2008年11月7日

腫瘍の特異的標的化を目指した遺伝子治療法の開発

Antibody-targeted selective gene delivery through FZ33 fiber-modified adenoviral vectors

 

札幌医科大学 医学部 分子医学研究部門 

講師 中村公則  教授 濱田洋文

Kiminori Nakamura & Hirofumi Hamada  Dept. Molecular Medicine, Sapporo Medical University, Sapporo 060-8556, Japan

 

キーワード

(1)遺伝子治療 (2)アデノウイルスベクター   (3)モノクローナル抗体

(4)標的化抗体 (5)標的化遺伝子導入

 

 

はじめに

原発・転移肝癌をはじめとする難治がんの治療法の開発にとって「選択的な治療薬剤の導入」すなわち「標的化薬剤投与」の戦略を編み出すことが鍵である。標的化の重要性は従来から深く認識されていたものの、各腫瘍症例に即して選べる方法は極めて限られたものであった。私たちは、がん細胞選択的な「がん標的化治療」のモデルとしてアデノウイルス遺伝子導入発現系を用い、受容体(CAR)との結合を担うファイバーにさまざまな標的化ペプチドを組み込んだ変異型ウイルスの標的化能を検討してきた。抗体のFcドメインに結合するZ33モチーフを含むファイバー変異型Adv-FZ33アデノウイルスを用いて、抗体を介して高いウイルス感染効率が得られる標的分子候補の系統的探索により、がん細胞への感染効率を選択的に増強する標的化抗原抗体セットのパネルを得た。

 

 

1.標的化の効用 図1は、外科摘出サンプルを提供していただく患者さんへの説明(インフォームド・コンセント)のために標的化の概念をわかりやすく示したものである。標的化しないと大量の薬が必要でしかも副作用の危険がある。これに対し、標的化治療薬(図1では抗体を使用)では、多くの薬が標的に届くため、高い効果が期待できる上、副作用も少ない。

 

図1 標的化治療薬の概念図 

 

 

2.標的化遺伝子治療ベクター:初期の試みの成功例 遺伝子治療のベクターに何らかの標的化装置を組み込んで、特定の細胞だけに遺伝子薬剤を導入する試みは10年以上前からさまざまに試みられてきた。たとえばアデノウイルスの感染はファイバーの先端(knob、ノブ)と受容体(CAR)との結合から始まる。そこで、ファイバーノブへの変異導入によって望みの標的細胞選択性を付与することが、理論的には可能である。たとえば、連続したリジン残基(たとえばK20、リジン残基20個の連続したペプチド配列)の挿入変異(F-K20)を作れば、ウイルスは強い正電荷を帯び、ヘパラン硫酸などによって負に荷電した細胞表面をもつ細胞への感染効率増強が得られる(文献1,2)。また、インテグリン分子に特異的に結合するRGDペプチドモチーフを挿入したF-RGD変異導入によって、メラノーマ(文献3)・口腔扁平上皮癌(文献4)・消化器がん(文献5)・間葉系幹細胞(文献6−9)などへの導入効率を大きく上昇させることができた。

 

3.Gタンパク受容体を標的化する試み F-K20やF-RGD変異導入では、細胞表面の負電荷やインテグリンなどへの親和性を増強させる方法であるため、正常細胞にも導入されることが避けられず、高いレベルの選択性は獲得できていない。そこでさらに私たちは、さまざまのペプチドホルモンのアミノ酸配列をファイバーノブに組み込んだ変異型を樹立してその標的化能を調べた。ペプチドホルモンとしては、血管内皮を標的としてエンドセリン、肺癌や肺小細胞癌などを標的としてVIP(vasoactive intestinal peptide)・セクレチン・ガストリン、あるいは、メラノーマを標的として色素細胞刺激ホルモンMSH(melanocyte stimulating hormone)などを試みた。これらのペプチドホルモンは比較的小型で扱いやすい。受容体は膜7回貫通型のGTP/GDP結合タンパク(Gタンパク)ファミリーの膜タンパクで、ペプチドリガンドとの結合の特異性と親和性は極めて高いことから、非常に有力な標的化候補である。たとえば、MSH変異型ベクターによってMSH受容体を標的化することができれば、MSH受容体を発現している転移メラノーマ細胞を選択的に排除できる。技術的な困難は多かったものの、これらの各種のペプチドホルモンをファイバーに含む変異型ベクターを作製するところまでは漕ぎ着けた。しかし、これらに対応する受容体を発現する細胞に対して標的化活性は得られず、ことごとく失敗に終わっている。ファイバーノブの構造の中にペプチド配列が挿入されたときの受容体との親和性を制御できないこと、あるいは、Gタンパクの発現分子数が感染効率増強に必要な数よりも遥かに少ないこと、などが失敗原因ではないかと想定される。ペプチドホルモン挿入のような行き当たりばったりともいえる戦略で標的化可能な遺伝子薬剤導入系を樹立するのは極めて困難であることを知った。

