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腋窩から上肢へ

腋窩前壁:胸筋の処置  (Fig.18,21,29)

腋窩  の定義についてはFig.29の説明文を参照のこと。

大胸筋 の3部=鎖骨部胸肋部腹部を確認する(Fig.16,18)。大胸筋鎖骨部三角筋 の境界を作る三角胸筋溝 には橈側皮静脈 が走る。胸骨 の外側縁に沿って、内胸動脈穿通枝 肋間神経前皮枝 が大胸筋を貫通して出現する。各肋間でこれら血管・神経を確認し、以後も温存する。

Upper extremity 上肢 40 tex2html_wrap_inline9405
Axilla 腋窩 29
Pectoralis major muscle 大胸筋 18
Deltoid muscle 三角筋 18 Musculus deltoideus
Cephalic vein 橈側皮静脈 18
Sternum 胸骨 154
Internal thoracic artery 内胸動脈 23,162
Intercostal nerve 肋間神経 18 Nervus intercostalis
Ant./Lat. cutaneous branch 前/外側皮枝 18

大胸筋の浅側(表面)には、タテ方向に延びる胸骨筋 という変異筋がしばしば出現する。 この筋は胸筋神経 支配なので、(大)胸筋の一部と考えられ、腹直筋の続きではない。乳頭 がまだ残っていれば、除去してよい。

大胸筋 肋骨起始 から外側(停止)に向けて剥がす(Fig.146)。血管・神経が出現するラインのすぐ外側で胸肋部を切断し、メスで肋骨から剥がしながら外側方に反転する。大胸筋腹部の切断はあまり下方で行なうと外腹斜筋 を損傷する(Fig.30)。鎖骨部はメスで内側から外側に向けて鎖骨 から剥がす。その際、鎖骨外側半分には深側に太い血管・神経があるのでくれぐれも慎重に行う。

大胸筋を外側方に反転すると深側に小胸筋 が見える(Fig.21,30)。小胸筋と鎖骨 の間に張る鎖骨胸筋筋膜 を確認する(Fig.18,20)。橈側皮静脈 がこの筋膜を貫く。鎖骨の深側下方で第1肋骨に接して鎖骨下静脈 が確認できるだろうか。この角度で皮下から静脈に細いチューブを挿入する手技、いわゆる IVH (=和製英語 Intravenous hyper alimentation の転用)は、医師が最初に慣れなくてはならないルーチンの手技だ(p.gif)。付図を参照に刺入してみよ 。刺入した針がどこに達しているかは、後日解剖しながら確認する。

大胸筋・小胸筋の間には、進行乳癌 の際にロッターリンパ節 Rotter    という有名なリンパ節腫張が認められる。解剖体で発見されたら報告すること。小胸筋を貫通して 大胸筋に至る神経があまり緊張しないうちに、今度は小胸筋も肋骨から剥がして、大胸筋と一緒に外側方に反転していく。これら2つの胸筋に至る血管・神経が緊張して断裂しない程度に、できる限り外側まで2筋を反転する(Fig.30)。以上で腋窩 が開放された。

Sternalis muscle 胸骨筋 145
Pectoral nerves 胸筋神経 703
External oblique muscle 外腹斜筋 30
Clavicle 鎖骨 30
Pectoralis minor muscle 小胸筋 30
*Clavipectoral fascia *鎖骨胸筋筋膜 20
Cephalic vein 橈側皮静脈 18
First rib 第1肋骨 710
Subclavian vein 鎖骨下静脈 710

■付図(IVH)   

figure3200

■付図(腋窩の開放)   

figure3210

鎖骨の切断  (Fig.702,703)

鎖骨下筋 を確認する(Fig.707)。この筋の支配神経(鎖骨下筋神経 )は非常に細いが、これまで丁寧に解剖をしていれば残っている。筋の上縁と肩甲舌骨筋 の間を剖出すると、横隔神経 の根に近接して始まる神経が見つかる(Fig.703)。鎖骨下筋は、鎖骨 から剥がして神経と肋骨付着だけでつなげて遊離させる(鎖骨切断中に完全にはずれてしまったらやむをえないが)。

