第3章-上肢・上肢帯-
3.4 前腕と手
3.4.1 肘から前腕へ (図54,60--71,73,74,89)

1) すでに肘窩で剖出した皮神経や皮静脈を左右に寄せて残しながら、メスで前腕筋膜を遠位から近位に向けて除去し、筋の輪郭を明らかにする。腱の間を清掃し、遠位から近位に向けて各筋を浮かせて輪郭をより明確にする。深部にある血管・神経を損傷しないように注意する。前腕腱膜は手くびから上方に剥がして、上腕二頭筋に付けて残しておく。メスで前腕筋膜を剥がす時、肘近くで前腕筋の筋質が若干剥がれるのはやむをえない。

前腕筋膜は腱膜状で強靱である。強靱な上腕二頭筋停止腱膜が前腕近位内側に巻きついている(図60)。この腱膜によって、上腕二頭筋の回外作用が得られる。二頭筋の力こぶは回外位でさらに大きくなる。食物を口に運ぶ時に役に立つことを考えてみよ。

Cubital fossa肘窩
Antebrachial fascia前腕筋膜
Biceps tendon (Biceps aponeurosis)上腕二頭筋停止腱(腱膜)
Supination回外



2) 橈骨、そして尺骨肘頭に触れる。ここで 前腕浅層の筋群の配置を確認する(図60,69)。各筋の同定は後述の前腕屈側(3.4.5)及び前腕伸側と関節の開放(3.4.7)の節で行う。屈筋群上腕骨内側上顆に収斂し、伸筋群外側上顆に収斂している。腕橈骨筋および長短の橈側手根伸筋は、肘の橈側で上腕にはみ出して区別できる一群をなしている(図54)。

3) 手くびでは屈筋支帯伸筋支帯を温存する(図73,89)。腱が指まで行くか手関節付近で終わるかが分かれば、筋の同定は容易になる。浅層の解剖を手掌・手背まで進める。

Radius橈骨
Ulna尺骨
Olecranon肘頭
Humerus上腕骨
Medial/Lateral epicondyle内側/外側上顆
Brachioradialis muscle腕橈骨筋
Extensor carpi radialis longus/brevis muscle長/短橈側手根伸筋
Flexor/Extensor retinaculum屈筋/伸筋支帯
Wrist joint手関節



<肘関節を動かす筋の整理(作用別)>

屈曲上腕二頭筋、上腕筋、腕橈骨筋
伸展上腕三頭筋
回内方形回内筋、円回内筋、橈側手根屈筋
回外回外筋、上腕二頭筋、長母指外転筋




3.4.2 手背 (図75--79)

1) 手背ではまず伸筋支帯を確認し、以後できるだけ温存する。透明な腱鞘(滑液鞘)を通して伸筋腱が見えてくる。伸筋腱鞘は6管に分れているとされており、解剖を急がずにゾンデを入れて腱鞘の広がりを確認する(図77)。

2) 腱鞘を除去してを露出させ、まず第1、3指で確実に指先まで追求する。指の血管・神経も合せて剖出していく。

3) 母指のつけねに生じるタバチエール(スナッフボックス=タバコ入れ)という凹みでは、これを構成するをきちんと剖出する(図79)。

4) タバチエールの底(ないし近傍)で橈骨動脈を確認し、第一背側骨間筋に進入していくまで追求する。手背から指に行く橈骨動脈枝は見られるか。

5) 最後に伸筋支帯を切断して伸筋腱を完全に露出させる。伸筋腱は切断しない。

Dorsum of hand手背
Synovial(Tendon) sheath滑液鞘(腱鞘)
Tendon of extensor muscles伸筋腱
Digital arteries/nerves指の動脈/神経
Radial artery橈骨動脈
First dorsal interosseous muscle第一背側骨間筋



<手関節を動かす筋の作用別整理>
背屈(総)指伸筋、(長・短)橈側手根伸筋
掌屈浅指屈筋、深指屈筋、尺側手根屈筋
尺屈(尺側偏位)尺側手根伸筋、尺側手根屈筋、(総)指伸筋
橈屈(橈側偏位)長橈側手根伸筋、長母指外転筋、長母指伸筋




3.4.3 手掌の浅層 (図80--82,84,89)

1) 手掌の皮下組織を除去して手掌腱膜の輪郭を明らかにする。母指球小指球という手掌両側にある筋のふくらみには、まだ触れない。手掌腱膜を剖出する過程で短掌筋正中神経手掌枝に気付くかも知れない。

2) 手掌腱膜が確認されたら、今のうちに正中神経反回枝(図89)を助けておく。母指球筋の支配神経で走行は浅い。手掌腱膜母指球の境界を丁寧に解剖して探す。これを損傷するとQOL (Quality of Life)を著しく損ねる。手掌の創(傷のこと)をナートする(縫う)時に損傷することがある。