 

4.標的分子の系統的探索 そこで私たちは「標的化可能な細胞表面分子はそもそも如何なる分子群であろうか?」という本質的な問題に立ち返って、系統的に探索することを目指した。その方便としてマウスをヒトがん細胞で免疫して得られる抗体ライブラリーから、腫瘍に対する選択的標的化能のあるモノクローナル抗体を選び出して解析することとした。道具としては、抗体のFcドメインに結合する黄色ブドウ球菌プロテインA(Protein A)から由来するZ33モチーフをAd5ファイバーノブ内に持つ変異型アデノウイルスAdv-FZ33を作製した(文献10,11)。抗体をAdv-FZ33と結合させ、抗体を介した細胞への遺伝子導入発現量を測定し(Z33遺伝子導入発現アッセイ)、高い標的化能をもつ抗体を定量的に選別する(図2)(文献12,13)。選ばれた抗体に対応する抗原を解析することによって、選択的な治療薬剤の導入が可能な表面分子標的の同定が可能である(文献10)。図2に抗体のスクリーニングと抗原同定の行程を示す。

 
図2 標的抗体スクリーニングと抗原同定の行程概念図

 

 

 このアッセイは、きわめてダイナミックレンジが広く、標的化能の優れた抗体を他の凡庸な抗体と見分けられる。標的化テクノロジーにおいては、標的分子種の選択だけでなく、抗原と対応する個々の抗体の特性も重要である。各種の抗CEA(癌胎児性抗原carcinoembryonic antigen)抗体を、私たちのZ33遺伝子導入発現法で比較した実験データでは、調べた中で最も優れたC2-45抗体は、他のCEA抗体よりも100倍以上に優れた標的化能を示した(文献11,14)。抗CEA抗体C2-45によるCEA特異的遺伝子導入はきわめて効果的であり、胃癌治療の動物モデルで有望な治療結果を得た(文献11)。

 

5.腫瘍の標的化に好適な表面抗原はどのような分子か? 私たちは、上記のようなZ33型ファイバー変異アデノウイルスAdv-FZ33を用い、ヒト膵癌細胞をはじめ、メラノーマ、前立腺癌、肺癌、卵巣癌、多発性骨髄腫、などに対する抗体産生ハイブリドーマ・ライブラリーをスクリーニングし、それぞれ数十種の高効率標的化抗体を樹立し、免疫沈降・質量分析・cDNA強制発現ないしsiRNA発現抑制などの解析を施行し、現在までに約60種の抗原を同定した。その中には、十数種の既知のウイルス受容体(CD9、CD13、CD46、CD54、CD155、MHC class I & II、各種CAM(cell adhesion molecule)、インテグリンなど)があった。驚いたことに、EGFR(上皮成長因子受容体、Epidermal Growth Factor Receptor)やCD20などすでに抗体医薬として腫瘍の標的治療に用いられているもの、あるいはCD44, CD71(transferrin receptor), CA12(carbonic anhydrase XII), EpCAM(epithelial cell adhesion/activating molecule, CD326), MCSP(melanoma-associated chondroitin sulfate proteoglycan), MCAM (melanoma CAM, MUC18,CD146), CD228(Melanotransferrin precursor, Melanoma-associated antigen p97), PSMA(Prostate-specific membrane antigen, 前立腺特異的膜抗原), CEAなど腫瘍標的治療の候補として注目され臨床開発途上のものが、初期の予想をはるかに上回る高い比率(20-30%)で含まれており、この方法は強力な標的候補スクリーニング手段となることがわかった。さらに、私たちのスクリーニングから見つかった膵癌・前立腺癌などの腺癌に高発現するPAP2a (Phosphatidic acid phosphatase type 2A)、メラノーマに高い発現の見られるIL13Ra2(Interleukin 2 receptor alpha 2)などが、有力な新規標的分子として浮かび上がってきた(文献10)。

 私たちの抗体スクリーニング法はアデノウイルスを介した遺伝子導入と発現を指標としているだけなので、腫瘍細胞を正常細胞と見分ける方法にはなっていないはずである。それにもかかわらず、確定された60種ほどの抗原の中に抗腫瘍治療の有力な標的候補が高い割合で含まれていた事実は、非常に不思議である。この理由として、がん治療のための標的分子であるためには、(a)細胞膜表面に発現する分子の数量、(b)リガンドないし抗体が結合したあとの細胞内への取り込みの分子動態など、アデノウイルス感染のための(潜在的)受容体として好適な条件を、「必要条件」として備えていなくてはならないと推論される(文献10、14)。

 

おわりに

 現時点で、好適な選択的抗体さえ得られれば、標的とする抗原依存的に極めて高い効率でアデノウイルス遺伝子導入を行える所まで到達できた(文献10,11)。今後、ターゲット分子の系統的探索を一層推し進めると共に、腫瘍を取りまく組織環境への働きかけも加味しながら、標的抗原の発現に関する個別診断と標的化抗体を介した選択的遺伝子薬剤投与を組み合わせ、難治がんの根治を目指した標的化治療を開発していきたい。

 

 

 

 

文献

1. Yoshida Y., Sadata A., Zhang W., Shinoura N. and Hamada H.  Generation of fiber-mutant recombinant adenoviruses for gene therapy of malignant glioma.  Human Gene Therapy, 9(17): 2503-2515, 1998.

