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収蔵標本解説


 第42号(2014年 3月発行)

『骨まで愛して 運動器としての骨の科学』

髙田 潤一
北郷整形外科 副院長
札幌医科大学 整形外科 臨床教授

「骨まで愛して」というのは、映画の主題歌としてリリースされた曲です。私が整形外科学教室に入局した頃、先輩がカラオケでよくこの曲を歌っておられ、「整形外科医たるもの骨を愛さなければならない」という訓示を頂いたものでした。しかしながら、骨の疾患を扱う整形外科医に限らず、私たち日本人は骨に対する思いが強いのではないでしょうか。「骨身にしみる」、「骨の髄まで」、「骨抜き」、「骨太」など慣用句には骨に関するものが多くみられます。さらに、わが国では遺体を火葬して埋葬する習慣があるので、一般の方でも骨を目にする機会があり、自ずと骨への畏怖や敬意が生じていることもその要因となっているかもしれません。また、小学校の理科室には人体の骨格模型があり、そのやや不気味ともいえる容貌に、人体や生命への神秘を感じた方も多いと思います。
このように、私たちには“馴染み深い”といえる骨ですが、その代謝には医療関係者であってもあまり関心が及ばないようです。骨の主な役割は、運動器、カルシウムの貯蔵、重要臓器の保護であります。これらの中でも運動器としての骨、カルシウム貯蔵器官としての骨には密接な関係があります。人体のカルシウムの99%は骨と歯に貯蔵されています。血清カルシウム濃度が低下するような状況になったとき、生体は骨からカルシウムを動員して血清カルシウム濃度を維持するように働きます。まさに、“骨身を削る”事態が生じてしまいます。このような状況に陥らなくても骨は静止したままの臓器ではありません。骨は成長を終えた後も古くなった骨が削られ、新しい骨に置き換えられるというリモデリングが生涯を通じて行われます。このリモデリングを行うのが、破骨細胞と骨芽細胞(骨細胞)です。
骨を形成する骨芽細胞に異常が起きる代表的な疾患として骨形成不全症があります。これは、骨のI型コラーゲンの産生異常により骨強度が著しく低下し、小児期より骨折を繰り返します。一方で、骨を吸収する破骨細胞は働かない方が良いというわけではありません。その機能に異常が生じるのが大理石病です。骨吸収が障害された大理石病のX線像は、骨全体が真っ白で一見すると、とても強度が強いような印象を受けます。しかし、しなやかさが失われた骨は力学的負荷を吸収できず容易に骨折が生じてしまいます。このように、骨は吸収と形成の絶妙なバランスによってその強度を保っているわけです。
骨芽細胞や破骨細胞そのものに異常がなくても、骨吸収と骨形成のバランスが破綻する代表的な疾患として骨粗鬆症があります。すなわち、加齢とともに破骨細胞が吸収した分を骨芽細胞が補填できなくなってしまいます。その予防策として、カルシウムやビタミンDの摂取、運動があります。特に近年、話題となっているのがビタミンDです。ビタミンDは、食物による摂取と紫外線による皮膚での合成によりその濃度が保たれています。ビタミンDは血清25(OH)D濃度(1,25OHDではありません)を測定し、30 ng/ml (75 nmol/L)以上を保つことが望ましいとされていますが、この値を満たす高齢の日本人は5%以下といわれるくらい厳しい数値です。このようなビタミンD不足は日本人に限ったことではありません。カナダでは食事によるビタミンDの摂取には限界があるとしてサプリメントなどによるビタミンDの補給を推奨しています。また、ビタミンDは骨以外における作用も注目されています。筋にはビタミンD受容体が存在し、転倒予防効果が示されているほか、血清25(OH)D濃度は10年後の血糖値、メタボリックシンドロームの発生リスク、癌死、呼吸疾患死、心血管疾患死などと関連することが報告されています。このように、ビタミンDの骨以外での重要性も明らかにされるとともに、小児期からの過度の紫外線対策に警鐘を鳴らす研究者もいます。
骨粗鬆症の予防策として運動が推奨されています。その理由は、骨には力学的なセンサーがあるからです。最近の研究では、このセンサーの中心的役割を骨細胞が担っていることが明らかにされました。これまで骨細胞は、自らが形成した骨組織に埋没した骨芽細胞の最終段階と考えられていました。ところが、骨細胞がめぐらす突起が力学的負荷による細胞外液の変化を感知するセンサーを果たしていること、破骨細胞を誘導するRANKL (receptor activator of nuclear factor-κB ligand)の産生を行い、骨リモデリングの司令塔の役割も果たしていることが示され、骨細胞の役割が見直されています。
このような予防策が功を奏さなければ骨折が生じてしまいます。骨折は高齢者の運動機能を著しく低下させるロコモティブシンドローム(運動器症候群、ロコモ)の主要な原因となります。ロコモは日本整形外科学会が提唱した概念ですが、最近では海外からロコモと同じような運動器の障害を”dysmobility syndrome” として唱えている論文も発表されています。このように国内外を問わず骨粗鬆症による骨折は大きな社会問題となっています。その対策として、骨折を予防する多くの薬剤が開発されています。その効果により、ヨーロッパ、北米、オセアニアなどでは骨折の発生率は減少していますが、わが国では依然として増加をしております。その原因として、わが国では骨粗鬆症患者の約20%しか治療されていないことがあります。近年、骨粗鬆症の治療薬は骨折予防効果以外に、急性心筋梗塞、乳癌や大腸癌のリスクの低下、生命予後の改善などの骨外作用があることが報告されています(表)。このように骨まで愛することは、運動機能の維持や向上ばかりではなく、高齢者の健康寿命を増進する効果が期待できるといえます。

 


 

 

 

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