2008年11月25日

標的化プロジェクト: 現在までの成果と今後の課題

札幌医科大学 分子医学研究部門 教授 濱田洋文


抱負:

 今後も、癌をはじめとした難治疾患に対する新規治療法の開発を目指して研究を進めてゆく。さらに、基盤研究の成果を踏まえて、臨床の研究グループ・工学系の研究者・製薬企業とも協力して臨床応用へとつなげてゆきたいと考えている。病気に悩む患者に手をさしのべられるような貢献をしたい、そのために治療の研究を続けたい、というのが私の願いである。

 若い研究者・学部学生や大学院生の教育に当たっては、実際の研究で遭遇するさまざまな難題に対して、共に悩んで考え、実験を通して共に乗り越える、そしてその繰り返し、というスパイラルの実践を通して、次の世代を担う研究者を大切に育ててゆきたい。


 以下に、現在私たちが特に力を入れて進めている「標的化」研究プロジェクトを取り上げ、現状と今後の計画を述べる。


A.「標的化」プロジェクト: 現在までの流れと成果

 

標的分子の系統的探索  難治がんの治療法の開発にとって「選択的な治療薬剤の導入」の戦略を編み出すことが鍵である。私たちは十数年前から、がん標的化治療のモデルとしてアデノウイルス遺伝子導入発現系を用い、受容体(CAR)との結合を担うファイバーにペプチドリガンドを組み込んだ変異型ウイルスの標的化能を検討した。ところが、各種のGタンパク共役受容体を標的化する試みはことごとく失敗した。この手痛い経験を経て、私たちは「そもそも標的化可能な細胞表面分子は如何なる分子群であろうか?」という基盤的な問題に立ち返ることにした。すなわち、黄色ブドウ球菌プロテインA由来の抗体結合Z33モチーフをAd5ファイバーノブ内のHIループに持つアデノウイルスAdv-FZ33を作製し、抗体を介した細胞への遺伝子導入発現量を測定し、高い標的化能をもつ抗体を選別した。図1はこの概念図である。

 

図1 Adv-Z33による「標的抗体スクリーニング法」の概念図。

 

 

腫瘍の標的化に好適な表面抗原はどのような分子か? Adv-FZ33を用い、ヒト悪性黒色腫・前立腺癌・膵癌・卵巣癌・多発性骨髄腫などに対しそれぞれ数十種の高効率標的化抗体を樹立し、免疫沈降・質量分析・cDNA強制発現・siRNA発現抑制など一連の解析を施行し、現在までに約60種の抗原同定を終えた。その中には、十数種の既知のウイルス受容体(CD9、CD13、CD46、CD54、CD155、MHC class I & II、各種CAM・インテグリンなど)があった。ほかに、EGFRやCD20などすでに抗体医薬として腫瘍の標的治療に用いられているもの、あるいはCD44, CD71, CA12, EpCAM, MCSP, CD146, CD228, PSMA, CEAなど腫瘍標的治療の候補分子として注目され臨床開発途上のものが、初期の予想をはるかに上回る高い比率(約30%)で含まれており、当方法は強力な標的分子スクリーニング手段となることがわかった。この方法では、極めて高いアフィニティーなど、標的化治療に必要な資質を併せ持つ標的抗原と標的抗体をセットで同定・樹立できることが、大きなアドバンテージである。

 

治療に使える標的抗原・抗体が得られるか? 当初、すなわち、私たちが当研究を始めた6年前の時点では、Z33新規変異型ベクター作製など準備が大がかりな上に、成功に関して何らの保証もなく、非常にハイリスクなプロジェクトと思われた。しかし、2年間余りの準備検討を経て、オリジナリティの高い基盤的な方法を樹立でき、しかも高い比率で「有望な」標的化抗体をスクリーニングで拾ってくることが可能であることを見いだし、明るい方向性が見えてきた。実際、得られた標的化抗原(PAP2a、IL13Ra2)による新しい診断治療法の特許2件など、順調に成果を挙げてきた。また、当研究で得られた抗体に関して、国内の製薬企業2社とそれぞれ癌治療抗体医薬としての共同開発研究を進めており臨床応用も有望である。

 

B.「標的化」研究プロジェクト: 今後の計画・抱負(図2参照)

 

1.標的分子の系統的探索: さまざまな腫瘍細胞株に対する標的抗原スクリーニングの結果、腫瘍に対する選択性に乏しい「ありふれた」標的ばかりが得られる細胞株もあれば、組織選択性の高い標的分子が多く挙がってくる細胞株もあることが経験された。免疫原の細胞に関して試行錯誤することによって、大きなバラエティが得られる。今後、各種細胞株・手術材料を免疫原として、さらにスクリーニングを進め、より個別的な標的化治療の確立へと歩を進めてゆきたい。

 2008年からはマウスES細胞・テラトーマなどを用いた標的分子探索を開始している。動物モデルを用いた腫瘍治療実験・副作用の検討もおこなう。また、再生・細胞移植治療のための基盤研究へも展開させる計画である。

 

図2 標的化プロジェクトの今後の展開に向けてのスキーム。

 

