札幌医科大学医学部

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2003年12月18日b


SCID-X1遺伝子治療を受けた2人の患者でLMO2ローカス変異に伴うT細胞白血病が発症した   

濱田洋文

 

文献

Hacein-Bey-Abina et al. LMO2-associated clonal T cell proliferation in two patients after gene therapy for SCID-X1.  Science 302: 415-419, 2003.

 

背景と概要: 著者のHacein-Bey-Abinaらは、X染色体にリンクした重症複合型免疫不全症(SCID-X1){ガンマ鎖(γchain)欠損症ともいう}に対して、自己のCD34+骨髄細胞にレトロウイルスを用いてインターロイキン2受容体のガンマ鎖(γc)遺伝子導入による治療を行い、10例中9例で特異免疫機能の発達が得られ、免疫不全症の治療が可能であったことを報告してきた(参考文献1)。最初に治療を開始した2例では、すでに4年にわたって臨床的な効果が持続しており、自己複製能を持つ多機能性の骨髄前駆細胞に遺伝子導入できたためと考えられている。
  しかし、2人の最も若い患者で、遺伝子治療施行の3年後に、T細胞白血病が発症した。2人の患者ともに、LMO2プロトオンコジーンプロモーターの近傍にレトロウイルスベクターの組み込みを認め、LMO2の異常な転写と発現を来していた。レトロウイルスの組み込みによって、LMO2遺伝子プロモーターにレトロウイルスのエンハンサーが働くことによって、予想以上に高い頻度で、コントロールされない悪性細胞増殖が起こることがわかった。

臨床所見: 白血病を発症した2人の患者(患者4,患者5)は、それぞれ生後1ヶ月ないし3ヶ月の時点で、体重kg当たりそれぞれ18 x 106 、 20 x 106 のCD34(+) {gamma}c(+) 細胞の移植を受けた。移植細胞数は、他の患者(kg当たり 1.1 x 106 から22 x 106の範囲で、 メディアンは 4.3 x 106)と較べて相対的に高い。 移植された細胞の総数は、体重kg当たりそれぞれ 30 x 106 、 25 x 106 個であった。 治療効果(T細胞の発達)は、他の治療患者と較べて、非常に急速に得られた。 患者4では、 遺伝子治療後34ヶ月の時点で、T細胞数が300,000 /mm3となり、芽球が末梢血に出現、T細胞受容体 (TCR) の解析結果から、1つの{gamma}{delta}T 細胞クローン (V{gamma}9V{delta}1) の増殖であった。T細胞性急性白血病T-ALLの治療を開始し、2回の寛解誘導療法後、微少残存腫瘍に対して40ヶ月の時点での他家骨髄移植治療を行った。患者5でも同様のT細胞の増殖が34ヶ月の時点で発症した。3つの TCR {alpha}s のT細胞クローン (Vs1, Vs2, と Vs23) の増殖が認められた。患者4では45ヶ月の時点で少数の異常細胞が残っているが、患者5では、T-ALLの治療後2ヶ月で完全寛解が得られた。 両患者とも、現時点では、元気に過ごしている。

LMO2ローカスのレトロウイルスによる挿入変異: 患者4のV{gamma}9V{delta}1 クローンでは、11番染色体単腕の LMO2 ローカスへのレトロウイルス挿入を認めた。患者5の Vs1,  Vs2,  Vs23の3種のクローンでは、3つとも 同一のLMO2 ローカスへの挿入であった。 LMO2 (LIM domain only?2) は、正常な造血に必要な、システインリッチな Lin-11 Isl-1 Mec-3 (LIM) finger 転写因子タンパクである。 2人の患者では、ともに、レトロウイルス挿入の入った方のLMO2遺伝子アレルからの転写活性が亢進していた。経過を遡って、クローン増幅のキネティックスを解析してみると、患者4では、異常なLMO2の認められる V{gamma}9V{delta}1 のT細胞クローンが13ヶ月から見つかり、34ヶ月まで対数増殖していた。 患者5では、31ヶ月から異常なLMO2が認められた。
  一方、インターロイキン2受容体のガンマ鎖(γc)遺伝子に関しては、発現の亢進も変異も認められなかった。

