第6章- 腹部・骨盤部-
6.4 後腹膜臓器
正しくは腹膜後器官。腹膜腔の後壁を作る壁側腹膜、そこから立上がる腸間膜という腹膜腔の構成を復習する。これから腹膜腔の後方、つまり後腹膜腔(腹膜後隙)を剖出する。

Peritoneal cavity腹膜腔
Parietal peritoneum壁側腹膜
Mesentery腸間膜Mesenterium


6.4.1 腎臓・副腎・尿管 (図334,343--345,348,349,352--356,368) 壁側腹膜の後方にゲロータ腎筋膜がある。この腎筋膜は腎と尿管を前後から包んで小骨盤腔まで続いている。壁側腹膜の後方で体壁までの範囲のゆるい結合組織層を、腹膜後隙とか後腹膜腔と呼ぶ。腎筋膜に包まれた空間を含む。以下、必要に応じて、腹部消化管を左右に寄せながら作業する。まだ、摘出しない。
Retroperitoneal organ腹膜後器官
Peritoneal cavity腹膜腔
Parietal peritoneum壁側腹膜
Mesentery腸間膜Mesenterium
Renal fascia (Gerota's)腎筋膜
Pelvic cavity小骨盤腔
Retroperitoneal space後腹膜腔(腹膜後隙)

1) まず尿管精巣(卵巣)動脈を剖出する(図343,344)。この過程で、腎筋膜の下方に続く部分が崩れていく。腎前面に腎筋膜が残っていれば剥がし、腎筋膜と腎の間にある厚い脂肪被膜を除去する。ライヘの副腎はぼろぼろとくずれやすく、また近接する腹腔神経節と似ている。副腎腹腔神経節を損傷しないよう注意する。

2) 副腎血管を確認する(図348)。動脈3本・静脈1本が教科書的だが、変異に富む。動脈の1本は下横隔動脈から来る。静脈の一部は肝摘出時に切断したかも知れない。副腎皮質髄質の区別はライヘではむずかしいかもしれない。

3) さらに尿管を剖出をする。尿管の動脈を探しながら尿管を後体壁から剥離する。尿管をむき出しにして血管を切断してしまうと、後で尿管が壊死して苦労する。代表的な術中副損傷である。膀胱に至るまで、 尿管を丁寧に追及する(図368)。尿管狭窄部(3カ所)について参考書を調べる。卵巣ないし精巣の血管は温存されているか。

Ureter尿管
Perirenal fat (Adipose capsule of kidney)腎脂肪被膜
Adrenal (Suprarenal) gland副腎
Celiac ganglion腹腔神経節
Sup./Middle/Inf. suprarenal a.上/中/下副腎動脈
(Urinary)Bladder膀胱Harnblase,Vesica urinaria

4) 尿管を下方にたどるが、小骨盤腔の腹膜はまだできるだけ残しておく。剥がすときも断片化せずに1枚としてめくる。

5)腎の厚さの中央に外側から内側に向けてメスを一気に入れ、前頭断して腎盤を前後に開く。メスがジグザグに入らないように注意する。2枚に割れた腎は、腎門腎血管によってつながる(図352,353)。腎の断面で、腎錐体皮質髄質腎乳頭腎杯などを観察する(図355,356)。状態がよければ副腎の断面でも皮質髄質を区別できる(図xxx)。余裕があれば、腎動脈分岐から腎の5領域(上区、前上区、前下区、後区、下区)を区別する。

Kidney腎臓Niere,Ren
Renal pelvis腎盤(腎盂)
Renal hilum腎門Hilus renalis
Renal pyramid腎錐体
Cortex/Medulla皮質/髄質
Renal papilla腎乳頭 (エコーでもここまで確認してみよう)
Renal calyx腎杯
Renal artery/vein腎動/静脈


6.4.2 横隔膜起始と裂孔
(図162,229,233,237,242,245,295,360--362,364,365,369)


1) 横隔膜は平らな隔壁ではなくてドームである。開胸する時に横隔膜の前方起始を観察したことを覚えているだろうか(5.1.2)。横隔膜後部脊柱後体壁から起始する。脊柱に沿って横隔膜脚を剖出する。後体壁では、大腰筋腰方形筋をまたいで第11,12肋骨に付く弓状靭帯から、横隔膜が起始している(図360)。この弓状靭帯起始部横隔膜脚の間は腰肋三角と呼ばれ、ボホダレック孔ヘルニアが起こる部位として知られる(ラングマン p.160-163)。横隔膜に分布する下横隔動脈の全体像を確認する。胃C領域副腎にも枝を出していることを忘れずに(図364)。

ここで重要な作業を行う。右側で肋骨と弓状靭帯から横隔膜を剥がし取り、正中線に向けてめくり上げる。この結果、胸腔と腹腔がひと続きになり、胸管大内臓神経を剖出する視野ができる。

Diaphragm横隔膜
*Left/Right crus横隔膜脚
*Quadratus lumborum muscle腰方形筋
*Lumbocostal arch弓状靭帯
Inferior phrenic artery下横隔動脈

