肝胃間膜 (肝十二指腸間膜+小網)とウインスロー孔 を再確認する(Fig.299)。肝十二指腸間膜 を作る腹膜を剥がして、同間膜の芯である(固有)肝動脈 ・総胆管 ・門脈 を剖出する(Fig.298)。総肝管 ・胆嚢管 ・肝臓 が三辺を作るカロー三角 Calot's をあらかじめ想定し、剖出の進行とともに確認する(Fig.313)。ラパ胆(laparoscopic cholecystectomy:腹腔鏡下胆嚢摘出術) の時代になってもカロー三角 は腹部外科のメッカである。三角内で胆嚢動脈 を見つける。左右の肝管 は思いのほか十二指腸側で合流する。健康体でも肝十二指腸間膜 内の胃癌 取扱い規約12番リンパ節 は発達している。除去しても構わないが余裕があれば、この12番リンパ節から膵後面 を経て腎動脈 の高さまで下方にリンパ管 を追跡したい(Fig.308)。胃 の小弯 の血管を剖出する(Fig.295)。右胃動脈 は細いので注意すること。
Hepatogastric ligament | 肝胃間膜 | 299 | ||
Hepatoduodenal ligament | 肝十二指腸間膜 | |||
Lesser omentum | 小網 | Kleines Netz | ||
Epiploic foramen | 網嚢孔 | 299 | ||
Winslow's | ウインスロー孔 | |||
Proper hepatic artery | 固有肝動脈 | 298 | A. hepatica propria | |
Common bile duct | 総胆管 | 298 | ||
Portal vein | 門脈 | 298 | V. portae | |
Common hepatic duct | 総肝管 | 313 | ||
Cystic duct | 胆嚢管 | 313 | ||
Liver | 肝臓 | 299 | Leber,Hepar | |
Cystic artery | 胆嚢動脈 | 311 | ||
Left/Right hepatic duct | 左/右肝管 | 312 | ||
Lesser curvature | 胃小弯 | 295 | ||
Right gastric artery | 右胃動脈 | 292 | A. gastrica dextra |
左胃動脈 ・総肝動脈 を剖出、腹腔動脈 に近づく(Fig.292)。小網 は破ってもいいが、その中を走る迷走神経肝枝 を切ると、ジスキネジア(運動障害) による胆嚢炎 で死に至ることがあるので、できるだけ同神経を温存する。稀に胃癌 取扱い規約の1.3.5番リンパ節 が健康体でも発達していることがあるが、血管・神経を残してリンパ節を除去する。胃癌取扱い規約のリンパ節については付図参照(p.)。
胆嚢 を切開して内腔を観察する。内容がこぼれるのでティシュペーパーを当てながら行ないたい。胆石 があればみなに供覧する。胆嚢頚 のラセンヒダ は分かるか(Fig.312)。
Left gastric artery | 左胃動脈 | 292 | A. gastrica sinistra | |
Common hepatic artery | 総肝動脈 | 292 | A. hepatica communis | |
Celiac trunk (Celiac axis) | 腹腔動脈 | 292 | ||
Hepatic branches of vagus nerve | 迷走神経肝枝 | |||
Gall bladder(GB) | 胆嚢 | 312 | Gallenblase,Vesica fellea | |
Spiral folds | ラセンヒダ | 312 | Truncs celiacus |
すでに心・肺の摘出が行なわれて、横隔膜を自由に動かせる。
肝動脈 ・総胆管 ・門脈 が剖出されたら、肝門 から3-5cmの部位でこれらを切断する。肝円索 (肝鎌状間膜 の遊離縁)はできるだけ長く肝 側に付け、臍 が残っていれば臍まで一続きで温存する(Fig.262,286)。肝円索から静脈管 に至る胎児循環 は覚えているか(Fig.223,281,ラングマン p.204-206)。肝臓を横隔膜と後体壁に固定している肝冠状間膜 を慎重に切断し、肝無漿膜野 を露出させながら肝臓をはずす。肝無漿膜野では、肝臓と横隔膜腱中心 が固く結合している。下大静脈 の一部を肝臓に付けた状態で肝臓をはずす(Fig.311)。下大静脈を横隔膜の大静脈孔 から剥がす。なるべく下大静脈から(左・中・右)肝静脈 を切り離さないようにする。右副腎 が肝に密着していることがあるので、一緒に摘出しないように注意する(Fig.283,345)。