3) 屈筋支帯を剖出しながら、長掌筋腱手掌腱膜が連続していることを確認する。長掌筋腱がはがれてもよい。

4) 手掌腱膜の遠位縁で指に行く血管・神経を捉え、指先に向けて剖出する。まず第1、3指で確実に行なっておく。

5)手掌腱膜をメスで遠位から剥離して近位(手くび)に向けて反転する。ぬるぬるした透明な腱鞘 (滑液鞘)に包まれた屈筋腱が見えたら、伸筋腱鞘同様、解剖を急がずにゾンデを入れて腱鞘の広がりを確認する(図81)。指の屈筋腱が通るPIPから手掌中央付近の範囲は、20年前までは手術が困難で no man's land と呼ばれた。現在は区画の理解が深まり、積極的に手術されるようになった。

Palm手掌
Palmar aponeurosis手掌腱膜
Thenar母指球
Hypothenar小指球
*Palmaris brevis muscle短掌筋 
Recurrent branch of median nerve正中神経反回枝
Tendon of palmaris longus muscle長掌筋腱




3.4.4 手根管 (図82,83,89,112,137)

1) 薄い屈筋支帯を3-4cm幅で(同時に豆鈎靭帯も)切除して、強靱な横手根靭帯との間の狭い空間(ギヨン管 Guyon's )を開放し、尺骨動脈神経を剖出する(図89)。屈筋支帯と横手根靭帯を区別しない解剖学教科書が多く、しばしば横手根靭帯を含めて屈筋支帯と呼ぶ。

2)手掌では滑液鞘を除去しながら血管神経を剖出していく。浅掌動脈弓はほとんど尺骨動脈枝である。多数の深部受容器官が分布する虫様筋も温存する。

3) 手掌の剖出がある程度終わったら、横手根靭帯を完全に切除して手根管を広く開放する。これによって、前腕から連続的に屈筋腱正中神経を観察できようになる。

4)手根管の壁を作る手根骨を確認する(図112,137)。豆状骨舟状骨結節有鈎骨鈎などに触れる。手根管症侯群については整形外科教科書を調べてみる。

Carpal tunnel, Flexor tunnel, Carpal canal手根管
Flexor retinaculum屈筋支帯
*Pisohamate ligament豆鈎靭帯
Transverse carpal ligament横手根靭帯
Ulnar artery/nerve尺骨動脈/神経
Superficial palmar arch浅掌動脈弓



Lumbrical muscle虫様筋
Pisiform bone豆状骨
*Tuberosity of scaphoid bone舟状骨結節
Hamate有鈎骨
*Hamulus of hamate bone有鈎骨鈎




3.4.5 前腕屈側 (図60--67,91,139,140)

前腕の筋は屈側と伸側に分けられるが、両側を同時に浅層から順に同定しながら解剖を進める(伸側は )。その際、多くの大学では次々に腱を切断するが、その必要はない。復習のためなるべく残そう。

1) 前腕屈筋は浅深2層からなる。まず腕橈骨筋浅層の3筋(尺側手根屈筋橈側手根屈筋長掌筋)の輪郭を明らかにする(図60)。腕橈骨筋は屈筋だが屈側ではなく、伸側の筋群に分類されている。これらの筋を浮かすと、尺骨動脈尺骨神経橈骨動脈橈骨神経浅枝が、それぞれ尺側と橈側に伴走して見つかる。生体の尺骨動脈と橈骨動脈を脈診してみよ(付図 1.3)。橈側手根屈筋腱だけを切断して筋を近位に反転、筋の内面で橈骨動脈橈骨神経浅枝を剖出する。

Brachioradialis muscle腕橈骨筋
Biceps tendon (Biceps aponeurosis)上腕二頭筋停止腱(腱膜)
Flexor carpi ulnaris muscle尺側手根屈筋
Flexor carpi radialis muscle橈側手根屈筋
Palmaris longus muscle長掌筋 
Radial artery/nerve橈骨動脈/神経
Superficial branch of radial nerve橈骨神経浅枝

2) 浅指屈筋円回内筋を同定したら(図61,63)、前腕屈筋深層へのアプローチのため、浅指屈筋と円回内筋の橈骨付着を剥がして、橈骨から前腕屈筋浅層を浮かし(ここが手技のポイント)、浅指屈筋の深側にある正中神経血管を剖出する。

3) 深側では、深指屈筋長母指屈筋方形回内筋を同定する(図62)。深指屈筋と長母指屈筋の間で正中神経枝の前骨間神経が見えるはずだ。

Flexor digitorum superficialis muscle浅指屈筋
Pronator teres muscle円回内筋
Flexor digitorum profundus muscle深指屈筋
Flexor pollicis longus muscle長母指屈筋
Pronator quadratus muscle方形回内筋
Anterior interosseous nerve前骨間神経

