★緊急報告★
大腸菌O157関連HUS
(溶血性尿毒症症候群)の治療経過(最終版)

〜発症早期の血漿交換療法の試み〜

市立堺病院 内科、同 小児科*
松浦 基夫、橋爪 孝雄*

1996.7.29



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【はじめに】

 1996年7月11日より堺市内の小学生の間に大腸菌O157感染症が集団発生して以降、 7/29までのO157感染症と思われる本院への入院患者は延べ79名(7/29までに37名が 退院)で 4名に50%以上の血小板数減少・LDHの上昇・尿所見異常を認めた。HUSに 対する血漿交換療法の有効性については否定的な意見もあるが、有効とする成績も報 告されている。われわれはその効果を期待し、上記4例にたいして血漿交換(PEx)+血 液透析(HD)を施行し、血小板数の増加が見られるまで連日行なった。7/17以降 PEx+HD を施行4症例すべてが7/23までに改善傾向を認め、7/29現在全員寛解状態とな った。


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【4症例のまとめと考察】

 症例1は血便が消失した2日後に突然傾眠傾向となり、血小板減少(2.2万)・腎機 能低下も認め、7日間連日のPEx+HDで改善、血漿交換が有効であったと思われる症例 である。症例2は血小板数40.2万(7/16)→17.1万(7/17)、症例3は血小板数13.9万 (7/17)→2.6万(7/28)といずれも1日で急激な減少を示し、LDHの上昇・尿所見異 常もみられたため重症化の危険もあると判断してPEx+HDを開始、それぞれ3回と6回の 治療で血小板数の自然増加・LDHの低下をみた。症例4は血小板数の低下は30.2万( 7/18)→8.4万(7/20)と比較的緩やかであったが、白血球数18940と増多を認めたた めPEx+HDを開始、2回の治療で改善した。血漿交換療法はFFPの大量輸注を、循環動態 に変化をきたすことなく安全に行うことができる手技であると考えており、血液透析 を併用することによって体液・電解質バランスの管理がさらに容易であった。本4症 例についても治療中の血圧低下などもなく、2例3回軽度のじんましんがみられたのみ であった。

 7/27市大病院にて「緊急HUS症例検討会」(呼びかけ:堺病院小児科橋爪・内科松 浦および市大病院人工腎科山上先生)がもたれ23施設81名の医師が参加、74例が報告 された。データのそろっている57例中血漿交換が行われたのは23例で、そのなかには 血漿交換が有効であったと思われる症例もあり、特に中枢神経症状を合併する場合の 血漿交換の適応については一応参加者の大部分の一致するところであった。極めて急 激な経過をたどった症例も報告されたが、その多くは強い炎症(白血球増多・CRP高 値)を伴っていたようである。一方、血漿交換以外の治療によって回復をみた症例も 多数あり、70〜80%の症例は保存的治療のみで回復可能との印象を得たが、保存的治 療中に腎不全に陥った症例も散見された。中枢神経障害や急性腎不全など重篤な状態 に陥ることを予測する確実な指標がないなかで、血漿交換療法はHUSに対して一定の 有効性があると考えられるが、HUSの治療における血漿交換療法の位置付けの検討は 今後の重要な課題である。


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【基本的な治療方針】

 血小板数の減少・LDHの上昇・尿所見異常があれば以下(1)〜(4)の治療を開始し、  50%以上の血小板数減少をもってPEx+HDを開始し血小板数の増加・LDHの低下がみ られるまで連日施行した。

  1. ジピリダモール5mg/kg/日経口投与(血小板2万以下では使用しない)
  2. FOY40mg/kg/日持続注入
  3. γ-グロブリン製剤400mg/kg/日
  4. ハプトグロビン2000mg/日持続注入(溶血が認められるときのみ)
  5. 輸血:Hb8g/dl以下で考慮し、原則的には血液浄化療法中に輸血(血小板輸血に ついては定説はないが当院では行なわなかった。)
  6. (腎不全合併例に対して)高カロリー輸液(40kcal/kg/日、kcal/N比400)・マンニットール100ml/日・必要に応じてフロセマイド使用