Porta hepatis | 肝門 | 311 ![]() | ||
Round ligament of liver | 肝円索 | 310 | Ligamentum teres hepatis | |
Falciform ligament | 肝鎌状間膜 | 310 | ||
Umbilicus | 臍 | 262 ![]() | ||
Coronary ligament of liver | 肝冠状間膜 | 310 | ||
Bare area of liver | 肝無漿膜野 | 311 | Area nuda | |
Diaphragm | 横隔膜 | 362 | ||
Central tendon of diaphragm | 横隔膜腱中心 | 362 | ||
Inferior vena cava | 下大静脈 | 311 | ||
Vena caval foramen | 下大静脈孔 | 362 | ||
Left/Middle/Right hepatic vein | 左/中/右肝静脈 | 226 ![]() | ||
Suprarenal gland | 副腎 | 345 |
摘出肝で腹膜に覆われている部分と肝無漿膜野を区別する。肝の外景を観察して、解剖学的な左葉と右葉、横隔面と臓側面、肝門を中心とするH を構成する部分名(静脈管索裂、下大静脈窩、肝円索裂、胆嚢管)を確認する(Fig.311)。常に原位置にもどして再確認する。肝門部 を剖出し、門脈・胆路・動脈を区別する。尾状葉 を観察し、尾状葉の一部のスピーゲル葉 が下大静脈 を完全に包みこんでいるようであれば報告する。胆嚢管 等は切断せず、胆嚢 を胆嚢床(胆嚢窩) から剥がす。胆嚢床で胆嚢の静脈の一部が切れる。胆汁 はホルマリンで変化して緑色に着色している。剖出してある範囲で胆道(胆路) を確認する(Fig.312,313)。
Right/Left lobe (Anatomical/Surgical) | 左葉/右葉(解剖学的/外科的) | 311 | ||
Diaphragmatic surface (Anterior surface) | 横隔面(前面) | 311 | ||
Visceral surface (Posterior surface) | 臓側面(後面) | 311 | ||
Fissure for the ligamentum venosum | 静脈管索裂 | 311 | ||
Fossa for the inferior vena cava | 下大静脈窩 | 311 | ||
Fissure for the ligamentum teres | 肝円索裂 | 311 | ||
Cystic duct | 胆嚢管 | 311 | ||
Biliary duct system (Biliary tract) | 胆道(胆路) | 312 | ||
Hepatic artery | 肝動脈 | 311 | ||
Caudate lobe | 尾状葉 | 311 | ||
Fossa for the gall bladder | 胆嚢窩(慣用名:胆嚢床) |
肝臓 を摘出しないで、どうしても原位置で剖出したい班は申し出る。その場合は、横隔膜に大きく切開を入れて肝臓を露出させる。この場合、後述の肝区域では先に肝静脈を剖出し、門脈は末梢から攻めることになる。
肝硬変 の症例があるかも知れない。肝硬変などで肝内門脈流が制限されると、門脈血(Fig.226,298)はバイパスを通って体循環系(ここでは上大静脈 ないし下大静脈 )に直接注ぐようになる。この経路を門脈側副路 (あるいは副行路) と呼び、解剖の教科書になぜか書かれており、肝臓の解剖で最も重要だと信じている人も多い。大切なのは肝の内景である。
次の5つが有名:
1)門脈-左胃静脈-食道静脈叢(食道静脈瘤)-奇静脈系-上大静脈
2)門脈-下腸間膜静脈-上直腸静脈-直腸静脈叢(痔核)-下直腸静脈-
内陰部静脈-内腸骨静脈-下大静脈
3)肝内門脈左枝-肝円索沿いの臍傍静脈-臍周囲の皮静脈(メズサの頭)-
浅腹壁静脈・浅腸骨回旋静脈-大腿静脈-外腸骨静脈-下大静脈
4)門脈-十二指腸や結腸の静脈-ゲロータ前面のレチウス静脈-
