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収蔵標本解説


 第43号(2015年 3月発行)

『実物を見る』

標本館運営委員 今井 富裕
札幌医科大学保健医療学部作業療法学科教授

 私が医学生の頃、標本館は本部棟の三階にあった。当時から標本館には法医学教室からの寄贈標本があり、八十島信之助先生が中公新書に書かれていた事件と類似の真相を持つ標本があったのを覚えている。胎児奇形の標本や悪性腫瘍で巨大化した臓器標本もあった。しかし、20歳くらいの私にとって最も印象に残っているのは金森虎男先生の全身骨格標本である。当時はもっと入り口の近くというか、標本館の真ん中付近にあったように思う。横や後ろからも観察できたような記憶がある。とにかく堂々と起立されていた。畏怖の念とはああいう気持ちをいうのだ。今は頭蓋標本の奥の左隅に静かに佇まれている。
 久々に金森先生の全身骨格と対面させていただいたのだが、最初に目がいったのは足趾であった。実は最近私は足の骨を折った、というか、折ったと思う。放射線学的に確認していないのである。ドアの角に左足趾をぶつけ、ものすごく痛い思いをしたのだが、翌日の早朝から一週間ほど海外に行かなければならなかったので結局調べなかった。傷害部位は左第四趾で、ぶつけた時は「カキーン」という非常な高音がした。爪根部からドボドボと出血し、動かすと痛かったので、少なくともヒビは入ったと思う。隣の第三趾を副え木代わりにくっつけてテープでぐるぐる巻に固定し、一週間の旅行を乗り切った・・・ところで、折れた(あるいはヒビが入った)骨である。立体的に細かい部分を見るには標本が一番だ。金森先生の標本の前にしゃがみ、じっくりと足の細かい骨を見せていただいた。生身の私の左足と見比べてみると、受傷当時の変色部位や圧痛点から考えて、第四中節骨の骨折だとわかる(図1)。末節骨のはずはなく、基節骨の可能性は低い。ぐるぐる巻作戦が奏功したのだろう。旅行中も歩行は全く問題なかったし、今は完治していて違和感もない。ところが、帰国してから今度は突然左耳が聞こえなくなった(図2)。

(図1)     (図2)


 その日は土曜日だったので、自宅近所の耳鼻科に行った。非常に懇切丁寧な先生で、模型を使って説明してくれたのだが、やっぱり模型だと実物の精巧さがつかみづらい。金森先生の全身骨格と、図書のある壁をはさんで反対側に感覚器の標本が展示されている。実物の内耳の横断面を見ると実に理解しやすい。生涯難聴と耳鳴に悩まされていたベートーベンは自分の遺体から内耳を取り出して調べるように遺言していたそうだが、内耳の構造は極めて繊細である。私は低音域だけが聞こえない感音性難聴だと診断された。近所の耳鼻科を受診した翌週に大学の耳鼻科でも診ていただいき、やはり同じ診断を受けた。1000Hz以上の高音域は聞こえているという。標本館の奥の方には医療機器も展示されているが、異なる病院で2回行ったオージオグラムの結果があまりにも同じだったので驚いた。薄紙に印刷して重ねたらプロファイルがピッタリ一致しただろう。経口のステロイド剤やら利尿剤やらを処方していただき、難聴は完治したのだが、今でも原因不明である。2年前に何の予兆もなく発症したブドウ膜炎も原因不明のままだ。突然左眼に濃い霧がかかって見えなくなった。標本館では耳の下の段に眼部の連続切片が展示されている。私はブドウ膜やら眼球そのものよりも眼球の周辺がどうなっているのかに興味があった。なるほどこうして横断標本を見ると眼球周囲の構造がよくわかる。私はここにステロイドの局所注射を4本も打たれたのだ!前出の骨折時の10倍は痛かったが、おかげ様でブドウ膜炎も完治し、現在左眼の前眼部に全く問題はない(図3)。

(図3)


 幸運にも私はまだ死因に直結しそうな疾患には罹患したことがない。標本館には、本邦の三大死因である悪性新生物、心疾患、脳血管疾患の標本も数多く展示されている。中でも癌の標本は多い。私はまだ癌を疑われて検査を受けたことはないが、限りなくそれに近い状態で検査を受けたことはある。昨年のことで、なぜかこれもミラノへ出張する前週であった。下血したのだ。腹痛は全くなく、自覚症状は皆無だった。ただ下血の感触に慣れてくると、排便時に「あ、今下血した」とわかるようになる。結局、渡航前3日間で2回の大腸内視鏡検査を受けた。大腸憩室であった。大腸疾患は標本館中央の消化器系(消化管)に展示されていて、大腸内面のヒダヒダも見ることができる。私のヒダヒダには所々に小さな穴が開いていて、その一つ一つが外側にふくらんだ袋(憩室)になっている。優秀な内視鏡医は出血源の憩室を突き止め、その小さな袋を内側に反転させてクリップをかけた。おかけで私は順調にミラノでの仕事をこなすことができた。ただし、同伴した医師達に通常の食事を止められ、ゼリーばかりを食べさせられた。ゼリーも食べ過ぎると、口に含んだだけで嘔気がするようになることを初めて知った。
 このように私は自分の既往症に関連した「実物を見る」ことができるようになった。歳を取ったせいだと思う。金森先生の全身骨格に初めて対面した医学生の頃から随分と長い時が流れたものだ。今や標本棚のガラスの向こうに、学生時代に直接御指導いただいた先生方の名前を見ることができる。私は彼らがガラスのこちら側で活躍されていた頃を知っている。ガラスを挟んで対峙する。実物を見ているのか?実物に見られているのか?私はいつも叱咤されているような気持ちになる。

 


 

 

 

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