第6章- 腹部・骨盤部-
6.2 肝臓とその周囲
6.2.1 カロー三角、胃小弯 (図292,293,295,299--303,309,312,313)

肝胃間膜(肝十二指腸間膜小網)とウインスロー孔を再確認する。肝十二指腸間膜を作る腹膜を剥がして、同間膜の芯である(固有)肝動脈総胆管門脈を剖出する。総肝管胆嚢管肝臓が三辺を作るカロー三角 Calot's triangleをあらかじめ想定し、剖出の進行とともに確認する(図292,293)。ラパ胆(laparoscopic cholecystectomy:腹腔鏡下胆嚢摘出術)の時代になってもカロー三角は腹部外科のメッカである。三角内で胆嚢動脈を見つける。左右肝管は思いのほか十二指腸側で合流する。健康体でも肝十二指腸間膜内の胃癌取扱い規約12番リンパ節は発達している。除去しても構わないが余裕があれば、この12番リンパ節から膵後面を経て腎動脈の高さまで下方にリンパ管を追跡したい(図309)。胃の小弯の血管を剖出する(図295)。右胃動脈は細いので注意すること。

Hepatogastric ligament肝胃間膜
Lesser omentum小網kleines Netz
Hepatoduodenal ligament肝十二指腸間膜
Epiploic foramen網嚢孔 =Winslow's=ウインスロー孔
Proper hepatic artery固有肝動脈A.hepatica propria
Common bile duct総胆管
Portal vein門脈V.portae
Common hepatic duct総肝管
Cystic duct胆嚢管
Cystic artery胆嚢動脈
Left/Right hepatic duct左/右肝管
Gall bladder(GB)胆嚢Gallenblase,Vesica fellea
Lesser curvature胃小弯

左胃動脈総肝動脈を剖出、腹腔動脈に近付く。小網は破ってもいいが、その中を走る迷走神経肝枝を切ると、ジスキネジア(運動障害)による胆嚢炎で死に至ることがあるので、できるだけ同神経を温存する。稀に胃癌取扱い規約の1.3.5番リンパ節が健康体でも発達していることがあるが、血管・神経を残してリンパ節を除去する。胃癌取扱い規約のリンパ節については付図参照(6.3.1)。

胆嚢を切開して内腔を観察する。内容がこぼれるのでティシュペーパーを当てながら行ないたい。胆石があればみなに供覧する。胆嚢頚ラセンヒダは分かるか(図312)。

Left/Right gastric artery左/右胃動脈A.gastrica sinistra et dextra
Common hepatic artery総肝動脈A.hepatica communis
Omental bursa網嚢
Spiral foldsラセンヒダ

6.2.2 肝の摘出 (図181,281,283,286,298,309--313343)

すでに心・肺の摘出が行なわれて、横隔膜を自由に動かせる。

肝動脈総胆管門脈が剖出されたら、肝門から3-5cmの部位でこれらを切断する。肝円索(肝鎌状間膜の遊離縁)はできるだけ長く肝側に付け、臍が残っていればまで一続きで温存する(図281,286)。肝円索から静脈管に至る胎児循環は覚えているか(図223,ラングマン p.204-206)。肝臓を横隔膜と後体壁に固定している肝冠状間膜を慎重に切断し、肝無漿膜野を露出させながら肝臓をはずす。肝無漿膜野では、肝臓横隔膜腱中心が固く結合している。下大静脈の一部を肝臓に付けた状態で肝臓をはずす。下大静脈を横隔膜の大静脈孔から剥がす。なるべく下大静脈から()肝静脈を切り離さないようにする。右副腎が肝に密着していることがあるので、一緒に摘出しないように注意する(図283,343)。

Porta hepatis肝門
Round ligament of liver肝円索Ligamentum teres hepatis
Falciform ligament肝鎌状間膜
Diaphragm横隔膜
Central tendon of diaphragm横隔膜腱中心
Coronary ligament of liver肝冠状間膜
Bare area of liver肝無漿膜野Area nuda
Left/Middle/Right hepatic vein左/中/右肝静脈
Suprarenal gland副腎

