第2章-頭頚部-
2.3 頚部内臓
2.3.1 甲状腺 (図706,711--715)

舌骨下筋群を胸骨から剥がす(図706)。開胸していればすでに剥がれている。支配神経を付けたまま舌骨下筋群を上方に反転し、甲状腺を露出させて輪郭を明らかにする。この際、甲状腺の後外側方で反回神経の末梢を損傷しないよう注意する(図715)。甲状腺の手術では、反回神経との近接関係が常に問題になる。手術時に反回神経を損傷すると著しくQOLを損ねる。甲状腺に錐体葉はあるだろうか(図715)。さらに甲状舌管の遺残を思わせる索状物はないか(ラングマン p.295-296)。甲状腺の辺縁から周囲に向けて最下(変異)の甲状腺動脈甲状腺静脈を同定して知識を整理する。中甲状腺静脈は半数程度に存在し、内頚静脈に直接注ぐ。すでに切れているので断端を確認する。

最後に、甲状腺を気管から剥離して上方へ反転し、裏面でアズキ大のリンパ節のような副甲状腺を探す(図713)。甲状腺の左右の葉はどちらが大きいか、どちらが後方まで広がるか、さらに一部で断面を観察し、濾胞の巨大化したものがないか確認する。褐色に凝固したサイログロブリン(濾胞上皮細胞からの分泌物の主成分)が分かるだろうか(標準組織学各論 p.303-305)。

Thyroid gland 甲状腺 Schilddr Left/Right lobe 左/右葉
Thyroid follicle 濾胞
Pyramidal lobe 錐体葉
Thyroglossal duct 甲状舌管
Recurrent laryngeal nerve 反回神経
Superior/Inferior thyroid artery 上/下甲状腺動脈
Thyroid ima artery 最下甲状腺動脈
Superior/Middle/Inferior thyroid vein 上/中/下甲状腺静脈
Trachea 気管
Parathyroid gland 副甲状腺



2.3.2 喉頭・咽頭(図702,712,890--906,908--914)
開胸を行ない、上縦隔の解剖が終了してから、喉頭咽頭の解剖にはいること。左右の反回神経が、甲状腺周囲できちんと剖出されていなければならない。

喉頭咽頭の区分について知識が整理されているだろうか。咽頭頭蓋底(蝶形骨の前下方)から第6頚椎付近まで上下に延びる管である(図890,893)。下方は食道に続く。前方3か所に窓があり、鼻腔口腔喉頭にそれぞれ続く。鼻腔の後方を上咽頭口腔の後方を中咽頭喉頭の後方を下咽頭と呼ぶ。

喉頭の骨格を作る軟骨を理解する。外面から甲状軟骨輪状軟骨(図899)、そして輪状甲状筋(臨床名:前筋)(図712,904)の輪郭を明らかにする。気道確保の一つ、気管切開 tracheotomyの場所を確かめよ。この際に反回神経上喉頭神経を再確認し、さらに喉頭に出入りする血管を剖出する。喉頭5筋の中で輪状甲状筋だけは上喉頭神経支配(図702)であり、現状で観察できる。残り4筋についてはを見よ。鰓弓由来の軟骨(骨格)、筋、及びその支配神経についてはラングマン p.283 の表、p.288 の図を参照せよ。

Pharynx 咽頭
Larynx 喉頭
Thyroid cartilage 甲状軟骨
Cricoid cartilage 輪状軟骨
*Cricothyroid muscle 輪状甲状筋(前筋)
Superior laryngeal nerve 上喉頭神経

■付図(気管切開)



■付図(副甲状腺)



■付図(頚部内臓の剥離)





以下、頭部離断の準備作業を兼ねて以下のように解剖を進める。

1) 喉頭・咽頭への枝を切らないように注意しながら、総頚動脈内頚静脈迷走神経を気管・食道から若干引き離す。頚横動脈の枝である下甲状腺動脈が緊張したら、適当な場所で動脈の内外両側に色糸を付けて間を切る。

2) 食道咽頭脊柱の間に指を入れて頚部内臓を前方に浮かし、咽頭後隙を開放する。挿入した指の前方では咽頭筋膜を触れ、後方では頚筋膜椎前葉に覆われた頚長筋椎体に触れる。

3) 舌骨の高さ付近で、左右の迷走神経副神経頚部交感神経幹を色糸でラベルして区別する。切断されても下方の断端はすぐに同定できるものと期待する。総頚動脈内頚動脈は切断してもすぐに同定できる。反回神経だけは、喉頭の解剖の際に切れていても今のうちに確認し、輪状軟骨の高さで上下両側に色糸を付けて間を切る。

4) 輪状軟骨のすぐ下方で気管食道を切断する。同じ高さで頚部-頭部を結ぶ血管神経を切断する。頚神経叢・腕神経叢には特に処置をしない。後日、2-3頚椎間に鋸を入れるために頚神経叢頚神経ワナが破損するので、余裕があればこれらも根に糸で印を付ける。頚部内臓とそこに付く血管・神経を大きく上方に反転する。切断した頚部内臓の後方に指を入れて、できるだけ上方まで咽頭後隙の剥離を進める。

