第4章-体壁-
4.1 腹壁
4.1.1 腹直筋 (図248,249,252--259,261,262)

白い腱膜様腹直筋鞘に、前面からメスで慎重に5cmあまり縦に割を入れて、腹直筋鞘前葉の厚さを確認する。次いでハサミで全長に渡り左右の腹直筋鞘前葉を切開する。注意深く腹直筋を正中線から外側に向けて前葉からも、さらに後葉からも浮かせて、筋を鞘から遊離させる。腱画の部位では、腱画と腹直筋鞘が固く結合していて剥がしにくい。腹直筋鞘後葉は下腹部には存在せず、後葉は下方で弓状線という遊離縁に終わる(図255,261)。つまり下腹部では腹膜横筋筋膜(腹横筋膜)だけが筋を裏打ちしている。

以上の作業の間に、腹直筋の支配神経(肋間神経)とそれに続く前腹壁の皮神経、縦走する上腹壁動静脈を剖出する。下腹壁動静脈は、弓状線より下方では横筋筋膜(浅)と腹膜(深)の間を走行する(図262)。また、上腹壁動静脈が横隔膜の起始部を貫通して腹壁に出現する部位に注目する(5.1.2)。開胸作業の際に認識するが、腹直筋は胸壁前面にも少なからず張りついている。

Body wall体壁
Abdominal wall腹壁
Rectus abdominis muscle腹直筋
Rectus sheath腹直筋鞘
*Tendinous intersections腱画
*Arcuate line弓状線
Peritoneum腹膜
Transversalis fascia横筋筋膜(腹横筋膜)
Intercostal nerve肋間神経
Superior/Inferior epigastric artery/vein上/下腹壁動/静脈
Diaphragm横隔膜Diaphragma


4.1.2 鼡径部
(図250,251,261,262,265,266,269,271--276,278)

この章の解剖は男性で行なって十分理解した後に、女性に適用する(女性解剖体の班は、男性解剖体の班をまず見学する)。

1) まず精索(女性なら子宮円索、臨床で言う円靭帯)を確認する。鋭いピンセットで損傷しないように、鈍いピンセットか指先で精索を探す。精索が腹壁に出現する部位が浅鼡径輪で、あらゆる鼡径ヘルニア{はここから皮下に出てくる(図251)。

2) 鼡径靭帯と並行して浅鼡径輪から3-5cm程度外側までの範囲に鼡径管がある。鼡径管前壁を作る外腹斜筋腱膜を慎重に切除して、鼡径管を前から開放する。外腹斜筋腱膜の下縁は肥厚して鼡径靭帯を形成する(図250)。

Inguinal region鼡径部
Spermatic cord精索
Round ligament of uterus子宮円索(円靭帯)Ligamentum teres uteri
Inguinal ligament鼡径靭帯
Superficial/Deep inguinal ring浅/深鼡径輪
Inguinal canal鼡径管

3) 鼡径管の中で浅鼡径輪から順次、外側に向けて指先で精索を剥離する(図269)。鼡径管上壁内腹斜筋腹横筋の下縁、下壁鼡径靭帯後壁横筋筋膜(腹横筋膜)が構成する。内腹斜筋腹横筋の下縁から精索周囲に合流する多量の筋束は精巣挙筋(図271)と呼ばれる。大腿内側を筆でこするとこの筋が収縮して精巣が挙上する反射(挙睾反射)は有名だ。

4) 以上の剖出過程で、外陰部前部に至る皮神経と精巣動静脈精管を観察する(図271)。精巣動静脈精管は精巣に付けた状態で深鼡径輪から垂らして温存する。後日、精管は骨盤内まで追及して尿道につなげ、精巣動静脈は後腹壁の大血管につなげる(6.4.1)。

External/Internal oblique muscle外/内腹斜筋
Transversus abdominis muscle腹横筋
*Cremaster muscle精巣挙筋
Testis精巣
Testicular artery/vein精巣動/静脈
Ductus deferens精管Vas deferens
Urethra尿道

鼡径ヘルニアと関係して特に後壁を詳細に観察する必要がある。後壁は中央部が弱く、周辺部が比較的強い。弱い中央部を破って腸が脱出して起こるヘルニアが内側ヘルニア(直接ヘルニア)で、深鼡径輪から精索と共に脱出するのが外側ヘルニア(間接ヘルニア)である。

鼡径管後壁の外側部(深鼡径輪の後方)では窩間靭帯(図261)というものが横筋筋膜の外方(浅側)を補強しているという。しかし窩間靭帯は実質的には下腹壁動静脈血管鞘 Vascular sheath、つまり血管周囲の結合組織緻密部であり、補強物の実体はこの血管自身である。鼡径管後壁の内側部(浅鼡径輪の後方)では、腹直筋鞘の下外側縁(鼡径鎌)や内腹斜筋・腹横筋の停止腱膜(結合腱)が横筋筋膜の外方(浅側)を補強している。結合腱と鼡径鎌(図262)は、通常は混同して用いられる。鼡径靭帯に近い後壁下部には、横筋筋膜の肥厚部があり、iliopubic tract (腸恥索と訳されている)と呼ばれる。iliopubic tract の発達には、少なくとも日本人では個体差が大きい。iliopubic tract は下方では大腿動静脈の血管鞘に連続し、鼡径靭帯には続かないとされているが、様々な癒着があって判断しがたい。