クローン増殖のシナリオ: LMO2が標的になっているのは、このローカスに遺伝子が組み込まれやすい「物理的なホットスポット」が存在するためかもしれないが、普通には、ランダムに組み込まれてLMO2が活性化された細胞が、増殖に有利なために単純に選択されたためと考えられる。 
   転写活性のある1 x 109bpの中で、ある一つの活性のある遺伝子の10 kbp の範囲内にランダムにヒットする確率を概算すると、~1 x 10-5 程度である。移植された遺伝子導入細胞(患者4には92 x106 個、患者5には133 x 106 個)の少なくとも1%がT細胞へと分化すると推定すると、患者は1 x 106ないしそれ以上のTリンパ前駆細胞を移植された計算となり、各患者は、少なくとも1から10個のLMO2遺伝子にレトロウイルスが組み込まれた細胞を移植されたことになる。このリスクをもっと正確に評価するためには、ヒトCD34+細胞へのレトロウイルス組み込みのサイト分布とメカニズムを理解することが必須である。
 思いがけないほど高い白血病発症率には、SCID-X1に特異的な病態が関与していると考えられる。確かに、SCID-X1患者では、T細胞への分化がブロックされているため、骨髄CD34+細胞には、健常者の骨髄CD34+細胞に比べて、リンパ球前駆細胞が高い比率で存在している。従って、レトロウイルスベクターの組み込みのリスクのあるT細胞前駆細胞も増えており、しかも、いったん{gamma}cトランスジーンが発現すると、それらの細胞がますます増殖することになる。しかも、成熟T細胞がいない「エンプティコンパートメント」で、T前駆細胞がどんどん増殖してしまう、というのが、白血病発症のもうひとつの要因かもしれない。

 また、患者4と患者5は、最も年齢の若い患者であった。新生児の造血細胞の増殖能が抜群に高いことを考えると、若齢であるということ自体で、挿入変異が起こるリスクの高い前駆細胞の数が多いのかもしれない。

考察: 遺伝子治療の安全性を考える上では、それぞれの病気と遺伝子導入ストラテジーについて、病態生理と導入遺伝子の機能との関連に基づいて、それぞれ個別に考えてゆかねばならないことの重要性が、改めて強調された。同じ号のScience誌にWilliams DA and Baum Cのコメントが載っている(参考文献2)。危険な副作用を防止する対策としては、1)挿入されたときに「遺伝子毒性」が少ない、など、安全性の高いベクターを開発すること、2)ゲノム上で「安全な挿入部位」を決め、これらの部位に特異的にインテグレートするようなベクターを作ること、3)患者に戻すことになるベクターの挿入された細胞数を減らすこと(たとえば、少量の幹細胞に遺伝子導入し、安全なところにベクターが挿入されていることを確認した上で、患者に戻すこと)、などの方向性が考えられる。

視点: 遺伝子治療によって、非常に有望な治療結果が報告されていた重症複合型免疫不全症(SCID-X1)の10例中2例の患者で、治療に直接起因する重度の副作用(白血病)が発症した。同一の遺伝子LMO2の転写亢進が白血病化の原因であり、これは、この病態に対してこのような遺伝子導入法で治療した場合には、以前予想されていた危険頻度よりもきわめて高い確率で白血病が発症することを意味する。

 数年前にアデノウイルスを大量投与された患者が死亡したときにも経験したことであるが、今回の厳しい副作用の報告によって、医師・研究者の間でさえ、「遺伝子治療は、白血病になるのでダメだ」という冷淡な発言が聞かれることも多いかと思う。近視眼的には、確かにその通りである。しかし、私たち医師・研究者は、このような厳しい、しかし貴重な治験によって得られた知見を、「よその国のよその医師たちによる、きわめてまれな疾患の患者に対する、早まった治験の一失敗例」として、他人事にして終わってはならないと思う。このような新しい課題(チャレンジ)を突きつけられて、新たに研究(レスポンス)し、軌道修正しながら、難病の新しい治療法を完成させてゆく、ひとつの過程を、10人の患者たちや治験担当医師・研究者らとともに、医師・研究者のソサイエティーの一員として、同時代人として、ともに経験しているという現実を忘れてはならないと思う。このような視点でどんどんディスカッションしてみてはどうだろうか。

参考文献:

参考文献1 Hacein-Bey-Abina S, et al. Sustained correction of X-linked severe combined immunodeficiency by ex vivo gene therapy. N Engl J Med. 2002 Apr 18;346(16):1185-93.

参考文献2 Williams DA and Baum C.  Gene therapy---New challenges ahead.  Science 302: 400-401, 2003.




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