第1章-皮膚と皮下-
1.2 各部の剥皮と皮下の剖出
1.2.1頭部 (図634,728--733,736,791)
脳を取り出した縫合があれば、それを切断して頭蓋冠をはずす。すでに脳出しの際に、皮下組織と頭蓋冠外面の骨膜の間にある程度メスがはいっている。脳出ししていないライヘであればメスで皮膚の厚さを探る。頭皮の皮下組織には、帽状腱膜という芯があるので他部位の皮膚とは感触が違う。帽状腱膜後頭前頭筋の付着になる(図728,729)。毛根はできるだけ皮膚側に付くようにする。頭部外傷の際にすぐ分かるように頭皮下は血管が密である。しかし血管神経に注意すべき範囲は、眼窩のすぐ上方と後頭部に限りたい。

Skull 頭蓋 Cranium
*Calvaria 頭蓋冠
Periosteum 骨膜
Scalp 頭皮
*Galea aponeurotica 帽状腱膜
*Occipitofrontalis muscle 後頭前頭筋
Orbita 眼窩

後頭部からにかけては、皮膚を弁状に剥がしにくいことが多いので、断片的に除去する。皮膚を剥がしたら外後頭隆起を触診し、その左右やや下方で大後頭神経後頭動脈を捉える(図634)。 大後頭神経は頭痛の一因になる神経で、皮神経としては例外的に、しばしば麻酔科における神経ブロックの対象になる。大後頭神経ブロック後頭動脈のすぐ内側で穿刺する(付図)。かなり深いが、できるだけメスを用いずに剖出する。血管と伴走することが手がかりになる。余裕があれば小後頭神経第3後頭神経も皮下で見つけ出す。以上の神経の正確な同定は、頚部および背部の解剖が進んでからになる。(4.5.2)

External occipital protuberance 外後頭隆起
Greater occipital nerve 大後頭神経 Nervus occipitalis major
*Lesser occipital nerve 小後頭神経 Nervus occipitalis minor
Occipital artery 後頭動脈

眼窩のすぐ上方で、眼窩から上方に出てくる皮神経血管を捉える(図736,791)。後に眼窩の解剖の際に同定する。
1.2.2 顔面 (図726,728--733,746)
表情筋は皮膚に停止している。表情筋の輪郭を彫り出すつもりで皮膚を剥がす(図728)。血管・神経の末梢を損傷するが時間的にやむをえない。後に、表情筋を剥がしながら血管・神経を剖出する。皮膚は断片的に除去していい。広いシート状の皮弁にする必要はない。眼輪筋口輪筋は機能的に重要であるし、特に薄いので注意して温存する。眼輪筋と口輪筋だけは、どの哺乳類でもよく発達している。諸君の中に、口輪筋の律動だけで乳を吸う吸啜反射ができる者がいたら報告せよ。

下顎底では顔面動脈が浅く走るので注意する(図726,746)。自分で脈を触れて位置を確認してみる。鼻根部でも顔面動脈の末梢が浅く走行する。大頬骨筋口角下制筋上唇鼻翼挙筋など主な筋を同定する。美容外科の皺のばしの際に重要な皺眉筋は、前頭筋の深側にある。哺乳類の特徴である頬筋は深いので、 側頭下窩の剖出の折でよい。

Facial muscles 表情筋(顔面筋)
Orbicularis oculi muscle 眼輪筋
Orbicularis oris muscle 口輪筋
Base of mandible 下顎底
Facial artery 顔面動脈 Arteria facialis
*Zygomaticus major muscle 大頬骨筋
*Depressor anguli oris muscle 口角下制筋
*Levator labii superioris alaeque nasi muscle 上唇鼻翼挙筋
*Corrugator supercilii muscle 皺眉筋
*Frontalis muscle 前頭筋
Buccinator muscle 頬筋

1.2.3 頚部(図696--700)

広頚筋が皮下組織内に広がる(図696,698)。最初は鎖骨の高さで皮膚を剥がして筋の深さを確認し、広頚筋の表面からメスで皮膚を剥がす。広頚筋を貫いて出てくる末梢の血管・神経を損傷するがやむをえない。皮膚には適当に横方向の割を入れて、ベルト状に外側ないし上方にめくり上げて行く。頚部の外側から後方にかけては、皮膚を厚く剥がしやすいから注意する。だからと言って真皮を本体側に残してはいけない。皮弁状に剥がすのが困難ならば断片的に除去する。皮下組織を剖出すると、鎖骨の前面で鎖骨上神経が数本見つかる。鎖骨上神経を中枢側に追及して、深側にはいる手がかりにする。前頚部と側頚部に皮静脈が見つかるが、外頚静脈だけはきちんと温存する。最後に、広頚筋を上方に反転しながら鎖骨上神経大耳介神経を深側に向けて剖出する(図699)。

