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収蔵標本解説


 第46号(2018年 3月発行)

『いろいろな方法で見てみましょう』

標本館運営委員 渡邊 智
札幌医科大学 医学部 法医学講座教授

 私の学位研究は、膵臓の病態病理を形態学から解析するものでした。モデル動物の膵臓組織の連続切片標本を一定間隔で作成して、光学顕微鏡で観察し、連続切片を積み重ねることによって、3次元に再構築し、臓器全体の変化を捉えようとしていました。これは、輪切りのCT画像を積み重ねて、形態を立体として捉えようとすることに似ています。組織学では、「立体解析学」として知られていました。
病理変化のあらましが分かってくると、もう少し細かく見て、現象をさらに明らかにしようと思いました。もっと拡大をあげて見てみよう、おかしくなった細胞に目印をつけたらどうみえるだろうか?、そのような目的のため、さらに透過型電子顕微鏡で細胞の顔の変化を細かく調べ、免疫組織化学の手法によるDNA断片化の検出、と研究を進めていきました。光学顕微鏡も透過型電子顕微鏡も基本的には「切片」を相手にします。光の通過、電子の通過のためには、光学顕微鏡で3 μm、透過型電子顕微鏡では、60 nmの薄さの切片標本が必要です。その切片を作成するのにも、かなりの技術修練が必要となる仕事でした。
そんな研究を続けていたところ、ちょっとした成り行きで走査型電子顕微鏡の仕事に着手するようになりました。走査型電子顕微鏡は、高倍率の虫眼鏡で組織・細胞を表面からみるようなものです。生物試料の場合、外から見るためには、いろいろ手間ひまのかかることをしなければなりません、まず組織を強力な固定液を用いてしっかりと固定します。組織内の電子の通過をスムーズにするため導電染色を行います。組織の形を干からびさせることなく乾燥させるために炭酸ガスを用いた臨界点乾燥という特殊な乾燥を行い、最終的に電子を通しやすい物質(白金)を表面にコーティングして、観察試料標本がやっと完成します。



    図1 マウスの膵臓外分泌の走査型電子顕微鏡像
左:未処置正常膵臓、中:KOH消化法正常膵臓、右;KOH消化法アポトーシス膵臓


 図1は走査型電子顕微鏡でみた膵臓組織標本の表面です。ちょうど縦の長さが200 μmの長さで、電子顕微鏡としては弱拡大です。膵臓組織の周囲には、薄いベールのような線維性結合組織が覆っていて、このため表面からは、その構造がわかりにくくなっています(図1左)。そこで、水酸化カリウムで標本を処理し、この結合組織のみを選択的に消化することで、腺房細胞の表面が見やすくなります(図1中)。細胞が集まって一つのブドウの房のようにみえる構造が腺房構造になります。実験モデルでは膵臓の腺房細胞に選択的にアポトーシスが発現するのですが、これを表面から見てみると、明らかに小さくなった腺房細胞と構造の周りに、多くの突起を持ったマクロファージが沢山へばりついている様子がわかります(図1右)。
同じものを、いろいろな方法で見てみると、多くのことが分かるようになります。と同時に、多くの疑問を持つことにもなります。その疑問を解くエネルギーが研究する「こころ」につながると思っています。標本館のなかに納められたものの中には、「見る」ことで様々な疑問につながる貴重な標本が沢山あります。その疑問を解決するために、「いろいろな方法で見てみる」ことが、今後の研究のきっかけになると思います。
現在、私は、法医診断の実務と研究に従事しています。死因を究明する、損傷のメカニズムを明らかにする、疾病の病理を確実に把握する、死後変化を理解する、そのためにどうしたらいいかを考えています。そのためには、法医解剖だけではなく、いろいろな診断方法を活用できないかと思っています。内視鏡診断、CT画像の活用、生化学検査といった、臨床医療で普通に行われていることが法医学ではこれまで行われてきていませんでした。いろいろな方法で結果を得て、根拠を積み重ねることが精緻な診断につながると考えて、法医学の臨床研究を進めています。おそらくは、若いときに研究してきた「いろいろな方法で見てみましょう」ということがその基盤にあるのだと思います。

 

 


 

 

 

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