第7章-下肢・下肢帯-
7.2 大腿 (図489)

伏在裂孔(図489)を再確認した後、大腿筋膜を除去する。同筋膜は大腿外側で腸脛靭帯に移行している。腸脛靭帯はなるべく無傷で残したい。外側広筋と腸脛靭帯の間(外側大腿筋間中隔)にピンセットを入れて靭帯を剥離する。大腿筋膜張筋があるために外側広筋の範囲が分かりにくいかもしれない。

Thigh大腿
Saphenous hiatus伏在裂孔
Fascia lata大腿筋膜
Iliotibial tract腸脛靭帯
Med./Lat. femoral intermuscular septum内側/外側大腿筋間中隔
Tensor fasciae latae muscle大腿筋膜張筋
Vastus lateralis muscle外側広筋

7.2.1 大腿三角  (図494,498,614)

大腿三角は、大腿の伸筋群内転筋群の間のゆるい部分で生体では密着している。概念上は内側大腿筋間中隔だが、内側上腕筋間中隔に比べてあまりに広大である(図614)。大腿三角の3辺を作る縫工筋長内転筋の内側縁、鼡径靭帯を確認する。鼡径靭帯は、外腹斜筋腱膜の下縁である。腹部の皮下脂肪が厚く腹が下方に垂れた人でも、腹部の皮下組織は鼡径靭帯で固定されている。大腿三角は大腿における主要な導通路であり、特に下肢に至るほぼすべての血管はここを通過して三角の頂点から内転筋管に続く。内転筋管の前壁は広筋内転筋板という腱膜で、外側には内側広筋、内側には大内転筋がある(図498)。

大腿三角の中で、フィンガーディセクション(指先による解剖)によって太い血管神経を確認していく。内側から VAN(Vein-Artery-Nerve) の順で配列する。大腿三角も肋間同様に VAN が有名である(4.2)。大腿動静脈を指で持上げると、深部に向かう血管が緊張する。大腿動静脈に沿って伏在神経が見つかれば、これを近位にたどって大腿神経にふれる。以下ピンセット2本を用いて、筋の解剖と血管・神経の剖出を並行して行なう。大腿動脈からの動脈血採血はきわめてルーチンの手技だが、生体では脈拍を触れるのでライヘで模擬するよりはるかに容易だ。

Femoral triangle大腿三角
Sartorius muscle縫工筋
Adductor longus muscle長内転筋
Inguinal ligament鼡径靭帯
Aponeurosis of external oblique muscle外腹斜筋腱膜
Adductor canal内転筋管
Adductor magnus muscle大内転筋
Femoral artery/vein/nerve大腿動/静脈/神経
Saphenous nerve伏在神経


7.2.2 大腿の伸筋群 (図489,493,494,497--499,501)

縫工筋を十分に浮かせながら、深側からはいる血管・神経を探す。視野を広げる必要があれば、同筋を下方で切断して上外側に反転してもよい。大腿四頭筋の各部を確認する:大腿直筋内側広筋外側広筋中間広筋。太い外側大腿回旋動脈が分布している(図501)。腸腰筋が鼡径靭帯の下方から大腿三角に出現することを確かめよ。同時に大腿伸筋への大腿神経枝を確認する。これを近位に追求すると、大腿神経の本幹が鼡径靭帯直下に剖出できる。今度は遠位に追求して、伏在神経を求め、内転筋管前壁を貫通して膝で皮下に出るところまで確認する。すでに下腿皮下で剖出されていれば、そこに連続する(図489,498)。

Quadriceps femoris muscle大腿四頭筋
Rectus femoris muscle大腿直筋
Vastus medialis muscle内側広筋
Vastus lateralis muscle外側広筋
Vastus intermedius muscle中間広筋
Iliopsoas muscle腸腰筋
Psoas major muscle大腰筋
Iliacus muscle腸骨筋


7.2.3 内転筋群 (図497,498,500,501)

まず長内転筋薄筋恥骨筋を確認する(図497)。これら内転筋群は、上肢ではどこに対応するだろうか。各筋をフィンガーデイセクションで分離しながら筋を同定し、間を走る血管・神経を剖出していく。筋が非常に発達して良視野を得られない場合に限って、一部の筋腹を切断してよい。大内転筋は大腿後面からの剖出で全体像が分かる。長内転筋は生体でも明らかに触れる(自分で確認せよ)。恥骨筋の神経は大腿神経から来ていたか、それとも閉鎖神経枝か。通常は短内転筋をはさむように閉鎖神経の前枝と後枝が走行する。ここで見つかる動脈は閉鎖動脈枝ではなくて、大腿深動脈枝のことが多い。短内転筋の前後で閉鎖神経の前枝と後枝を捉える(図501)。さらに外閉鎖筋を貫くまで神経を追求するのは骨盤壁の剖出の際が適当だろう(6.5.7)

