腹壁(筋)で囲まれた腹腔 の中に、腹膜腔 と腹膜後隙(後腹膜腔) がある。すでに腹直筋鞘の解剖が終わり、前腹壁で腹膜 が露出している(Fig.259)。 剣状突起 から恥骨上まで、前正中線の左側1横指(臨床でよく用いる表現)で腹膜にタテの長い割を入れて腹膜腔を開放する(Fig.286)。臍 から肝臓 に続く肝円索 を温存するため、臍は前腹壁の右半分に付ける。深側を損傷しないように注意する。さらに臍下方で適当に横方向の割を追加して剖出後の側腹筋 を切断し、できるだけ大きく視野を広げる。この際に右側では臍から肝臓まで、肝鎌状間膜 とその中の肝円索をベルト状に前腹壁から遊離する(Fig.299)。
腹膜は連続した膜で、腹膜腔を囲む(Fig.289)。これは心膜や胸膜と同じである。裂け目や孔は、卵巣 表面のような特殊な例外(排卵のための孔がある)を除けば存在しない。腹膜、間膜 の発生はラングマン p.220-221,223-228 及び Fig.288-291 参照。腹膜の深部にある内臓や血管が、腹膜にヒダやへこみを作る(p.)。手術中はこのヒダやへこみから深部の構造を知る。
Abdominal cavity | 腹腔 | 286 | ||
Peritoneal cavity | 腹膜腔 | 289 B | ||
Retroperitoneal space | 腹膜後隙(後腹膜腔) | 289 B | ||
Peritoneum | 腹膜 | 286 | ||
Xiphoid process | 剣状突起 | 154 | ||
Pubis | 恥骨 | 261 | ||
Umbilicus | 臍 | 248 | ||
Liver | 肝 | 292 | ||
Round ligament of liver | 肝円索 | 286 | Ligamentum teres hepatis | |
Falciform ligament | 肝鎌状間膜 | 299 | ||
Ovary | 卵巣 | 401 |
腹膜腔には、網嚢 という複雑な形のポケットが存在する(Fig.291,301,ラングマン p.226)。網嚢の入口は肝十二指腸間膜 の後方にあり、ウインスロー孔 Winslow's (網嚢孔) と呼ばれる。連続した腹膜が、どこにどのように広がっているかを理解するため、多くのライヘで実感してもらう。最初に自班で同定確認し、次いで指示に従い複数の班を回りながら腹膜関係を確認してもらう。ライヘによって大いに状態が異なる。腸間膜 は腹膜2枚などと概念的に覚えるのではなく、指で腹膜をつまみながら広がりを確認する。
Omental bursa | 網嚢 | 301,291 | ||
Hepatoduodenal ligament | 肝十二指腸間膜 | 299 | ||
Epiploic foramen | 網嚢孔 | 299 | ||
Winslow's | ウインスロー孔 | |||
Mesentery | 腸間膜 | 327,291 | Mesenterium,Meso |
腹部について1-2日の間は、メスやピンセットを用いた剖出作業は原則として行なわない。メスやピンセットを用いて腹膜を剖出すると、本来の形が失われてしまう。
まず視診、次に触診で、腹部内臓と前腹壁及び大網 の癒着 状態を観察する(Fig.286)。大網の病的癒着、つまり胃 ・横行結腸 以外への付着を認めたら、スタッフの確認を得た上で癒着を剥離する。Fig.282,283のように典型的な内臓配置は見られるだろうか。結腸 の位置は、中にガスを入れている生体とはやや異なる(Fig.342)。以下の項目を順に確認していく。
Greater/Lesser curvature | 大/小弯 | 295 | ||
Pylorus | 幽門 | 296 | ||
Right/Left lobe (Anatomical/Surgical) | 左葉/右葉(解剖学的/外科的) | 310 | ||
Falciform ligament | 肝鎌状間膜 | 310 | ||
Coronary ligament of liver | 肝冠状間膜 | 310 | ||
Lesser omentum | 小網 Kleines Netz | 299 | ||
Hepatoduodenal ligament | 肝十二指腸間膜 | 299 | ||
Hepatogastric ligament | 肝胃間膜 | 299 |
大網 を上方、つまり胃 の前方にそのままの状態で反転する。癒着がまだ残っていれば指示を受けてはがす。再び腹部内臓の同定を行なう。ラングマン p.237 も参照せよ。視診・触診、次に空腸・回腸 を動かして下記の項目に○を付けながら確認する。小腸 の配置には、左上から右下、上から下、左から骨盤内というように様々な個体差がある。周囲のライヘも見てみよう。
Small intestine | 小腸 | 282 | ||
Duodenum | 十二指腸 | 318 | (注1) | |
Duodenojejunal flexure | 十二指腸空腸曲 | 318 | ||
Ileum | 回腸 | 325 | ||
Large intestine | 大腸(盲腸+結腸+直腸) | 282 | ||
Cecum | 盲腸 | 335 | ||
Appendix | 虫垂 | 335 | ||
Ileocecal junction | 回盲部 | 335 | ||
Colon | 結腸 | 340 | ||
Ascending colon | 上行結腸 | 340 | (注1) | |
