胸壁 で囲まれた胸腔 =肺を含む胸膜腔 +縦隔。縦隔 の中には、心膜で囲まれた心膜腔 が含まれている。胸膜 や心膜 ・腹膜には、決して孔はない。連続した1枚の膜である。ビニール袋(胸膜や心膜)の(口ではなくて)腹から突っ込んだ手(肺や心臓)と同じ状況。
壁側胸膜 が破損していれば、その部位から上下方向に浅く大きく割を入れて同胸膜を用手的に剥離する。壁側胸膜が無傷ならば、前面に上下方向に浅く大きく割を入れる。胸膜炎 で激しく癒着している場合はスタッフの指示に従う。いずれにしても、壁側胸膜・臓側胸膜 の間に手を入れて胸膜腔の広がりを確認する(Fig.165)。状態が違うから他班の多数のライヘでも確認する。両胸膜は肺根 で連続している。通常、ライヘの肺は最大呼気位にあるので、肋骨横隔洞(Fig.165,228) と肋骨縦隔洞 (Fig.164)は拡大している。胸膜頂 に指を入れ、鎖骨上方(頚部)に達していることを確認する(Fig.182)。肺尖 は頚部に達する。頚部のリンパ節 や神経節 に針を刺す時でも、医原性の気胸 を作りうることが分かるだろうか。下方では、肝に針を刺す機会が多いが、胸膜を破ることなく右から肝臓 に針を差して組織の採取 biopsy をするには、どの肋間から刺せばいいだろうか(Fig.182)。
Pleural cavity | 胸膜腔 | 169 | ||
Parietal/Visceral pleura | 壁側/臓側胸膜 | 169 | Pleura parietalis/pulmonalis | |
Pericardial cavity | 心膜腔 | 170 | ||
Root of the lung | 肺根 | 171 | Radix pulmonis | |
*Costodiaphragmatic recess | *肋骨横隔洞 | 164 | ||
*Costomediastinal recess | *肋骨縦隔洞 | 164 | ||
Cupula of pleura | 胸膜頂 | 164 | Cupula pleurae | |
Apex of the lung | 肺尖 | 164 | ||
Liver | 肝臓 | 160 |
肺根 の後方に指を入れて肺根をつかんでみる(Fig.171)。さらに肺間膜 をつかんで確認する。縦隔に面する壁側胸膜を除去しながら肺に向かって肺根を剖出していく。この際にできれば肺間膜を温存する。肺間膜は、通常は腸間膜とは異なり(相同ではない)血管を含まず後縦隔左右の連絡リンパ路になると考えられている。
右迷走神経 を頚部から下方に追及して反回神経分岐 を確認し(Fig.236)、さらに右肺根後方に至る。以上の過程で上大静脈後方の右気管傍リンパ節 が除去されていく。太い気管支縦隔リンパ本幹 が見つかるかもしれない。左迷走神経を大動脈弓 の下縁から左肺根後方まで剖出する(Fig.189)。左は特に視野が狭くてやりにくいかも知れない。肺 を外側に寄せながら作業する。最後に、肺根と肺間膜を切って左右の肺を摘出する。肺根はできるだけ長く3cm程度を肺側に付ける。肺根の後方に密着する迷走神経は本体側に残す。
Root of the lung | 肺根 | 171 | Radix pulmonis | |
Pulmonary ligament | 肺間膜 | 176 | ||
Vagus nerve | 迷走神経 | 189 | ||
Right/Left recurrent laryngeal nerve | 右/左反回神経 | 189 | ||
Paratracheal lymph node | 気管傍リンパ節 | 193 | ||
Bronchomediastinal lymphatic trunk | 気管支縦隔リンパ本幹 | 235 | ||
Aortic arch | 大動脈弓 | 189 |
心臓 と肺を、摘出しないで胸腔に付けたまま剖出したい班があれば申し出て欲しい。時間は倍以上かかるが、位置関係を温存したという実感がある。また、血管・神経を連続的に観察できる。せめて心肺一括で摘出したいという希望があれば同様に別途指示する。
後述の肺区域の剖出に入る前に、じっくり上葉 ・中葉(右肺のみ) ・下葉 の位置関係を頭に入れておくと、肺区域の理解も早い。前から見える葉は何か、後方からしか見えない部分はどこか。肺 と肝 は、周囲の内臓や骨によって形を規定されている。周囲にある心臓や血管によって肺に刻まれた圧痕 を確認する(Fig.176,177)。肺尖 と鎖骨の高さを比較する(Fig.160)。
以下の項目を確認せよ。
Upper/Middle/Lower lobe | 上/中/下葉 | 173 | ||
Horizontal/Oblique fissure | 水平/斜裂 | 173 | ||
