白い腱膜様 の腹直筋鞘 に、前面からメスで慎重に5cmあまり縦に割を入れて、腹直筋鞘前葉の厚さを確認する。次いでハサミで全長に渡り左右の腹直筋鞘前葉を切開する(Fig.253)。注意深く腹直筋 を正中線から外側に向けて前葉からも、さらに後葉からも浮かせて、筋を鞘から遊離させる。腱画 の部位では、腱画と腹直筋鞘が固く結合していて剥がしにくい。腹直筋鞘後葉は下腹部には存在せず、後葉は下方で弓状線 という遊離縁に終わる(Fig.255,261)。つまり下腹部では腹膜 と横筋筋膜(腹横筋膜) だけが筋を裏打ちしている(Fig.261,262)。
以上の作業の間に、腹直筋の支配神経(肋間神経)とそれに続く前腹壁の皮神経、縦走する下・上腹壁動静脈を剖出する(Fig.258)。下腹壁動静脈 は、弓状線より下方では横筋筋膜(浅)と腹膜(深)の間を走行する(Fig.262)。また、上腹壁動静脈 が横隔膜の起始部を貫通して腹壁に出現する部位に注目する(p.)。開胸作業の際に認識するが、腹直筋は胸壁 前面にも少なからず張りついている。
Body wall | 体壁 | |||
Abdominal wall | 腹壁 | 253 ![]() | ||
Rectus abdominis muscle | 腹直筋 | 253 | ||
Rectus sheath | 腹直筋鞘 | 249 | ||
Anterior layer | 前葉 | 254 | ||
Posterior layer | 後葉 | 255 | ||
*Tendinous intersections | *腱画 | 253 | ||
*Arcuate line | *弓状線 | 255 | ||
Peritoneum | 腹膜 | 286 | ||
Transversalis fascia | 横筋筋膜(腹横筋膜) | 262 | ||
Intercostal nerve | 肋間神経 | 258 | ||
Sup./Inf. epigastric artery/vein | 上/下腹壁動/静脈 | 259,262 | ||
Diaphragm | 横隔膜 | 245 | Diaphragma |
この章の解剖は男性で行なって十分理解した後に、女性に適用する(女性解剖体の班は、男性解剖体の班をまず見学する)。
Inguinal region | 鼡径部 | 174 ![]() ![]() | ||
Spermatic cord | 精索 | 251 | ||
Round ligament of uterus | 子宮円索(円靭帯) | 265 | Lig. teres uteri | |
Superficial inguinal ring | 浅鼡径輪 | 251 | ||
Inguinal ligament | 鼡径靭帯 | 251 | ||
Inguinal canal | 鼡径管 | 254 | ||
Aponeurosis | ||||
of the external oblique m. | 外腹斜筋腱膜 | 250 | ||
External/Internal oblique m. | 外/内腹斜筋 | 258C,D | ||
Transversus abdominis muscle | 腹横筋 | 258E | ||
Transversalis fascia | 横筋筋膜(腹横筋膜) | 262 | ||
*Cremaster muscle | *精巣挙筋 | 271 | ||
Testis | 精巣 | 271 ![]() | ||
Testicular artery/vein | 精巣動/静脈 | 271 | ||
Ductus deferens | 精管 | 271 | Vas deferens | |
Deep inguinal ring | 深鼡径輪 | 262,270 | ||
Urethra | 尿道 | 271 |
鼡径ヘルニア と関係して特に鼡径管後壁を詳細に観察する必要がある。後壁は中央部が弱く、周辺部が比較的強い。弱い中央部を破って腸が脱出して起こるヘルニア が内側ヘルニア(直接ヘルニア) で、深鼡径輪から精索と共に脱出するのが外側ヘルニア(間接ヘルニア) である。
鼡径管後壁 の外側部(深鼡径輪 の後方)では窩間靭帯 (Fig.258,261)というものが横筋筋膜の外方(浅側)を補強しているという。しかし窩間靭帯は実質的には下腹壁動静脈 の血管鞘 、つまり血管周囲の結合組織緻密部であり、補強物の実体はこの血管自身である。鼡径管後壁の内側部(浅鼡径輪 の後方)では、腹直筋鞘の下外側縁(鼡径鎌)(Fig.261)や内腹斜筋・腹横筋の停止腱膜(結合腱)が横筋筋膜の外方(浅側)を補強している。結合腱 と鼡径鎌 (Fig.262)は、通常は混同して用いられる。鼡径靭帯に近い後壁下部には、横筋筋膜の肥厚部があり(Fig.258)、iliopubic tract (腸恥索 と訳されている)と呼ばれる。iliopubic tract の発達には、少なくとも日本人では個体差が大きい。iliopubic tract は下方では大腿動静脈の血管鞘に連続し、鼡径靭帯には続かないとされているが、様々な癒着があって判断しがたい。
*Interfoveolar ligament | *窩間靭帯 | 258,261 | ||
Inguinal falx | 鼡径鎌 | 253,261 | ||
Transversalis fascia | 横筋筋膜 | 258 | ||
Femoral artery/vein | 大腿動/静脈 | 489 |
外腹斜筋 の広がりを観察する(Fig.16,249)。前鋸筋 との噛み合い、広背筋 との境界は明らかになっているだろうか(Fig.21)。外腹斜筋と前鋸筋が噛み合ったその境界部分から肋間神経外側皮枝 が出現する(Fig.19)。肋間神経外側皮枝から分れた筋枝が、前下方に外腹斜筋の外面を走行した後で、外面から筋に進入して支配する(Fig.18)。外腹斜筋腱膜 が腹直筋鞘前葉 に移行する部分(Fig.249)を切断して、外腹斜筋を内側から外側に向けて反転する。
