第7章-下肢・下肢帯-
7.1 殿部
7.1.1 殿筋群 (図271,492,503,504,506,510--513)

最初に、陰嚢周囲など股の間に皮膚が残っていれば完全に除去する。 陰嚢皮下の赤い平滑筋組織=肉様膜が皮膚側に付いても差し支えない(図271)。大殿筋の内側下方、つまり肛門の周囲には大量の脂肪組織がある。また、大殿筋の上方で腸骨稜との間(中殿筋の浅側)にも皮下組織が残っているだろう。これらも除去する。皮神経には気の毒だが、時間的制約からメスを使う必要があるかもしれない。以上の作業で大殿筋の輪郭が明らかになったら、大殿筋仙骨から剥がして外側下方に反転する。ここまでは左右とも行なう。大殿筋はじめ殿筋群の輪郭は意外と分かりにくいので注意のこと(図510,506)。どうしても分からない時はスタッフに質問する。

Scrotum陰嚢
Dartos layer肉様膜Tunica dartos
Gluteus maximus muscle大殿筋
Iliac crest腸骨稜
Sacrum仙骨
Gluteus medius muscle中殿筋

以下、下肢の解剖は一側だけ行なう。残る一側は、保健医療学部OT、PT科の1年生が週1回解剖するので、諸君も助言しながら参加して欲しい。

反転作業がむずかしいのは大殿筋内側下方で、仙結節靭帯大殿筋の固い癒着に悩まされる。まず触診して坐骨結節を確認する。仙結節靭帯を確実に温存したいのだが、しばしば筋といっしょに切断してしまう。 大殿筋にはいる血管・神経の処理だが、上殿動静脈は後で同定するため、2箇所に色糸でラベリングした上で切断する。下殿神経下殿動静脈はなるべく温存したいが、場合によっては色を変え同上の処置を行なう(図513)。外側で大転子大殿筋の間にある滑液包が確認できるまで、大殿筋を全体にわたって大きく浮かせる(図506)。大殿筋の筋束の浅側2/3は腸脛靭帯に停止する。この部分は人が立位を維持する上で非常に大切なので、できれば温存したい(その後、視野の確保のため、停止を切断して大殿筋を上方に反転することもありえる)。

中殿筋梨状筋の境界は分かりにくいが、先にラベリングした上殿動静脈が通ることを指標にする(図513)。腸骨稜直下から中殿筋を下方に剥離して反転すると、小殿筋が見える。中殿筋小殿筋の間は、上殿動静脈枝上殿神経の通路になる。上殿神経を外側に追求して大腿筋膜張筋に至る。大腿筋膜張筋腸脛靭帯の最上部に埋没している(図492)。これらの筋の作用を、立位や歩行と関係付けて考察する。

Sacrotuberous ligament仙結節靭帯
Ischial tuberosity坐骨結節
Superior gluteal artery/nerve上殿動脈/神経
Inferior gluteal artery/nerve下殿動脈/神経
Femur大腿骨
Greater trochanter大転子
Iliotibial tract腸脛靭帯
*Piriform muscle梨状筋
Gluteus minimus muscle小殿筋
Tensor fasciae latae muscle大腿筋膜張筋


■付図(殿筋群と立位・歩行との関係)



7.1.2 坐骨直腸窩へ (図390,426--429,457,462,464,465,506)

大腿後面では、大腿筋膜をメスでタテに切開し、大胆にフィンガーディセクションしてハムストリング()の間に坐骨神経をつかむ。坐骨神経を上方に追及すると、梨状筋の下縁に至る(図506)。殿筋に筋注する際に坐骨神経など太い神経を避けるには、大殿筋上方で中殿筋が露出している部位を選べと言われている。しかし、そこは痛い。仙結節靭帯の深側をくぐって坐骨直腸窩に出てくる陰部神経内陰部動静脈を剖出する。これらの血管・神経が出現する梨状筋の下縁を明らかにする。坐骨直腸窩の脂肪をできるだけ除去し、バッタのお尻のように突出している骨盤隔膜(主体は肛門挙筋)を露出させる(図465)。肛門挙筋は、恥骨肛門を結ぶ部分が最も強い。坐骨直腸窩の前部には、より浅層に尿生殖隔膜(主体は深会陰横筋)があるので(図462,429)、尿生殖隔膜骨盤隔膜の間にポケット状の空間ができる。骨盤隔膜尿生殖隔膜骨盤底とも呼ぶ。最後に骨標本、靭帯標本を参考に仙棘靭帯を探す。その内面には尾骨筋が張りついている(図428,390)。