*Cardiac impression | *心圧痕 | 176 | ||
*Sulcus of aortic/azygos arch | *大動脈弓溝 | 176 | ||
Sulcus of azygos vein | 奇静脈溝 | 177 | ||
Costal surface | 肋骨面 | 172 | Facies costalis | |
Mediastinal surface | 縦隔面 | 177 | ||
Diaphragmatic surface | 横隔面(=肺底) | 177 | ||
Root of the lung | 肺根 | 171 | Radix pulmonis | |
Hilum of the lung | 肺門 | 193 | Hilus pulmonis | |
Apex of the lung | 肺尖 | 172 | ||
Clavicle | 鎖骨 | 160 |
肺葉の下位の単位として肺区域 がある(Fig.174,175,178,179)。肺区域は気管支分岐を基準に決められている(Fig.180)。区域の間には葉間胸膜 のような明瞭な境界物はない。強いて言えば、区域の境界近くには比較的太い静脈がある。昔は結核 、今は肺癌 の臨床を通して肺区域は日本の常識であり、国試にも毎回出題されて問題はヒネリを加えられている。
まず摘出肺 において、肺根 の断面で気管支 と動脈・静脈を区別する(Fig.176,177)。左右の肺門部(肺根)からピンセットで肺実質を徐々にくずして、区域気管支 、さらに亜区域気管支 レベルまで剖出する。最初に上葉・中葉・下葉の葉気管支 を区別する。あらかじめプリントや教科書を参考に、肺の外面から肺区域の配置の概要を把握しておく。前から見えている区域は何か、その後方に隠れている区域は何か、下葉の区域はどのような順に並ぶか、というように整理しておく。
肺 の解剖は、肺の縦隔面から肺実質 をくずし、肋骨面と横隔面を最後まで温存するのがオリエンテーションを失わないコツだ。それでも剖出とともに肺がつぶれていくので、ヘリカルCT で見るほどの立体感は得られない。その代り解剖学実習では、多くの肺を観察して区域気管支レベルの変異を直視下に体験して欲しい。区域気管支 ・亜区域気管支には個体ごとに多くの変異がある。変異の詳細は実習室前に出すプリントを参照すること。血管は必要に応じて切断し、血管を両開きに反転して気管支を剖出するための視野を作る。しかし、血管を除去してはいけない。
摘出肺における気管支の剖出過程で、気管支動静脈 が見つかる。気管支動脈は、縦隔側(気管側)の切断端を確認し、後で剖出するために糸でラベルしておく(Fig.186)。気管支静脈の多くは肺静脈 に注ぐが、主気管支 に近い一部の静脈は奇静脈 などに注ぐ(Fig.187)。
Pulmonary segment | 肺区域 | 174 | ||
Root of the lung | 肺根 | 171 | ||
Trachea | 気管 | 180 | ||
Bronchus | 気管支 | 180 | ||
Left/Right primary bronchus | 左/右主気管支 | 180 | ||
Upper/Middle/Lower lobar bronchus | 上/中/下葉気管支 | 180 | ||
Segmental bronchus(bronchi) | 区域気管支 B1+2,B3,... | 180 | ||
Subsegmental bronchus(bronchi) | 亜区域気管支 B3a,b,... | |||
Bronchial artery/vein | 気管支動/静脈 | 188 | ||
Pulmonary vein | 肺静脈 | 187 | ||
Azygos vein | 奇静脈 | 187 |
肺区域 を理解するため、上述の通りにピンセットで肺門部から肺実質を崩し、肺内気管支を亜区域気管支 レベルまで剖出・同定する。同定しなければやる意味がない。末梢の細かい気管支の剖出を盲目的に行なう人が多いが、それはよほど時間に余裕のある人に限ること。アンテラ(p.)はきれいに除去する。ある程度、剖出が進んだら、肺根の血管と気管支 の位置関係を保存するために、アロンアルファで固定しておく。特に肺静脈 がはずれやすいので注意する。こうして、肺門部 の血管と気管支の位置関係を温存した生きた模型を作る。
スケッチには前から見た状態で、1枚のケント紙に左右並べて描く(Fig.180,181)。標本はつぶれてくるが、できるだけ立体的に描く。気管支にはB3a,b.の要領で名称を付ける。a,b,cは、一般に上から下、外側から内側、後方から前方の順に付ける。上葉気管支については、実習室前のパターン表から各班の形を考察する。B*(ビーコメ)、B7についてはその有無を慎重に検討する。