2. Shinoura N., Yoshida Y., Tsunoda R., Ohashi M., Zhang W., Asai A., Kirino T. and Hamada H.  Highly augmented cytopathic effect of a fiber-mutant E1B-defective adenovirus for gene therapy of gliomas.  Cancer Res., 59(14): 3411-3416, 1999.

3. Nakamura T., Sato K. and Hamada H.  Effective Gene Transfer to Human Melanomas via Integrin-Targeted Adenoviral Vectors.Hum. Gene Ther., 13(5): 613-626, 2002.

4. Dehari H., Ito Y., Nakamura T., Kobune M., Sasaki K., Yonekura N, Kohama G. and Hamada H.  Enhanced antitumor effect of RGD fiber-modified adenovirus for gene therapy of oral cancer.  Cancer Gene Therapy, 10(1): 75-85, 2003.

5. Wakayama M, Abei M, Kawashima R, Seo E, Fukuda K, Uqai H, Murata T, Tanaka N, Hyodo I, Hamada H, Yokoyama K.  E1A, E1B double-restricted adenovirus with RGD-fiber modification exhibits enhanced oncolysis for CAR-deficient biliary cancers.  Clin. Cancer Res. 13(10): 3043-3050, 2007

6. Tsuda H., Wada T., Ito Y., Uchida H., Dehari H., Nakamura K., Sasaki K., Kobune M., Yamashita T. and Hamada H.  Efficient BMP2 gene transfer and bone formation of mesenchymal stem cells by a fiber-mutant adenoviral vector.  Mol. Ther., 7(3): 354-365, 2003.

7. Tsuda H., Wada T., Yamashita T., Hamada H.  Enhanced osteoinduction by mesenchymal stem cells transfected with a fiber-mutant adenoviral BMP2 gene.  J. Gene Med., 7(10): 1322-1334, 2005.

8. Nakamura K., Ito Y., Kawano Y., Kurozumi K., Kobune M., Tsuda H., Bizen A., Honmou O., Niitsu Y. and Hamada H.   Anti-tumor effect of genetically engineered mesenchymal stem cells in a rat glioma model.  Gene Ther., 11(14): 1155-1164, 2004.

9. Kurozumi K., Nakamura K., Tamiya T., Kawano Y., Kobune M., Hirai S., Uchida H., Sasaki K., Ito Y., Kato K., Honmou O., Houkin H., Date I., and Hamada H.   BDNF gene-modified mesenchymal stem cells promote functional recovery and reduce infarct size in the rat middle cerebral artery occlusion model.  Mol. Ther,. 9(2): 189-97, 2004.

10. 中村公則、加藤和則、濱田洋文 DDSを視点とした標的化遺伝子治療、最新医学 61巻6号、80-87, 2006.

11. Tanaka T., Huang J., Hirai S., Kuroki M., Kuroki M., Watanabe N., Tomihara K., Kato K. and Hamada H.  Carcinoembryonic antigen targeted selective genetherapy for gastric cancer through FZ33 fiber-modified adenovirus vectors.  Clinical Cancer Research, 12(12): 3803-3813, 2006.

12. Suzuki K, Nakamura K, Kato K, Hamada H, Tsukamoto T.  Exploration of target molecules for prostate cancer gene therapy.The Prostate 67:1163-1173, 2007

13. Ishii K, Nakamura K, Kawaguchi S, Li R, Hirai S, Sakuragi N, Wada T, Kato K, Yamashita T, Hamada H. Selective gene transfer into neurons via Na,K-ATPase beta1. Targeting gene transfer with monoclonal antibody and adenovirus vector. J Gene Med. 10(6):597-609, 2008.

14. Tanaka T, Hamada H, Kuroki M, Kato K, Zhao J, Kinugasa T, Shibaguchi H, Kuroki M.  Application of antibody for targeting of cancer gene therapy.  Current Trends in Immunology 8: 2007

 

 

図1 標的化治療薬の概念図。 

図2 標的抗体スクリーニングと抗原同定の行程概念図
抗体を黄色ブドウ球菌プロテインA由来のZ33モチー フ(FNMQQQRRFYEALHDPNLNEEQRNAKIKSIRDD、Z33)でアデノウイルスと結合させ、抗体を介した遺伝子導入発現量を測定し(Z33遺伝子導入発現アッセイ)、高い標的化能をもつ抗体を定量的に選別する。標的化治療に必要な資質を併せ持つ「スーパー標的とスーパー標的抗体」をセットで同定・樹立できることが、大きな利点である。

平成20年11月7日


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