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開胸  (Fig.163)

腹壁筋の解剖はすでに終わっていた方がいい(p.gif)。鎖骨は切断、腕神経叢が剖出され、前鋸筋と長胸神経が確認され、できれば前鋸筋が肋骨からはがれていること(p.gif)。

手術として行なう開胸術が肋間を拡張していくのとは異なり、解剖学実習では胸郭前部を大きく除去して視野を広げる。自分の腋窩に手を入れて、広背筋 が作るヒダに触れてみる。この位置に降ろしたタテの線を後腋窩線 という(Fig.21)。ライヘの後腋窩線のレベルで、第1肋骨から第8肋骨 付近まで、肋骨剪刀という特殊なハサミを用いて切断する(Fig.163)。胸膜 に包まれた が深部にある。これを損傷しないように、軟部を奥に押込みながら作業を進める。前鋸筋の残りや肋間筋は、メスを用いて切断する。第1肋骨を切断する時は、腕神経叢を損傷しないように注意する。第1-2肋骨に付着する()斜角筋 を肋骨から剥がす。胸鎖関節 の観察がまだなら、胸鎖関節の関節円板 を確認する(Fig.148)。 

Latissimus dorsi muscle 広背筋 21
Rib(s) 肋骨 147
Pleura 胸膜 169
Lung 163 Lunge, Pulmo
Serratus anterior muscle 前鋸筋 145
Intercostal muscles 肋間筋 147
Brachial plexus 腕神経叢 26
Scalene muscles 斜角筋 707
Sternoclavicular joint 胸鎖関節 148
Articular disc 関節円板 148

ここでトラカール針 を用いて胸腔穿刺 を模してみる(Fig.164-167)。 現場ではもちろん体表から刺す。あらかじめ、肋間の上下どこに血管・神経が走るか、その配列はどうか復習する(Fig.233)。胸腔穿刺は胸水 を吸引除去するルーチンの手技だが、不用意な穿刺で 肋間動静脈 の損傷を起こすといった事故も少なくない(p.gif)。なお、すでに IVHの刺入実習(p.gif)が行なわれていれば、開胸時に針が抜けないように注意する。

肋骨の切断を終えたら、胸骨 上端から慎重にメスを入れて胸骨と深部を引き離す。メスの刃が後方を向くと、人体血管系の要衝である上縦隔を損傷してしまう。困ったらスタッフに手伝ってもらう。ある程度剥がしたら胸骨後方に指を入れ、さらに手を入れ、胸骨 を前方に浮かしていく。胸骨柄と胸骨体の境界の段を胸骨角 という。肋骨の切断端で負傷しないように注意する。内胸動静脈 があまり緊張しないうちに、頚部側から前胸壁に向けて立上がった5-10cm程度の部位で切断する(Fig.162)。肋骨 を深部から剥離し、前胸壁を下方に大きく反転する。無理すると深部を損傷したり、不要な部位で下位肋骨が折れてしまう。線維性心膜 胸骨をつなぐ丈夫な結合組織はメスで切断する。必要に応じて第9-12肋骨も肋骨剪刀で切断する。以上の過程で、壁側胸膜 がある程度破損するのはやむをえない(Fig.160)。胸膜炎 pleuritis  (肺癌 、結核 などはもとよりカゼをきっかけとした炎症でも、胸水 が貯留する)による癒着 は、高齢者では大なり小なり認められる。のり状の多量の胸水があれば供覧するので報告する。うち続く高熱に患者の苦痛と医師の疲労が実感される。

Intercostal artery/vein 肋間動/静脈 233
Sternum 胸骨 153
Sternal angle 胸骨角 153
Superior mediastinum 上縦隔 191
Internal thoracic artery/vein 内胸動/静脈 162
Pericardium fibrosum 線維性心膜 170 tex2html_wrap_inline9403
Parietal pleura 壁側胸膜 169

■付図(胸腔穿刺) 

figure5548

■付図(開胸)  

figure5557

 

横隔膜の前部  (Fig.162)

肋骨弓 胸骨剣状突起 に付く横隔膜 の起始が見えたら、いったん開胸作業をやめて、全員で横隔膜を観察する(Fig.162,233,245)。素人には横隔膜が水平に位置するという誤解があるが、筋性部分はむしろタテ方向に走る(Fig.362)。タテ方向の筋束は後体壁にもあり、後日解剖する(p.gif)。