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【PEx+HDの方法】

PExとHDを直列に連結して同時に施行、1回の治療時間は約3時間

表:PEx+HDに使用する医療機器・材料(体重は目安です)
体重 17〜18kg未満 25kg未満 40kg未満 40kg未満
血漿交換モニター KM-8500(※)・KM-8600(※)
血液透析装置 KM-8600(※)・TR-520(#)
透析液はサブラッドB
個人用透析装置
(透析液はAF2号・K濃度2.0〜3.0に調節)
血液回路 小児用 成人用
血漿分離膜 プラズマフロー0.2(†) プラズマキュアー0.3(※) 成人用
透析ファイバー CH-0.3(#) FB-50U(‡) FB-70U‡
ダブルルーメンカテーテル
(大腿静脈用)
MEDCOMP5Fr JO-KATH6.5Fr
MEDCOMP7Fr
JO-KATH8Fr 成人用
※クラレ #東レ †旭メディカル ‡ニプロ
血流量: 2ml/kg/分
血漿流量: 血流量の15〜20%
血漿処理量: 最初の3日間は体重の7%(循環血液量と等容あるいは循環血漿量の1.5容)
病状に応じて減量
抗凝固剤: 開始時フラグミン40単位/kg・持続注入20単位/kg/日

  PEx・HDの同時施行はプライミングボリュームが約180mlとなって体外循環量が多く なるという欠点があるが、

  1. FFP中のACD液の除去・Caの適正な補給 
  2. 体液量・電解質の補正が容易 
  3. 赤血球輸血において高K・ボリューム負荷の危険を避けることが可能
   など極めて大きなメリットがある。開始時の血圧低下を防ぐために回路内をFFP2単位 (約160ml)で満たし、動脈側・静脈側を同時につないで開始している。


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【症例1】

7才男児 7/11腹痛・血便で発症 7/13入院 発熱最高37.3℃

7/16には血便消失し元気な様子であったが、7/17ぐったりして傾眠傾向となり、血小 板数2.2万のため直ちにPEx+HDを開始し連日施行、腎機能低下あり(BUN43.2mg/dl、Cr 2.08mg/dl)1000kcal/日の高カロリー輸液を行った。7/23には血小板数の増加・LDH の低下を認めたが、貧血の進行があるため7/23もPEx+HD実施、7回の治療後7/24以降 順調に血小板数は増加し腎機能も正常化した。PEx+HD開始後に傾眠傾向は改善され全 経過を通じて全身状態は良好であった。

7/15 7/17 7/18 7/19 7/20 7/21
PEx+HD  
WBC 5450 6570 6060 5080 5270 7072
Hb 12.1 10.0 6.5 7.1 7.2 6.9
Plt 16.9 2.2 2.2 1.9 3.2 2.4
LDH 422 2824 3400 3836 3594 3191
T-Bil 0.32 2.74 2.08 3.95 3.29 2.76
BUN 8.6 26.4 43.3 51.1 50.6 48.2
Cr 0.60 0.95 2.08 1.88 1.70 1.42
7/22 7/23 7/24 7/25 7/26
PEx+HD      
WBC 6620 5330 5840 5530 5060
Hb 7.3 6.3 8.8 8.0 7.4
Plt 3.1 3.5 6.2 9.2 11.5
LDH 2815 1771 1489 1419 1299
T-Bil 3.2 1.91 1.91 1.90 1.78
BUN 43.5 40.6 36.8 35.2 35.7
Cr 1.44 1.14 1.04 0.93 0.93


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【症例2】

6才男児 7/12腹痛・下痢(その後血便)7/14入院 発熱最高37.9℃

7/17血小板数40.2万→17.1万へと減少したため、PEx+HDを開始、3回の治療後7/20に は血小板数の自然増加・LDHの低下を認め、血漿交換を中止した。7/21以降血小板数 は増加し、7/25には30.6万となった。