Adductor longus muscle長内転筋
Gracilis muscle薄筋
Pectineus muscle恥骨筋
Obturator artery/nerve閉鎖動脈/神経
Adductor magnus/brevis muscle大/短内転筋
Deep femoral artery大腿深動脈


7.2.4 大腿動脈とその枝 (図498,501,513)

まず大腿深動脈を同定する。その最大の枝が外側大腿回旋動脈だが、大腿深動脈の分枝形態には変異が多い。外側大腿回旋動脈大腿四頭筋の主要な筋枝であり、さらに末梢は下行して膝蓋骨膝関節に至る。内側大腿回旋動脈は分かりにくい。その末梢部分は殿部と大腿後面の解剖の際に見える。内側大腿回旋動脈大腿骨頚部の重要な栄養動脈である(図513)。高齢者の骨折として何かと話題の頚部骨折の際に内側大腿回旋動脈の骨枝が切れるとまずい。大腿深動脈は数本の貫通動脈として大内転筋腱裂孔を貫通して大腿後面に至る(図428)。最下位の腱裂孔内転筋管 、最下位の貫通動脈が大腿-膝窩動脈と考えられる。

Lateral femoral circumflex artery外側大腿回旋動脈
Patella膝蓋骨
Knee joint膝関節Articulatio genu
Medial femoral circumflex artery内側大腿回旋動脈
Perforating arteries貫通動脈
Adductor canal内転筋管


7.2.5 膝蓋骨と膝蓋靭帯 (図569,570,574) 大腿四頭筋の筋質を膝蓋骨上方で切断し、切断部位より下方の筋を下方に向けて大腿骨から剥がしながら膝蓋上包を開放する。膝蓋上包関節包に付く筋束(中間広筋の一部)があれば、伸展位で関節包が巻き込まれるのを防ぐ膝関節筋である。さらに膝蓋骨を下方に反転して膝関節を上方から開放し、膝蓋靭帯を内面から観察する。

Patellar ligament膝蓋靭帯
Suprapatellar bursa膝蓋上包
*Articularis genu muscle膝関節筋


7.2.6 大腿後面(大腿の屈筋) (図510--513,515--517,519,541,573,574,577)

殿部の解剖に並行して行なう。後大腿皮神経に沿って筋膜を切開き、大胆にフィンガーデイセクションを行ってハムストリングの輪郭を明らかにする。外側(大腿二頭筋)と内側(半腱様筋半膜様筋)に位置する筋の間に、ゆるい場所がタテに大きく広がり(後大腿筋肉間中隔)、坐骨神経貫通動脈枝(大腿深動脈の末梢)の通路になっている(図513)。大内転筋の輪郭を確認し、貫通動脈を大腿前面の大腿深動脈につなげる。引続き膝窩の清掃にはいる。膝窩は菱形をなす凹みだが、4辺を構成する筋を整理せよ(図515,517,519)。半腱様筋薄筋縫工筋の腱が合わさり、ガチョウの足のように放散する鵞足、その深側にある滑液包(鵞足包)など、余裕があれば観察する(図541)。坐骨神経を下方にたどって脛骨神経総腓骨神経につなぐ。

Posterior femoral cutaneous nerve後大腿皮神経
Biceps femoris muscle大腿二頭筋
Semitendinosus muscle半腱様筋
Sciatic nerve坐骨神経N.ischiadicus
*Pes anserinus鵞足

ピンセットで強くひっかいて膝関節の側副靭帯を剖出する。外側側副靭帯は明瞭。腱膜状の内側側副靭帯をメスで削り落とし、膝蓋骨を大きく下方に反転して、膝関節を上方と側方から広く開放する。メスを使うが、腓骨頭直下で総腓骨神経を必ず温存するように。関節内で十字靭帯関節半月を確認する(図573,574,577)。膝関節側副靭帯は、外側では腓骨頭がでっぱるために関節半月から離れていることになっている。十字靭帯損傷は膝の代表的外傷。時間を見つけて後方(膝窩)からも膝関節を開放する(7.3.3)。

(Lat./Med.) collateral ligament of knee joint膝関節の(外側/内側)側副靭帯
Ant./Post. Cruciate ligament前/後十字靭帯
Lat./Med. meniscus外側/内側関節半月


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