Transverse colon | 横行結腸 | 340,333 | (注2) | |
Descending colon | 下行結腸 | 340 | (注1) | |
Sigmoid colon | S状結腸 | 340,333 | (注2) | |
Mesocolon | 結腸間膜 | 333 | ||
Spleen | 脾臓 | 333 | Milz,Lien | |
Kidney | 腎臓 | 343 | Niere, Ren |
(注1)(間膜は癒着して一見消失) (注2)(間膜あり)
スタッフが大網(後胃間膜) を横行結腸間膜 から剥がすシヒト(剥離面)を示して回る(Fig.291)。大網が胃 の大弯 に付着することを確認し、大網を胃の前面に翻転する。この作業によって、胃の後方にある網嚢 が下方から開放される。横行結腸間膜は多少破れてもかまわない。胃小弯側 の小網(肝胃間膜) (Fig.299)を破らないように注意する。
視診・触診、次に空腸・回腸 を動かして下記の項目に○を付けながら確認する。不明の点は遠慮せずにスタッフに聞くこと。Fig.303では、実習とは異なり大網を胃大弯から切離している。指示に従い、班ごとにまとまって数体を順次移動、提出用紙に従がって観察項目を記録する。
下から胃 の後方、つまり網嚢 に手を入れる(Fig.301)。肝左葉と腹部食道の間で上方に陥凹があるか(Fig.291)。左方に手を伸ばして脾 に触れることはできるか(Fig.303)。ウインスロー孔 に右方から入れた手指を網嚢内で確認する(Fig.299)。
Omental bursa | 網嚢 | 301,291 | ||
Spleen | 脾臓 | 303 | Milz,Lien | |
Epiploic foramen | 網嚢孔 | 299 | ||
Winslow's | ウインスロー孔 |
Common hepatic artery | 総肝動脈 | 292 | ||
Left gastric artery | 左胃動脈 | 292 | ||
Splenic artery | 脾動脈 | 292 | ||
Inferior mesenteric artery/vein | 下腸間膜動脈/静脈 | 331 | ||
Abdominal aorta | 腹大動脈 | 343 | Aorta abdominalis | |
Inferior vena cava(IVC) | 下大静脈 | 343 | Vena cava inferior | |
Common iliac artery/vein | 総腸骨動脈/静脈 | 343 | ||
Renal artery/vein | 腎動/静脈 | 345 |
腹膜ヒダ fold や腹膜陥凹 recess の多くは、腹膜 に接してすぐ深側を走行する血管が腹膜を盛り上げて形成する。下腸間膜静脈 ないしその根が十二指腸空腸曲 の側方に腹膜ヒダ を盛り上げ、回結腸動脈枝 が回盲部 に腹膜ヒダを盛り上げる。左胃動脈 が(左)胃膵ヒダ を作り、総肝動脈 が肝膵ヒダ (右胃膵ヒダ)を作る。S状結腸間膜 のように、 間膜根が折れ曲って角を作ると、そこにもポケット状の腹膜陥凹 が生じる(Fig.303,327,333,334)。フィンガーディセクション(指先による解剖)によって、できる限りの構造を把握する。最初は慎重に次第にえぐるように触診する。
Duodenojejunal flexure | 十二指腸空腸曲 | 318 | ||
Superior/Inferior Duodenal fold | 上・下十二指腸ヒダ | 327 | ||
Ileocolic artery | 回結腸動脈 | 339 | ||
Ileocecal junction | 回盲部 | 335 | ||
Ileocecal fold | 回盲ヒダ | 339 | ||
Gastropancreatic fold | 胃膵ヒダ | 303 | ||
Sigmoid mesocolon | S状結腸間膜 | 334 | ||
Intersigmoidal recess | S状結腸間陥凹 | 327 ![]() |
女性骨盤内臓は、分かりやすいライヘが限られている。アナウンスするから必ず観察する。同様に提出用紙に従がって観察項目を記録する(p.)。Kot(便) によって直腸が拡張しているライヘはKotを除去するので指示を受ける。
Ant. superior iliac spine | 上前腸骨棘 | 376 | Spina iliaca ant. sup. | |
Rectum | 直腸(Rs,Ra,Rb,P) | 399 | ||
Ureter | 尿管 | 448,397 | ||
(Urinary) Bladder | 膀胱 | 442 | Harnblase,Vesica urinaria | |
Spermatic cord | 精索 | 272 | Funiculus spermaticus | |
Ductus/Vas deferens | 精管 | 448 | ||
Uterus | 子宮 | 399 | ||
Ovary | 卵巣 | 399 | Ovarium | |
Uterine tube | 卵管 | 399 | ||
Rectouterine pouch | 直腸子宮窩 | 398 | Excavatio rectouterina | |
(Douglas') | (ダグラス窩) | |||
Vesicouterine pouch | 膀胱子宮窩 | 398 |
精管とその内容の確認
深鼡径輪、鼡径管の4壁とiliopubic tract(p.)