周囲の構造を傷つけないように、鎖骨 の表面ギリギリにメスを入れて鎖骨内側2/3を露出させる。ノミで鎖骨の骨膜 を剥がす方法もある。鎖骨をえぐり取るように鎖骨後方にぐるりと指が入ることを確認してから、露出した鎖骨に鋸を入れ、ノミの助けも借りて中1/3ないし内側2/3を除去する。鎖骨後方まで鋸が入らないように注意する。内側端の処理には、胸鎖関節 で脱臼 させる方法もある。はずした鎖骨は、解剖台の角のすぐ分かる所に置く。この機会にノミやリューエルで胸鎖関節を開放して関節円板 を確認する(Fig.148)。鎖骨第1肋骨にも固定されている。

*Subclavius muscle *鎖骨下筋 707
Subclavius nerve 鎖骨下筋神経 703 tex2html_wrap_inline9403
*Omohyoid muscle *肩甲舌骨筋 707
Phrenic nerve 横隔神経 703
Sternoclavicular joint 胸鎖関節 148
Articular disc 関節円板 148

腋窩の内側壁:前鋸筋の処置  (Fig.252,253,630)

背部の解剖で菱形筋の剖出と起始切断が終了していれば(p.gif)、今や肩甲帯の動きを制限する構造は前鋸筋 だけである(Fig.630)。肩甲挙筋 はまだ肩甲骨に付いていてもよい(Fig.629)。前鋸筋の外面を清掃しながら、肋間神経外側皮枝 やタテ方向に走る血管を剖出する(Fig.29)。胸腹壁静脈 の他にもタテに走る太い静脈がある。乳房 が大きい場合は、難渋するが、メスは使わない。 

Rhomboid muscle 菱形筋 629
Serratus anterior muscle 前鋸筋 252
Levator scapulae muscle 肩甲挙筋 629
Thoracoepigastric vein 胸腹壁静脈 29
Breast 乳房 6 Mamma

乳房の血管  (Fig.15)を整理しておく。乳房 の動脈は外側乳腺枝内側乳腺枝に分けられる。内側乳腺枝は主に内胸動脈 の穿通枝由来で、肋間神経前皮枝 と共に前胸壁に出現する。外側乳腺枝は、一般には外側胸動脈 (Fig.19)の枝と理解されている。しかし確かに乳腺枝も出すが、前鋸筋に接して走行する深い外側胸動脈の他に、腋窩動脈 から直接分れる枝(下胸筋動脈浅胸動脈)や胸肩峰動脈 枝が乳房に分布している(Fig.23,30)。乳房の所属リンパ管系も、これらの血管と共に腋窩及び上縦隔(p.gif)に至る。この過程で乳房が剥離・除去されても差し支えない。最後に、乳頭 を含む矢状断を行ない、内部に管腔が存在するか、乳腺 が残存しているか、乳房を区切る結合組織索及びクーパー靭帯 (付録「筋膜総論」p.gif 参照)の存在を確認する(Fig.8-10)。  

Lateral/Medial mammary (arterial) branch 外側/内側乳腺枝 15 tex2html_wrap_inline9403
Internal thoracic artery 内胸動脈 23,162
Lateral thoracic artery 外側胸動脈 23,24
Axillary artery 腋窩動脈 23
Thoracoacromial artery 胸肩峰動脈 23,30
Nipple 乳頭 9
Mammary gland 乳腺 9

前鋸筋 の外面がある程度きれいになったら、ライヘを傾けながら前鋸筋の広がりを改めて確認する(Fig.21)。この筋と外閉鎖筋 は、解剖しながら確認しないとイメージが浮かばない。多くのライヘでは背部からの作業の際に(p.gif)、前鋸筋と広背筋 を一緒に動かしていると思うが、今のうちに前から、前鋸筋広背筋の境界(噛み合い)を明らかにする。背部からの作業を終えていれば、広背筋は胸背動脈神経 と共に腋窩 にぶら下がるはずだ(Fig.29)。

最後に前鋸筋  の外面に張りついて走行する支配神経(長胸神経 )を剖出する(Fig.29)。昔は乳房切除 に伴う腋窩リンパ節郭清    の際に、この神経を切断して障害を残すことがあった。今なら言語道断であろう。同神経を確認できたら、神経の経過よりも前方、つまり肋骨付着に近い部位で前鋸筋を切断する。視野が悪いが、できれば前鋸筋の上部筋尖も第12肋骨から剥がしておく。なお、作業中に神経よりも後方で前鋸筋が裂けてしまったら、わざわざ筋を肋骨から剥がさずに肩甲骨から剥がせばよい。 