External oblique muscle | 外腹斜筋 | 16,249 | ||
Serratus anterior muscle | 前鋸筋 | 19 | ||
Latissimus dorsi muscle | 広背筋 | 629 | ||
Lateral cutaneous branch | 肋間神経外側皮枝 | 19 | ||
Aponeurosis of the external oblique muscle | 外腹斜筋腱膜 | 250,253 | ||
Rectus sheath | 腹直筋鞘 | 249 | ||
Anterior layer | 前葉 | 254 |
内腹斜筋 が腹直筋鞘に付着する部位を切断して、これも外側に向けて反転する。この際に、腹直筋の剖出で見つけた神経を切らないように注意する。内腹斜筋と腹横筋 は下部ほど分けがたいが、内腹斜筋と腹横筋の間を神経(肋間神経及びそれに類似の神経:L1,L2)が走行することを指標にして2筋を区別する(Fig.258)。
最後に、腹横筋が腹直筋鞘後葉に付着することを確認したら、なるべく腹膜を損傷しないように注意しながら同筋も外側に向けて反転する。ここで、神経が切れてしまう。
Internal oblique muscle | 内腹斜筋 | 253 | ||
Transversus abdominis muscle | 腹横筋 | 255,258E | ||
Rectus sheath | 腹直筋鞘 | |||
Posterior layer | 後葉 | 255 |
大腰筋 の輪郭を確認した後(Fig.360)、筋束を脊柱から剥がしながら腰神経叢 を剖出する(Fig.364-367)。 すでに下肢では大腿神経 と外側大腿皮神経 が剖出されている。これらを近位に追及していく(Fig.367)。大腰筋が腸骨筋 と合流して大腿骨小転子 に停止することを確認する(Fig.360)。大腰筋は脊柱に近接しており脊柱 を動かすが、停止部位と神経支配から下肢帯の筋に分類される。腰神経叢では、上記2神経の他に閉鎖神経 と腰仙骨神経幹 を確実に剖出する。腰動脈 が腹大動脈から分節的に出ている。作業中に腰動脈を温存するように注意し、第10肋間動脈 から第2腰動脈の範囲で椎間孔 に入る太い動脈枝がないかどうか丁寧に剖出する。2外の医師が検索していると思う。脊髄まで到達していればアダムキービッツ動脈 の可能性が高い(Fig.683では第10肋間動脈由来)。水平断の絵は「解剖学講義」p.665 参照。
腎臓の後方で腰方形筋 とその肋骨付着を確認する(Fig.360,365)。背部の剖出で大量の脂肪が付いていたウエストのくびれの位置に当たる。腰方形筋はその支配神経の位置から見て胸壁の外肋間筋に相当すると考えられている。
Psoas major muscle | 大腰筋 | 360 | ||
Lumbar plexus | 腰神経叢 | 366 | ||
Femoral nerve | 大腿神経 | 498 | ||
Lateral femoral cutaneous nerve | 外側大腿皮神経 | 489 | ||
Iliacus muscle | 腸骨筋 | 360 | ||
Lesser trochanter | 大腿骨小転子 | 560 | ||
Obturator nerve | 閉鎖神経 | 367 | ||
Lumbosacral sympathetic trunk | 腰仙骨神経幹 | 365 | ||
Lumbar artery | 腰動脈 | 364 | ||
Abdominal aorta | 腹大動脈 | 364 | ||
Adamkiewicz artery | アダムキービッツ動脈 | 683 | ||
*Quadratus lumborum muscle | *腰方形筋 | 362 |
腰仙骨神経叢(L1-S4) は整形外科や神経内科で下肢の障害を考える上で主要だが、解剖実習の進行上、全体を通してみる機会がない。ここでFig.366を参考に整理しておく。腰神経叢 部分では前方から閉鎖神経 、後方から大腿神経 が出る。細いが交感神経性の腰内臓神経 はQOL の確保に必須だ。大腿神経の皮枝は下腿に達する。仙骨神経叢 部分では坐骨神経 が圧倒的に太く、前方の脛骨神経 部分と後方の総腓骨神経 部分に分けられる。他に、後方から殿筋神経、前下方から陰部神経 が出る。細いが副交感性の骨盤内臓神経 もQOL の確保に必須だ。
Lumbosacral plexus | 腰仙骨神経叢 | 366,367 | ||
Lumbar plexus | 腰神経叢 | 366 | ||
Obuturator nerve | 閉鎖神経 | 366,367 | ||
Femoral nerve | 大腿神経 | 366,367 | ||
Lat.femoral cutan. nerve | 外側大腿皮神経 | 366,367 | ||
Lumbar splanchnic nerve | 腰内臓神経 | 328 | ||
Lumbosacral trunk | 腰仙骨神経幹 | 367 | ||
Sacral plexus | 仙骨神経叢 | 366 | ||
Sciatic nerve | 坐骨神経 | 366 | ||
Tibial nerve | 脛骨神経 | 366 | ||
Common fibular(peroneal) nerve | 総腓骨神経 | 366 | ||
Sup./Inf. gluteal nerve | 上/下殿神経 | 366 | ||
Pudendal nerve | 陰部神経 | 366 | ||
Post. femoral cutan. nerve | 後大腿皮神経 | 366 | ||
Pelvic splanchnic nerve | 骨盤内臓神経 | 456 |