気管・咽頭を切断して持ち上げたら、最初に後方(脊柱側)から咽頭を観察する。まだ咽頭筋膜に覆われているので咽頭縫線は不明瞭かも知れない。

*Longus colli muscle 頚長筋
Vertebral body 椎体
*Pharyngeal raphe 咽頭縫線
ここで、気管内挿管演習を行う。

1) まず、口腔内の綿や入歯を除去する。

2) すでに側頭下窩の解剖は進んでいるだろうか。顎関節が動かないと開口しない。大きく開口しない時はスタッフの指示を受ける。

3) をできるだけ前に引く。ライヘの舌根は必ず沈下しており、視野を妨げる。挿管チューブの位置が後方からわかるように、食道咽頭後壁を正中切開する。まず指を挿入してみて、喉頭蓋の位置を体験する。声門が閉鎖した状態で固定されている場合を除き、喉頭後壁はまだ正中切開しない。

4) 気管チューブを入れ、喉頭蓋をいかに避けて喉頭展開(口から喉頭内をみること)をするか検討する。

5) さらに喉頭を後方から正中切半して挿管を試みる。最後に喉頭の軟骨舌骨を大きなハサミと鋸で前からも正中切半し、その他の軟部はメスで正中切半して、下顎骨下方の咽頭・喉頭の内腔を完全に開放する(図893,896)。

また、頭部正中切半(2.9)の際に頭部だけをまず切半して喉頭を残し、喉頭下咽頭と共に摘出して剖出する方法もある。いかにも「のど笛」を解剖している感じがする(図898)。この方法では、まず舌下神経上喉頭動脈神経を確認、舌下神経は口側(舌側)に、上喉頭動脈神経は摘出喉頭に付ける。甲状舌骨膜を横断し、喉頭蓋を摘出喉頭に付けるように注意しながら舌骨下方で咽頭を切断する。このため梨状陥凹が破損する。上喉頭動脈神経は色糸を2か所に付けて間を切断。摘出後は、喉頭に後方から切開を入れ、下咽頭をはずしながら解剖を進める。甲状軟骨などの処理は上述参照。

Temporomandibular joint 顎関節
Epiglottis 喉頭蓋
Hypoglossal nerve 舌下神経(XII) Nervus hypoglossus
Superior laryngeal artery/nerve 上喉頭動脈/神経
Piriform recess 梨状陥凹

■付図(気管内挿管)





一側の喉頭の解剖と観察に入る(図897--906,908--914)。以下の手順で行う。

1) 喉頭の内腔で喉頭蓋仮声帯(前庭ヒダ)、声帯(室ヒダ)、声門を同定する。

2) 声門裂には、声帯にはさまれた膜間部と、披裂軟骨にはさまれた軟骨間部を区別する。膜間部が振動し、軟骨間部が声門裂の幅を調整する。

3) 喉頭蓋の側方で食物が流れる梨状陥凹を確認する。

4) 喉頭蓋の前方付着を確認する。

5) 左右どちらか一側だけで喉頭の内面で粘膜を剥がし、甲状軟骨輪状軟骨の輪郭を内面から明らかにする。粘膜をきれいに剥がすと、以下の筋や軟骨の同定がはかどる。

6) 披裂軟骨喉頭5筋を同定する。視野が狭くて剖出できない部分は、頭部まで正中切半してから残り一側とともに解剖する。

外側輪状披裂筋(臨床名:側筋)、横披裂筋(横筋)、後輪状披裂筋(後筋)、甲状披裂筋声帯筋(内筋)の中で、声門の開大筋は後筋だけである。これらの筋には、反回神経に続く下喉頭神経から筋枝が来る。今日剖出している一側では、甲状軟骨の外側部を必要に応じて切除してもいい。これで視野が広がる。支配神経の剖出は、頭部を離断して完全に正中切半してからでいい。下喉頭神経上喉頭神経の吻合も剖出したい。

喉頭の解剖は、後日さらに予習復習した上で残る一側を用いて行なう。

Vestibular fold 仮声帯(前庭ヒダ)
Vocal fold 声帯(室ヒダ)
Glottis 声門
Rima glottidis 声門裂(膜間部、軟骨間部)
Piriform recess 梨状陥凹
Arytenoid cartilage 披裂軟骨
喉頭5筋
*Cricothyroid muscle 輪状甲状筋(前筋)
*Lateral cricoarytenoid muscle 外側輪状披裂筋(側筋)
*Transverse arytenoid muscle 横披裂筋(横筋)
*Posterior cricoarytenoid muscle 後輪状披裂筋(後筋)
*Thyroarytenoid muscle/Vocalis muscle 甲状披裂筋/声帯筋(内筋)

■付図(喉頭筋の作用)




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