小骨盤壁で精管に触れることはできるか。
子宮、子宮広間膜 、子宮円靭帯 、卵巣、卵管采 、卵巣提索 、固有卵巣索
(最後の2つは解剖体では不明瞭だが国試頻出問題)
Broad ligament of uterus | 子宮広間膜 | 399 | Lig. latum uteri | |
Round ligament of uterus | 子宮円靭帯 | 399 | Lig. teres uteri | |
*Fimbriae of uterine tube | *卵管采 | 399 | ||
Suspensory ligament of the ovary | 卵巣提索 | 401 | Lig. suspensorium ovarii | |
Ovarian lig. (Round lig.) of the ovary | 固有卵巣索 | 401 | Lig. ovarii proprium |
デモを参考にして上行結腸・下行結腸 の生理的(2次的)癒着 を用手的に剥離する(同部を癒着筋膜 とも言う)(Fig.334)。 盲腸 が後腹膜に固定されていない移動盲腸 は比較的多い変異である。膵頭十二指腸 後方の生理的癒着を剥がすコッヘル授動術 (腹部外科の基本術式)は、デモをよく見てから慎重にしかし一気に行なう。コッヘル授動術が行なわれたら、反転した十二指腸 の第1-4部を後方から見て確認する(Fig.318)。 以上の作業で、消化管の後方にはゲロータ腎筋膜 が露出する。ゲロータ腎筋膜 は脂肪被膜 を包み、脂肪被膜の中に腎臓 がある(Fig.345)。最後にゲロータと後体壁の間のシヒト(剥離面)にも手を入れて、筋膜に包まれた腎・尿管 等を一塊 en mass,en blocとして前方に浮かす。以上の生理的(2次的)癒着 は、いずれも外科手術の際に重要なシヒトになる。ゲロータに包まれた中身を前後からはさみ、フィンガーディセクションによってできる限り下方、小骨盤内まで把握する。中身、例えば尿管をむき出しにしてはいけない。下腹神経 と骨盤神経叢(下-下腹神経叢) を含む層(シヒト)を多くのライヘで示説するので、今後その温存に努める。
肝硬変(慣用語:LC,LZ) 、各部の腫瘍 、大動脈瘤(アノイリスマ)aneurysm など、病変があれば報告する。
Kidney | 腎臓 | 345 | Niere, Ren | |
Renal fascia (Gerota's) | 腎筋膜 | 372 | ||
Ascending/Descending colon | 上/下行結腸 | 340 | ||
Cecum | 盲腸 | 340 | ||
Duodenum | 十二指腸 | 318 | ||
Superior part(portion) | 第1部(上部) | 317 | ||
Descending part(portion) | 第2部(下行部) | 318 | ||
Horizontal part(portion) | 第3部(水平部) | 318 | ||
Ascending part(portion) | 第4部(上行部) | 318 | ||
Ureter | 尿管 | 345 | ||
Hypogastric nerve | 下腹神経 | 456 ![]() ![]() | ||
Pelvic plexus | 骨盤神経叢 | 456 ![]() ![]() | ||
(Inderior hypogastric plexus) | (下-下腹神経叢) | 456,344 |