第6章- 腹部・骨盤部-
6.1 腹膜
6.1.1 腹膜腔を開く (図255,282,283,286,287,288--291,301,303)

腹壁(筋)で囲まれた腹腔の中に、腹膜腔腹膜後隙(後腹膜腔)がある。すでに腹直筋鞘の解剖が終わり、前腹壁で腹膜が露出している(図255)。

剣状突起から恥骨上まで、前正中線の左側1横指(臨床でよく用いる表現)で腹膜にタテの長い割を入れて腹膜腔を開放する。から肝臓に続く肝円索を温存するため、は前腹壁の右半分に付ける。深側を損傷しないように注意する。さらに臍下方で適当に横方向の割を追加して剖出後の側腹筋を切断し、できるだけ大きく視野を広げる。この際に右側では臍から肝臓まで、肝鎌状間膜とその中の肝円索をベルト状に前腹壁から遊離する。

腹膜は連続した膜で、腹膜腔を囲む。これは心膜や胸膜と同じである。裂け目や孔は、卵巣表面のような特殊な例外(排卵のための孔がある)を除けば存在しない。腹膜間膜の発生はラングマン p.220-221,223-228 及び 図288--291 参照。腹膜の深部にある内臓や血管が、腹膜にヒダへこみを作る(6.1.4)。手術中はこのヒダやへこみから深部の構造を知る。

Peritoneum腹膜
Peritoneal cavity腹膜腔
Retroperitoneal space後腹膜腔(腹膜後隙)
Abdominal cavity腹腔
Xiphoid process剣状突起
Umbilicus
Round ligament of liver肝円索Ligamentum teres hepatis
Falciform ligament肝鎌状間膜

腹膜腔には、網嚢という複雑な形のポケットが存在する(図301,303,ラングマン p.226)。網嚢の入口は肝十二指腸間膜の後方にあり、ウインスロー孔 Winslow's (網嚢孔) foramenと呼ばれる。連続した腹膜が、どこにどのように広がっているかを理解するため、多くのライヘで実感してもらう。最初に自班で同定確認し、次いで指示に従い複数の班を回りながら腹膜関係を確認してもらう。ライヘによって大いに状態が異なる。腸間膜は腹膜2枚などと概念的に覚えるのではなく、指で腹膜をつまみながら広がりを確認する。

Omental bursa網嚢
Hepatoduodenal ligament肝十二指腸間膜
Epiploic foramen網嚢孔=Winslow's=ウインスロー孔
Mesentery腸間膜Mesenterium,Meso

腹部について1-2日の間は、メスやピンセットを用いた剖出作業は原則として行なわない。メスやピンセットを用いて腹膜を剖出すると、本来の形が失われてしまう。


6.1.2 大網を現位置で (病的癒着はそのまま:正常なら図286,282,283,342)

まず視診、次に触診で、腹部内臓前腹壁及び大網の癒着状態を観察する。大網の病的癒着、つまり横行結腸以外への付着を認めたら、スタッフの確認を得た上で癒着を剥離する。図282,283のように典型的な内臓配置は見られるだろうか。結腸の位置は、中にガスを入れている生体とはやや異なる(図342)。以下の項目を順に確認していく。

1) 内臓配置の確認
StomachMagen,Gaster,Ventriculus
Liver肝臓Leber,Hepar
Gall bladder (GB)胆嚢Gallenblase,Vesica fellea
Greater omentum大網grosses Netz (発生学:後胃間膜)
Transverse colon横行結腸
Sigmoid colonS状結腸

2) 各臓器の部位及び前胃間膜の確認(ラングマン p.223-228)
Greater/Lesser curvature大/小弯
Pylorus幽門
Right/Left lobe (Anatomical/Surgical)左葉/右葉(解剖学的/外科的)
Falciform ligament肝鎌状間膜
Coronary ligament of liver肝冠状間膜
Hepatoduodenal ligament肝十二指腸間膜(肝胃間膜)
Lesser omentum小網(肝胃間膜)kleines Netz

6.1.3 大網を上方に反転 (図287,288,325,327,331,335,341,338)

大網を上方、つまりの前方にそのままの状態で反転する。癒着がまだ残っていれば指示を受けてはがす。再び腹部内臓の同定を行なう。ラングマン p.237 も参照せよ。視診・触診、次に空腸回腸を動かして下記の項目に○を付けながら確認する。小腸の配置には、左上から右下、上から下、左から骨盤内というように様々な個体差がある。周囲のライヘも見てみよう。

Small intestine小腸
Duodenum十二指腸 (間膜は癒着して一見消失)
Duodenojejunal flexure十二指腸空腸曲
Jejunum空腸
Ileum回腸
Large intestine大腸 (盲腸+結腸+直腸)
Cecum盲腸
Appendix虫垂
Ileocecal junction回盲部
Colon結腸
Ascending colon上行結腸 (間膜は癒着して一見消失)
Transverse colon横行結腸 (間膜あり)
Descending colon下行結腸 (間膜は癒着して一見消失)
Sigmoid colonS状結腸 (間膜あり)
Mesocolon結腸間膜
Spleen脾臓Milz,Lien
Kidney腎臓Niere, Ren


6.1.4 網嚢下壁を開放 (図299--303,327,333,334)

スタッフが大網(後胃間膜)を横行結腸間膜から剥がすシヒトを示して回る。大網が胃の大弯に付着することを確認し、大網を胃の前面に翻転する。この作業によって、胃の後方にある網嚢が下方から開放される。横行結腸間膜は多少破れてもかまわない。胃小弯側小網(肝胃間膜)(図299)を破らないように注意する。

