塞翁が馬を適用して樹立された「抗体医薬を実用化するための副作用予測実験システム」(特許出願計画考慮中)
2005年8月3日 札幌医科大学 分子医学研究部門 濱田洋文
「臥薪嘗胆」に言及してからすでに八十八日近くも経つ。この間、公約(?)通り、ラボでは一杯の烏龍茶も口にすることなく、すべてPR茶で通してきた。
ここ数ヶ月の実験の進行は、私にとっては、やや煩雑な低空飛行であった。昨年から実験に使用してきた「Has細胞」(ハムスター細胞株)が、私たちの抗体の実験の成功の鍵でもあっただろうし、また、テクニカルに難題を(特に私とN先生に)提示していることに気づいたのだ。それらの難題に付随して生じる多くの雑用も、煩雑かつ心苦しいものであった。何とか、N先生中心に頑張って、すでにクリアして、今がある。高いところから眺め返すと、「Has細胞」で実験を開始した昨春の時点で、すでに、将来臨床に使える抗体医薬を開発するためにクリティカルな「副作用予測」実験を、きわめて簡便な形で行える運命にあったことになる。すぐれた実験システムとなっていたのである。今振り返って考察すれば、その通り、賢い計画である。が、正直、去年の時点では、そこまで先を見通すプランなど、ちらっとも、思い及ばなかった。一寸先は闇と言っていいような予備実験の段階で、5年ないし10年先にやるかもしれないけれど永遠にやらないかもしれないような「副作用予測実験」などを視野に入れるのは、余りにも迂遠。普通の賢さの人なら瞬間的に却下する。来年のことをいうと鬼が笑う、捕らぬ狸の皮算用、など、多くのことわざの戒めるところである。従って、私たちの今回の場合に当てはまることわざは、万事塞翁が馬、とか、災い転じて福となす、とか、そんな世界であろう。
さらに、このHas細胞には後日談が付随する。この細胞株を、理研に登録しようと送付していたのだが、昨日になって、「マイコプラズマの感染のため受付できません」との連絡が入った。マイコプラズマのチェックはすでに当部でも行った経歴のある細胞株であるが、そのチェックの後に、マイコプラズマを再び感染させてしまったものを、不覚にも送ってしまったのだろう、というN先生の推測。私にとっては、耐え難い、聞きたくない、でも、直視すべき現実。私たちの仕事では、その性質上、マイコプラズマ感染によっては全くダメージを被らないのであるが、それにしても、ラボ全体の問題としては看過し得ない。除菌するか、未感染のチューブを探索するか、いずれにしても私たちのトラブルは、そう簡単には終わらない。
果報は寝て待て、とか、棚からぼた餅、とか、都合のいいことわざが当てはまらないのが、私たちの実験医学の苦しいところ。トラブルシューティングに苦しみながらの悪夢に、寝汗の中で目覚めている自分を見いだした時、時計をみれば、深夜の3時。しかし、のど元過ぎれば熱さ忘れる。「夢に周公を見ず」という言葉があるが、最近の私は「夢にハムスターを見ず」という状態で、まあ、一安心である。これから先、多くのハムスターを用いた「副作用予測」実験を計画しているので、夢の中にあのつぶらな黒い瞳が現れる日も遠くないかもしれない。
と、いうような経過で、ずっとPR茶を飲みながら、トラブルシューティングをしてきた。なぜか、子供の頃から、私は「臥薪嘗胆」も非常に好きなのである。もっとも、PR茶も、相対的な奥行きには欠けるものの、十分贅沢だとも言える。それなら、うちの部員の誰かの大失敗で次にトラブルシューティングをやるときには、PR茶も絶って、白湯だけを飲んで過ごすことにしよう。
白湯は、「さゆ」と読みます(念のため)。この季節、白湯ではなく、白桃を食べて過ごす豊かな研究者生活を送りたい、そんなささやかな私の望みを当部の部員の皆さんにお伝えして暑中見舞いに替えさせていただきます。