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収蔵標本解説


 第47号(2019年 3月発行)

『運動器とロコモティブシンドローム』

標本館運営委員 射場 浩介
札幌医科大学医学部整形外科学講座准教授

 私は整形外科を専門としています。整形外科は運動器の外傷や疾患を治療対象とする分野です。一方、「運動器」と言われて、具体的な対象臓器を上げることができる一般の方は少ないかもしれません。これは循環器では心臓や血管を、呼吸器では肺や気管を、消化器で胃腸や肝臓などを容易にあげることができることと対照的と考えます。運動器は骨、軟骨、筋肉、腱、靭帯、神経からなり、身体を支える骨格の形成や、関節を構成してそれを動かすことで身体の運動を可能とする重要な役割を担っています。標本館では全身骨格から、全身の筋肉、腱、靭帯、神経に関する詳細な解剖が理解できる多くの資料が展示されています。運動器の理解を深める上でとても興味深い施設です。
現在、日本の平均寿命は男性が80.5歳で、女性が86.8歳であり、世界トップクラスです。また、65歳以上の人口が全体の27.7%を、75歳以上が13.8%を占める超高齢社会となっています。この社会の高齢化に伴い、最近では「平均寿命」より「健康寿命」という言葉が注目されるようになってきました。「健康寿命とは、健康な状態で日常生活を自立して過ごすことができる期間」と定義されます。つまり「自立した日常生活」が可能であることがとても重要であると考えられています。 また、見方を変えると「平均寿命」から「健康寿命」を引いた期間が「介護が必要な期間」となります。先進国ほど平均寿命と健康寿命の差が大きく、本邦では男性が約9年であり、女性が約12年となっています。超高齢社会となった本邦では、「健康寿命」を延ばして「介護が必要な期間」を短くすることが、これからの医療で最も重要な課題となっています。
最近の調査で、国民の要支援・要介護となった原因の1位は“認知症”、2位が“脳血管疾患”、3位が“衰弱”、4位が“転倒、骨折”となっています。しかし、“転倒、骨折”、“関節疾患”、“脊髄損傷”を「運動器の外傷や疾患」としてまとめると、要介護・要支援の原因の第1位となります(図1)。このことは運動器の健康を維持することが、健康寿命を延ばすことにつながることを示しています。「運動器の健康」については、現在、世界中で様々なキャンペーンが展開されており、その重要性について認識されてきています。
 現在、本邦では日本整形外科学会が中心となって「運動器の健康」に関する様々な活動を行っています。その中で最も重要な活動が国民への「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」の啓蒙です。メタボリックシンドロームの概念が成人病疾患の前病期段階であり、これらの状態を改善することが成人病の発症予防につながることが広く知られています。ロコモティブシンドロームも同様に、「健康寿命」を脅かす外傷や疾患の発症原因となる運動器の障害を示す用語です。「ロコモティブシンドロームとは運動器の障害による移動機能の低下した状態」と定義されています。つまり、「健康な状態で日常生活を自立して過ごす」ために最も重要なことが「移動する機能」の維持であり、運動器の外傷や疾患によりこの機能を失うことが「健康寿命」の終了を意味すると考えます。そのため、ロコモティブシンドロームであるか否かを早期に判定し、その進行を予防することは「健康寿命」を延長することにつながります。
 ロコモティブシンドロームの診断にはいくつかの基準があります。その可能性について簡単な7つのチェック項目があります。「片脚立ちで靴下がはけない」、「家の中でつまずいたり、滑ったりする」、「階段を上がるのに手すりが必要である」、「家のやや重い仕事が困難である」、「2kg程度の買い物をして、持ち帰るのが困難である」、「15分くらい続けて歩くことができない」、「横断歩道を青信号で渡りきれない」(図2)のどれか1つでもあてはまるものがあれば、確定診断のための検査がすすめられます。診断では、椅子からの「立ち上がりテスト」(図3)、最大2歩幅を計測する「2ステップテスト」(図4)、専用の質問票に回答して点数化する「ロコモ25テスト」の3つのテストにもとづき判定を行います。また、診断基準ではその進行レベルにより、移動機能の低下が、「始まっている状態:ロコモ度1」と「進行している状態:ロコモ度2」に分類されます。ロコモ度1または2の診断がついた場合には積極的な運動療法が推奨されています。詳細につきましては日本整形外科学会ホームページに掲載されています(www.locomo-joa.jp)。興味ある方は是非参考にしてください。
 本稿では「運動器」や「健康寿命」をキーワードに、整形外科領域で最近注目されている「ロコモティブシンドローム」について概説しました。標本館には運動器に関するものを含めて、生体に関する多くの貴重な資料が展示されています。運動器を診療する整形外科医の立場から、皆さんにはぜひ一度は訪れて頂きたいと思います。

 


 

 

 

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