摘出肝で腹膜に覆われている部分と肝無漿膜野を区別する。肝の外景を観察して、解剖学的な左葉右葉横隔面臓側面肝門を中心とするHを構成する部分名(静脈管索裂下大静脈窩肝円索裂胆嚢管)を確認する。常に原位置にもどして再確認する。肝門部を剖出し、門脈胆路動脈を区別する。尾状葉を観察し、尾状葉の一部のスピーゲル葉下大静脈を完全に包みこんでいるようであれば報告する。胆嚢管等は切断せず、胆嚢胆嚢床(胆嚢窩)から剥がす。胆嚢床で胆嚢の静脈の一部が切れる。胆汁はホルマリンで変化して緑色に着色している。剖出してある範囲で胆道(胆路)を確認する(図313,312)。

Right/Left lobe (Anatomical/Surgical)左葉/右葉(解剖学的/外科的)
Diaphragmatic surface (Anterior surface)横隔面(前面)
Visceral surface (Posterior surface)臓側面(後面)
Fissure for the ligamentum venosum静脈管索裂
Fossa for the inferior vena cava下大静脈窩
Fissure for the ligamentum teres肝円索裂
Cystic duct胆嚢管
Biliary duct system (Biliary tract)胆道(胆路)
Hepatic artery肝動脈
Caudate lobe尾状葉
Fossa for the gall bladder胆嚢窩(慣用名:胆嚢床)

肝臓を摘出しないで、どうしても原位置で剖出したい班は申し出る。その場合は、横隔膜に大きく切開を入れて肝臓を露出させる。この場合、後述の肝区域では先に肝静脈を剖出し、門脈は末梢から攻めることになる。

肝硬変の症例があるかも知れない。肝硬変などで肝内門脈流が制限されると、門脈血(図xxx,298)はバイパスを通って体循環系(ここでは上大静脈ないし下大静脈)に直接注ぐようになる。この経路を門脈側副路(あるいは副行路)と呼び、解剖の教科書になぜか書かれており、肝臓の解剖で最も重要だと信じている人も多い。大切なのは肝の内景である。

次の5つが有名: 1)門脈-左胃静脈-食道静脈叢(食道静脈瘤)-奇静脈系-上大静脈 2)門脈-下腸間膜静脈-上直腸静脈-直腸静脈叢(痔核)-下直腸静脈- 内陰部静脈-内腸骨静脈-下大静脈 3)肝内門脈左枝-肝円索沿いの臍傍静脈-臍周囲の皮静脈(メズサの頭)- 浅腹壁静脈・浅腸骨回旋静脈-大腿静脈-外腸骨静脈-下大静脈 4)門脈-十二指腸や結腸の静脈-ゲロータ前面のレチウス静脈- 腎・副腎の静脈-下大静脈 5)肝無漿膜野-横隔膜の静脈-奇静脈系-上大静脈 6.2.3 肝区域 (図309--311) まずの外景を確認する。肝の下(後)面=臓側面にH字型に配置している溝や凹みをきちんと頭に入れたら、友人の肝臓を前から透視してそのH字を再現する。

肝内門脈を剖出して外科的肝区域クイノー肝区域Couinaud's segmentを理解する。外科的肝区域による左葉右葉の境界は、カントリー線と呼ばれる。カントリー線は、およそ中肝静脈の走行に一致している。外見的な左葉に加えて、尾状葉のおよそ左半分と、胆嚢の張りついている部分(胆嚢床)を加えて、外科的な左葉を構成する。これは外観上の約束ではなくて、肝内グリソンの枝分れに従っている。

