広頚筋はすでに上方に反転されているだろうか(p.)。頚横神経 ・大耳介神経 などの本幹を残しながら、浅頚筋膜 を除去して胸鎖乳突筋 の輪郭を明らかにする(Fig.699)。起始を切断して上方に反転する。Fig.701のように筋を切断除去してはいけない。胸鎖乳突筋を深側から剥がして遊離する作業はピンセットで行なう。外頚静脈 と大耳介神経その他の皮神経 が、胸鎖乳突筋の浅側にあって邪魔をするので、これら血管・神経の深側をくぐらして筋をさらに上方まで反転する。動脈の筋枝は、もし緊張して反転を妨げるなら切断してよい。大耳介神経・鎖骨上神経 など皮神経 を中枢側に追及すると、胸鎖乳突筋後縁から深部に入り込むところがある。胸鎖乳突筋後縁のこの部位をErb's point (神経点) という(Fig.699)。
Sternocleidomastoideus muscle | 胸鎖乳突筋 | 697 | Musculus sternocleidomastoideus | |
Platysma muscle | 広頚筋 | 696 | Platysma | |
Transverse cervical nerve | 頚横神経 | 699 | ||
Great auricular nerve | 大耳介神経 | 698 | Nervus auricularis magnus | |
Superficial cervical fascia | 浅頚筋膜 | 696 | ||
External jugular vein | 外頚静脈 | 699 | Vena jugularis externa | |
Supraclavicular nerves | 鎖骨上神経 | 699 | ||
Erb's point | 神経点 | 699 ![]() | Punctum nervosum |
胸鎖乳突筋の支配神経である副神経 の確認は、上方まで反転した筋の裏面で行なう。また、背部の解剖がすでに進んでいれば、僧帽筋 の裏面で見つけた副神経を頚部で再確認する(p.)。その 副神経をさらに中枢側にたどり、胸鎖乳突筋の神経と連続させる(Fig.701)。その過程で、頚神経叢 と副神経の交通枝(Fig.699)、例えば頚神経叢の僧帽筋枝が見つかる。まだ教科書的ではないが、この交通枝は深部感覚成分ばかりでなく、運動成分も含むと考えられている。
Trapezius muscle | 僧帽筋 | 701 | Musculus trapezius | |
Accessory nerve | 副神経(XI) | 701 | Nervus accessorius | |
Cervical plexus | 頚神経叢 | 700 | Plexus cervicalis |
舌骨下筋群 とは次の4つの筋を指し、いずれも頚神経ワナ から神経を受ける。
Infrahyoid muscles (Strap muscles) | 舌骨下筋群 | 707 | ||
*Sternohyoideus muscle | *胸骨舌骨筋 | 707 | ||
*Sternothyroideus muscle | *胸骨甲状筋 | 706 | ||
*Thyrohyoideus muscle | *甲状舌骨筋 | 706 | ||
*Omohyoid muscle | *肩甲舌骨筋 | 707 |
甲状軟骨 と舌骨 を触診した後、胸骨舌骨筋 、胸骨甲状筋 、甲状舌骨筋 を同定する(Fig.700)。肩甲舌骨筋は前腹と後腹からなり、鎖骨上神経を中枢側に追求した際にすでに剖出されていると思う(Fig.701)。胸骨舌骨筋と胸骨甲状筋の外側縁で支配神経を探し、これを上方にたどると頚神経ワナ に到達する(Fig.701)。ワナ とは輪や弓状を呈する解剖学的構造につける用語で、頚神経ワナは第1、2、3頚神経の線維が吻合してループを作る。内頚静脈をループ状に囲まない型では、ワナは著しく上方に位置する。舌骨下筋群と頚神経ワナは臨床では軽視されがちだが、独特の形態から解剖学的な興味を集めてきた。頚神経ワナと横隔神経 との交通枝が見つかることがあり、横隔膜と舌骨下筋群の発生学的な近縁関係が指摘されている(ラングマンには記載なし)。頚神経ワナを上方に追及する際に、舌骨のすぐ上方に近接して舌下神経 を確認したい(Fig.701)。
Ansa cervicalis | 頚神経ワナ | 701 | ||
Thyroid cartilage | 甲状軟骨 | 706 | ||
Hyoid bone | 舌骨 | 706 | Os hyoideus | |
Phrenic nerve | 横隔神経 | 701 | ||
Diaphragm | 横隔膜 | 190 | ||
Hypoglossal nerve | 舌下神経(XII) | 701 | Nervus hypoglossus |
鎖骨下静脈 と内頚静脈 が合流する外側の角を静脈角 と呼ぶ(Fig.715)。太い内頚静脈を包んでいる血管周囲の結合組織を血管鞘 Vascular sheath という。その外側縁やや後方に沿って、下方は静脈角から、上方は下顎角後方、顎二腹筋中間腱の高さまでの間に、深頚リンパ節 が鎖状に存在する(Fig.716)。頭頚部外科における根治的頚部郭清術 radical neck dissection の主要な郭清対象である。多数のリンパ節が連続していることもあれば、太い集合リンパ管 が走るだけのこともある。5cm程度でいいから、きちんと剖出して観察する。左右の静脈角近傍では、頚リンパ本幹 や胸管を観察するため、リンパ節どうしの分離や除去は慎重に行なう(Fig.711)。ここでは無理をしないで、縦隔の解剖の際に縦隔からたどっていけばよい(p.)。
