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収蔵標本解説


 第35号(2007年 3月1日発行)

転移性骨腫瘍

標本館運営委員  山口 岳彦
札幌医科大学病理診断学助教授

 悪性腫瘍は、今や日本人の死因の第一位であり死因の約30% を占める。その多くを占めるのは癌腫carcinomaであり、その進行とともに遠隔転移を生じる。骨は肺・肝臓とともに癌転移の主たる標的器官である。しかし、肺や肝転移と比べ、骨転移そのものが生命に危機的状況をもたらす訳ではない。骨転移における最大の臨床的問題点は、病的骨折や麻痺・疼痛に伴う運動機能障害であり、quality of life(QOL)の低下である。すなわち、脊椎転移では脊髄麻痺や疼痛、四肢骨では病的骨折による歩行などの運動能力の低下や疼痛が問題となる。また、症例によっては高カルシウム血症などの全身障害を惹起することもある。

 骨転移は悪性腫瘍に罹患することにより生じるため、人類発生以来の問題であったに違いない。事実、エジプト王朝のミイラのレントゲン写真では頭蓋骨の溶骨像が明らかとなり、転移性骨腫瘍ではないかと考えられている。癌は、その種類により骨転移を生じやすいものや生じにくいものがある。肺癌・乳癌・前立腺癌・腎癌・甲状腺癌などは骨転移を生じやすい。
癌骨転移を組織学的に検査すると、本来の骨組織を破壊する病変・新生骨形成が目立つ病変・その両者が混在する病変があることがわかる。これらの組織像は、単純レントゲン写真像に反映され、それぞれ溶骨型・硬化型(造骨型)・混合型と呼ばれてきた。標本館に展示してある症例はいずれも溶骨像の著しいタイプである(図1)。骨が破壊されるため、容易に病的骨折を生じる。乳癌・腎癌では溶骨型転移を生じる傾向がある。前立腺癌では高率に硬化型を示すことが知られている。硬化型の転移ではあっても、局所的には溶骨反応が同時に生じていることが多いため、脊椎椎体の扁平化や病的骨折を生じる。教科書的には、これら溶骨型・硬化型・混合型が記載されているが、近年第4の組織型として骨梁間型転移が注目を集めている。骨梁間型転移とは、既存の骨梁に有意な変化がないまま骨梁間に腫瘍細胞が浸潤する。それ故、単純レントゲン写真で診断することは不可能である(図2)。なぜ、骨梁間型が注目を集めているかというと、骨転移の診断で最も重要視されている骨シンチグラムが偽陰性になり、単純レントゲン写真同様診断が不可能なためである。骨シンチグラムは、一度に全身骨の検査が可能であり、特異度が低いものの感受性が高いという理由から癌骨転移のスクリーニングで最も有用とされる検査である。骨転移が生じているにも関わらずスクリーニングが偽陰性ということでは、臨床病期診断に混乱を生じかねない。骨梁間型転移を生じやすい原発腫瘍として、肺小細胞癌・肝細胞癌・膵癌が挙げられる。他の腫瘍でも生じる可能性はあるため注意が必要である。癌骨転移の治療は様々である。患者さんの体調、原発腫瘍の状態、骨転移の部位等により、最適と考えられる治療法が選択される。癌骨転移が生じた時点で腫瘍の全身転移が疑われるため、放射線照射や局所の対症的手術が選択されることが多い。しかし近年、原発腫瘍が治療され患者さんの長期的生命予後が期待できる甲状腺癌、乳癌、前立腺癌などの骨病変に対し、根治的な手術療法によりQOLの改善を計る取り組みもされてきている。


図1.胃癌の上腕骨転移
(標本館収蔵番号SPE-PAT-MS-3)
胃癌の溶骨型転移が上腕骨近位部にみられる.
皮質骨が破壊され(※), 骨頭には骨折が生じている(→).




図2.68歳女性, 肝臓発生胆管細胞癌にて死亡.

 

A.亡くなる約3ヶ月前の骨シンチグラム像.癌骨転移を疑わせる異常集積像はみられない.前面像では,生理的後弯のため核種の取り込みが他に比べ低下している.

B.骨シンチでみられる第6胸椎から仙椎にかけての脊椎矢状断肉眼像. 骨シンチが陰性にも関わらず,多数の白色転移巣を認める.

C.Bのレントゲン写真.組織学的に骨梁間型転移のため,レントゲン写真で異常はみられない.

文献
1) Galasko CSB. Skeletal metastases. London: Butterworths; 1986.
2)Yamaguchi T. Intertrabecular vertebral metastases: metastases only detectable on MR imaging. Semin Musculoskel Radiol. 5: 171-175, 2001.
3) 山口岳彦. 転移性骨腫瘍診断の病理と画像所見. 臨床画像, 17 (11月増刊) : 115-120, 2001.
4) 松本俊夫, 福永仁夫, 米田俊之(編). 癌と骨病変. メディカルレビュー社, 東京, 2004.

 

 


 

 

 

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