第5章-胸部-
5.2 肺と胸膜腔
5.2.1 胸膜腔 (図164--170,182)

胸壁で囲まれた胸腔胸膜腔縦隔。縦隔の中には、心膜で囲まれた心膜腔が含まれている。胸膜や心膜・腹膜には、決して孔はない。連続した1枚の膜である。ビニール袋(胸膜や心膜)の(口ではなくて)腹から突っ込んだ手(肺や心臓)と同じ状況。

壁側胸膜が破損していれば、その部位から上下方向に浅く大きく割を入れて同胸膜を用手的に剥離する。壁側胸膜が無傷ならば、前面に上下方向に浅く大きく割を入れる。胸膜炎で激しく癒着している場合はスタッフの指示に従う。いずれにしても、壁側胸膜臓側胸膜の間に手を入れて胸膜腔の広がりを確認する(図165)。状態が違うから他班の多数のライヘでも確認する。両胸膜は肺根で連続している。通常、ライヘの肺は最大呼気位にあるので、肋骨横隔洞(図165)と肋骨縦隔洞(図164)は拡大している。胸膜頂に指を入れ、鎖骨上方(頚部)に達していることを確認する。肺尖は頚部に達する。頚部のリンパ節神経節に針を刺す時でも、医原性の気胸を作りうることが分かるだろうか。下方では、に針を刺す機会が多いが、胸膜を破ることなく右から肝臓に針を差して組織の採取 biopsy をするには、どの肋間から刺せばいいだろうか。

Pleural cavity胸膜腔
Parietal/Visceral pleura壁側/臓側胸膜Pleura parietalis/pulmonalis
Root of the lung肺根Radix pulmonis
*Costodiaphragmatic recess肋骨横隔洞
*Costomediastinal recess肋骨縦隔洞
Cupula of pleura胸膜頂Cupula pleurae
Apex of the lung肺尖

5.2.2 肺の摘出 (図166--170,176,177,233,235,236,715)
肺根の後方に指を入れて肺根をつかんでみる。さらに肺間膜をつかんで確認する。縦隔に面する壁側胸膜を除去しながら肺根を剖出する。この際にできれば肺間膜を温存する。肺間膜は後縦隔左右の連絡リンパ路になると考えられている。

右迷走神経を頚部から下方に追及して反回神経分岐を確認し(図236)、さらに右肺根後方に至る。以上の過程で上大静脈後方の右気管傍リンパ節が除去されていく。太い気管支縦隔リンパ本幹が見つかるかもしれない。左迷走神経大動脈弓の下縁から左肺根後方まで剖出する(図233,715)。左は特に視野が狭くてやりにくいかも知れない。を外側に寄せながら作業する。最後に、肺根肺間膜を切って左右の肺を摘出する。肺根はできるだけ長く3cm程度を肺側に付ける。肺根の後方に密着する迷走神経は本体側に残す。

Pulmonary ligament肺間膜
Aortic arch大動脈弓
Vagus nerve迷走神経
Right/Left recurrent laryngeal nerve右/左反回神経

心臓と肺を、摘出しないで胸腔に付けたまま剖出したい班があれば申し出て欲しい。時間は倍以上かかるが、位置関係を温存したという実感がある。また、血管・神経を連続的に観察できる。せめて心肺一括で摘出したいという希望があれば同様に別途指示する。


■付図(心臓と肺の摘出)



5.2.3 肺の外景 (図172--179)

後述の肺区域の剖出に入る前に、じっくり上葉中葉(右肺のみ)・下葉の位置関係を頭に入れておくと、肺区域の理解も早い。前から見える葉は何か、後方からしか見えない部分はどこか。は、周囲の内臓や骨によって形を規定されている。周囲にある心臓や血管によって肺に刻まれた圧痕を確認する(図176,177)。肺尖鎖骨の高さを比較する。