7/15 7/16 7/17 7/18 7/19 7/20
PEx+HD      
WBC 11260 10230 10650 8000 7810 7970
Hb 12.7 12.0 11.6 10.3 8.6 7.2
Plt 39 40.2 17.1 9.1 5.5 7.1
LDH 488 370 810 1375 1239 699
T-Bil 0.37     3.0 2.0 1.07
BUN 8.7 9.9 16.3 26.1 26.8 28.2
Cr 0.72 0.62 0.86 0.99 0.93 0.71
7/21 7/22 7/23 7/24 7/25 7/26
PEx+HD            
WBC 7340 7000 6600 6970 6170 5960
Hb 9.7 9.4 8.9 9.4 10.0 9.2
Plt 11.3 13.6 11.6 23.8 30.6 36.9
LDH 1013 684 617 593 591 587
T-Bil 1.4 1.05 0.69 0.83 0.70 0.66
BUN 23.3 19.6 15.6 16.7 22.4 23.6
Cr 0.69 0.79 0.67 0.73 0.77 0.75


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【症例3】

10才男児 7/11腹痛・下痢(その後血便) 7/14入院発熱最高37.9℃

入院当初より強い腹痛と頻回の血便を認め、7/17白血球増多(21450)・血小板数減 少(13.9万)あり、HUSへ進行する可能性が大きいと判断。基本的な治療法(FFP20ml /kg輸注・γグロブリンの大量投与など)を開始したが血小板の減少傾向を食い止め ることはできず、7/18血小板数2.6万・LDH1425となったためPEx+HDを開始し6日間連 日施行。7/24血小板の増加・LDHの低下がみられPEx+HDを中止した。その後は順調に 血小板数の増加・LDHの低下を認めた。

7/15 7/16 7/17 7/18 7/19 7/20
PEx+HD      
WBC 14610 17100 21450 11120 9940 9170
Hb 13.3 12.7 12.6 9.23 7.0 7.7
Plt 20.0 17.4 13.9 2.6 1.4 1.3
LDH 353 399 670 1425 1847 2095
T-Bil 0.34 0.34 0.90 2.75 2.47 2.88
BUN 8.3 9.2 9.14 11.3 20.6 31.8
Cr 0.57 0.67 0.55 0.65 0.64 0.71
7/21 7/22 7/23 7/24 7/25 7/26
PEx+HD      
WBC 8780 9930 9750 7980 5440 4200
Hb 7.9 9.2 8.7 8.0 8.3 8.1
Plt 1.5 2.2 4.2 6.7 7.4 12.4
LDH 1645 1630 1216 1195 711 959
T-Bil 2.80 2.31 1.94 1.56 0.96 1.01
BUN 26.9 27.6 24.0 18.6 20.0 20.4
Cr 0.73 0.71 0.71 0.66 0.65 0.61


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【症例4】

7才女児 7/15血便・腹痛で発症 7/18入院

7/19より血小板数低下傾向があり、7/20血小板数8.4万となったためPEx+HDを開始。 2回の治療で7/22にはすでに血小板数の増加傾向がみられたためPEx+HDを中止、その 後も順調に血小板数増加・LDHの低下を認めた。

7/15 7/18 7/19 7/20 7/21
PEx+HD      
WBC 8720 18940 8760 8910 6730
Hb 13.0 12.7 13.8 11.5 10.6
Plt 27.4 30.2 16.7 8.4 4.4
LDH 790 575 732 1284 1373
T-Bil 0.61 0.65 1.15 1.45 1.15
BUN 9.1 19.1 19.7 15.6 13.8
Cr 0.66 0.75 0.71 0.59 0.74
7/22am 7/22pm 7/23 7/24 7/25 7/26
PEx+HD            
WBC 6510 7520 11880 5760 5340 5350
Hb 9.7 9.4 8.8 8.5 8.0 8.2
Plt 5.4 6.7 12.1 14.4 20.2 28.5
LDH 854 800 930 674 545 624
T-Bil 0.88 0.9 0.58 0.36 0.27 0.32
BUN 14.4 13.7 10.6 12.4 12.6 12.0
Cr 0.83 0.75 0.78 0.71 0.75 0.74


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