リンパ管系については巻末の総論を参照せよ(p.)。胃癌末期の転移で有名なウィルヒョウリンパ節 Virchow's nodes 、肺疾患で穿刺する斜角筋リンパ節 Scalene nodes などを確認する。ここでは下深頚リンパ節内側群 ・鎖骨上リンパ節 、やや外側だがハルステッドリンパ節 Halsted's nodes など、専門分野に応じて同じ領域に多数の名称が重複している。やがては相手の意図に応じてさりげなく使い分けたいものだ。
Jugular (node) chain | 頚リンパ節鎖 | 716 ![]() | ||
Deep jugular (lymph) nodes | 深頚リンパ節 | 716 | ||
Internal jugular vein | 内頚静脈 | 716 | Vena jugularis interna | |
Venous angle | 静脈角 | 715 ![]() | ||
Angle of the mandible | 下顎角 | 740 | Angulus mandibulae | |
Digastric muscle | 顎二腹筋 | 708 | M.digastoricus | |
Jugular trunk | 頚リンパ本幹 | 716 | ||
(Cervical lymphatic trunk) | ||||
Thoracic duct | 胸管 | 715 |
頚動脈鞘 とは、内頚静脈・総頚動脈 ・迷走神経 を一括して包む血管鞘である。血管鞘という構造をここで認識する。これを除去して大血管と迷走神経を剖出し、これら血管・神経が完全に前方に持上がるまできれいにする。迷走神経 から分れる上喉頭神経 は確認できたか(Fig.702)。さらに深側で頚部交感神経幹 といくつかの神経節 を求める(Fig.703)。線維だけのいわゆる「神経」と異なり、神経節細胞を含むために神経節はやや灰色がかっている。
頚部交感神経幹の上頚神経節は、舌下神経や顎二腹筋中間腱などが観察できるようにならないと直視下には見えない。副咽頭間隙の解剖の際に必ず見つける(p.)。中頚神経節 は小さい。下頚神経節 は、通常は胸部の最上位の交感神経節と癒合して巨大化し、星状神経節 (頚胸神経節)と呼ばれる(Fig.238)。下頚神経節の名は臨床では用いない。前斜角筋 の前面から内側方にかけて、慎重に血管・神経を剖出していく。星状神経節は上端しか見えない。その本体は第1肋骨頚の内面に前後方向に張りついているので、縦隔の解剖の際に再び剖出する(p.
)。星状神経節 は治療目的(頭、頚、上腕の疼痛及び循環の改善)でしばしば針を刺す場所である(付図 p.
)。
他に頚部には交感神経幹 から分れる心臓神経 が縦走している。大血管の後内側方でこれら心臓神経が複数見つかる。心臓神経の末梢の追求は開胸後になる。
Carotid sheath | 頚動脈鞘 | 705 | Vagina carotica | |
Internal carotid artery | 内頚動脈 | 702,719 | ||
Common carotid artery | 総頚動脈 | 702 | Arteria carotica communis | |
Vagus nerve | 迷走神経(X) | 702 | Nervus vagus | |
Superior laryngeal nerve | 上喉頭神経 | 702 | ||
Sympathetic trunk | 交感神経幹 | 703 ![]() | Truncus symphaticus | |
Superior/*Middle/*Inferior | 上/*中/*下 | |||
Cervical ganglion | 頚神経節 | 703,892 | ||
Stellate ganglion | 星状神経節 | 238 | ||
(Cervicothoracic ganglion) | (頚胸神経節) | |||
Scalenus anterior muscle | 前斜角筋 | 703 | ||
(Cervical) cardiac nerves | 心臓神経 | 711 |
深頚リンパ節を理解してから頚神経叢 の解剖にはいる。鎖骨上神経 を中枢側に追求してC4前枝の根を確認する(Fig.701)。さらに大耳介神経 ・頚横神経 なども中枢側にたどってC2・C3の根を探す。必要の範囲で深頚リンパ節を除去していく。 胸鎖乳突筋 の上方への反転が不足していれば、さらに反転作業を追加して視野を広げ、C2・C3の根を探す。下頚部深側では最初に前斜角筋 を同定する(Fig.701)。同筋の前面で横隔神経 を確認し、下方で鎖骨下静脈の深側に消えるまで追求する。今まで出てきた神経の中で横隔神経はとりわけ、損傷すれば大きな傷害を残す神経だ。また比較解剖学的にも系統解剖学的にも興味深い神経である(ラングマン p.162)。複数の根を有するが、Cの何番から始まるか。鎖骨下静脈の浅側を交差する根が後の実習中に見つかるかも知れない。前斜角筋の前面では太い頚横動脈も見つかる(Fig.721)。頚横動脈は大鎖骨上窩を経て背部(p.)と肩甲部に至る。
Cervical plexus | 頚神経叢 | 700 | ||
Supraclavicular nerves | 鎖骨上神経 | 699 | ||
Great auricular nerve | 大耳介神経 | 699 | Nervus auricularis magnus | |
Scalenus anterior muscle | 前斜角筋 | 701 | ||
Transverse cervical nerve | 頚横神経 | 699 | ||
Phrenic nerve | 横隔神経 | 701 | Nervus phrenicus | |
Subclavian vein | 鎖骨下静脈 | 710 | ||
Transverse cervical artery | 頚横動脈 | 702 | ||
Greater supraclavicular fossa | 大鎖骨上窩 | 704 |