視診・触診、次に空腸回腸を動かして下記の項目に○を付けながら確認する。不明の点は遠慮せずにスタッフに聞くこと。図303では、実習とは異なり大網を胃大弯から切離している。指示に従い、班ごとにまとまって数体を順次移動、提出用紙に従がって観察項目を記録する。

1) 全体の復習 2) 網嚢の広がり(図299,301,303)

下から胃の後方、つまり網嚢に手を入れる。肝左葉腹部食道の間で上方に陥凹があるか。左方に手を伸ばしてに触れることはできるか。ウインスロー孔 Winslow's foramen に右方から入れた手指を網嚢内で確認する。

3) 血管系の確認: 無理をせず、腹膜を通して触診し、同定できるものだけでよい。
Common hepatic artery総肝動脈
Left gastric artery左胃動脈
Splenic artery脾動脈
Inferior mesenteric artery/vein下腸間膜動脈/静脈
Abdominal aorta腹大動脈Aorta abdominalis
Inferior vena cava(IVC)下大静脈Vena cava inferior
Common iliac artery/vein総腸骨動脈/静脈
Renal artery/vein腎動/静脈

4) 腹膜ヒダ、腹膜陥凹 腹膜ヒダfold腹膜陥凹 recess の多くは、腹膜に接してすぐ深側を走行する血管が腹膜を盛り上げて形成する。下腸間膜静脈ないしその根が十二指腸空腸曲の側方に腹膜ヒダを盛り上げ、回結腸動脈枝回盲部腹膜ヒダを盛り上げる。左胃動脈が()胃膵ヒダを作り、総肝動脈肝膵ヒダ(右胃膵ヒダ)を作る。S状結腸間膜のように、 間膜根が折れ曲って角を作ると、そこにもポケット状の腹膜陥凹が生じる(図303,327,333,334)。フィンガーディセクション(指先による解剖)によって、できる限りの構造を把握する。最初は慎重に次第にえぐるように触診する。
6.1.5 骨盤内臓の観察 (図334,343,394,395,399,401,404,405,439,440) 女性骨盤内臓は、分かりやすいライヘが限られている。アナウンスするから必ず観察する。同様に提出用紙に従がって観察項目を記録する(6.5.1)。Kot(便)によって直腸が拡張しているライヘはKotを除去するので指示を受ける。

Ant. superior iliac spine上前腸骨棘Spina iliaca ant. sup.
Rectum直腸(Rs,Ra,Rb,P)
Ureter尿管
(Urinary) Bladder膀胱Harnblase,Vesica urinaria
Spermatic cord精索Funiculus spermaticus
Ductus/Vas deferens精管
Uterus子宮
Ovary卵巣Ovarium
Uterine tube卵管
Rectouterine pouch直腸子宮窩Excavatio rectouterina (Douglas')(ダグラス窩)
Vesicouterine pouch膀胱子宮窩

男性:(図439,440) 精管とその内容の確認 深鼡径輪、鼡径管の4壁とiliopubic tract(4.1.2) 小骨盤壁で精管に触れることはできるか。 女性:(図395,399) 子宮、子宮広間膜、子宮円靭帯、卵巣、卵管采、卵巣提索、固有卵巣索 (最後の2つは解剖体では不明瞭だが国試頻出問題、図404)
*Fimbriae of uterine tube卵管采
Broad ligament of uterus子宮広間膜Lig. latum uteri
Round ligament of uterus子宮円靭帯Lig. teres uteri


■付図(卵巣周囲の小構造)



■付図(腹膜の癒着)






■付図(後腹膜の生理的癒着)



■付図(ゲロータ腎筋膜)




6.1.6 後腹膜の生理的癒着、ゲロータ腎筋膜 (図334,343--345)

デモを参考にして上行結腸下行結腸の生理的(2次的)癒着を用手的に剥離する(同部を癒着筋膜とも言う)。盲腸が後腹膜に固定されていない移動盲腸は比較的多い変異である。膵頭十二指腸後方の生理的癒着を剥がすコッヘル授動術(腹部外科の基本術式)は、デモをよく見てから慎重にしかし一気に行なう。コッヘル授動術が行なわれたら、反転した十二指腸第1-4部を後方から見て確認する。以上の作業で、消化管の後方にはゲロータ腎筋膜 Gerota's fasciaが露出する。ゲロータ腎筋膜脂肪被膜を包み、脂肪被膜の中に腎臓がある。最後にゲロータと後体壁の間のシヒト(剥離面)にも手を入れて、筋膜に包まれた尿管等を一塊 en mass,en blocとして前方に浮かす。以上の生理的(2次的)癒着は、いずれも外科手術の際に重要なシヒトになる。ゲロータに包まれた中身を前後からはさみ、フィンガーディセクションによってできる限り下方、小骨盤内まで把握する。中身、例えば尿管をむき出しにしてはいけない。下腹神経骨盤神経叢を含む層(シヒト)を多くのライヘで示説するので、今後その温存に努める。

肝硬変(慣用語:LC,LZ)、各部の腫瘍、大動脈瘤(アノイリスマ)aneurysmなど、病変があれば報告する。

Kidney腎臓Niere, Ren
Renal fascia (Gerota's)腎筋膜
Ascending/Descending colon上/下行結腸
Cecum盲腸
Duodenum十二指腸
Superior part(portion)第1部(上部)
Descending part(portion)第2部(下行部)
Horizontal part(portion)第3部(水平部)
Ascending part(portion)第4部(上行部)
Hypogastric nerve下腹神経
Pelvic plexus骨盤神経叢


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