*Interfoveolar ligament窩間靭帯
Inguinal falx鼡径鎌
Femoral artery/vein大腿動/静脈


■付図(精索と鼡径管の筋膜構成)




4.1.3 側腹筋 (図16,19,253--259)

外腹斜筋の広がりを観察する。前鋸筋との噛み合い、広背筋との境界は明らかになっているだろうか。外腹斜筋と前鋸筋が噛み合ったその境界部分から肋間神経外側皮枝が出現する。肋間神経外側皮枝から分れた筋枝が、前下方に外腹斜筋の外面を走行した後で、外面から筋に進入して支配する。外腹斜筋腱膜が腹直筋鞘前葉に移行する部分を切断して、外腹斜筋を内側から外側に向けて反転する。

内腹斜筋が腹直筋鞘に付着する部位を切断して、これも外側に向けて反転する。この際に、腹直筋の剖出で見つけた神経を切らないように注意する。内腹斜筋腹横筋は下部ほど分けがたいが、内腹斜筋腹横筋の間を神経(肋間神経及びそれに類似の神経:L1,L2)が走行することを指標にして2筋を区別する。

最後に、腹横筋が腹直筋鞘後葉に付着することを確認したら、なるべく腹膜を損傷しないように注意しながら同筋も外側に向けて反転する。ここで、神経が切れてしまう。


4.1.4 後腹壁 (図345,360--362,364--367,683)

腹部内臓の解剖(6.4)を終えてから行なう。

大腰筋の輪郭を確認した後、筋束を脊柱から剥がしながら腰神経叢を剖出する(図364-367)。すでに下肢では大腿神経外側大腿皮神経が剖出されている。これらを近位に追及していく。大腰筋が腸骨筋と合流して大腿骨小転子に停止することを確認する。大腰筋は脊柱に近接しており脊柱を動かすが、停止部位と神経支配から下肢帯の筋に分類される。腰神経叢では、上記2神経の他に閉鎖神経腰仙骨神経幹を確実に剖出する。腰動脈が腹大動脈から分節的に出ている。作業中に腰動脈を温存するように注意し、第10肋間動脈から第2腰動脈の範囲で椎間孔に入る太い動脈枝がないかどうか丁寧に剖出する。2外の医師が検索していると思う。脊髄まで到達していればアダムキービッツ動脈 Adamkiewicz arteryの可能性が高い(図683では第10肋間動脈由来)。水平断の絵は「解剖学講義」665 参照。

腎臓の後方で腰方形筋とその肋骨付着を確認する(図360,364)。背部の剖出で大量の脂肪が付いていたウエストのくびれの位置に当たる。腰方形筋はその支配神経の位置から見て胸壁の外肋間筋に相当すると考えられている。

Psoas major muscle大腰筋
Iliacus muscle腸骨筋
Lesser trochanter大腿骨小転子
Lumbar artery腰動脈
Abdominal aorta腹大動脈
*Quadratus lumborum muscle腰方形筋

腰仙骨神経叢(L1-S4)は整形外科や神経内科で下肢の障害を考える上で主要だが、解剖実習の進行上、全体を通してみる機会がない。ここで図366を参考に整理しておく。腰神経叢部分では前方から閉鎖神経、後方から大腿神経が出る。細いが交感神経性の腰内臓神経QOL (Quality of Life)の確保に必須だ。大腿神経の皮枝は下腿に達する。仙骨神経叢部分では坐骨神経が圧倒的に太く、前方の脛骨神経部分と後方の総腓骨神経部分に分けられる。他に、後方から殿筋神経、前下方から陰部神経が出る。細いが副交感性の骨盤内臓神経QOL (Quality of Life)の確保に必須だ。
Lumbosacral plexus腰仙骨神経叢
Lumbar plexus腰神経叢
Obuturator nerve閉鎖神経
Femoral nerve大腿神経
Lat.femoral cutan. nerve外側大腿皮神経
Lumbar splanchnic nerve腰内臓神経
Lumbosacral trunk腰仙骨神経幹
Sacral plexus仙骨神経叢
Sciatic nerve坐骨神経
Tibial nerve脛骨神経
Common peroneal nerve総腓骨神経
Su/Inf. gluteal nerve上/下殿神経
Pudendal nerve陰部神経
Post. femoral cutan. nerve後大腿皮神経
Pelvic splanchnic nerve骨盤内臓神経


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