Platysma muscle 広頚筋 Platysma
Clavicle 鎖骨 Clavicula
Supraclavicular nerves 鎖骨上神経
External jugular vein 外頚静脈 Vena jugularis externa
Great auricular nerve 大耳介神経

1.2.4 胸部  (図2,6,8--13,15,16,18,19)

前正中線に入れる割が深くならないように注意する。一度に長い割を入れようとしないこと。皮膚はベルト状に外側に向けて剥がす。外側後方に行くにつれて、剥がす皮膚が厚くなりがちである。厚くなったと思ったら、そこで皮弁を一度落としてしまう。落とした部位から、もう一度正しい厚さで剥がし始める。

第2肋間胸骨縁2-5cm位の範囲で、皮下組織をピンセット2本だけで剖出し、最初に肋間神経前皮枝とその伴走血管を見つける(図15)。有名なDP フラップ(delto-pectoral flap,頭頚部悪性腫瘍摘出術後の再建術の一つ)は、この伴走血管で移植皮弁を養う(ビデオ供覧)。皮下の剖出の際に深側の筋をあまり損傷しないようにする。以後、同様に下位肋間で剖出する。外側皮枝が出現するラインと深さは示説を受けないとむずかしい(図15,18)。脊髄神経前枝(例えば肋間神経)(図13)の外側皮枝は、あらゆる脊椎動物に存在すると考えられる。

乳房の主体は皮下組織である。乳房が発達している場合は、乳輪部をくりぬくように残して皮膚を剥がす。乳房の mass も本体側に残す。乳房に分布する血管は大切だから、残しておく(

)。腋窩の皮膚は薄い。深部にメスがはいらないように注意しながら、しかしきれいに剥がし取る。いずれ腋窩の解剖が進んでから()、乳房の mass を腋窩に向けて胸壁から剥がす(図8,6)。今の段階で 乳房の mass を除去してしまうと復習の機会を失う。腋窩から側胸部では、胸腹壁静脈他の皮静脈が剖出される(図xxx,18)。

Sternum 胸骨
Intercostal nerve 肋間神経 Nervus intercostalis
Anterior/Lateral cutaneous branch 前/外側皮枝
Spinal nerves 脊髄神経
Breast 乳房 Mamma
Areola 乳輪
Axilla 腋窩
Thoracoepigastric vein 胸腹壁静脈

1.2.5 腹部 (図15,248--253,265,269,271)

皮膚の剥がし方は胸部に準じる。はくりぬくように残しておく。皮下組織が厚いライヘではが茎のように立上がる。下腹部の皮下組織内で、膜状の脂肪層であるカンパー筋膜 Camper's fasciaと、同じく膜状の結合組織であるスカルパ筋膜 Scarpa's fasciaの、以上2層を区別することがあるが、日本人ではむずかしいことが多い(付録「筋膜総論」参照)。皮神経探しは、白い腱膜様の腹直筋鞘前面と外腹斜筋腱膜を露出させながら行なう(図15,248)。肋間神経およびその類似神経の前皮枝が見つかる。外側皮枝は急がなくていい。側腹部で脂肪が厚い場合はできるだけ除去しておく。

Umbilicus
Rectus sheath 腹直筋鞘 Vagina m.recti abdominis
*Aponeurosis of external oblique m. 外腹斜筋腱膜
外陰部鼡径部の皮膚は、脂肪組織をできるだけ本体側に残して薄く剥がす。男性鼡径部では、皮下に精管が走る。精管は血管・神経と共に束ねられ、精索という小指ほどの太さの索状物を作る(図248)。女性では子宮円索がある(図265)。精索と子宮円索は後日きちんと解剖するので()、皮下組織を残しておく。陰茎陰嚢の皮膚は薄く剥がす。陰嚢縫線を確認する。陰嚢の皮下には肉様膜という皮膚をよじらせる赤い平滑筋組織(図271)がある。一側で精巣を包む外精筋膜を剥がして、精巣陰茎から分離し、精索でぶらさげる。この状態では、精巣内精筋膜に、陰茎深陰茎筋膜 Buck's fasciaに覆われている(図269)。