横隔膜と他の筋の位置関係を確認する。腹直筋 の肋骨起始は胸壁の前面にあるから横隔膜とは離れている。反転した前胸壁の内面に胸横筋 があり、下方は腹壁で観察した腹横筋 と連続している。肋骨弓では、胸横筋 腹横筋横隔膜の起始が噛み合っている(Fig.261,p.gif) 。胸部と腹部を区切りたい横隔膜と、胸部から腹部まで連続したい横筋が、いかに肋骨弓を住み分けているか理解する。横隔膜の胸骨部・肋骨部の間は、解剖では胸肋三角 と呼ばれ、上腹壁動静脈 が通過する (Fig.162)。臨床では左をラーレー孔 Larrey  、右をモルガニ孔 Morgagni   と呼び、腹部消化管が上方に脱出してくる。小児外科で緊急を要する横隔膜ヘルニア  の1つである。左右ではモルガニ孔ヘルニアの方が多い。 内胸動脈 上腹壁動脈 筋横隔動脈 に分れる(Fig.260)。

反転した胸壁 は、必要に応じて横隔膜起始を剥がし、本体から完全にはずしても差し支えないが、急ぐことはない。前胸壁自体の解剖は p.gif を参照する。後で再び胸壁を乗せて復元し、胸部内臓との位置関係を確認するので、肋骨を追加切除してはいけない。肋間と胸部内臓の位置関係がずれるからである。

Diaphragm 横隔膜 162
Rectus abdominis muscle 腹直筋 162
Transversus thoracis muscles 胸横筋 162
Transversus abdominis muscles 腹横筋 162
Costal arch 肋骨弓 261
Sternum 胸骨 153
Xiphoid process 剣状突起 153
Sternocostal triangle 胸肋三角 162
Superior epigastric artery/vein 上腹壁動/静脈 162
*Musculophrenic artery *筋横隔動脈 162

頚胸移行部と上縦隔  (Fig.190,192,710)

開胸後、最初に胸部内臓のオリエンテーションをつける。左右の肺 を包む壁側胸膜 は残っているだろうか。損傷がひどければ、他班の保存のいいライヘで確認する。心嚢 に入ったままで心臓 に触れる。下頚部の大血管を下方にたどって上縦隔 を触診する。さらに大血管の配置を知るため、フィンガーディセクション(指先による解剖)を行なう。最初は神経を切らないように慎重に、次第に大胆に次の構造を順に確認する。

Parietal pleura 壁側胸膜 160
Trachea 気管 190
Bronchus 気管支 189
Aortic arch 大動脈弓 190
Brachiocephalic trunk 腕頭動脈 190
Left common carotid artery 左総頚動脈 190
Left subclavian artery 左鎖骨下動脈 189
Root of the lung 肺根 171 Radix pulmonis
Esophagus 食道 187
Vertebral column 脊柱 227

各縦隔の区分を知識として整理しておく(Fig.191)。

縦隔 胸腔 -肺を含む胸膜腔 上縦隔  胸骨角 より上方、上縁は鎖骨 第1肋骨 、下縁は横隔膜 各縦隔胸骨角より下方にある。通常は胸骨柄と胸骨体の境(胸骨角)が第2肋骨ないし第4胸椎体に対応する。前縦隔 は心嚢 より前方の薄い部分で、胸腺脂肪体 内胸動脈 などがある(Fig.187)。中縦隔 心嚢(心臓 心膜 )で、心嚢より後方が後縦隔 だが、気管下部と主気管支周囲のリンパ節を中縦隔リンパ節  と呼ぶことがある。

頚部の解剖ですでに、リンパ節 は見つけて除去しているだろうか(p.gif)。静脈角  付近のリンパ節を除去しながら(p.gif)、胸管 を探す(Fig.242,715)。ここは無理しないで、先に進んでいる班を参考にする。胸管だけは最後まで温存する。

Superior/Anterior/Middle/Posterior mediastinum 上/前/中/後縦隔 191
Sternal angle 胸骨角 154
Thymus 胸腺 187
Internal thoracic artery/vein 内胸動脈/静脈 187
Venous angle 静脈角 242 tex2html_wrap_inline9403
Thoracic duct 胸管 242