4) 腕神経叢から上腕骨内側上顆まで尺骨神経が剖出されていることを確認する。尺骨神経は尺側手根屈筋の起始部を貫通する(図66)。尺側手根屈筋の上腕骨起始を注意深く剥がして、内側上顆直下の尺骨神経溝肘部管を開放し、尺骨神経前腕につなげる。この過程で尺側手根屈筋枝が見つかる。肘部管も障害を受けやすい部位だ。

5)同じく正中神経を上腕から肘窩にたどると、円回内筋に埋没していく。円回内筋の橈骨付着を剥がして正中神経前腕につなげる(図64)。前腕では正中神経浅指屈筋の深側をまっすぐに手根管まで走行している(図65)。この過程で円回内筋枝やその他の前腕屈筋の支配神経が見つかる。

6) 橈骨神経深枝は、回外筋橈骨から剥がして追求する。前腕伸側の筋()を同定して筋間を広げると深枝が見つかる。筋の発達が良くて間を分け難い時は、スタッフの指導のもと、前腕伸筋を上腕骨外側上顆から剥離し、神経を追跡する視野を広げる。

7) 現段階で全体像が見えない構造は尺骨動脈だけであろう。尺骨動脈円回内筋の深側にいったんもぐりこむ。肘窩の底で、尺骨動脈総骨間動脈を放ち、さらに総骨間動脈は屈側深層に向かう前骨間動脈と伸側に向かう後骨間動脈 に分かれる(図65)。肘窩では、この点が浅層を走る橈骨動脈と異なる。円回内筋を必要の範囲でくずし、後骨間動脈前腕伸側につなげる。

Supinator muscle回外筋
Common interosseous artery総骨間動脈
Anterior/Posterior interosseous artery前/後骨間動脈

復習のため再度、前腕屈側から手掌まで、腱と血管神経を連続させ同定する。

8) 指の屈側では腱鞘を開いて浅指屈筋腱深指屈筋腱の交差状態を剖出する。腱鞘は滑液鞘に裏打ちされている。中手指節関節 MP joint近位遠位指節間関節 PIP/DIP jointの各関節に対応して、腱鞘(線維鞘)は輪状の線維(プーリー)によって補強されている。腱のヒモと呼ばれる固定装置は分かるか。浅指屈筋腱深指屈筋腱の停止部位を確認する。指に至る神経を麻酔するには(オーベルスト麻酔 Oberst)、手掌・手背各2本ずつ計4本を麻酔する必要があることを確認する(図91,139,140)。

Tendon of flexor digitorum superficialis muscle浅指屈筋腱
Tendon of flexor digitorum profundus muscle深指屈筋腱
Synovial(Tendon) sheath滑液鞘(腱鞘)
Phalanx指節(骨)
Metacarpophalangeal joint(MP)中手指節関節
Proximal/Distal interphalangeal joint (PIP/DIP)近位/遠位指節間関節




3.4.6 手掌の深層 (図81,83,86,89,90)

前腕屈筋とその腱の解剖が終了し、腱が自由に動かないと深部への視野が広がらない。場合によっては、浅・深屈筋腱を一部切断して視野を作る必要があるかも知れない。

1) 母指球の解剖に先立って正中神経反回枝(図89)を再確認する。手掌腱膜の剥離の際に剖出したはずだ(3.4.3)。

Thumb母指
Thenar muscles母指球筋
Recurrent branch of median nerve正中神経反回枝

2) 前腕から筋の輪郭を確認しながら、母指球におよそ3層(母指外転筋短母指屈筋母指対立筋)を区別する(図81)。しかし、深層では境界が不明瞭だ。以上の過程で長母指屈筋腱の手掌における走行を明らかにする。橈骨動脈枝が母指球筋を貫通している場合は、深くたどって手掌深部の解剖につなげる。

*Abductor pollicis muscle母指外転筋
*Flexor pollicis brevis muscle短母指屈筋
*Opponens pollicis muscle母指対立筋
Tendon of flexor pollicis longus muscle長母指屈筋腱

3) 小指球筋の解剖は尺骨神経を追求しながら行なう。小指球にもおよそ3層の筋(小指外転筋短小指屈筋小指対立筋)を区別する(図83)。手掌の深部に入る尺骨神経を確認する。

Little finger小指
Hypothenar muscles小指球筋
*Abductor digiti minimi muscle小指外転筋
*Flexor digiti minimi brevis muscle短小指屈筋
*Opponens digiti minimi muscle小指対立筋