側腹部から鼡径部には浅腹壁動静脈が出てくる(図248)。の周囲に皮静脈が累々と浮き出ていれば、メズサの頭 Caput Medusae と呼ばれる門脈側副路の1つである。

Ductus/Vas deferens 精管
Spermatic cord 精索
Round ligament of uterus 子宮円索 Ligamentum teres uteri
Penis 陰茎
Scrotum 陰嚢
Raphe of scrotum 陰嚢縫線
Dartos layer 肉様膜 Tunica dartos
External/Internal spermatic fascia 外/内精筋膜
Testis 精巣
Deep fascia of penis 深陰茎筋膜
Superficial epigastric artery/vein 浅腹壁動/静脈

1.2.6 背部・殿部(図426,504,623,625--629,634)

背部の皮膚は厚い。しかし、後正中線に入れるメスが深くならないように注意する。筋の発達が悪いライヘでは、皮下組織と僧帽筋広背筋の区別がつきにくい。皮膚と一緒に筋を剥がすことがないようにする。脊髄神経後枝外側枝内側枝に分れるが(図625)、例外的神経を除くと肩甲骨より下方では後枝外側枝が、上方では内側枝が皮下に分布している。ここではまず、肩甲骨の下方で後枝外側枝とその伴走血管を見つける(図628,634)。

Trapezius muscle 僧帽筋 Musuculus trapezius
Latissimus dorsi muscle 広背筋 M. latissimus dorsi
Dorsal ramus (rami) of the spinal nerve 脊髄神経後枝
Lat./Med. br. of the dorsal ramus 外側/内側枝
Scapula 肩甲骨


殿部では時間の都合、ある程度厚く皮下脂肪を皮膚側に付けて剥がしていい。股に隠れる部位も忘れずに皮膚を剥がしておく。肛門のすぐ周囲だけは、皮下にも括約筋があるので薄く剥がす(図426)。陰嚢後面の皮膚もできる限り剥がす。殿部では、腸骨稜を乗り越えるように下方に向かう上殿皮神経を見つける。上殿皮神経後枝外側枝の末梢である。できれば仙骨後面中殿皮神経も見つけたい(図504,628)。仙骨後面は褥創 Decubitus(いわゆる床ずれ)のできやすい部位だ。例があれば供覧するので報告すること。

Anus 肛門
Iliac crest 腸骨稜
Sacrum 仙骨
Superior/Medial cluneal nerve 上/中殿皮神経


後頭部から項部については前述の頭部参照。肩甲上部から項部にかけては非常に皮静脈の多い部位だが、前腕のように外からは見えない。皮下組織が固いので皮膚を剥がしながら静脈を観察する。その血液うっ滞が肩凝りの原因だったかも知れない。
1.2.7 上肢(総括図25,35--40,44,45,58,59,80)

上肢皮静脈は、ライン確保(静脈穿刺)の場所として長いつきあいになる(図44,45,58,59)。まず、外側筋間中隔橈側皮静脈内側筋間中隔尺側皮静脈肘窩肘正中皮静脈を確認する(図37,xxx)。手背静脈網に始まり前腕の皮静脈を経て肘正中皮静脈が形成される経過を観察する。これらの静脈はいずれ除去せざるを得ないので、内腔を開いても観察しておきたい(図25)。

がまっすぐ伸びていれば、外側前腕皮神経(図44,80)が上肢の皮神経の中で最も見つけやすい。上腕二頭筋停止腱のすぐ外側から肘窩に出現する。さらに末梢まで追求して、に至ることを確認する。この過程で前腕尺側内側前腕皮神経も見つかる。

内側上腕皮神経後上腕皮神経はどの教科書にも出ている有名な神経で、比較解剖学的にも興味深い内容を持つ(図44,45)。これらの神経は上腕内側と言うよりも腋窩から上腕伸側にかけて分布するため、時間をかけないと腋窩の剖出中に切れたり剥がれたりすることが多い。これに対して、内側前腕皮神経は誰でもきちんと温存できるから、その根部で内側上腕皮神経の痕跡を探すことになるかも知れない。肩甲部から上肢伸側皮神経は、腋窩の剖出が進んでから行なった方が分かりやすいが()、もちろん今調べても差し支えない。前腕伸側では肘頭に近く後前腕皮神経が見つかるだろう(図59)。