腎・副腎の静脈-下大静脈
5)肝無漿膜野-横隔膜の静脈-奇静脈系-上大静脈
まず肝の外景を確認する。肝の下(後)面=臓側面にH字型に配置している溝や凹みをきちんと頭に入れたら、友人の肝臓を前から透視してそのH字 を再現する。
肝内門脈を剖出して外科的肝区域 とクイノー肝区域 Couinaud's を理解する。外科的肝区域による左葉・右葉の境界は、カントリー線 と呼ばれる。カントリー線は、およそ中肝静脈 の走行に一致している。外見的な左葉に加えて、尾状葉 のおよそ左半分と、胆嚢 の張りついている部分(胆嚢床)を加えて、外科的な左葉を構成する。これは外観上の約束ではなくて、肝内グリソン の枝分れに従っている。
肝内グリソン とは、門脈 ・肝動脈 ・胆路 が結合組織に束ねられたもので、外科の用語である。大きく左右に分れた肝内グリソンが、外科的左葉と外科的右葉に分布している。肝内グリソンの枝分れに従って、外科的左葉はさらに内側区域と外側区域に分れ、外科的右葉は前区域と後区域に分れる。解剖学的左葉とはこの肝区域の外側区域を指す。内側区域と外側区域の境界に左肝静脈 が、前区域と後区域の境界に右肝静脈が走行するとされている。
クイノー肝区域 は、肝内グリソンの枝分れに従って外科的肝区域(内側区域、外側区域、前区域、後区域)をさらに2つに分けたもの。内科でも外科でも今やルーチンに用いられる肝臓の地番だ。1994年12月、Dr.クイノーの提唱により尾状葉 は、下大静脈 を下から包むような部分(スピーゲル葉 : 左葉)と下大静脈のすぐ前方(尾状葉突起及び下大静脈部: 右葉)に分けられた。
ピンセットで肝実質を少しずつ崩して、肝内門脈と太い肝静脈を剖出する。最初に付図を参考にして肝表面にクイノー肝区域を想定する。肝 を常に原位置にもどして再確認する。次に3本の肝静脈 に慎重にゾンデを入れて、外科的肝区域の見当をつける。それからピンセットで肝門部 を崩して行く。肝門に近い太い部分からひたすら肝内グリソンを追及する。末梢の細いグリソンにこだわることはない。肝がバラバラにならないように、肝の横隔面を温存する。但し、肝区域の選択課題を選ぶ場合は後述の方法に従う。
Anatomical right/Left lobe | 解剖学的右葉/左葉 | 311 | ||
Surgical right/Left lobe | 外科的右葉/左葉 | 311 | ||
Cantlie's line | カントリー線 | 311 ![]() | ||
Left/Middle/Right Hepatic vein | 左/中/右肝静脈 | 309 ![]() | ||
Gall bladder(GB) | 胆嚢 | 312 | Gallenblase,Vesica fellea | |
Hepatic(Portal) segment | (外科的)肝区域 | |||
Couinaud's | ||||
hepatic(portal) (sub)segment | クイノー肝区域 | |||
Caudate lobe | 尾状葉 | 311 | ||
Portal vein | 門脈 | 311 | V.portae |
腹部の局所解剖をある程度理解したら、実習室内で備え付けのエコー3台を用いて自分たちの腹部を観察する。腹部皮下に脂肪の少ないやせた者を被検者に選び、空腹にして観察することがポイント。腹腔動脈枝、上腸間膜動脈などの解剖(p.)が進んでからの方が理解しやすい。肝内門脈もよく見える。実習室で初めてエコー を行なう時は、横断面で大動脈と脊柱をまず確認する(Fig.371)。次いで大動脈の縦断を試み、SMA(上腸間膜動脈) , Celiac trunk(腹腔動脈) 、腎動脈 を探す。いずれ国試ではエコーを読まなければならないのだから、解剖実習をしている今から慣れておけばいい。
Aorta | 大動脈 | 316 | ||
Vertebral column | 脊柱 | 371 ![]() | ||
Sup. mesenteric artery (SMA) | 上腸間膜動脈 | 316 | Arteria mesenterica sup. | |
Celiac trunk(Celiac axis) | 腹腔動脈 | 316 | Truncus celiacus | |
Renal artery | 腎動脈 | 316 |