4) 手掌の深層の母指内転筋の輪郭を確認する。骨間筋母指球筋との境界がはっきりしないところがあって、昔から議論になっているが、今は細部にはこだわらない。

5) 橈骨動脈は、手くび橈側の凹みタバチエール付近で捕まえてあるだろうか。小指球筋の解剖で捕まえた尺骨神経と、タバチエールの橈骨動脈を深部に追求する。これら血管・神経を母指内転筋の深側(手背側)まで追及する。浅掌動脈弓は主に尺骨動脈枝から、深掌動脈弓は主に橈骨動脈枝から構成される(図89,90)。浅掌動脈弓ほど太くはない。

6) 最後に骨間筋だが、少なくとも第一背側骨間筋(図86)だけは丁寧に剖出して起始停止と尺骨神経支配を確認する。

  *Adductor pollicis muscle母指内転筋
Superficial/Deep palmar arch浅/深掌動脈弓
First dorsal interosseous muscle第一背側骨間筋


3.4.7 前腕伸側と関節の開放
(図69--74,84,113,115,116--118,122--130,137,142,143)

1) 前腕伸側腕橈骨筋浅層5筋を順に同定をして手背の停止腱を確認する(図69,70)。伸筋腱と連続している指背腱膜(図84)は、むやみに剥離しないで、骨間筋の停止を観察するまで温存する。

Brachioradialis muscle腕橈骨筋
Extensor carpi ulnaris muscle尺側手根伸筋  
Extensor digiti minimi muscle小指伸筋
Extensor digitorum muscle指伸筋  
Ext. carpi rad. long./brev. m.長/短橈側手根伸筋  
Extensor expansion指背腱膜

2) 肘頭近くの伸筋起始腱膜をメスで削りとると、各伸筋の間に分け入ることができる。手背から肘頭に向けて部分的に伸筋を浮かしながら、橈骨神経深枝後骨間動脈を剖出する。回外筋を橈骨から剥がすと視野が広がる(図74)。

Olecranon肘頭
Posterior interosseous artery後骨間動脈
Supinator muscle回外筋

3) スナッフボックスsnuff box(昔はタバチエールと言った)を作る筋を確認する。

Ext. pollicis longus m.長母指伸筋(尺側縁)
Abductor pollicis longus m.長母指外転筋(橈側縁)
Ext. pollicis brevis m.短母指伸筋(橈側縁)
Ext. carpi rad. long./brev. m.長/短橈側手根伸筋(へこみの底)

4) 肘筋を同定し、三角をしたこの筋の輪郭に沿って骨まで深くメスを入れ、肘関節を開放する。3つの関節面が確認できるまで深くメスを入れる。回内・回外の際の骨の動きを観察する(図116-118)。太い血管・神経を切らないように注意しながら、上腕骨外側上顆内側上顆肘頭の輪郭をメスで明らかにする。

近位橈尺関節の脱臼(肘内障とよぶ)の整復について示説を受ける。しばしば現場で遭遇する子供の脱臼で、橈骨輪状靭帯から橈骨頭が抜ける。ごつごつした骨折の痕跡が見つかることもある。上腕骨顆上骨折は、小児で最も多い骨折の一つである。腕尺関節腕橈関節近位橈尺関節の3部分から肘関節が構成されていることがわかるだろうか(図116-118,122-124)。

*Anconeus muscle肘筋
Elbow joint肘関節Articulatio cubiti
Humeroulnar joint腕尺関節
Humeroradial joint腕橈関節
Proximal radioulnar joint近位橈尺関節
Pronation/Supination回内/回外
Humerus上腕骨
Medial/Lateral epicondyle内側/外側上顆

5) 手背では伸筋腱と指背腱膜(図84)を側方に寄せて靭帯を除去し、手根骨を手背から露出させる。特に臨床で重要な舟状骨月状骨を確認する(図113,137)。

6) 手関節も手背に続けて開放し、関節円板(手関節三角線維軟骨複合体)と橈骨・尺骨の関係を見ながら橈骨手根関節遠位橈尺関節を確認する(図126-129)。

Carpal bones手根骨
Scaphoid舟状骨
Lunate月状骨
Wrist joint手関節
Radiocarpal joint橈骨手根関節
Distal radioulnar joint遠位橈尺関節

7) 1-2本の指で指背腱膜と骨間筋を剥がし、MPPIPDIPを手背側から開放する。第1指手根中手関節も手背から開放し、鞍関節であることを確認する(図128,125)。各指節骨を分離してもよい。

8) 最後に1、2指でいいからを剥がして、爪床の構造を理解する(図142,143)。爪床の炎症を慣用的にpanaritium(ひょう疽)という。日常臨床で非常に多い。

Interosseous muscles骨間筋
Metacarpophalangeal joint (MP)中手指節関節
Proximal/Distal interphalangeal joint (PIP/DIP)近位/遠位指節間関節
Carpometacarpal joint手根中手関節
Phalanx指節(骨)
Nail
Nail bed爪床


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