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収蔵標本解説


 第33号(2004年 12月1日発行)

病理マクロ標本と医療系学生の教育

標本館運営委員  笠井 潔
札幌医科大学保健医療学部看護学科基礎・臨床医学講座教授

肺腫瘍のマクロ像

 この写真(図1)は標本館に展示されている肺癌の病理マクロ標本である。数十年前、当時の病理解剖例から作製されたが、長径10cmを越える単発性の腫瘍形成を肺に認めている。


図1.肺 癌

 この標本の割面では気管支と腫瘍の関係は明らかではなかったが、当時の病理解剖所見等から肺癌の可能性が考えられた。これだけ大きいと医療系の教育を受けていない学生や一般の方にもわかりやすいと思われる。この様に病理マクロ標本は疾患を直観的に理解する上で重要な役割を果たしている。なお、肺癌に関しては、数十年前には予測されなかったことだが、現在の厚生労働省の人口動態統計(2003年)によると、肺癌の死亡は男性で臓器別癌死亡数の第1位を占め、約4万人であり、女性でも第3位、15,000人を数えている。これは20年前(1985年)の男女あわせた肺癌死亡数の約2倍であり、いかに急増しているのかがわかる。
 さて、私が以前勤務していた、ある私大医学部では、現在医学部のコアカリキュラムで行われているような、血液系、神経系、循環系などの人体の臓器別・システム別の系別講義が行われていたが、この中では、学生が各系で個別に学習した解剖学、生理学、病理学、臨床医学を総合的に理解し、知識を統合する為に系別総合病理実習が行なわれていた。これでは、各系の主要な疾患の病理マクロ標本や、代表的な疾患の剖検一例分の臓器を学習した。更に学生は各疾患の知識や疾患が全身に及ぼす影響、病理組織像を学習していた。100名が10名前後のグループとなり、主要な10の系をローテーションして学習していた。ただ、これらの病理マクロ標本はホルマリン液が入ったガラス瓶で展示されていた為、実際に手にとり、理解するには難点があった。この頃、本邦でも臓器のプラスチネーションがようやく始まった時期であり、さっそくこの実習に適したプラスチネーション標本作製も心臓等を中心に行われるようになった。当時は技術的なことや機械の性能等のため、臓器によっては仕上がりがベトベトした状態のものがよくみられた。しかし、一部の臓器、心奇形などで、このプラスチネーションの病理マクロ標本も加えられ、学生の理解を多いに高めたと思う。ただ、作製する機器が高額であったため、なかなか全国に広がらなかったが、本学標本館でも数年前より、プラスチネーション臓器の作製が始まっている。十数年前のプラスチネーション臓器標本とくらべ、格段に質のよい標本となっている。
 本年4月から新医師臨床研修制度がスタートしたが、研修医には2年間の研修でCPCへの症例呈示とCPCレポート提出が必修となっている。このCPC実施にあたり、日本病理学会は各研修病院の研修委員会が病院等の状況に応じて、従来型CPC、教育型CPC、簡略型CPCを選択し行うことを提案している。新卒医師の卒後教育でもマクロ像を含む病理解剖所見が患者さんの全臓器の病変や疾患の総合的な理解にとっていかに重要かがこれで判ると思われる。
 さらに、標本館来館者には本学の医学部・保健医療学部の学生以外に他の医療系の教育機関よりの学生が毎年多い。主に道内の看護師、臨床検査技師、臨床工学士、栄養師、歯科衛生士、柔道整復師等のコメデイカルの学生が中心であり、遠くは九州からも訪れている。標本館に展示されいる系統解剖の各臓器の肉眼標本はヒトの正常な臓器や発生を理解する上で有用である。特に系統解剖実習は医学部学生を中心に行われている為、系統解剖実習の経験のない、コメデイカルの学生には非常に有用と考えられる。これと同様に医学部と比べ、コメデイカルの学生には病理学関連の講義や実習の時間が少ない為、ヒトの疾患を直観的に理解する上で、展示されている病理マクロ標本は非常に有用である。以上、私の少ない経験にもとづき、病理解剖例を中心にした病理マクロ標本の重要性についてのべてきたが、これらは病理解剖を担当する病理医の地道な努力の集積とも言える。更にいうならば、生前に患者・家族を親身に支え、医療・ケアを行ってきた臨床医や看護師等のコメデイカル職種があってこそ、家族の病理解剖の同意が得られることを考えると、生を支えてきた臨床側と病理側の両者の努力の総和とも思われる。

 


 

 

 

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