札幌医科大学医学部

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2004年5月30日

 

 

文献紹介

札幌医科大学 分子医学研究部門 濱田洋文

 

 

アポトーシス誘導タンパクのBaxを発現するプラスミドを併用すれば、DNAワクチンによる細胞性免疫と液性免疫反応の両方を高めることができる

Kinsey BM, Marcelli M, Song L, et al.

 

Enhancement of both cellular and humoral responses to genetic immunization by co-administration of an antigen-expressing plasmid and a plasmid encoding the pro-apoptotic protein Bax.

J Gene Med. 2004 Apr;6(4):445-54.


 

背景・概要


 抗原提示樹状細胞が、アポトーシスでバラバラになった腫瘍細胞などの細胞断片(アポトティックボディー)を貪食すると、腫瘍抗原に対して効果的な免疫反応が誘導されることが知られている。Kinsey らは、アポトーシスを引き起こすBaxタンパクをコードするプラスミドDNAを併用して、抗原を発現した細胞にアポトーシスを引き起こし、樹状細胞に効果的に取り込まれるように工夫することによって、DNAワクチンによる免疫反応を強化することができた。

 
 方法

 皮下にDNAワクチンを投与した場合、皮内に投与した場合に比べて遺伝子発現も免疫誘導も十分ではない(参考文献1)。また、背中の皮膚に投与するよりも、しっぽの皮膚に投与した方が遺伝子発現が高く(参考文献1)、しかもBALB/cのような毛の生えているマウスでは尾以外の皮膚の表皮層はきわめて薄いため、皮膚内への注射は尾に行うのが一番確実である。従って、本論文では、BALB/cマウスの尾の皮内(皮下ではない)に、プラスミドDNA(ヒト成長ホルモンhGH、HIVエンベロープgp120の断片HIV UB23、Baxなどを発現するもの、ないし、コントロールの非発現プラスミド)を、単独ないし混合して計50マイクログラムを25マイクロリットルのPBSに調製して注射し、DNAワクチンとしている
 

結果

1)皮膚での遺伝子発現:

 アポトーシスを起こしたTUNEL反応陽性の細胞を数えると、GFP-Bax融合タンパクを発現するプラスミドDNAを投与した皮膚の遺伝子導入細胞では、GFPのみを発現するプラスミドを投与した皮膚に比べて、20倍以上のTUNEL陽性細胞がみられた。皮膚では最も重要な抗原提示細胞であるランゲルハンス細胞の数を、免疫組織染色法で調べたところ、Bax発現プラスミドDNAの投与の有無には影響されなかった。Bax遺伝子発現によるアポトーシスは、投与後24から96時間程度まで持続する。一方、ルシフェラーゼ遺伝子の発現で調べたところ、皮内での遺伝子発現は投与後3日間まで強くみられたが、4日目には減少した。発現の量は、bax遺伝子を併用してもほぼ同等であった。すなわち、Baxタンパクが発現したとしても、抗原タンパクも3日間程度は十分に発現させることが可能である。

 
2)液性免疫反応:

 ヒト成長ホルモンに対する抗体反応を2,4,8週間後に測定した。抗体量は4週間目まで増加し、8週まで維持されていた。Baxプラスミドを併用した群では、非併用群の4倍から8倍の抗体量の増加がみられた。同様に、HIVのgp120に対する抗体反応も、Baxを併用した群で有意に増強した。DNAワクチンに含まれるCpGによる活性化に加えて、Baxによって誘導されたアポトティックボディーに抗原タンパクが含まれた状態で樹状細胞に貪食されたことで、さらに強い免疫誘導が得られたと考えられる。

 
3)細胞免疫反応:

 UB23プラスミドは、ユビキチンと、BALB/cマウスのCTLの標的となるp18エピトープを包含するHIVのgp120エンベロープタンパクとの融合タンパクをコードする。このプラスミドによって発現した融合タンパク産物は、ユビキチンが存在するためにプロテオソームに運ばれ、MHCクラスIで提示されるペプチドに断片化され、CTL反応を誘導する。DNAワクチンを受けたマウスを8週で殺して脾細胞を取り出し、p18ペプチド(RIQRGPGRAFTVIGK)をまぶしたP815標的細胞を用いて、4時間後のLDHリリースを測定してCTL活性を評価した。Bax遺伝子導入併用群では、Baxを使わないものに比べて強いCTLの誘導がかかった。

 

考察

 