肝内グリソンとは、門脈肝動脈胆路が結合組織に束ねられたもので、外科の用語である。大きく左右に分れた肝内グリソンが、外科的左葉外科的右葉に分布している。肝内グリソンの枝分れに従って、外科的左葉はさらに内側区域外側区域に分れ、外科的右葉前区域後区域に分れる。解剖学的左葉とはこの肝区域の外側区域を指す。内側区域と外側区域の境界に左肝静脈が、前区域と後区域の境界に右肝静脈が走行するとされている。

クイノー肝区域は、肝内グリソンの枝分れに従って外科的肝区域(内側区域外側区域前区域後区域)をさらに2つに分けたもの。内科でも外科でも今やルーチンに用いられる肝臓の地番だ。1994年12月、Dr.クイノーの提唱により尾状葉は、下大静脈を下から包むような部分(スピーゲル葉: 左葉)と下大静脈のすぐ前方(尾状葉突起及び下大静脈部: 右葉)に分けられた。

ピンセットで肝実質を少しずつ崩して、肝内門脈と太い肝静脈を剖出する。最初に付図を参考にして肝表面にクイノー肝区域を想定する。を常に原位置にもどして再確認する。次に3本の肝静脈に慎重にゾンデを入れて、外科的肝区域の見当をつける。それからピンセットで肝門部を崩して行く。肝門に近い太い部分からひたすら肝内グリソンを追及する。末梢の細いグリソンにこだわることはない。肝がバラバラにならないように、肝の横隔面を温存する。但し、肝区域の選択課題を選ぶ場合は後述の方法に従う。
Right/Left lobe (Anatomical/Surgical)左葉/右葉 (解剖学的/外科的)
Cantlie's lineカントリー線
Left/Middle/Right Hepatic vein左/中/右肝静脈
Gall bladder(GB)胆嚢Gallenblase,Vesica fellea
Hepatic (or Portal) segment(外科的)肝区域
Hepatic (or Portal) (sub)segment by Couinaudクイノー肝区域

腹部の局所解剖をある程度理解したら、実習室内で備え付けのエコー3台を用いて自分たちの腹部を観察する。腹部皮下に脂肪の少ないやせた者を被検者に選び、空腹にして観察することがポイント。腹腔動脈枝、上腸間膜動脈などの解剖(6.3.1)が進んでからの方が理解しやすい。肝内門脈もよく見える。実習室で初めてエコーを行なう時は、横断面で大動脈脊柱をまず確認する。次いで大動脈の縦断を試み、SMA(上腸間膜動脈), Celiac trunk(腹腔動脈)、腎動脈を探す。いずれ国試ではエコーを読まなければならないのだから、解剖実習をしている今から慣れておけばいい。

Celiac trunk(Celiac axis)腹腔動脈Truncus celiacus
Sup. mesenteric artery (SMA)上腸間膜動脈Arteria mesenterica sup.
Aorta大動脈
Vertebral column脊柱
Renal artery腎動脈

6.2.4 選択スケッチ課題:肝区域と肝内グリソン

すでに肺区域を学んでいる。肺区域は気管支分岐だけで決定されていた。これに対して肝区域は、気管支分岐に対応する肝内グリソン(門脈胆管肝動脈)の分岐だけでなく、肝静脈の走行や外観上のバランスが歴史的に重要である。換言すると、肝区域の概念はまだ成熟しておらず、用いている医師が都合のいいように解釈しているフシがある。肝区域には、ラフな外科的肝区域とより細分化されたクイノー肝区域がある。今は診断ばかりでなく手術もクイノー肝区域で行なう。ピンセットで肝実質を少しずつ崩して肝内グリソンと太い肝静脈を剖出するのが基本である。メスはなるべく使わない。

肝門のHは理解しているか。あらかじめ、肝表面からクイノー肝区域を想定してみる(剖出すると多くは予想とかなり異なる)。次に、摘出肝に張りついている下大静脈に直線的に割を入れて内腔を開放する。3本の太い肝静脈の他に、細い短肝静脈がしばしば観察される。非常に細いものは尾状葉から来る。10mmくらいの比較的太い短肝静脈はクイノー肝区域S7とS6の深部から来る。3mmくらいの細い短肝静脈S7, S6の下面浅層から来る。手術で肝を脱転する時に、これらの静脈の処理を誤ると大出血を起こす。

