場合は、特に慎重に目的遺伝子の発現をチェックする必要がある。

 

(3)  レトロウイルスベクターの宿主スペクトラム 

(a)envレセプターについて:

MoMLVを用いたレトロウイルスベクターについては、宿主スペクトラム面からエコトロピック、アンフォトロピック、ゼノトロピックなどという分類がなされる。レトロウイルスのenvタンパクとその特異的レセプターとの結合が、感染成立の第1ステップとなる。私たちは、アンフォトロピックのenvタンパクのレセプターとして報告されたGLVR219)をアデノウイルス発現ベクターに組み込み、宿主スペクトラムの改変が可能かどうかを調べた20)。CHOなどのチャイニーズ・ハムスター由来の細胞にはアンフォトピック・レトロウイルスが感染しにくいが、GLVR2を一時的に高発現してやると、高い効率でレトロウイルスによる遺伝子導入が可能になった。CHOなどには、もともと内因性レトロウイルス(endogenous retrovirus)由来のenvが発現しており、これが、外からのアンフォトロピック・レトロウイルスのenvとレセプターを競合しているようである。したがってレセプターを大量に発現させれば、外からのレトロウイルスの感染も効率よく起こるのであろう。私たちの実験ではヒト培養細胞HeLaなどでも同様の感染効率アップが得られている20)。ただ、残念ながらHeLaの場合、感染成立の条件はレセプターの発現だけでは十分ではないようで、100%の細胞にレセプター遺伝子を発現させたような場合でも、レトロウイルスに感染して目的遺伝子を発現した細胞は30%程度にとどまった。(なお、レセプターを強制発現させない場合には、HeLaへのレトロウイルス遺伝子導入効率はせいぜい3〜4%であった。)

 

(b)VSVGシュードタイプ・ベクター:

 レトロウイルス本来のenvタンパクの代わりにVSV(vesicular stomatitis virus)のGタンパクを用いるもので、この2種のウイルスの間でシュードタイプ・ウイルスが作られることはウイルス学では古典的な知見であった。しかし実用的なものが使えるようになったのは、最近になってのことである(Emi et al. 21)参照)。私たちも、アデノウイルスによる一時的な発現系を用いて、実用的なVSVGシュードタイプのレトロウイルスを作成するシステムを樹立している8)、20)。VSVGシュードタイプ・レトロウイルスの優れた特徴として、簡単な遠心操作で30倍以上の力価の濃縮が得られることがあげられる。一方、宿主スペクトラムで、実用上、ヒトの遺伝子治療に役立ち得るものがあるかどうか、私たちのグループを含めて、未だ十分な検討がなされていないのが実状である。VSVGシュード・タイプのエンベロープが非常にタフであることを利用して、VSVGタンパクをさらに改変して、組織特異性をもったウイルスを開発すると役立つ面白いものができるのではないかと考えている。

 

(4)  レトロウイルスベクター:最後に

 本稿では、ハンドブックの導入技術のセクションであったため、レトロウイルスベクターについて「役立つ技術」という観点から、実地に使用する際の注意事項を中心に書き進めてみた。ヒト遺伝子治療に用いる場合の安全性の問題、あるいは、ヒト内因性レトロウイルス(HERV)の生物学などは、大切かつ面白いテーマであるが、また別の機会に論じてみたいと思っている。

 ウイルスベクターの中で、レトロウイルスとアデノウイルスは、代表的なスター選手といってよい。組み換えアデノウイルスを使用する際の簡単さに比べて、レトロウイルスベクターでは、いくつかの”tricky”なポイントがあり、特に細胞培養については基本を忠実に守ることが大切となる。アデノとレトロとどちらのベクターを使うとよいか?・・・ケース・バイ・ケースなので私たちも最初にしっかり考えて実験をスタートするようにしている。たとえばアポトーシス関連遺伝子(Fas Ligandなど)について組み換えアデノウイルスベクターとレトロウイルスベクターの両方を作成して、それぞれ細胞に遺伝子導入して調べていったことがある。その結果、Fas/Fas Ligand系の情報伝達について発現の量の差による面白い違いを見つけることができた。この場合アデノとレトロがどちらか一方が良いというよりも、両方とも試みてみる必要があるというのが私たちの結論である。

 アデノにせよ、レトロにせよ、これからの分子生物学的手法には必須の技術なので、読者の皆様も是非どんどん使ってみていただきたい。(私たちの作成した材料に関してはすべて、理化学研究所の細胞バンクや遺伝子バンクなどを介して入手可能。)

 

 

参考文献

 

1. Wakimoto, H., Yoshida, Y., Aoyagi, M., Hirakawa, K., and Hamada, H.:  Efficient retrovirus-mediated cytokine-gene transduction of primary-cultured human glioma cells for tumor vaccination therapy,  Jp. J. Cancer Res.,  88, 296-305 (1997)

 

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[図の説明]

図1      レトロウイルスベクターMFGの構造。数字ntは、MoMLVの塩基配列に対           応している(MLMCG in GenBank)。

 

図2      私たちの作成したレトロウイルスベクターの構造。AはpGKlacZ、Bは           pRxlacZ、CはpRxZpN、DはpRxZin、EはpGKGM、FはpGKIL4、Gは           pRxGMiIL4pN、HはpRxGMpIL4iN。矢印はgag遺伝子の中にはいってい           る変異の位置を示す。

 

図3      選択マーカーを備えたpRxレトロウイルスベクターの構造。