2.標的の新しい探索法: 臨床場面での標的化治療をできる限りシミュレートしたスクリーニング法を採用すれば、実用化につながる治療標的抗原を同定できると期待される。私たちは、細菌タンパク毒素をコンジュゲートした抗体医薬開発を目指して、トキシン・コンジュゲート抗体のライブラリーを作製し、対象腫瘍に対する毒性の活性測定で標的抗原をスクリーニングする方法を編み出した。今後、この新規・標的探索法を洗練し系統的に用いて、新規治療法樹立へとつなげたい。

 

3.標的化トキシンの開発: 今までに緑膿菌エキソトキシンなどのADPリボシル化酵素を用いて良い実験結果を得ているが、今後、タンパク工学技術とファージディスプレイ選択法を用いて、さらに効果の高い標的化抗体トキシンを開発し実用化を目指したい。

 

4.in vivo(動物モデルでの)標的化: 標的化抗体を静注すると、標的抗原を発現しているゼノグラフトに選択的に抗体が集積する(図3、マウス右側背の腫瘍)。ところが、別の細胞由来の癌には、ほぼ等量の当該抗原を発現しているにもかかわらず、静注した抗体が全く集まらない、というモデル系を見つけている。この奇妙な現象は、腫瘍組織環境が、用いる細胞株によって大きく異なることに起因する。臨床の癌標的化治療を目指す上で、これは大問題である。腫瘍対して外部か何らかの工夫を施して、十分な量の治療薬を集積させられるようにできれば、標的化に大きな前進が望めるであろう。

図3 抗体はマウス尾静脈投与で移植腫瘍に到達するか? 担癌マウスでの蛍光標識抗体投与後の分布イメージング。抗体は抗原発現ゼノグラフト(右側の背)に選択的に集積する。左側は同じ細胞由来だが抗原を発現していないもの。



5.多重標的化: 現在までの研究により、好適な選択的抗体さえ得られれば、標的抗原依存的に極めて高い効率で遺伝子導入や薬剤投与を行える所まで到達できた。標的抗原の多くは完全には癌特異的でないため、もう一つの標的化の工夫と組み合わせた「2重標的化」を加えることにより、特異性をさらに増強できる。2種の標的化抗体の併用は、私たちの今までの成果を生かした優位性の高いアプローチになる。そのほかにも、局所への放射線・超音波・温熱・薬剤投与との組み合わせ、腫瘍組織指向性のある細胞治療剤の投与(Hamada et al. Cancer Sci. 96: 149-156, 2005.)との併用、その他さまざまなアイデアによる工夫が可能であり、臨床や工学系・薬学系の研究者との共同も実り多いものとなろう。私たちの「標的化」プロジェクト展開の中で最もメジャーな位置を占める課題である。



6.まとめ: 今後、現在のターゲット分子の系統的探索を一層推し進めると共に、標的抗原の発現に関する個別診断と標的化抗体を介した選択的薬剤投与・遺伝子導入を組み合わせ、さらに今述べたような腫瘍を取りまく組織環境への働きかけも加味しながら、各種の難治進行がんに対する効果的な多重標的化治療の開発を進めていく予定である。



「近況と話題」目次

2008年11月11日 ものを送ってもらいたいとき

2008年11月7日 腫瘍の特異的標的化を目指した遺伝子治療法の開発

2008年6月27日 産学地域連携の課題

2006年3月20日 卒業式によせて:津山市立林田小学校の開校百年史から

2006年1月27日 グラフの形が違う!: ユーア、ロングの思い出

2006年1月27日 古代へのあこがれ: 「ズッコケ中年三人組」を読んでの読書感想文

2006年1月27日 モダーンタイムズの医学研究における激甚捏造災害の被害者救済措置

2006年1月27日 捏造、偽装、換骨奪胎。(第二部)


2006年1月25日 捏造、偽装、換骨奪胎。(第一部)


2006年1月20日 冬はスキー!

2005年10月14日 子ぎつねへレンがのこしたもの

2005年9月5日 日暮れて道遠: 伍子胥と范蠡

2004年9月2日 エサトリに追われつつ、少年の成長の物語で予習

2005年8月31日 少年の成長の物語: 四万十川 あつよしの夏

2005年8月12日 夜と霧のパラドックス

2005年8月 3日塞翁が馬を適用して樹立された「抗体医薬を実用化するための副作用予測実験システム」(特許出願計画考慮中)

2005年 8月 3日 私の部屋に「猫町」を誘致

2005年 6月24日 怪力乱神を語ろう: 肺癌プロジェクト開始

2005年 6月 3日 石津謙介さんとフライデーカジュアル

2005年 6月 3日 33年前の疑問が解決


2005年 5月30日 ほんとうに言いたいことは何か?

2005年 5月13日 濱田先生が臥薪嘗胆を忘れる

2005年 4月11日 10年目の節目を迎えた、私の標的化遺伝子治療

2005年 3月23日 南氷洋の「洋」
   

2005年 3月18日 短くまとめる、その3

2005年 3月18日 産学連携フォーラム 抄録