以下の項目を確認せよ。

Upper/Middle/Lower lobe上/中/下葉
Horizontal/Oblique fissure水平/斜裂
*Cardiac impression心圧痕
*Sulcus of aortic/azygos arch大動脈弓/奇静脈溝
Costal surface肋骨面Facies costalis
Mediastinal surface縦隔面
Diaphragmatic surface横隔面(=肺底)
Root/Hilum of the lung肺根/肺門Radix/Hilus pulmonis
Apex of the lung肺尖

5.2.4 肺区域 (図174,175,178--181)

肺葉の下位の単位として肺区域がある。肺区域気管支分岐を基準に決められている。区域の間には葉間胸膜のような明瞭な境界物はない。強いて言えば、区域の境界近くには比較的太い静脈がある。昔は結核、今は肺癌の臨床を通して肺区域は日本の常識であり、国試にも毎回出題されて問題はヒネリを加えられている。

まず摘出肺において、肺根の断面で気管支動脈静脈を区別する。左右の肺門部(肺根)からピンセットで肺実質を徐々にくずして、区域気管支、さらに亜区域気管支レベルまで剖出する。最初に上葉中葉下葉葉気管支を区別する。あらかじめプリントや教科書を参考に、肺の外面から肺区域の配置の概要を把握しておく。前から見えている区域は何か、その後方に隠れている区域は何か、下葉の区域はどのような順に並ぶか、というように整理しておく。

の解剖は、肺の縦隔面から肺実質をくずし、肋骨面横隔面を最後まで温存するのがオリエンテーションを失わないコツだ。それでも剖出とともに肺がつぶれていくので、ヘリカルCTで見るほどの立体感は得られない。その代り解剖学実習では、多くの肺を観察して区域気管支レベルの変異を直視下に体験して欲しい。区域気管支・亜区域気管支には個体ごとに多くの変異がある。変異の詳細は実習室前に出すプリントを参照すること。血管は必要に応じて切断し、血管を両開きに反転して気管支を剖出するための視野を作る。しかし、血管を除去してはいけない。

摘出肺における気管支の剖出過程で、気管支動静脈が見つかる。気管支動脈は、縦隔側(気管側)の切断端を確認し、後で剖出するために糸でラベルしておく。気管支静脈の多くは肺静脈に注ぐが、主気管支に近い一部の静脈は奇静脈などに注ぐ。

Pulmonary segment肺区域
Trachea気管
Bronchus気管支
Left/Right primary bronchus左/右主気管支
Upper/Middle/Lower lobar bronchus上/中/下葉気管支
Segmental bronchus(bronchi)区域気管支B1+2,B3,...
Subsegmental bronchus(bronchi)亜区域気管支B3a,...
Bronchial artery/vein気管支動/静脈


5.2.5 選択スケッチ課題:肺区域 (図174,175,178--181)

肺区域を理解するため、上述の通りにピンセットで肺門部から肺実質を崩し、肺内気管支亜区域気管支レベルまで剖出・同定する。同定しなければやる意味がない。末梢の細かい気管支の剖出を盲目的に行なう人が多いが、それはよほど時間に余裕のある人に限ること。アンテラ(5.1.3)はきれいに除去する。ある程度、剖出が進んだら、肺根血管気管支の位置関係を保存するために、アロンアルファで固定しておく。特に肺静脈がはずれやすいので注意する。こうして、肺門部の血管と気管支の位置関係を温存した生きた模型を作る。

スケッチには前から見た状態で、1枚のケント紙に左右並べて描く(図180,181)。標本はつぶれてくるが、できるだけ立体的に描く。気管支にはB3a,b.の要領で名称を付ける。上葉気管支については、実習室前のパターン表から各班の形を考察する。B*、B7についてはその有無を慎重に検討する。


■付図(縦隔リンパ節)



■付図(区域・亜区域気管支)



■付図(区域・亜区域気管支の変異:右上葉を例に)




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