第1章-皮膚と皮下-
1.1剥皮作業 (図1,2,35,36,482,484,493,595,625,628,629,698)

剥皮作業は重労働である。皮膚が人体最大の、しかも多様な機能を担う器官であることを認識してほしい。また、その後の解剖で何を観察するかに応じて、後述のごとく剥皮手技を選ばなくてはならない。いずれの手技においても、皮膚側を手で強く外方に引きながら、メスの尖だけをシヒト(剥離層)に軽く当てる。切れないメスは役に立たない。皮膚側を傷つけることはあっても、本体側(皮下組織側)にメス跡を残さないようにできるだけ注意する。

自班のライヘ(解剖体)で表皮 Epidermis・真皮 Dermis・皮下組織 Subcuteneous tissue・筋膜 Fascia (狭義の筋膜)について、作業初めに示説を受けよ(標準組織学各論VIII章参照)。表皮は外胚葉由来。真皮はいわゆる靴や鞄の皮革になる部分で、固く、1-3mmの厚さ。皮下組織は典型的な疎性結合組織で、緩く、厚さは部位によってさまざま。「標準組織学総論」p.122 には「解剖実習の仕事の大半は疎性結合組織を取り除いて、それに埋まっている諸器官を露出する作業(=剖出)に他ならない。」とある。筋膜については付録「筋膜総論」参照。

これら4層の状態は、各ライヘによって、また部位によって大きく異なる。特に学生は最初のひとすじのメスが深くなるので注意する。

ノミナの整理
Skin 皮膚 Haut
Vessel 血管 Vasa
Artery 動脈 Arteria(e)
Vein 静脈 Vena(e)
Nerve 神経 Nervus(Nervi)
Cutaneous nerve 皮神経、皮枝
*Superficial vein 皮静脈


姿勢を示す用語
Supine 仰臥位 (背臥位)
Prone 伏臥位 (腹臥位)
RAO(right anterior oblique) 右を前にした斜位(臨床用語)
LAO(left anterior oblique) 左を前にした斜位(臨床用語)
Anatomical position 前腕が回外位をとり、手掌が前を向く姿勢
注: 他に臨床で用いる多くの用語がある:例、砕石位、側臥位、トレンデレンブルグ体位

位置と方向を示す用語
Lateral - Medial 外側 - 内側
Anterior - Posterior 前(方) - 後(方)
Dorsal - Ventral 背側 - 腹側
Superior - Inferior 上(方) - 下(方)
Proximal - Distal 近位 - 遠位
Central - Peripheral 中枢側 - 末梢側
External - Internal 外(がわ)の - 内(がわ)の
Radial - Ulnar 橈側 - 尺側
Flexor - Extensor 屈側 - 伸側
Oral - Anal 口側 - 肛門側
Cranial (Rostral) - Caudal 頭側(吻側) - 尾側
Parietal - Visceral 壁側 - 臓側
Superficial - Deep 浅 - 深


断面の方向を示す用語
Sagittal section/plane 矢状断/面
Coronal section/plane 前額(冠状)断/面
Horizontal section/plane
=transverse, =Axial(臨)
水平(横)断/面


以下このマニュアルで用いるノミナは他学よりも少ない。他学のマニュアルには、諸君が一度も見聞することのない血管・神経が多数登場する。しかし、ここに整理された用語は、essential minimumである。外国語のスペリングも含めて一度は暗記してもらう。なお、ノミナに*がついているものは和訳を求めることはあるが、スペルは書けなくてもよい。また、ここで用いるノミナは臨床用語を優先しており、解剖学では眉をひそめるものが少なくない。しかし、言葉が変化していくのはやむをえない。

皮下および皮神経の剖出については大学によって大いに手技が異なる。以下、やや詳しく説明する。なお、ライヘにガーゼやテープが当ててあれば、その傷口がどのような臨床手技によるものか、スタッフに確認しておく。

  1. 皮下組織皮神経を詳細に観察する場合
    厳密に皮下組織(いわゆる皮下脂肪)と真皮の間に、時間をかけてメスを進める必要がある。しかし慎重のあまり、白い真皮が本体側に多量に残ると、後で再びメスでその部分を剥がさねばならない。黄色の皮下組織が、ごくわずか皮膚側に付着するくらいのシヒト(剥離層)でも、後に皮神経の末梢分布はかなりよく観察できる。こうした皮下の剖出から、近年でも未記載の皮神経が発見されることがある。

  2. 皮神経本幹の走行だけを観察する場合
    1.よりも深いシヒトを選ぶ。常に皮下組織皮膚側に若干付着させながらメスを進める。皮下組織の厚いライヘでは、例えば脂肪層が10mm あれば、5-6mmは皮膚側に付けて除去する。白い網目状の真皮は、当然剥がした皮膚側に付かねばならない。真皮が網目状に残ると、もう一度剥がす手間がかかる。剥がしつつある皮膚(皮弁)が広くなるに連れて、次第に厚く剥がれるようになり、ついには筋膜皮下組織の間で剥離してしまう傾向がある。これは避けたい。特に、胸腹部ないし背部の外側で厚くなりやすいので注意。いつもシヒトの深さを確認しつつメスを進めること。

  3. 皮神経については本幹が皮下に出現する部位だけを確認する場合
    実習に対する考え方や時間的な制限によってこの方法を選ぶ場合がある。筋膜のすぐ浅側をシヒトとする。そのためには、浅層の筋配置をある程度理解していなくてはならない。やせたライヘでは、浅層の筋を皮膚側に付けて剥がさないように注意する。剥皮作業と皮下の解剖を1日で終了させる場合に行なう。

剥皮の際に損傷を受けやすい筋としては、背部の僧帽筋広背筋(図628,629)、大腿前面から内側にかけての縫工筋薄筋(図493)、頚部の広頚筋(図698)などがある。広頚筋については、皮膚側に付けて剥がした後に確認する方法も1つの見識であろう。皮下組織がゆるいライヘでは、メスをごく軽く当てるだけで厚い皮弁をめくることができる。その際に皮神経が突っ張るので、皮膚側からなるべく長く引抜いて本体側に保存しておく。

皮弁の形と大きさを指示することがある。特に次のような場合である。

本学では特に希望なくば2.の方法で行う。皮弁の形と大きさにはこだわらない。皮弁をあまり広くすると能率が下がる。皮膚は本体から自然に落ちるので、逐次容器に入れてよい。皮弁を縫合して張りつける大学も多いが、本学実習では、手足以外はあまり乾燥しないので行なわない。

本学では内臓に時間を配分するため、残念ながら皮下の解剖には最大3日目までしか時間を裂けない。しかしこの実習は、通常の手術では切断してしまう皮下の血管・神経をじっくり見ることができる唯一の機会である。皮神経については、神経内科や整形外科で重要な分節的支配様式(デルマトーム)だけは、今後の深部の解剖を通じて少なくとも理解してほしい(図2,35,36,482,484,625,734,ラングマン p.152-154)。なお、皮膚縫合(外科結び)の練習をしたい学生がいれば小グループで指導する。

Head Gluteal region 殿部
Neck Arm 上腕
Cervical region 頚部 Elbow
Thoracic region 胸部 Forearm 前腕
Abdomen Hand
Abdominal region 腹部 Thigh 大腿
Lumbar region 腰部 Knee
Inguinal region 鼡径部 Leg 下腿
Back Foot
Shoulder
注: より細部の名称は図1,595参照


■付図(表皮、真皮、皮下組織)


■付図(剥皮の方法)
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