Serratus anterior muscle 前鋸筋 21
Latissimus dorsi muscle 広背筋 21
Thoracodorsal artery/nerve 胸背動脈/神経 29
Long thoracic nerve 長胸神経 29
Axillary (lymph) nodes 腋窩リンパ節 19

腋窩から上腕屈側  (Fig.23,28,48,50)

以下、上肢の解剖は一側だけで行い、残る一側では保健医療学部OT、PT科1年生が週1回実習するので助言して欲しい。 

1)

鎖骨下動静脈  に続く腋窩動静脈をまず確認する(Fig.701,703)。腋窩 の動脈と神経を丁寧に剖出していく。静脈はある程度は除去してよい。鎖骨下動脈第1肋骨のレベルで腋窩動脈 と名を変える。鎖骨下動脈前斜角筋の深側 を交叉し、同静脈 浅側を交叉する(Fig.717)。

2)

小胸筋 と鎖骨 の間に張る鎖骨胸筋筋膜 を除去すると、胸肩峰動脈 胸筋神経 が明らかになる(Fig.23,30)。胸筋神経は、胸肩峰動脈 の根部に遠位から引掛かる形で胸筋神経ワナ を形成する(Fig.703)。ワナ の内側部から始まるのが内側胸筋神経で、外側部から始まるのが外側胸筋神経である。しかし医師にとっては、末梢経過で命名した方が便利かも知れない。小胸筋を貫通してから大胸筋に分布する中間胸筋神経、小胸筋上方を走る上胸筋神経、下方を走る下胸筋神経、と3つに区分できる。多くの哺乳類では下胸筋神経がよく発達して皮下の薄い筋(皮幹筋)を支配している。

Subclavian artery/vein 鎖骨下動/静脈 701 Arteria subclavia
Axillary artery/vein 腋窩動/静脈 30,703 Arteria axillaris
Anterior scalene muscle 前斜角筋 717
*Clavipectoral fascia *鎖骨胸筋筋膜 20
Thoracoacromial artery 胸肩峰動脈 23
Lateral/Medial pectoral nerves 外側/内側胸筋神経 703

3)

腋窩リンパ節  リンパ管 を除去する(Fig.11,19)。繰り返すが、これは乳癌 の所属リンパ管系として重要なものである。静脈角 近傍では、リンパ節(鎖骨上リンパ節)  の除去は慎重に行なう。鎖骨下静脈浅側に鎖骨下リンパ本幹 を観察できるかも知れない(Fig.716)。 

Axillary lymph nodes 腋窩リンパ節 19
Venous angle 静脈角 710 tex2html_wrap_inline9403
Supraclavicular (lymph) nodes 鎖骨上リンパ節 11
Subclavian lymphatic trunk 鎖骨下リンパ本幹 11 tex2html_wrap_inline9403 ,716

4)

肋間上腕神経 は、肋間神経外側皮枝 から伸び出している(Fig.19,24)。肋間上腕神経は腋窩を横切るように胸壁と上腕内側 を結ぶので、解剖中に緊張して切れやすい。早めに同定しておきたい。腕神経叢から来る皮神経と腋窩 で交通・吻合していないか。肋間上腕神経は臨床的な重要性は低いが、「肋間神経外側皮枝の発達したものが肢帯部神経叢(例えば腕神経叢)である」という仮説に根拠を与えている。

腕神経叢にいきなり入ると分かりにくいので、上腕の主要な導通路である上腕内側筋間中隔  (Fig.48,132)の解剖を先行させよう。 

1)

腋窩動脈 を遠位にたどり上腕動脈 に至る(Fig.50)。伴走する正中神経 は容易に剖出できる。

2)

狭義の上腕内側筋間中隔は、注意しないと分からない薄い筋膜 である(Fig.48)。この膜を隔てて伸側に尺骨神経 を同定する。尺骨神経を遠位にたどり、上腕骨内側上顆  伸側の肘部管 にはいりこむことを確認する(Fig.50,56)。自分の肘でここに尺骨神経を触れるよう練習しておく。患者に神経というものを説明する時に役立つ。尺骨神経に伴走する、()尺側側副動脈 は、上腕動脈の枝だったか(Fig.51)。

3)