2) 胸管腎動脈後方まで追求する最後のチャンスである。食道と大動脈の間で確認した胸管をたどって、乳び槽(胸管起始部の膨大部)を確認する(図242,xxx)。ここまで慎重にやっていれば、数本の腸リンパ本幹腰リンパ本幹を胸管につなげることができる。多くの教科書では胸管大動脈裂孔を通過すると記載されているが、必ずしもそうではない。胸管の剖出過程で、副腎周囲や横隔膜の食道裂孔大静脈孔なども剖出されていく。

大小内臓神経を胸部で確認し(図233,237)、下方に追及して腹腔神経節につないでいく(図365)。大動脈分岐部で下腹神経を再確認する。これに続く腹大動脈周囲の自律神経叢を剖出する。同時に、大動脈周囲リンパ節(胃癌の16番、解剖で言う腰リンパ節)と太い腰リンパ本幹を確認する(図369)。太いリンパ管がきれいに剖出できたら、供覧するので報告すること。胃のリンパ管系が、いったん腎血管の高さまで下がってから胸管として上行することを復習する。この10年、全国の腹部外科医が16番の郭清にしのぎをけずってきた。しかし、必ずしも生存率の改善にはつながらず、むしろ離床を遅らせて患者をベットに縛り付けた。現在は反省期にはいっている。

Thoracic duct胸管
Cisterna chyli乳び槽
Intestinal lymphatic trunk腸リンパ本幹
Aortic hiatus大動脈裂孔
Esophageal hiatus食道裂孔
Inferior vena cava foramen大静脈孔
Greater/*Lesser splanchnic nerve大/小内臓神経
Hypogastric nerve下腹神経
Para-aortic lymph nodes大動脈周囲リンパ節
Lumbar lymphatic trunk腰リンパ本幹

3) 噴門の括約作用については検討しているだろうか。横隔膜に前から割を入れて、食道裂孔を慎重に開放する(図229,362)。ピンチコックアクション(内視鏡の用語)が起こるだけに、横隔膜は食道に密着して狭めている。3(4)か所食道狭窄部を復習する(5.4.2)。噴門周囲の鞘状の結合組織が食道裂孔を通って上方にドーム状に突出している。胃食道接合部 EC junctionと胃窮隆(噴門部)にはさまれたヒス角(噴門切痕)はライヘでは明瞭ではない。(図295)。胃噴門部が上方に脱出した食道裂孔ヘルニアの例があれば、みなで観察するので報告すること。最後に大静脈孔食道裂孔大動脈裂孔の高さを椎体と対応させて確認する。参考書のごとくTh8, 10, 12だろうか。

Cardiac orifice噴門
Esophagus食道
*Cardiac notch噴門切痕(ヒス角)

4) 後縦隔の復習をするいい機会でもある(5.4.2)。左反回神経の全経過が剖出されているかどうか確認する。食道前面に心膜の残りがあれば除去し、食道迷走神経を全長にわたって明らかにする。奇静脈系交感神経幹肋間動静脈神経を剖出する。胸部交感神経幹を頚部と連続させ、星状神経節を剖出してその位置を理解する(第1肋骨との関係、胸膜頂がどこにあったか思い出せ)。椎骨動脈も再確認の上、適宜横突孔を開いて上方に剖出してみる。


6.4.3 大動脈枝 (図364--366,367)

1) 大腰筋をほぐして腰神経叢(図367)を剖出する作業は終えているだろうか(4.1.4)。腹部消化管に至る3本の太い動脈を再確認する。これら3本の動脈がどの椎骨の高さで腹大動脈から起こるかを確認するため、大動脈を脊柱から浮かすように剖出を進める。その過程で腰動脈腰部交感神経幹が見つかる。椎間孔に入るアダムキービッツ動脈 Adamkiewicz(大前根動脈)が見つかるかもしれない(図683)。

2) 交感神経幹は仙骨前面の仙骨内臓神経(4.1.4)までつなげたい(図365)。仙骨内臓神経は細いが固く、神経節も明瞭である。骨盤神経叢への交感神経入力としては腰内臓神経 -下腹神経の経路がメジャーだが、仙骨内臓神経から後部子宮支帯(6.5.2)を通る線維なども少なからぬ役割がありそうだ。小骨盤の腹膜はまだできるだけ残す。

Psoas major muscle大腰筋
Lumbar plexus腰神経叢
Lumbar artery腰動脈
Intervertebral foramen椎間孔
Sacral/Lumbar splanchnic nerve仙骨/腰内臓神経
Hypogastric nerve下腹神経

3) 胸腹部の大動脈を部分的に開けて、内景と壁の厚さを観察する。典型的なアテロatherosclerosis(動脈硬化の1つ)やアノイリスマaneurysm(動脈瘤)は報告すること。

ここで再び、腹部断面のイメージができるかどうか、繰返し頭の中で再現する(6.3.2)。


■付図(基靭帯と骨盤神経叢)



■付図(骨盤内臓と骨盤神経叢)




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