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収蔵標本解説


 第49号(2021年 3月発行)

病理学的に「みる」ということ)』

標本館運営委員 小山内 誠
札幌医科大学 病理学第二講座 教授

 このたび,標本館委員を拝命いたしました,病理学第二講座の小山内誠(おさないまこと)と申します.実績と伝統のある札幌医科大学標本館の一員となりましたが,明らかな素人の身ゆえ,ご指導のほど,よろしくお願い申し上げます.
「標本館だより」への寄稿という,せっかくの与えられた機会ですので,本稿では,私の専門分野である「病理学」と,いままでの研究成果を簡単に紹介したいと思います.  

私が考える病理学とは
 
病理学は,形式的に,基礎医学分野に属しています.しかし,実際は,基礎医学と臨床医学の境界領域に位置し,さまざまな病気について,形態(かたち)や遺伝子レベルで,病気の発生メカニズムを解明する学問です.
 病理学では,「みる」ことが重要です.あえて,「見る」とは表現しません.「みる」ことが,すべてのはじまりであり,第一歩と考えています(図1).この意味において,標本館の第一義的な意味があると考えています.

 病理の基本は,病(やまい)の理(ことわり),すなわち,病気を理解することです.したがって,私は,病理学を,「病気を理解する学問」と定義します.そのなかで,細胞生物学の実験技術を駆使し,細胞工学・組織病理学・免疫組織化学・遺伝子改変動物の作製技術を広く取り入れ,病因の解析を行います.その結果をもとに,新しい治療法の開発をめざす基礎研究を追求しています.
 「病因を探求する学問」である基礎病理学が探求すべき分野の裾野は広く,その概念は,広く自由なものなのです.この意味において,私は,即実践的な制約をもたぬ基礎病理学が,病理学の本流と考えています.
 一方,病理においては,診断業務も重要なことはいうまでもありません.病理診断では,臨床医が,患者さんから採取した組織を顕微鏡で観察することで,病気の質的判定を行います.病気の本質や治療方針までも決定する,まさに,「Doctor of Doctors」と自負しています.病理診断を通じて,地域医療への貢献という側面もあります.

これまでの研究活動について
 
病理学第二講座(森道夫教授)に入局後,教室のテーマであり,細胞接着構造のひとつである,タイト結合研究を開始することができました.とくに,タイト結合分子の機能解明を中心に,研究活動に取り組んできました.また,私の研究テーマであるレチノイン酸や星細胞という切り口から,さまざまな生命現象の解明をめざしてきました.
 なかでも,核内受容体の関連領域に集中し,脂溶性ビタミンを扱ってきました.とくに,ビタミンAの生理活性体であるレチノイン酸を用いて研究活動を行ってきました.レチノイン酸は,核内受容体のリガンドで,標的遺伝子のレチノイン酸応答配列に結合し,遺伝子転写を制御することで,多数のシグナル伝達に関与します.がん細胞では,がん幹細胞の分化誘導・細胞増殖抑制・アポトーシスの誘導など,抗腫瘍効果を発揮します.
レチノイン酸前駆物質であるビタミンAの約80%は,伊東細胞を含む星細胞に貯蔵されており,細胞内レチノイン酸量の減少が多様な病態をひきおこします(図2).例えば,肝星細胞は,慢性肝疾患で活性化します.その結果,組織傷害にともない肝組織の線維化が進行し,最終的に,肝硬変に至ります.

 実際,私は,レチノイン酸を含有する星細胞が,上皮,および,内皮細胞間のタイト結合を,パラクライン機構によって安定化し,上皮,および,内皮のバリア機能の恒常性に寄与する可能性を示しました.さらに,星細胞におけるレチノイン酸の枯渇が,種々の疾患の原因となり得ます.
 例えば,血管バリアの破綻に起因する糖尿病網膜症に対し,レチノイン酸投与による網膜星細胞機能の正常化が,病状に好転をもたらします(図3上).また,レチノイン酸は,炎症性腸疾患における大腸粘膜の透過性亢進に対しても有効であり,この現象にも大腸星細胞が関与します(図3下).

 

 

“A star alliance of stellate cells”の概念
 星細胞は,肝星細胞(伊東細胞)のみならず,全身の諸臓器に存在することが知られています.レチノイン酸は,星細胞から生成されること,レチノイン酸を枯渇する星細胞が,多彩な病気の発生と進行に関与することから,星細胞の機能解明が必須と考えています.したがって,全身の星細胞,すなわち,「スターアライアンス」の全貌を俯瞰し,「スターアライアンスメンバー」である星細胞の機能異常を理解する必要性を,強く感じています(図4).

 

 

 これまで,星細胞は,いわば,「脇役」でした.しかし,さまざまな疾患病態を直接制御する「主役」の可能性があります.星細胞研究を通じて,レチノイン酸依存性の転写機構を標的とする治療戦略を新規開発することが最終目標です.星細胞標的療法は,病態の進行を制御するばかりか,病気の発症前に介入する,いわば,精密医療をめざす予防法という意味合いもあります.したがって,今後,星細胞標的療法のパラダイム提示を試みたい.

 

最後に
 今後も,地道な基礎研究を通じて,病理学教育の一翼を担い,教育・研究・病理診断に取り組む所存です.これまでの多彩な施設での経験を活かし,研究の面白さや厳しさを実感できるような環境作りに努め,次世代を担う病理医と研究者の育成に注力したいと考えています.

 このたび,標本館委員という未知の領域に足を踏み入れます.今後とも,諸先生には,なお一層のご指導とご鞭撻を賜りますよう,よろしくお願い申し上げます.

 

 


 

 

 

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