静脈を確認したら、ピンセットで肝実質を崩して太い肝静脈を下方に3-5cm程度追及する。短肝静脈の多くは次第に浮いてはがれてしまう。3本の太い肝静脈を確認するため、下大静脈周囲を横隔面から1cm程度掘り下げていく。しかし、外形がくずれるので過度に横隔面をこわしてはいけない。右肝静脈モドキが2-3本見えることがあるが、ここでは一括して右肝静脈と呼ぶ。

次に尾状葉をピンセットで崩して、尾状葉に分布する門脈肝静脈を分離し、ある程度切詰めて剖出の視野を広げる。門脈右枝・左枝いずれから枝が来るかを基準に、尾状葉が左右(S1, S9)に分けられることが理解できるだろうか。しかし尾状葉の静脈は必ずしも左右別ではない。あまり尾状葉にこだわると先に進めない。尾状葉がくずれて初めて、その深部で中肝静脈を下方に肝門部(肝内グリソンの左右分岐)まで追及することができる。左右の肝静脈を剖出する視野も尾状葉(があった部分)から得られる。赤黒くもろい肝静脈と、白い丈夫な肝内グリソンの区別は付くだろうか。「何だこの邪魔な結合組織はー」と思ったら、静脈管索を疑う(ラングマン p.205)。

同時に、ピンセットで肝門部から肝実質を崩し、肝内グリソンをクイノー肝区域レベルまで剖出することを忘れない。まず肝内グリソンが左右2枝に分れる。さらに右は前後2枝に分れる。この前区域枝からS5, S8が、後区域枝からS6, S7区域枝亜区域枝が分れる。左では肝円索に続く太い門脈臍部をまず確認し、さらにS2, S3の2枝あるいはS4を含めた数枝に分れる。このように肝門に近い太い部位から順次剖出していく。末梢の細かいグリソンにこだわると先に進めないし、応用的には重要性が低い。肝内グリソンの中で動脈がどこに位置するかは変異も多く、臨床的にも重要だが、実習では省略する。クイノー肝区域レベルのグリソンとは、肝臓の大小にもよるが、かなり太いものである(直径10mm程度)。学生は前区域枝(S5, S8)の剖出が常に甘い。特にS8の範囲は広く、右葉の上方に突出した部分にもしばしば食い込んでいる。尾状葉(があった部分)から視野を得て剖出する。S5は2-3本あり、本幹を作らないのでわかりにくい。同時4分岐とか3分岐とか、右の肝内グリソンの分岐パターンには多くの変異がある。

肝内グリソンに注意を奪われると、肝静脈を破壊してしまう。最初に横隔面で見つけた静脈は、その後もきちんとフォローしていく。中肝静脈は、尾状葉(があった部分)で掘り下げたら、今度は胆嚢床を軽くひっかくと続きが出てくる。胆嚢床(S4, S5)では静脈も肝内グリソンも大変浅く細く、横隔面の要領で剖出すると破壊してしまう。中肝静脈S8にも食いこむ。右肝静脈は、肝内グリソンの前区域枝を確認しながら、前区域枝後区域枝の間にピンセットを進めて、さらにS6浅層下方まで追求する。左肝静脈S2, S3の肝内グリソンとあみだを組んでおり、内側・外側区域の境界とは必ずしも言えない。 スケッチには前から見た肝の輪郭を大きく入れた上、前から見たごとく、肝内グリソンと太い肝静脈を1枚のケント紙に描く。下から見た絵ではない。肝内グリソンにはS1,S2の要領で名称を付ける。なお、課題作業中に小グループで肝内エコーの示説を受け、P-point, U-point(本来は門脈造影の用語)について理解する。S2-8の各門脈枝を生体で確認してみよう。


■付図(クイノー肝区域・亜区域)




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