すでに肺区域を学んでいる。肺区域は気管支分岐だけで決定されていた。これに対して肝区域 は、気管支分岐に対応する肝内グリソン (門脈 ・胆管 ・肝動脈 )の分岐だけでなく、肝静脈 の走行や外観上のバランスが歴史的に重要である。換言すると、肝区域の概念はまだ成熟しておらず、用いている医師が都合のいいように解釈しているフシがある。肝区域には、ラフな外科的肝区域とより細分化されたクイノー肝区域がある。今は診断ばかりでなく手術もクイノー肝区域 で行なう。ピンセットで肝実質 を少しずつ崩して肝内グリソン と太い肝静脈を剖出するのが基本である。メスはなるべく使わない。
肝門のH は理解しているか。あらかじめ肝表面からクイノー肝区域を想定してみる(剖出すると多くは予想とかなり異なる)。次に、摘出肝に張りついている下大静脈 に直線的に割を入れて内腔を開放する。3本の太い肝静脈 の他に、細い短肝静脈 がしばしば観察される。非常に細いものは尾状葉 から来る。10mmくらいの比較的太い短肝静脈はクイノー肝区域S7とS6の深部から来る。3mmくらいの細い短肝静脈はS7, S6の下面浅層から来る。手術で肝を脱転する時に、これらの静脈の処理を誤ると大出血を起こす。
静脈を確認したら、ピンセットで肝実質を崩して太い肝静脈を下方に3-5cm程度追及する。短肝静脈の多くは次第に浮いてはがれてしまう。3本の太い肝静脈を確認するため、下大静脈周囲を横隔面から1cm程度掘り下げていく。しかし、外形がくずれるので過度に横隔面をこわしてはいけない。右肝静脈モドキが2-3本見えることがあるが、ここでは一括して右肝静脈と呼ぶ。
次に尾状葉 をピンセットで崩して、尾状葉に分布する門脈 ・肝静脈 を分離し、ある程度切詰めて剖出の視野を広げる。門脈右枝・左枝いずれから枝が来るかを基準に、尾状葉が左右(S1, S9)に分けられることが理解できるだろうか。しかし尾状葉の静脈は必ずしも左右別ではない。あまり尾状葉にこだわると先に進めない。尾状葉がくずれて初めて、その深部で中肝静脈を下方に肝門部(肝内グリソンの左右分岐)まで追及することができる。左右の肝静脈を剖出する視野も尾状葉(があった部分)から得られる。赤黒くもろい肝静脈と、白い丈夫な肝内グリソンの区別は付くだろうか。「何だこの邪魔な結合組織はー」と思ったら、静脈管索 を疑う(ラングマン p.205)。
同時に、ピンセットで肝門部から肝実質を崩し、肝内グリソン をクイノー肝区域レベルまで剖出することを忘れない。まず肝内グリソンが左右2枝に分れる。さらに右は前後2枝に分れる。この前区域枝からS5, S8が、後区域枝からS6, S7の区域枝・亜区域枝が分れる。左では肝円索に続く太い門脈臍部をまず確認し、さらにS2, S3の2枝あるいはS4を含めた数枝に分れる。このように肝門に近い太い部位から順次剖出していく。末梢の細かいグリソンにこだわると先に進めないし、応用的には重要性が低い。肝内グリソンの中で動脈がどこに位置するかは変異も多く、臨床的にも重要だが、実習では省略する。クイノー肝区域 レベルのグリソンとは肝臓の大小にもよるが、かなり太いものである(直径10mm程度)。学生は前区域枝(S5, S8)の剖出が常に甘い。特にS8の範囲は広く、右葉の上方に突出した部分にもしばしば食い込んでいる。尾状葉(があった部分)から視野を得て剖出する。S5は2-3本あり、本幹を作らないのでわかりにくい。同時4分岐とか3分岐とか、右の肝内グリソンの分岐パターンには多くの変異がある。
肝内グリソンに注意を奪われると、肝静脈を破壊してしまう。最初に横隔面で見つけた静脈は、その後もきちんとフォローしていく。中肝静脈は、尾状葉(があった部分)で掘り下げたら、今度は胆嚢床 を軽くひっかくと続きが出てくる。胆嚢床(S4, S5)では静脈も肝内グリソンも大変浅く細く、横隔面の要領で剖出すると破壊してしまう。中肝静脈はS8にも食いこむ。右肝静脈は、肝内グリソンの前区域枝を確認しながら、前区域枝と後区域枝の間にピンセットを進めて、さらにS6浅層下方まで追求する。左肝静脈はS2, S3の肝内グリソンとあみだを組んでおり、内側・外側区域の境界とは必ずしも言えない。
スケッチには前から見た肝の輪郭を大きく入れた上、前から見たごとく、肝内グリソンと太い肝静脈 を1枚のケント紙に描く。下から見た絵ではない。肝内グリソンにはS1,S2の要領で名称を付ける。なお、課題作業中に小グループで肝内エコーの示説を受け、P-point , U-point (本来は門脈造影の用語)について理解する。S2-8の各門脈枝を生体で確認してみよう。