 樹状細胞は、タンパクやタンパク断片、アポトティックボディーなど、さまざまな形態の抗原を、微小環境から取り込むことができる。それらをMHCクラスIやクラスII表面分子に提示することにより、リンパ球を活性化し、免疫反応を惹起する。特に、アポトティックボディーを取り込んだ場合には、抗原ペプチドをCD8+のT細胞へ交差提示(crosspresentation)することが知られている(参考文献2)。樹状細胞に直接トランスフェクトすることも可能で、この場合には、発現したタンパクはプロセシングを受けて主にクラスI分子に提示される(参考文献3)。これは、ウイルス感染による免疫応答と同様になる。Scheffer ら(参考文献4)によると、アポトーシスを起こした癌細胞ワクチンで強い免疫反応が誘導されるのに、ネクローシスに陥った癌細胞によるワクチンでは反応が弱い。アポトーシスを来した腫瘍細胞ワクチンを注射した皮下組織では、早くも24時間後には樹状細胞の浸潤がみられ、アポトーシスを起こした細胞とともに10日間も局所にとどまる。対照的に、ネクローシスとなった腫瘍細胞ワクチンを注射した箇所では、強いマクロファージの浸潤がみられ、樹状細胞はほとんどやってこない。しかも、ネクローシスの細胞は3日以内にほとんどクリアされてしまう。強力な抗原提示細胞である樹状細胞が、アポトーシスで死んだ細胞のいるところに集まって働くことによって、強い免疫反応が誘導されるのであろう。

 

 Bax遺伝子発現プラスミドと抗原分子をコードするプラスミドとを単純に混ぜて皮内に投与することによって、ほとんどの遺伝子導入細胞でBaxと抗原の両方の発現が得られる。Baxの発現した皮膚の細胞ではアポトーシスが引き起こされる。皮内に常在する非成熟型樹状細胞(ランゲルハンス細胞)やアポトーシスの場所に遊走してきた樹状細胞などに、プラスミドに含まれる非メチル化CpG配列が、いわゆる「危険信号(danger signal)」を送る。これらの抗原提示細胞は、抗原分子を含むアポトティックボディーを取り込んで消化し、成熟して所属リンパ節へと遊走し、そこで細胞性免疫ならびに液性免疫反応を引き起こす。Baxだけを発現して「正常なアポトーシス」で死んだ細胞も樹状細胞に取り込まれるが、外来性の抗原分子を含まないため、たとえ「危険信号」が存在する状況下でも免疫反応が生じることはない。また、抗原分子を発現するプラスミドだけを取り込んで発現した細胞は、アポトーシスのアジュバント効果がないため、通常レベルの免疫反応を起こすにとどまる。

 

 キャスペース(caspase)分子を発現させてもアポトーシスを誘導することができるが、余りにアポトーシスが早く起きてしまうと、外来性の抗原分子を発現させる余裕が無く、良い免疫誘導がかかりにくい。Baxタンパクの発現によって誘導されるアポトーシスは、たとえばCaspase-8などのキャスペース分子の発現と活性化によって引き起こされるアポトーシスに比べて、ずっと遅いキネティックスで起こってくるので、抗原分子が十分に発現する余裕があるのがメリットとなる。

 

 免疫強化の目的で、各種のサイトカインの遺伝子導入を併用することも良く試みられているが、サイトカインの場合には、望ましくない炎症反応が起こったり(参考文献3)、かえって免疫抑制に働いたりする場合も報告されている(参考文献5)。Bax遺伝子を皮膚局所に少量発現させる場合には、遺伝子導入された細胞は数日以内に死んでBaxの発現も収束してしまうので、影響があとあとまで遷延することがない。プラスミドDNAによって遺伝子導入されて死んでいく細胞の数は限られているため、細胞死に起因する組織へのダメージは無視できる程度である。これらも、Bax遺伝子導入のメリットである。

 

視点


 Baxを発現するプラスミドは、抗原を発現するどんなプラスミドとも併用することができる。このBax併用DNAワクチン法は、細胞性免疫と液性免疫の両方を強化することができる、汎用性のある安全で簡単な方法であり、単に実験室レベルの研究に有益なだけでなく、感染症、炎症免疫疾患、癌などの治療にも応用が可能かも知れない。

 

 私たちの研究室でも、動物実験レベルではあるが、免疫誘導・強化すべく、盛んにいろいろな工夫を試みている。さまざまなアポトーシスの誘導法はあるが、当論文で紹介されているようなBaxタンパクを発現させる方法は、DNAワクチンの工夫の中でも、とても簡単にトライできるものである。Baxを発現するプラスミドベクターは、日本では、理研のDNAバンク(横山和尚先生 http://www.brc.riken.jp/)から、供与を受けることができる。免疫誘導・強化に取り組んでいる方々は、気軽に試みてみてはいかが?


参考文献

  1. Barry ME et al. Role of endogenous and tissue site in transfection and CpG-mediated immune activation after naked DNA injection.  Hum. Gene Ther. 10: 2461-2480, 1999.

  1. Henry F et al. Antigen-presenting cells that phagocytose apoptotic tumor-derived cells are potent tumor vaccines.Cancer Res. 59: 3329-3332, 1999.

  1. Shedlock DJ et al.  DNA vaccination: antigen presentation and the induction of immunity.  J. Leukocyte Biol.  68: 793-806, 2000.

  1. Scheffer SR et al.  Apoptotic, but not necrotic tumor cell vaccines induce a potent immune response.  Int. J. Cancer 103: 205-211, 2003.

  1. Sykes KF et al.  Evaluation of SIV library vaccines with genetic cytokines in a macaque challenge.  Vaccine  20: 2382-2395, 2002. 

    


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