2005年10月14日

2005年10月2日 札幌医科大学 分子医学研究部門 教授 濱田洋文

 

「子ギツネヘレンがのこしたもの」 偕成社。


私が最近読んだ、竹田津実さんの動物の診療所日記の第2巻。深く感動した本である。

 

障害を持つもの、物言わぬものに対して、人が何をなすことができるか、何をなしたか、何を理解できるか、何を分かってもらえるか。

 

人はわがまま勝手なものではあるが、障害を持つものに対して、どれだけ暖かく「なすべきこと」を考えてあげられるか、実際になしてあげられるか。

 

ただ、これを小学生に理解してもらうのは難しいかもしれない。小学生と言っても経験はさまざまで、上記のような概念(ことば)を押しつけても理解してはもらえないだろう。こどもたちも、人となってゆく過程でさまざまの経験をし、次第に深く物事を考えるように成長してゆくのであるから。

 

医者や看護師が、職業人として、患者のヘレンに対して「できること」は少ない。できることを行うこと。すべきでないことを行わないこと。また、どのような場合でも医者や看護師は脇役に徹すること。あくまでヘレンと「その家族」が主役であること。ただ、この場合、ヘレンは孤児(みなしご)で、看護に当たる竹田津さんの奥様と竹田津さんとが「家族」として生きなくてはならない。

 

安易な安楽死は、ヒットラーの殲滅収容所と、意外と近い関係にある。一方で、安楽死をとらないかぎり、できることは極めて限られており、人は優しければ優しいほど、深く悩みながら行動を選んでゆくことになる。が、それが本当の生き方だろう。確信している。そのようなパラドックスの中にだけ、本当の人の生き方があることを。

 

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さて、ヘレンの障害に関して:

交通事故による脳挫傷や脳内出血では、嗅覚・視覚・聴覚喪失の3重の障害を同時に説明するのは難しいように思う。平衡感覚系統には障害は少なそう。脳神経のVIII番(聴神経)が交通事故などの外傷により両側やられたということはやや考えにくい。症状の記載からは、骨伝導による聴覚がどれほど温存されているか、わからない。もちろん、ヘレンにめまいや耳鳴りがひどかったかどうかも、わからない。ただし、ヘレンの写真を拝見する限り、斜視などは明らかではないので、脳神経でもIII、IV、VIには特に問題なさそう。以上のことから、ヘレンの疾患を考察すると: 両側の中耳炎(局所の細菌感染症)がひどくなって、さらに脳炎へと波及し、脳神経のI(嗅覚)とII(視覚)に傷害を残したか。あるいは内耳組織への自己免疫ないしウイルス感染などで、聴覚を失うとともに、脳神経のIとII両側に炎症ないし感染(脳炎)が波及し、大きな障害を残したか。もとより、私の乏しい臨床経験では、このような難病の患者を診察したことは無い。いつか機会があれば、耳鼻科や眼科、神経内科などの専門の先生にお話を伺ってみたいと思う。

 

 

 


「近況と話題」目次

2005年9月5日 日暮れて道遠: 伍子胥と范蠡

2004年9月2日 エサトリに追われつつ、少年の成長の物語で予習

2005年8月31日 少年の成長の物語: 四万十川 あつよしの夏

2005年8月12日 夜と霧のパラドックス

2005年8月 3日塞翁が馬を適用して樹立された「抗体医薬を実用化するための副作用予測実験システム」(特許出願計画考慮中)

2005年 8月 3日 私の部屋に「猫町」を誘致

2005年 6月24日 怪力乱神を語ろう: 肺癌プロジェクト開始

2005年 6月 3日 石津謙介さんとフライデーカジュアル

2005年 6月 3日 33年前の疑問が解決


2005年 5月30日 ほんとうに言いたいことは何か?

2005年 5月13日 濱田先生が臥薪嘗胆を忘れる

2005年 4月11日 10年目の節目を迎えた、私の標的化遺伝子治療

2005年 3月23日 南氷洋の「洋」
   

2005年 3月18日 短くまとめる、その3

2005年 3月18日 産学連携フォーラム 抄録