横隔神経 を頚部で(Fig.703,711)再確認し、下方に追及して心膜 の外面まで(Fig.190)たどる。開胸の際に切断した内胸動脈 を確認して根部まで剖出しておく(Fig.192,260,711)。内胸動脈枝の心膜横隔動脈 は、心膜の栄養血管で横隔神経に伴走する。内胸動脈 内胸静脈は頚部側では伴走せずに離れていく(Fig.192)。内胸動静脈に沿う前縦隔リンパ節  (ここでは内胸リンパ節群 )は乳癌 取扱い規約上で有名だ。内胸動静脈間と腕頭静脈角で、特に発達している。観察しながらリンパ節 を除去していく。前胸壁では、しばしば静脈が内胸動脈の両側にある(Fig.146)。

Phrenic nerve 横隔神経 190
Pericardium 心膜 190
Internal thoracic artery/vein 内胸動脈/静脈 187
*Pericardiacophrenic artery *心膜横隔動脈 190
Anterior mediastinal lymph nodes 前縦隔リンパ節 192

IVH の実習 で針がどこに刺さったかを確認してみよう。胸膜を破って医原性の気胸 を起こしてはいないか。胸膜 に傷が付き、大気が流入すると胸膜腔の陰圧が失われ、肺 はそれ自体の弾性によって収縮して呼吸障害 が生じる。

総頚動脈 内頚静脈 を下方にたどり、上縦隔 大血管を剖出する。浅側にある左右の腕頭静脈 が最初に剖出される(Fig.710)。腕頭静脈の血管周囲にある血管鞘 を除去する。この付近のあいまいだが便利な表現として頚胸移行部 という用語がある。胸腺脂肪体 胸腺 らしい形を留めているライヘでは、他班にも紹介する。あらかじめ胎児の胸腺を示説標本で観察しておく(Fig.219,281)。胸腺脂肪体は完全に除去し、腕頭静脈を浮して深側の動脈を剖出していく。甲状腺 に出入りする血管を再確認しておく(Fig.711,715)。下甲状腺静脈 に伴走する動脈があれば最下甲状腺動脈 A.thyroidea ima  の可能性がある(p.gif)。甲状腺の血管は変異に富むので複数の班で観察する。左腕頭静脈を正中線付近で切断して左右に反転すれば、さらに深部の剖出が進む。太い気管支縦隔リンパ本幹 が見つかるかも知れない(Fig.711)。

健康体でも縦隔リンパ節 はよく発達している。呼吸を通していつも抗原刺激を受けているためであろう。黒いリンパ節はアンテラ Anthracosis    と称される。リンパ節内のマクロファージが粉塵を溜め込んでいる。アンテラの量と位置は、肺 からのリンパ流を示唆する。肺癌 ・食道癌 など臨床では、これら縦隔リンパ節  の位置の認識が重要である。実習の進行状況を見てリンパ節実習を行う。リンパ節を除く際に、左右反回神経 を損傷しないようにする。反回神経麻痺 の大半は、癌手術のリンパ節郭清による医原性である。

胸膜 に包まれた肺の内側で心嚢 との間にも脂肪がたくさんある。これを除去しながら、横隔神経 を裸にする。上大静脈 も後方まで剖出が進み、上大静脈が浮いてそこに注ぐ奇静脈弓 が確認できる(Fig.187,234)。上縦隔 の深側に腕頭動脈 が見えてくる(Fig.193)。

Common carotid artery 総頚動脈 710
Internal jugular vein 内頚動脈 710
Brachiocephalic vein 腕頭静脈 710
Thymus 胸腺 187
Thyroid gland 甲状腺 710
Inferior thyroid vein 下甲状腺静脈 703
Bronchomediastinal lymph trunk 気管支縦隔リンパ本幹 711
Mediastinal lymph node 縦隔リンパ節 187
Recurrent laryngeal nerve 反回神経 896
Pericardial sac 心嚢 189 tex2html_wrap_inline9403
Phrenic nerve 横隔神経 190
Superior vena cava 上大静脈 187
Azygos vein 奇静脈 187
Arch of the azygos vein 奇静脈弓 186
Bronchiocephalic artery 腕頭動脈 190


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