手の皮膚を剥がしたら、帰る前に乾燥防止のため、5%フェノールで十分湿らした軍足を2枚重ねで手にかぶせる。

Lat./Med. intermuscular septum 外側/内側筋間中隔
Cephalic vein 橈側皮静脈 Vena cephalica
Basilic vein 尺側皮静脈 V.basilica
Cubital fossa 肘窩
Median antebrachial vein 肘正中皮静脈
Dorsal venous network of the hand 手背静脈網
Biceps brachii muscle 上腕二頭筋 M. biceps brachii
%Cutaneous nerve 皮神経
Lat./Med. antebrachial cutan. n. 外側/内側前腕皮神経
Post. antebrachial cutan. n. 後前腕皮神経
Med./Post. brachial cutan. n. 内側/後上腕皮神経

1.2.8 下肢 (総括図369,482,484,486,487,489,490,492,494,504,522,531,538)

大腿前面大腿三角(縫工筋鼡径靭帯長内転筋で囲まれた場所)(図494)の皮下には、リンパ節リンパ管がよく発達している。浅鼡径リンパ節群とこれらを連絡するリンパ管(図369,490)を丁寧に剖出して、リンパ管網とはどのようなものか確認せよ。リンパ管系はどの科に進んでも重要だ(付録「リンパ管系総論」 参照)。いずれ除去しなくてはならないので、今のうちにじっくり観察すること。

Femoral triangle 大腿三角
Sartorius muscle 縫工筋
Adductor longus muscle 長内転筋
Inguinal ligament 鼡径靭帯
Lymph nodes/vessels リンパ節/管
Superficial inguinal (lymph) nodes 浅鼡径リンパ節


丈夫な大腿筋膜を損傷しないように皮下組織を除去して、皮下の血管と神経を剖出する(図489,492)。鼡径靭帯を確認する。大腿内側で太い大伏在静脈を見つけ、上方に追求して伏在裂孔という大腿筋膜の弱い部分を確認する。そこには、浅腹壁動脈外陰部動静脈なども流入する(図522)。皮神経は大腿神経前皮枝(多数)の他に、上前腸骨棘に近接して太い外側大腿皮神経が出現する。大腿神経の前皮枝を内側に向けて丁寧にたどると、閉鎖神経の皮枝に吻合するが、そこまでの剖出には時間が足りないかも知れない。

Fascia lata 大腿筋膜
Great saphenous vein 大伏在静脈 Vena saphena magna
Saphenous hiatus 伏在裂孔
Superficial epigastric artery 浅腹壁動脈
External pudendal artery/vein 外陰部動/静脈
Ant. cutan. br. of the femoral n. 大腿神経の前皮枝


Anterior superior iliac spine 上前腸骨棘
Lateral femoral cutaneous nerve 外側大腿皮神経
Cutan. br. of the obturator nerve 閉鎖神経の皮枝


大腿後面では、ちょうど中央に浅くメスで割を入れて大腿筋膜をめくり、後大腿皮神経を剖出する(図504)。大腿後面下部では、ピンセットで腓腹神経が容易に剖出できる。腓腹神経の命名法には系統解剖学上の約束があるが、ここでは総腓骨神経から来ても脛骨神経から来ても、総称で腓腹神経と呼んでおく(図538)。剖出しながら、両神経に由来する枝(現段階では確定できない)が様々な変異を示して合流し、腓腹神経を形成することに気付くだろうか。小伏在静脈がしばしば伴走する。この静脈を静脈瘤を含めて引抜く抜去術 strippingをすると末梢神経障害が起こることがあるのも分かるだろう。伏在神経は、大腿三角と内転筋管の解剖を終えて本幹をつかまえてからの方が分かりやすい()。その時に備えて、膝蓋骨下方の皮下はあまり破壊しないでおく。

Posterior femoral cutaneous nerve 後大腿皮神経
Sural nerve 腓腹神経
Common peroneal nerve 総腓骨神経
Tibial nerve 脛骨神経
Small saphenous vein 小伏在静脈
Saphenous nerve 伏在神経
Adductor canal 内転筋管
Patella 膝蓋骨


足背皮下では浅腓骨神経の末梢が見つかる(図538,531)。第1-2指の間付近には深腓骨神経の末梢が分布するが、下腿の筋を剖出してからの方が時間の節約になる。これら腓骨神経枝については、現段階では腓骨頭直下でいきなり総腓骨神経を捉えるだけに留めておいてもよい。ぶつけて痛い部位である。

足の皮膚を剥がしたら、帰る前に乾燥防止のため、5%フェノールで十分湿らした軍足を2枚重ねで足にかぶせる。

Superficial/Deep peroneal nerve 浅/深腓骨神経
Fibula 腓骨
Head of the fibula 腓骨頭 Caput fibulae

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