Ischiorectal fossa坐骨直腸窩
Sciatic nerve坐骨神経Nervus ischiadicus
Pudendal nerve陰部神経
Internal pudendal artery/vein内陰部動/静脈
Pelvis骨盤
Pelvic diaphragm骨盤隔膜
Levator ani muscle肛門挙筋
Pubis恥骨
Anus肛門
*Urogenital diaphragm尿生殖隔膜
*Deep transverse perineal muscle深会陰横筋
Sacrospinous ligament仙棘靭帯
*Coccygeus muscle尾骨筋

陰部神経内陰部動静脈の走行は、坐骨結節と関係付けて頭に入れる。分娩時に外陰部の不規則な損傷を防ぎ、同時に分娩を容易にするために行なう会陰切開(腟口から坐骨直腸窩に向けて割を入れる)の際に、これら血管・神経を保護しなくてはならない。坐骨直腸窩はまた、肛門周囲の難治性の瘻孔が形成される部位でもある。この脂肪の量を思うと、オペ後にガーゼがいくらでもはいるのは頷ける。


7.1.3 股関節の固定 (図506,511,512,563,564,566--568) 短回旋筋群(下双子筋内閉鎖筋大腿方形筋外閉鎖筋)の輪郭と特に内閉鎖筋腱を明らかにする。余裕があって神経を調べる場合は、筋の深側前面で坐骨との間を剖出する。動脈は下殿動脈枝の他、大腿前面から内側大腿回旋動脈枝が来ているかもしれない。

Hip joint股関節Articulatio coxae
*Superior/Inferior gemellus muscle上/下双子筋
*Obturator internus/externus muscle内/外閉鎖筋
*Quadratus femoris muscle大腿方形筋
Medial femoral circumflex artery内側大腿回旋動脈

坐骨結節で、ハムストリング(大腿二頭筋長頭半腱様筋半膜様筋)の付着をきれいに剖出する(図511)。後から短回旋筋群、前から腸腰筋腱、さらに内転筋群(薄筋恥骨筋短内転筋大内転筋)を加えて、股関節の動的固定機構(運動に対応した筋と腱による固定)を検討する。各筋群が、肩関節の何に対応するかを考える(3.3.3)。

Hamstringsハムストリング
Biceps femoris muscle大腿二頭筋
Semitendinosus muscle半腱様筋
Semimembranosus muscle半膜様筋
Gracilis muscle薄筋
Pectineus muscle恥骨筋
Adductor longus/brevis muscle長/短内転筋
Adductor magnus muscle大内転筋
Iliopsoas muscle腸腰筋

最後に、股関節の固定を理解すると共に、下肢の解剖を容易にすることもねらって、手術アプローチに従い股関節を脱臼させる。大腿方形筋など短回旋筋群内閉鎖筋腱そして小殿筋を、メスで大腿骨からはずし、内側ないし上方に反転する。転子窩が露出し、前方深部に小転子が確認できただろうか。股関節を後方から覆う坐骨大腿靭帯を切除し、大腿骨頚部を後方から露出させる。さらに関節唇を後方からメスで除去する。

Femur大腿骨
Lesser trochanter小転子
Head/Neck of femur大腿骨頭/頚部
*Ischiofemoral ligament坐骨大腿靭帯
Acetabular labrum関節唇

股関節手術の足持ち係りと同じように、下肢を内転させながら膝を屈曲させて外側に倒す(下肢を外旋させる)と、大腿骨頭寛骨臼からはみ出してくる。関節唇の切除を追加する。膝が屈曲しない時は、足を持って同様のひねりを加える。さらに力を加えると大腿骨頭靭帯が切れ、突然、ツルツルした骨頭が飛び出す。これが股関節脱臼である。関節という構造を理解するため、下肢をどのように動かすと脱臼が整復されるか練習する。骨粗鬆症 osteoporosisの女性ライヘでは、股関節脱臼の代りに大腿骨頚部骨折が生じるかもしれない。大腿骨頚部骨折は寝たきり老人を生み、痴呆のきっかけになることで有名。骨折しても下肢の解剖に支障はない。きれいに脱臼したライヘで必ず整復の練習をする。

Acetabulum寛骨臼
Ligament of head of femur大腿骨頭靭帯

<股関節を動かす筋の作用>   (内旋、外旋は膝を屈曲させて検査する。)
屈曲腸腰筋、大腿筋膜張筋、恥骨筋、大腿直筋、縫工筋
伸展大・中・小殿筋、大内転筋、半腱様筋、半膜様筋
内転中殿筋、大腿筋膜張筋、大殿筋の一部、梨状筋
外転大・小・長・短内転筋、大殿筋の一部、薄筋
内旋中・小殿筋、大腿筋膜張筋、大内転筋
外旋大・(中・小)殿筋、大腿方形筋、内閉鎖筋、腸腰筋

注:内旋、外旋は膝を屈曲させて検査する。ライヘで膝窩を強く押しつけなが らゆっくりと屈曲させる。
Back to index