腋窩 の外側壁において、上腕二頭筋 の内側上部に接して烏口腕筋 を同定し、この筋に進入する太い筋皮神経 を同定する(Fig.51)。伴走する血管はない。

4)

筋皮神経 尺骨神経 を近位にたどり、両者の根の一部が正中神経 に合流するのを確認する。腋窩動脈をまたぐワナ(正中神経ワナ)  から正中神経が始まる(Fig.51)。正中神経ワナは、腕神経叢 の構成を理解したり腋窩動脈枝を命名する上で基準になる。

Intercostobrachial nerve 肋間上腕神経 24
Brachial plexus 腕神経叢 28
Medial brachial intermuscular septum 上腕内側筋間中隔 48
Brachial artery 上腕動脈 50
Median nerve 正中神経 50
Ulnar nerve 尺骨神経 50
Humerus 上腕骨 104
Medial epicondyle 内側上顆 51,104
Cubital tunnel 肘部管 56 tex2html_wrap_inline9403
*(Sup./Inf.) ulnar collateral a. *(上/下)尺側側副動脈 51
Biceps muscle 上腕二頭筋 48
*Coracobrachial muscle *烏口腕筋 51
Musculocutaneous nerve 筋皮神経 51
Medianus ansa 正中神経ワナ 51 tex2html_wrap_inline9403

5)

ついでに肩甲上動脈神経 を同定したい(Fig.32,34)。腕神経叢の浅側で最上部に位置するので見つけやすい。肩甲上動脈甲状頚動脈の枝 で、前斜角筋 前面で分岐する(Fig.30,703)。 

斜角筋リンパ節 Scalene nodes  が邪魔をしたら相談して欲しい。Scalene nodes  には反回神経 周囲から太いリンパ管 が到来する。しかし、必ずしも前斜角筋前面にリンパ節が発達しているとは限らない。体表から診る医師はおそらく、静脈角 (p.gif)近傍の深頚リンパ節群 を含めて広く斜角筋リンパ節 と呼んでいるのだろう。

Suprascapular artery/nerve 肩甲上動脈/神経 34
*Thyrocervical artery *甲状頚動脈 30,703
Anterior scalene muscle 前斜角筋 30 tex2html_wrap_inline9403 ,703

腕神経叢と腋窩動脈枝  (Fig.23,32)

腰仙骨神経叢→p.gif

腕神経叢 の後部に入るが、とかく血管が邪魔になる。しかし動脈はできるだけ温存する。あらかじめ、Fig.43などで腋窩動脈  を確認してから始めること。上肢をあまり引っ張ると神経が緊張して剖出しにくい。

1)

前鋸筋外面で確認した長胸神経 を再び同定して近位に追求し温存する(Fig.29)。

2)

上腕内側 で尺骨神経 よりも伸側を剖出すると、非常に太い橈骨神経 が見つかる。上腕深動脈 が伴走している(Fig.51)。

3)

腋窩 の後壁を作る広背筋がすでに背部で解剖してあれば、胸背神経 をここで再確認して近位に追求する。胸背動脈が伴走している(Fig.29,30)。

4)

腋窩後部の動脈は、とりあえず肩甲下動脈 と総称できる(Fig.23)。肩甲下動脈はきわめて変異に富み、解剖学者の間で肩甲下動脈変異の体系化が試みられてきた。胸背神経をたどると、多くの肩甲下筋枝(肩甲下筋神経) が見つかる(Fig.32)。

最後に残る太い神経は腋窩神経 であるが、次節の上腕伸側で腋窩隙の解剖が進んでからでよい。以上の過程で、頚部から腋窩 を経て上肢に至る導通路が見えてきただろうか。

前鋸筋 の支配神経である長胸神経 は温存されているかくり返し確認せよ(Fig.29)。第12肋骨からも前鋸筋がはずれているか。前鋸筋が体幹からはずれていれば(あるいは肩甲骨からはずれていれば)、上肢の屈側伸側を反転して胸部に乗せることができる。これで腕神経叢 を後方から剖出できることを確認する。

Long thoracic nerve 長胸神経 29
Radial nerve 橈骨神経 51
Profunda(Deep) brachial artery 上腕深動脈 51
Thoracodorsal artery/nerve 胸背動脈/神経 29
Subscapular artery 肩甲下動脈 23
Subscapular nerves 肩甲下筋神経 32
Axillary nerve 腋窩神経 32
Serratus anterior muscle 前鋸筋 29


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